表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間・キリスト  作者: John B.Rabitan
第3章 福音宣教時代
98/146

王の婚礼

 イェースズは逗留しているベタニヤから至近距離のエルサレムにはたびたび通っており、エルサレムに行けば必ず神殿の見える広場に行った。

 エルサレムの人々を教化する場所として、彼はそこを選んだのである。イェースズの信奉者もエルサレムに集まってきてはいるが、なにしろ彼らはイェースズがどこに逗留しているのかも、いつエルサレムの広場に現れるのかも知らない。

 それでもイェースズが広場に行けば信奉者は何人かいたし、それは日に日に増えていっていた。中にはイェースズが現れるのを待って、毎日ここに通っている人もいるようだ。

 さらにそこは神殿への巡礼の参拝者もよく通る所なので、イェースズの説法に足を止める人もいた。そういった人々からすればたまたまそこを通りがかった時にたまたまイェースズが話をしていたということになろうがそれはあくまで現界的な考えで、すべては因縁であることをイェースズは知っていた。その証拠に、最初はたまたま通りかかったという人も、そこに信奉者として定着する人も増えてきていたからである。


「みなさん」


 イェースズはこの日、そのことについて話をするつもりでいた。

 だが、話をする内容は事前に考えているのではない。実際、いつも話を始めるまで内容は何も考えてはおらず、それでもひとたび人々の前に立って口を開くと、話すべき言葉はすべて神が与えてくれる。自分はただ口を開くだけであり、言うべきことはすべて彼の口を使って神が語ってくれるということを、イェースズは実感として感じていた。


「皆さんは今、御縁があってここにいらっしゃっています。すべて神様から許されて、神様に吹き寄せられてここにいるんです。神様が集められたんですよ。ですから皆さんは何かしら神様とのご因縁があるということなんですね」


 広場の背後の道は、神殿への巡礼者がひっきりなしに通る。そんな喧騒をよそに、群衆は静まり返ってイェースズの話を聞いていた。

 本当は「過去世において神様とのご因縁がある」と説きたいところだが、一般のユダヤ人は転生再生という概念は全く持っていない。理由はただ一つ、「聖書トーラー」に書かれていないというそれだけだ。


「私は律法学者の皆さんにも、自分たちが聖職者だからって安心していてはだめだってよく言うんですけど、自分が神様との契約で選ばれたイスラエルの民だからって安心してあぐらをかいていたら危ない。そして、皆さんとて同じですよ。私のもとへ因縁で集められたからといって、これで大丈夫だ、救われたんだなんて安心していたら大間違いでしてね、皆さんが救われるかどうかは本当はこれからの皆さんにかかっているんですよ」


 イェースズが話している途中からも、群衆の輪は大きくなりつつあった。


「神様は、人類を救いたくって救いたくってしょうがないんです。ちょうど自分の王子の婚礼に、一人でも多くの人を招きたいと願う王様と同じですね。でも、王様が招こうと思っている人を召使いに呼びに行かせたら、『いやあ、そんな婚礼があるなんて嘘でしょう』とか、中には『あんたが本当に王様の召使いなのかどうか怪しいものだ。証拠を見せろ』とかね。みんな実にいろんなことを言うんですね」


 それをイェースズは身振り手ぶりをくわえて明るい笑顔で話すので、聞いている人々はところどころでドバッと笑った。その明るい雰囲気とイェースズの光を放つような笑顔に、さらにまた足を止めるものも多くなる。


「それとかですね、王様からの使者の招きに対して、『いやあ、今日中に畑に種をまいとかなければいけないんですが』とか、『今日はかき入れ時なんだよ。ああ、忙しい、忙しい、忙しい、忙しい』なんてんね」


 また人々の間で、笑いの渦がまき起こった。


「結局招かれているのに、世俗的な忙しさに追われてその招きを断っている人が多いんですね。そういう人ならまだいい。ひどい人になると、招くために来た王様の家来をうるさいといって殺してしまったりして。もし、あなたが王様だったら、そんな人はどうしますか?」


 皆、急にシーンとなった。


「そんなやつは捕らえて、牢獄に入れて処刑する」


 そうはっきり言ったものもいた。


「地上の王様ならそうするでしょうね。でも、このお話の中の王様は、それなら町に行って、もう誰でもいいから手当たり次第に婚礼に招いてきなさいと言ったのですよ。神様はね、因縁がある人は一応救いのミチへと招いて下さる。でも、それで安心しちゃいけないんです。さっき言った王様の王子の婚礼の宴会でも、招かれた人は一応そろったとしても、そこに婚礼にふさわしい礼服を着てない人まで混じっていたらどうでしょう。しかも礼服がない人のために、王様は礼服まで用意してくれていたんです。でも、それをまたス直に着ようとしない人がいる。いいですか、そう言う人はいくら王様から招かれた客で、そこにいる正当性があったとしてもですね、そこにいるのにふさわしい服装をしていなければ王様につまみ出されてしまうんですよ。『いやあ、この服が着心地がいいんですよ』とか『いやいやいや、この服が着慣れてますからねえ』とか言ってもだめでしょ? 婚礼の宴会には、それにふさわしい服装があるでしょ? 同じように神様に招かれた人は、今までの心情、先入観、固定概念、執着などという古い外套は捨てて、真理にふさわしい礼服を身につけないといけないんです。それがいつもの服に執着を持って、を通して『これでいいんだ』なんていつまでも言っていると、神様からつまみ出されるんです」


 人々の表情が、幾分固くなってきた。


「神様に選ばれる人っていうのは、伝統とか権威ではない。職業でもない。聖職者かそうでないかでもない。人種や民族も関係なく、貴賤の別もありません。ただ、ご神意にかなった人が選ばれるってことですね。神様のお気に召す人ってことです」


 人々はうなずきながら、イェースズの次の言葉を待っていた。もちろんいつも通り、反感と敵意を持つ人もその中に含まれているのをイェースズは感じていた。


「いいですか。皆さんにはご両親がおられるでしょう? 『父母を敬え』というのは、立派な律法の掟です。でも、神様の御前では、それは人間の側に属するんですよ。つまり、神様と親兄弟、どちらを優先させるかですね。本当は、そのどちらかだけの騒ぎじゃなくって、自分の命までをも含めてすべてを投げ打って、すべてにおいて神優先です」


「では、親兄弟や自分の命はどうでもいいってことですか?」


 前の方ににいた若い男が聞いた。イエスはそのものに向かってにっこりほほ笑んだ。


「誤解しないで下さいね。私は親や自分の命までをも粗末にしろと言っているのではありませんよ。自分を中心とした生き方から、神様を中心とした生活に切り換えよということを言っているのです。何をするにつけても、一挙手一投足のこれらがすべて神様のみ意なのかどうかを考えて、夜寝る前は今日一日神様の御用に立たせて頂けただろうか、神様に御無礼がなかったか考えるんです。自分を捨てるというのは、そういう意味ですよ。あなたは親兄弟や命のほかには何が大事ですか?」


 イェースズはさらに近くにいた少し年配の男に聞いた。


「財産ですかね」


「そうですか。でも、財産も捨てるんです」


「え?」


「でも、財産を捨てるって言ったって、自分の家の倉庫の金銀財宝を川に捨てろということじゃありませんよ。執着を断つということです。自分さえよければいいという自己中心の考えを捨てて、世のため人のため、人を生かすため、人が救われるため、そして神様のためにこのお金を使わせて頂こうと考えることが大切なんですね。これが自分を捨てることです。自分を捨てるとは、利他愛に徹することです。こういった心構えが、皆さんにありますか?」


 人々は静まり返っていた。


「塔を建てる時には予算を計算したり、戦争の時も敵と味方の兵力について考えるでしょ。いいですか、みなさん。真にまことに私は言いますけど、それと同じようにじっくりと自分の想念を点検して下さい。古い自分を捨てるということは無になることです。でも無になるとといっても空っぽになることではないんです。とにかく神様に近づきたい、神様の御用をさせて頂きたいという一念に徹すれば、己は無になるんです。己が無になったら自分がなくなってしまうのかというとそうではなくて、より高い次元に神様は引き上げてくださいます」


 イエスはもう一度、静まり返っている人々を見渡した。


「招かれるものは多くても、選ばれる者は少ないのです。神様もうお恵みを与えたくって与えたくってしょうがないのに、人間の心の中はや執着がいっぱいにあふれていて、もう神様のお恵みを入れる容量がないんですね。だからせっかく与えてくださっても、それを受け取ることができないんです」


 そこまでしゃべってから、イェースズは遠くの方にはまたもや律法学者が何人かいて、こっちを見ながら互いに何かをささやき合っているのを見た。それは気にせず、イェースズは話を続けた。


「皆さんはせっかく御神縁があって私のもとへ招かれたのですから、その中から本当に選ばれる人になっていかなければなりません。私が選ぶんじゃありませんよ。神様が、選ぶんです。そして選ばれるのは、これからなんですよ。これからの皆さんお一人お一人の精進にかかっているんです。皆さんはもう救われた人なのではなくて、救われる人の候補者になったにすぎません。ですから安心していないで、今日を機に一段と新たな精進のミチに向かって出発して下さい。いいですか、私を頼ってもだめですよ。私は神様の教え、置き手ののり、宇宙の法則を皆さんにお伝えさせて頂いているだけです。あとは皆さんが、ご自分でサトって下さい。そのご自分の自覚こそが人々を救い、この世に神の国、地上天国を招来することになるんです」


 そこで群衆の中から、何人かが立ち去った。それはもともとのイェースズの信奉者ではなく、たまたま立ち寄った組の人々だった。エルサレムという大都会の機能の前には、イェースズの存在はまだまだちっぽけなものだった。

 祭司や律法学者の敵意、エルサレムの大部分の住民の無関心、そんな中でイェースズは力の限り、神に命ぜらるるまにまに人々に教えを説き、また火の洗礼バプテスマを人々に与えて、人々の霊性を浄めていった。

 しかしイェースズのそんな行為も、巨大な都のごく片隅で行われているものに過ぎず、エルサレムの前にはイェースズの存在はあまりにもちっぽけなものだった。多くの市民にとってイェースズは、その存在すら知られていない。

 そんな中でも、律法学者だけは無関心というわけにはいかないようだ。彼らの間ではイェースズという存在は話題の中心となっていたし、燃えるような憎悪の対象でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ