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人間・キリスト  作者: John B.Rabitan
第3章 福音宣教時代
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光は東方より

 カペナウムの家に戻ると、妻マリアの友人でやはりイェースズの弟子になっているスザンナという女性もいた。

 一度イェースズの弟子が十二人の使徒だけを残して一斉に去った後、癒しを求めてやってきた人々の中からごく少数ではあるがまたイェースズの弟子という形でカペナウムに住みつく人も出てきていた。

 夕食はスザンナもいっしょにとイェースズは言った。いつもは十二人の使徒と妻マリアだけである。スザンナは自分が女性であることを理由に遠慮したが、イェースズは、


「私のもとへ来るものは皆同志だ。男も女もない」


 と言って笑っていた。

 食事が始まり、イェースズはパンをぶどう酒に浸し、


「みんな、ご苦労だった」


 と使徒たちに言ってからそのパンを配った。


「ところで先生ラビ


 パンを受け取ったナタナエルがイェースズに言った。


「今日の話の続きですが、お金儲けは考えるなということでしたけど、仕事をするっていうのはよくないことなのですか?」


 イェースズは首を振った。


「とんでもない。仕事は大事だ。お金も大事だ。私が言ったのは、お金に執着しすぎるのはよくないということで、自分のためよりも他人様、特に困っている人のためにお金を使うことが天の倉に宝を積むことになる」


 エレアザルが親切にも、今日の船上でのイェースズの話をイェースズの妻マリアとスザンナに小声で説明していた。


「仕事は大事だ。あなた方は特別に選ばれた人たちだから、皆仕事をなげうってきてくれたね。あなた方のような人々の案内役も必要だけど、世の中の人々があなた方のようにすべて仕事をなげうったとしたらどうなる? 誰が畑を耕す? 誰が旅人を泊める? 誰がパンを売る? みんな、それぞれ与えられた仕事があるんだ。どんな仕事も世のため、人のためになっているわけだからどれも必要で、その仕事をやる人も必要だ。そうして社会は動く。そういったそれぞれの仕事を通して、神様の御用をさせて頂くという事が大事なんだよ。人それぞれに、神様から与えられた才能があって、それはみんなそれぞれ違う。その才能を十分に使わせて頂いて、神様と世のため人のために奉仕する心が大切だね。それなのに与えられた才能を自分の力だと思って、金儲けばかり考えているとどんどん神様から離れていってしまうよ」


「では、私たちは特別なんですか?」


 と、ペトロがパンをほおばりながら言った。


「特に神様からの召命を感じたら、仕事は捨てて神様に仕えるべきだ。これも一つの『仕事』だよ。ただ間違えないでほしいのは、あなたがたは神様といえば会堂シナゴーグを思い出すだろうけど、神様に仕えるというのは会堂シナゴーグや祭司に仕えることじゃあない。会堂シナゴーグは物質の建物だし、祭司も神様じゃなくて人間だ。そんな社会の建物や人間、組織などは人知の産物でね、宗教なんていう人知の遊戯は神様のみ意ではない。時が来れば神様はすべての宗教を壊してしまわれるだろうし、お互いの宗教の垣根も取り払われる。あなたがたは知らないかもしれないけど、世界にはいろんな宗教がある。でも、どんな宗教も元は一つということをサトっていくことが致命的に重要だ」


 スザンナは、ぶどう酒の瓶を取り換えるために出ていった。イェースズはそれを横目で少し見てから、話し続けた。


「宗教なんてものを超越した大根元の『主神ぬしがみ様』のみちからが、顕現される時が近づきつつある。だからヨハネ師も、『神の国は近づいた。悔い改めよ』と言われていたんだ。時は熟しつつあるよ。東の空は今、黎明に輝き初めている」


「東の空?」


 ナタナエルが、首をかしげた。


「確かに、太陽は東から出ますけど」


「私が言っているのはだね、それだけの意味ではない。光は東方よりさすように、『神様』も東から来られる。だから自分の腰に帯を締めて、ランプにちゃんと油を注いで主人を待っている召使のような気持ちでいないとだめだ。そうやってちゃんと準備をしていた時に主人が帰ってきたら、その召使にとっては幸運だね。帰ってきた主人は喜んで、むしろ主人の方が召使を宴席に招いて、給仕してくれたりしてね」


 一同は、笑い声を上げた。笑いながらイェースズは話を続けようとしたが、それよりも素早くトマスが質問を発した。


「私たちが待つべき主人は、いつ帰ってくるんですか?」


「そんなの知らないよ。夜中かも知れないし、明け方かもしれない。でもそんなことは問題ではない。いつ帰ってきてもいいように、準備をして待っていたものは幸いだ。だからといってドアを開けっぱなしにして、それでいて居眠りなどしていた日には、主人どころか泥棒さんどうぞって感じになってしまう」


 使徒たちは、また笑い声を上げた。


「そればかりか、主人が帰ってきた時に召使が居眠りなどしていたら、どうなる? だから、いつでも目を覚ましていなさいということになる」


 小ユダが、杯を置いた。


「そんな、いつも寝ないでいるなんて、睡眠不足になったらどうします?」


「まあた、何を言っているのかね」


 と、イェースズは大笑いした。かなりぶどう酒も回ってきているので、常日頃から明るいイェースズもその陽気さに拍車がかかってきた。


「これはねえ、たとえの話だよ。本当に睡眠も取らずに起きていろということじゃない。いいかい、私の話は耳で聞いて頭で理解するんじゃなくて、心と魂で聞くんだ。心を開いて、魂を開いて聞くんだ。いいかい、目を覚ましていなさいってことは、神様のお出ましをしっかりと自覚して毎日の生活を送りなさいってことだよ。神様のお出ましはいつかは分からない。その前に神様は必ず、魁のメシアをお遣わしになるはずだ」


「メシアって?」


 シモンが驚いて顔を上げた。


先生ラビがメシアではないのですか?」


先生ラビはメシアに決まっているじゃないか」


 と、ペトロが口をはさんだ。


先生ラビこそメシアなのだから、天の時が来たら先生ラビが遣わされるってことなんですね。つまり、今ってことですか?」


「私は魁のメシアではないよ。でも時が来たら、もちろん私も再びこの世に来る」


 そのイェースズの言葉は、使徒たちにはよく理解できそうもなかった。ペトロが、イェースズを見た。


「そのお話は私たちだけのためにして下さっているのですか、それとも民衆にもお告げになるおつもりですか?」


 イェースズはこれまで群衆に教える時はすべてをあからさまには語らず、例え話でぼかしたりして、後で使徒たちだけに真意を告げたりしていた。だから、ペトロはそのようなことを聞いたらしい。


「あなた方はね、より多く知る恵みを受けたんだ。私は神理を何もかもすべて民衆に告げることは、神様から許されていない。神様のご計画からいって、今はまだその時ではない。だけど、あなたがたにはある程度は伝えることが許されている。それでも、あなたがたにさえ伝えることが許されていないことの方がはるかに多いけどね。とにかく、時を待つんだ。待つといってもじっと待っていればいいってものじゃない。その自覚を持って、しっかりと準備しておくことが大切だ。あなたがたは、神様の子羊の群れの牧者なんだよ。司牧を主人から任されている。その主人がいつ帰ってきても、きちんと羊の世話をしていれば褒められるだろう? でも、いつまでたっても主人は帰ってこないって言って、酒を飲んで羊を放ったらかしにしていたら、あとでたいへんなことになる。私たちの感覚で長い年月でも、神様からご覧になればほんのまばたきの間だ。私が言ったことがいつまでたっても実現しないからって、『何だ、うそじゃないか』なんて思って油断して、再び物質主体の想念に逆戻りしてこの世の快楽の中で生活していたりすると……」


 イェースズはいたずらっぽく目元に笑みを含ませて使徒たちを見渡し、声を低くした。


「いつの日か、神様はまるで泥棒のようにこっそりとやってこられるぞ。その日がいつまでも来ないといっても、それは神様がご計画を延期されたんじゃなくって、すべての人類が悔い改めるのを神様は忍耐強く待っておられると思うことだ。神様の忍耐は人間とは桁外れに違うけれど、でも御経綸も日々進展しているということを忘れないように。いずれ堪忍袋の尾が切れたなんて、神様に言われたらたいへんなことになる。いいかい、ペトロ、そしてみんなもこのことをしっかり覚えておきなさい」


「はい」


 返事をしたのは、十二人同時だった。


「あなた方はほんのかけらではあるけれども神理の一部を聞かされたのだから、その時になってもし怠けていたりしたら、神様のお叱りは何も知らなかった人よりも厳しいと思いなさい。少ししか与えられていなければ要求されることも少ないけど、多く与えられているあなた方には神様の要求も大きいよ」


 食事は終わった。妻マリアとスザンナはイェースズの母マリアとともに片付けに入った。使徒たちは、そのまま部屋に残っていた。いつしか外では風が強くなり、気流音さえ聞こえてきた。


「なんだか外はすごい嵐ですね」


 アンドレが心配そうに、突然の嵐のことを言った。ペトロも眠そうに言った。


「嵐になる前に、湖を渡ってきてよかったですね」


 外が大荒れなだけに、余計に部屋の中の静けさが強調された。イェースズはランプを見つめて言った。


「これからあなた方が渡っていく世の中にも、こんな嵐が吹き荒れているだろね」


先生ラビ


 と、アンドレが尋ねた。


「いつぞや嵐を鎮めて下さったように、世間の嵐も鎮めては下さらないんですか?」


 イェースズは、静かに微笑んだ。


「いつまでも、私がいると思わないことだ。私はそんな妥協的な平和を訴えたりはしない。むしろそんな表面的な偽りの平和は、打ち砕こうとさえ思っている。この水の世の中に、私は火を投ずるんだ。それは物質の火ではなくて霊的な火だけれども、でもそこにはどうしても争いが起こる。神様の世界でも争いが起こって、それが地上にも降りてくる。本当の平和は、その後の話だ」


先生ラビは、争いが起こったらどうやって敵を打ち負かしますか?」


 シモンが身を乗り出して聞いた。


「敵か。すべての人は神の子で私は敵だなんて思いたくないけれど、神様の世界の戦いでの神様のやり方を、ほんの少しだけ教えよう。神様は戦う相手、つまり敵だけどあえて敵とは言わない。その相手を、滅ぼすのではなく説得して回心させて味方にしてしまう。敵が味方になったらそれはもう味方であって、敵ではない。敵がいなくなったらその戦いは勝ちだ。ま、頭の片隅にでも入れておくんだね。どんな邪霊でも、神の光と愛と真でよくおサトしすれば回心してその人から離脱していった、そんな実例はあなた方も数多く体験しているだろう。すべては神の子で、回心するとは神の子の本来の姿に元還りする。その邪霊を『敵』とみなして無理やり叩きだしたら悲惨なことになるって、何度も話したよね。すべての存在は神の子で、その魂は神性を具備している。だから人の本来の性質は善なんだと、私は前世においても東の国でそれを人々に説いていたのだよ」


 その時、母マリアが入ってきて、イェースズや使徒に寝室に行くように促した。

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