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人間・キリスト  作者: John B.Rabitan
第3章 福音宣教時代
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種まきと毒麦のたとえ

 午後になってイェースズは、マグダラの町を離れて湖畔を北上した。行動を共にする群衆の数はだいぶ減ってしまっていたが、それでもかなりの人数なのでいやでも目立つ一行だった。

 すべてが明るい日ざしの中にあった。かなり暑かったが、風が強く心地よく頬に当たり、それが涼を運んできた。

 だいぶ行ってから、また別の村に出くわした。気がつくと、行く手を遮るようにものすごい数の人々が彼らを待ち受けていた。イェースズの噂を聞いて待っていた人々のようだ。彼らには例の律法学者の横槍は、まだ入っていないらしい。中にはイェースズの姿を見て、駆けて来るものもいた。

 たちまちイェースズは、群衆に囲まれた。誰もが先を争ってイェースズに触ろうとして、ちょっとしたもみ合いになった。イェースズに触りさえすれば、それで奇跡がもらえるという噂までもが流れているようだ。

 イェースズはしばらく黙って笑ったまま触られまくっていたが、やがて人々を制して口を開いた。


「皆さん、私に触ったからとて奇跡が起こるという保証はないのですよ。奇跡は私が起こすんじゃなくて、皆さんの信仰の厚さと深さによって天の神様がお与えくださるものです」


「じゃあ、どうすれば信仰を深めて、奇跡を頂けるんかい」


「まさかパリサイ人みたいに、聖書トーラーを読めなんて言わないでしょうね」


 そこでイェースズは言った。


聖書トーラーももちろん大事ですけれどね、その読み方によりますね。とにかく皆さん、私の言葉を聞いてください」


 イェースズは人々を周りに集め、その中央に立った。


「おーい、前のやつは座れ」


 群衆の後ろの方から、声がかかった。そしてなんとかイェースズの近くのものは座り、その周りを立ったままの人が取り囲む形で人々の騒ぎは収まった。そこでイェースズは、群衆をざっと見わたした。

 ここにいる多くの人々は、皆育ってきた境遇も違えば環境も違う。罪穢の積み具合も違えば魂のランクも違う。そんな人々に同じ言葉を伝えても、その後はというと千差万別だろうとイェースズは思った。

 いったいこの中の何人が自分の伝えるのりを、自分の血とし肉として実践してくれるだろうか、それは分からない。それでも語らねばならないと思ったイェースズは、言霊に神の高次元の光を乗せて語りはじめた。

 人々は静まりかえり、湖からの風がその上を吹きぬけていった。


「皆さん、いいですか。もし次のようなことがあったとしたら、それはどういうことかよく考えてみてください。ある人がですね、畑に種をまいたんですよ。でもある種は道端に落ちてしまいましてね、そんなもんですからすぐに鳥が来て食べてしまったんですね。そしてある種は、石ころばかりの畑に落ちたんです。それで芽は出ることには出ましたけど、とにかく石ころだらけで根がはれないものですから、みんな枯れてしまったんです。そして茨の中に落ちた種は、これは茨が邪魔して生長できないでしょ。じゃあ、どういったところに落ちた種なら、すくすく育って実を結びますか?」


 最前列の漁師風の男が、声を上げた。


「おらあ畑のことはよくわかんねえが、種を育てるんなら普通はよく耕した畑にまくんじゃないんですかい?」


「はい、正解」


 イェースズはニコニコ笑っていた。


「どうか私が言っていることがどういう意味なのか、皆さんお一人お一人で考えてください」


 人々の間にざわめきが起こった。イェースズの話の内容は分かるが、それにどういうような意味があるのか、多くの人には分からずにいるようだった。

 だがイェースズは、あえて話を続けた。


「その耕された畑にまかれて芽を出してすくすくと育った種、そうですね、それを麦だとしましょうか。そのいい麦が育っているはずの畑に、いつの間にか毒麦が混ざっていたことが分かったんですね。最初から種に毒麦の種が混ざっていたのか、あるいは夜中に悪いやつが畑に忍び込んで、こっそりと毒麦の種をまいていったのか、それはしもべたちは悪い人の仕業だと思い込んでましたけど。とにかくまずはその毒麦の抜いてしまわなければなりませんね。しもべたちはすぐその作業に取り掛かろうとしたんですけど、畑の主人は毒麦といっしょにいい麦まで抜いてしまうといけないってことで、収穫の時まで待てって言ったんです。だからしばらくは毒麦もいい麦に混ざって穂をはって、風になびいたりしていたんです。でも、刈り入れの時は必ず来るんです。刈り入れの時には、いい麦と悪い麦は振り分けられます。天国って、そんなものですよ」

 

 その日は野営だった。暗くなってからイェースズは、自分のテントに十二人の弟子とマリアだけを呼んだ。マリアは普段、女性の群衆と寝食をともにしている。

 薄明かりのランプの中で、トマスが顔を上げた。


「今日の湖での話は、今日の朝とも違う話でしたね。何であんな話をされたんです?」


「あれは、たとえだよ」


 と、イェースズはにこやかに言った。


「神様の世界、神界の秘めごとには重大因縁があって、すべての神理をあからさまにすることは、まだ私には許されていないんだ。あなたがたは特に選ばれた人々だけど、ほかの人たちにはたとえで話すしかない。民衆の多くはこれまで信仰とは無縁の生活をしてきた人々だし、教育も受けていない。文字すら知らない人もいるし、そんな人々にあなたがたに話すのと同じ話をしても分からないだろう? 今日の朝、マグダラで多くの人が離れていったのは律法学者にそそのかされてというだけでなく、私の話が難しすぎて理解できなかったということもあるんじゃないかなと反省したんだ。やはり民衆のレベルまで下りていって、その人々にも分かるような言葉で神のミチを伝えなくてはだね。天地創造以来隠されていたことが、やっとほんの少しだけ、かけらだけでも話せる時代が来たんだよ」


「で、今日のたとえの意味は?」


 トマスが身を乗り出すようにして聞いた。イェースズはうなずいた。


「あなたがたなら分かると思うから言うけど、今日の最初のたとえは、同じ教えを説いても教えを受けた人の状態によって受け取り方もまちまちだってことだよ。同じ神様の言葉を伝えさせて頂いてもだね、霊障がきつい人には道端に落ちた種といっしょで、霊が邪魔して聞かせなくする、つまり芽が出ないってことだ。石ころだらけの畑にまかれた種っていうのは、一度は神のミチを聞いて喜び、燃え上がりはするけど、ちょっと困難にぶつかると根がないものだからすぐに意志を曲げてくじけてしまう人のことだね。そして茨の中に落ちた種とは、財産とか名誉欲とかそんなあらゆる欲望が神理の実践を邪魔してしまう人だ。だから神の教えを受け入れる前によく心を耕しておく必要があるし、またあなたがたもこれから私の代理として人々の中に行く時に、よく人々の心を耕してから神理の種をまかなければいけないということだ」


 ランプがかすかに揺れた。外からは物音一つ聞こえない、穏やかな夜だった。


「そしてもう一つのたとえだけど、それはこの世のことを現しているんだ。この世はいい麦も毒麦も、いっしょに伸びている世界だ。神様は善人も悪人も、等しく許して生かしてくださっている。それが神様の大愛なんだよ。だからこの世はさまざまな想念の人、さまざまな霊層界の魂の坩堝るつぼだ。でもね、霊の世界は完全に想念の世界でね、人は肉体的な死を迎えて霊の世界に行くとそれ相応の世界に住むことになって、違う霊層界の人とは互いに交流はできない」


「つまり、天国と地獄ってことですか?」


 と、ペトロが口をはさむ。イェースズは穏やかにうなずいた。


「そうともいえるけど、霊の世界は天国と地獄だなんて、そんな単純な構造じゃない。霊界は上の天国から下の地獄まで、二百以上の段階に分かれている。それを霊層界っていうんだ」


「ひえー」


 トマスが突拍子もない声を上げた。


「霊の世界って、そんなにたくさんあるんですか」


「そうだよ。私はかつて霊層界を、つぶさに見聞してきた。上の方の天国になればなるほど暖かくて明るい温暖遊化(ゆうげ)界で、みんなそれぞれ芸術を楽しんだりして遊んでいる。でも本当の意味の至高芸術界、つまり神様のいらっしゃる世界は、そこよりもずっとずっと上なんだ。そして下へ行くと読書くらいはできる世界から軽労働界、重労働界となって、どんどん暗く冷たくなっていく。そして下の方へ行けばいわゆる地獄となっていって、いちばん下は惨憺さんたん凍結界だ。そういったいくつもの段階のうち、煉獄で本来の自分の想念があからさまになった魂は、それ相応の世界にスーッと引き寄せられていまうんだね。だから例えば地獄に落ちる魂は、その人にとっては地獄がいちばん住みやすいから、自分で選んでスーッと地獄へ行ってしまう。その魂にとって地獄が相応ってことで、決して神様から懲らしめのために地獄に落とされるんじゃない」


「そんな、自分で地獄を選ぶなんて……」


 ヤコブのつぶやきは、十三人すべてのつぶやきと同じだった。


「いいかい。ねずみやこうもりにとって、暗くてじめじめしたところがいちばん住みやすいだろう。彼らは明るいところでは、生きていけないよね。ねずみを明るいお花畑に連れて行ったら、すぐに逃げ出してもとの穴に帰ってしまう。それと同じでね、地獄にいる霊にとっては地獄こそが天国で、そんな魂を天国に連れて行ったら、苦しいと言ってすぐに地獄に逃げ帰ってしまうよ。人に取り付いていた地獄霊や邪霊が、私が浴びせかける神様の天国の光が、まぶしい、苦しいと言って大暴れしただろう。あれを見れば分かるはずだ。そもそも神様は、最初は地獄などお創りになってはいなかった。神から離れて堕落した人々の想念が、地獄という世界を創りあげてしまったと考えればいい。この世とていろんな魂の人が同居しているのだからすごい修行の場なんだけど、本来は神様がこの地上に物質による地上天国を作らせようとしたくらいなのだから、修行の場にしてしまったのも人間の想念ということになるね」


 イェースズはまたニッコリ笑った。夜も静かに更けていった。

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