宇宙意識
最初はイェースズ自身、何がどうなっているのか分からなかった。座っていたはずの石の祭壇が、遥か下に小さく見えるのである。しかし以前に幽体離脱したと木のような浮遊感も上昇感も全くなかった。
依然として彼は、石の上に座ったままなのである。尻の下の岩の感覚もそのままで、それは身近にあった。それでいて、同時に遥か高い所から祭壇岩を見下ろしている。
そしてその高度は、どんどん増していく。ただ単に高くなっているのではなく、周りの山々や雲に包まれた谷などが、どんどん小さくなっていっているのだ。
驚きのあまりに声も発せられずにいると、そのうちあれほど巨大に感じられていたノリクラウィ岳を含む連峰が足もとの小さな皺のようにさえ感じられはじめて、周りの景色も丸く全方角が一望できるくらいになっていった。そして、遠くの海さえも見えはじめた。その水平線ははじめははっきりとしていたが、段々と海と空が同じ青でぼけあい、輪郭もはっきりしなくなった。
すべての世界が小さくなっていくということは、自分が大きくなっていっているということだ。だが肉体感覚はまだ岩の上に座ったままなので肉体が巨大化しているわけではなく、どうやら彼の意識だけがどんどんと巨大化していっているようだった。
意識の巨大化は、どんどん速度を増していった。したには緑の大地と、青い海が見えるだけになった。その大地というのも、意識の巨大化に伴って島である全貌を表しはじめた。もちろん頭では今いる国が島国であることは分かってはいたが、今はじめてそのことをイェースズは確認した。
イェースズが現在暮らしている島の形は、実に面白かった。もちろん、こんな形をした島だとは、イェースズは今まで知らなかったのである。頭や胴体、足や尾などに当たる部分が見え、全体的に細長く、弓なりに身をそらしている。
龍だ……と、彼は思った。かつてトト山の赤池の中のお堂で見た尊い龍体の形をしているのが、霊の元つ国といわれている島国で、つまり霊島だったのだ。弓なりにはっている方は広い広い大洋が彼方の水平線まで広がっていたが、その大洋こそがムーの国をのみ込んだ大洋なのかとイェースズは思った。
その反対側がすぐそばまで、広い大地が迫っている。その大陸がティァンアンのあるシムの国のようだ。上空から見ても緑美しい島国とは対照的に、大陸は海からすぐの所からもう赤茶けた砂漠が広がっていた。やがて遠くに白い雪の壁のような皺が見え、その下は三角形に海に突き出ている半島だった。白い雪の壁は雪の住処に違いない。そなると、その下の三角の半島はアーンドラということになる。
自分がかつて生活し、別れを告げてきた国を、再びこのような形で見ることになるとは、イェースズは予想だにしていなかった。それならと思ってイェースズは、もっと遥か西の自分の故国――イスラエルを見ようとした。ところが、イスラエルは見えないのだ。そこに行く前に大地は地平線となって終わり、濃い青いラインで空とつながっている。空も輝きをやめて青も濃さを増していき、やがて星が見えはじめた。それでも太陽は、まばゆい光を放っている。
そしてとうとう大地は、丸く星空の中に浮かんでしまった。この円盤が全世界ならば、なぜユダヤの地が見えないのかとイェースズはいぶかしげに思っていた。シムもアーンドラもこんな眼下に近く見えるのに、それならばユダヤの地が見えてもよさそうなものだ。だが、見えない。それでもイェースズの意識の巨大化はどんどん進む。
空には月も見えた。それも地上で見るような淡く黄色い光を放つものではなく、あばたやしみだらけの岩石のかたまりだった。
そしてそれは円盤ではなく、球だった。
イェースズははっと何かに気づいて、下の方の大地をもう一度遠くまで見た。月だけではなく、今自分が生活をしている大地さえ人々が考えているような円盤ではなく、球だった。
今まで自分が歩きまわり、皆が平板だと思っている大地は、実は宇宙にぽっかりと浮かぶ丸い球だったのである。それを知ったイェースズの驚きは、筆舌にも尽くしがたいほど巨大なものだった。
その球体となった地球もどんどん小さくなり、青い海と緑と茶色の混じった部分が認められ、表面を部分的に覆う白い雲も下の方に見えた。その姿は、実に美しかった。こんな究極の美の世界で自分たちは生かされてきたのである。
地球が小さくなるにつれ、そのほかの球体、つまりほかの惑星も見えてきた。ただ不思議なことに普通の星々は最初こそ見えていたものの、イェースズの意識が地球より大きくなった時に星たちは一斉にその光を消した。星が見えないのである。
やがてイェースズの意識がさらに巨大化すると、ほかの惑星たちは地球を含めて皆一定の軌道で太陽の周りをまわっていることを知った。
すでに時間の感覚がなくなっており、今は静止しているように見えたが、それら惑星には軌道があることがイェースズにははっきりと智覚できた。
イェースズの意識は、さらに巨大化する。
多くの惑星たちによって星系をなしている太陽が遠ざかると、太陽と同じように自ら光と熱を発する光球――恒星が無数に間近に見えてきた。これらこそが地上から眺める満点の星々なのだろうが、それらはやがて巨大な渦となって、太陽もまたその中に溶けていった。ちょうど地上から見る天の川が光度を数百倍に増して、渦を巻いているようだ。
その渦の中には二千億個近い恒星があり、その中でも地球と同じような惑星を持つ星も相当の数で認められた。その中には霊的な存在、つまり霊人の住みかとなっている所はあるようだが、地球のように物質による肉体を持った生物が存在する星はひとつもなかった。
やがてイェースズの意識はますます巨大化し、それにつれてあれほど巨大だった恒星の集まりの渦もどんどん小さくなっていった。そしてその周りに同じような銀河の渦が無数に散りばめられはじめ、その数は何千億にも達すると思われた。そしてそれらが群れをなすようになって、銀河群や銀河団を形成しているのである。
イェースズはあまりのスケールの大きさに面食らいながらも、すぐに覚醒した。この宇宙こそが『神』なのだと。『神』とは宇宙の大いなる意識、大宇宙意志で、真空に思えるこの空間こそが『神』の智・情・意の充満界であることを瞬時にサトッたのである。
なぜなら今やイェースズの意識もまた、宇宙大にまで拡大されている。これが本然の人の魂なのだと思った瞬間、彼の魂は最高の光の渦で満たされ、すべての叡智が彼のものになった。
大いなる『神』の大愛に包まれ、育まれ、生かされていることをしみじみと実感した。その境地は、『神』と自分のとの差を取った差取り――サトリの境地だった。人の魂とは本来誰でもこのように偉大なもので、水晶球のように透き通ったものだったのだ。それを今までは肉体というちっぽけな空の中に閉じ込められ、肉体の五官に振り回されて何も見えなくなっていた。
今のイェースズの目の前に浮かぶ銀河のうちの一つの、さらにそれを構成している銀河の数千億分の一である太陽の周りを回って入る地球の地表のわずかな一角に、ほこりのように這いずり回っている肉体を自分のすべてと思い込み、それにとらわれて生きることの悲しさもイェースズは知った。そしてその肉体には限りがあるが、魂はこんなにも巨大で、永遠のものだったのである。
地上で人類は、物質による地上天国顕現という『神』のご計画と目的のために再生転生を繰り返して魂を磨き、罪穢を消し、昇華を図るべきものだが、ひとたび肉体に入ると霊界のことも前世のことも人類の使命も創られた目的も分からないようになってしまい、五官に振り回される。それもまた、人に与えられた神大愛の試練なのだ。
そして砂粒のような地球の表面の細菌のような人類の一人一人に、神は愛を降り注いで下さっている。だから神は極大であって、同時に微に入り細に入りの極微の仕組みもできるお方なのである。だから極大の宇宙は同時に、極微実相の世界でもある。
今やイェースズの意識は宇宙大霊の波と一蓮托生、境なく交流し、生命の力、法則の力、産土の力と交感し、無限の力がとめどなく流れ入ってきていた。神魂と永久に連なり、『神』の大愛の光が流れ入る。『神』の妙智の光が流れ入る。『神』の清浄の光が流れ入る。
そうなると、巨大化していながら逆に極微の世界までが、すべて見通せるようになった。人の体も豚も桜の木もすべて小さな粒――細胞の集まりであり、さらに細胞は細かい素粒子の集まりであった。その素粒子さえ一つの核に無数の粒子が回転するいわば太陽系のようなもので、その粒子もまたもっともっと極微の素粒子の回転体なので、そんな極微の世界にも神の智・情・意は働いており、神の愛と意志は発動されている。巧妙な仕組みの中で、神の大愛の中ですべての人も生物も生かされている。
しかも、肉体を頂いているのが、地球の人だけなのだ。その肉体はちっぽけなものだが、そこには大宇宙意識と一体の魂が注入されており、そのことをサトり得ないほど人類は堕落し、神から離れてしまっているのが現状である。
さらにイェースズの意識は巨大化し、銀河群でさえ密集しはじめて、とてつもなく巨大なかたまりとなっていった。しかも、その形は人間の形だった。「神」がその姿に似せて人を創ったというのは、こういうことだったのかとイェースズはサトッた。人間の形というのは、宇宙の形だったのである。今イェースズが智覚している逆を言えば、宇宙こそが人間の意識の投影なのである。そして人の形の巨大な宇宙のちょうど眉間に当たるところがひときわ輝いており、イェースズはそこのすっと吸い込まれる形となった。すると中に銀河系があり、太陽系があった。
だがそれまでイェースズが智覚した宇宙はあくまで物質の世界の宇宙であり、「神」という存在はどこにもなかった。だが、次の瞬間、イェースズの目の前で霊的な宇宙の実相が展開された。
全宇宙が空間に浮かぶ一つ一つの星のおびただしい集合体である三次元現界の宇宙に対し、それと重なるように、高次元界はすべての宇宙が一つの世界だった。
四次元ハセリミ界、五次元カゴリミ界、六次元カガリミ界、七次元カクリミ界が大宇宙のすべてと重なって果てしなく展開している。
それと重なる八次元は奥の奥のまた奥の最奥の世界、そのすべての広大な宇宙が総て『大根元の神』のお体なのである。
だが、イェースズがそこまで知覚したのはほんの一瞬で、次の瞬間には彼はもう元の肉体の大きさになってノリクラウィ岳の頂上の祭壇石の上に座っていた。
しばらくイェースズは何の思考もなく、目の前の雄大でちっぽけな風景のパノラマを見ていた。
そしてそれが生き生きと、生気づいて感じられた。岩にも雲にも生命が感じられる。山も雲も木も皆生きている。『神』の大愛の中で生かされている。イェースズはそのことがもう嬉しくて、頬には熱い涙がいく筋も流れるのであった。
イェースズはまた、岩の上で瞑想を続けた。すべての実相が分かった今、残るは自分に与えられた特殊な使命のことだけである。それをサトるために彼は、全霊を傾けた。
もうふもとでもそろそろ冷たい風が吹きそむる季節であるが、ここは高い山の上なのでなおさらだった。また、天気がめまぐるしく変わる。
そんな中で独りほとんど何も食べずに瞑想を続けるイェースズだったが、もはや孤独を感じることはなかった。
すでに大宇宙と自分が一体であることを、彼は智覚している。時折瞑想をやめて静かに目を開け、周囲の大自然のパノラマを慈愛の目で見つめたりもした。すべてが自分と一体になった「神」の被造物だと思うと、何もかもがいとおしい。そして「神」の世界もこの世の自然も、すべてが調和で成りたっていることを実感した。狂いのない健で和でそして富の世界である。
自分もそんな自然の中の一部であることが、身にしみて感じられる。こんな狂いなき大調和の波調を乱しているものは、ほかならぬ人間の我と慢心のみなのだ。
今しも、日は西の空に傾きつつあった。すでに大地が宇宙空間に浮かぶ球であって、それが回転しているからこそ太陽が昇ったり沈んだりするということを、もう彼は知っている。月が満ちたり欠けたりするのがなぜかも、もう理解した。
恐らくこの時代で、そのことを知っているのは全世界でもイェースズ一人のみであろう。
いろいろなことは分かったが、まだ自分の使命をサトリ得るには至っていない。しかし彼は、焦ってはいなかった。焦ったからとて分かるものではない。むしろ落ち着いて着実に微笑みをもって魂を開いていく方が、よほどの近道であるはずだと彼は確信していた。必ず神がお示し下さるという、絶対的な信頼感があったればこそである。
そうして瞑想を続けて七日目、急に目の前の視界いっぱいにヴィジョンが広がった。それも肉の目に外から飛び込んでくるものではなく、自分の内面から湧き上がってくる映像だった。肉の目には周りの景色が見えており、それと重なるように霊的な映像が繰り広げられる。
周り三百六十五度を取り囲むヴィジョンの中に、彼はいた。
そこは町だった。巨大な自然石を巧みに組み合わせて造られた背の高い建物が、空を突くようにびっしりと並んでいる。自然石の一つ一つは人の背丈ほどもあるが、人工のものではなかった。それでいてかえって高度な文明の香りが感じられる。
自然石とはいえ、このように寸分狂わず組み合わせて積み上げるのは、並大抵の人力では不可能だからだ。さらにその建物の間には金属製の長い筒が空中にいくつも張り巡らされており、その上を時々奇妙な乗り物が何台もくっついたまま走った。遠くには透明な巨大ドームがいくつも並んでいるのが見え、空にさえ金属製の乗り物が飛んでいた。
町は人々でごったがえしており、その服装も今まで見たこともないものだった。その群衆が、一斉に空を見上げて騒ぎだした。空に巨大な星が現れたからだ。それは青い空にひときわ明るく輝いたかと思うと、見るみるこちらへと飛来し、気がついた時には巨大な円盤となっていた。町全体を覆うほど、その円盤は大きかった。
金属製のようだが、黄金色と白銀色で複雑な構造になており、その下辺部には中心に向かって同心円状に無数の窓が配置されていた。その窓からも光が放たれており、そこの部分の中央からはそれ以上のまばゆい光が発せられていた。
町の中央の広場から空に向かって、石の階段が延びていた。階段は空中のかなり高いところまで登ってそこで終わっていたが、円盤はその上に着陸するらしい。広場には白時に赤丸、同じく白地に黄金の上六条の光状がえがかれたもの、そしてブルーのラインでカゴメの紋が描かれている旗などが無数にはためいていた。
円盤はゆっくりと回転しながら下降し、集まった人々の熱狂は最高潮に達した。
「ラ・ムー、ラ・ムー」
と、人々は口々に叫んでいる。やがてそれは一つのシュプレヒコールとなって、青い空に響く。
円盤が石段の上に着地し、その円盤の中から幾人かの人が出て石段を下りはじめた。群衆の興奮は、ますますエスカレートしていた。
いつの間にかイェースズは、石段のすぐ下に立っていた。その周りは、群集は少し間をあけて立っていた。その石段の下に立っている自分を、イェースズは別の目で見ていた。
しかし、顔といい姿といい、全く今のイェースズとは別人なのだが、それでもあれは自分であるとイェースズは察知できた。
二列で石段を降りてきた人々が石段の下のイェースズの前に来ると、恭しくイェースズに向かって頭を下げた。そして、
「ミコ様」
と、イェースズのことを呼んだ。その人々の青い服の左胸には王家の紋章たる太陽の楯がつけられており、それは中心に十字が描かれた太陽を上部が平らのM字型の楯のマークが包みこんでいる紋様だ。
「スメラミコト様におかれましては、、ただいま万国御巡光より無事お戻りに遊ばされました」
その報告を聞いて、イェースズは満足げにうなずいていた。その間も、群集の歓喜はやまなかった。
「ラ・ムー。お帰りなさい」
「「「「ラ・ムー、イヤサカ!」」」」
大群集が一斉に唱和する中で、イェースズは石段の真下に歩み寄った。その時、石段の上の方からものすごい閃光が放たれ、その中に一人の人影が現れた。その人こそが、閃光の発光体であった。通常の人の二倍の背丈があろうと思われるその人は。周りを光一色に塗りつぶしながら、ゆっくりと石段を降りてきた。人々の歓声はますます高まる。イェースズもまた、恭しく地にかがんで礼をした。
次の瞬間、イェースズはまたノリクラウィ岳山頂のもとの場所にいた。
「ああっ!」
とイェースズは突然叫んだ。
「私は、この国のミコだったんだ!」
その心の中の叫びは故国のアラム語ではなく、紛れもなくこの国の言葉だった。
イェースズはすぐに、今のヴィジョンの意味を察した。それは自分の前世記憶だったのだ。それが蘇った。
人は現界に生きている間は本当の自分の意識の十分の一しか使ってはおらず、あとの十分の九は幽界に種魂として置いてきている。その種魂からもあらゆるレコードが取り出され、イェースズと一体になった。
イェースズは十分の九の意識さえ取り戻した。現存する島国の霊の元つ国が巨大な大陸の一部だった頃、全世界を統治されていたスメラミコト様、すなわち世界大王の家族の一員、つまりイェースズは前世では王家の一員だったのである。
自分の前世を智覚した途端、さらなる叡智が彼に流れ込んできた。全身が熱くなるのを覚え、同時に内部からこみ上げてくる熱いものもが自然と涙を流させた。もはやイェースズは、輪廻転生のすべてをサトリ得た。
前世ばかりでなく、前々世の記憶さえ、瞬時に甦ったのである。
しかも不思議なことに、普通の人の魂のように、過去世と過去世の間に幽界生活はなかった。彼の魂は、直に神界からその都度降りてきていた。だから彼の過去世は、普通の人の魂の輪廻転生とは、大きく次元を異にするものだった。
イェースズはまた、感動にむせび泣いた。今までの二十年そこそこの人生が自分のすべてではなく、魂はずっと前から、モーセやアブラハムの時代より前から自分は存在していたのである。
人の魂は幽現の二つの界を行き来して、生き変わり死に換わりしつつ神の子としての力を磨き、そして昇華して、やがてはこの地上に神の国を顕現させるのが、神の子人を神が創造された目的なのだ。
そのときまた意識が遠のき、彼は幽体離脱しようとしていた。今度は、誰かに呼ばれてのことのようだった。そして光のドームの中で、イェースズの魂はどんどん上昇していった。
気がつくと彼は、一面の紫の花畑の中にいた。えも言えぬ優しい光圧を発する霊界の太陽が、真正面に胸の高さにある。そしてそこは、空全体も黄金色に輝く世界だった。
気がつくと、目の前のなだらかな緑に輝く丘の方に多勢の人が集まって、こちらを見ていた。
イェースズは瞬時に、その人々の前に移動した。人々は皆、歓喜の涙で頬をぬらしていた。その中から二人の男と一人の女が出てきた。
にこやかに笑う女は、現界では変成男子として活躍し、今はイェースズの守りの主となっているゴータマ・ブッダであった。
久しぶりの再会にイェースズは思わず駆け寄ると、彼女は静かに手を伸ばした。そして二人は、硬く手を握り合った。
「イェースズ」
「ブッダ!」
この短いやり取りでイェースズは、今までは導きの親でもあったゴータマ・ブッダと、もはや同等の立場に立ったことが示された。
ほかの二人は、イェースズにとって初めての顔だった。
ところがイェースズはその人たちに対して初対面という感じはなく、むしろ何百年来の知己に再び巡り会えたという感動がなぜかひしひしと湧いてきた。イェースズのその想念を読み取ったブッダが、二人を紹介してくれた。
「こちらはエリア、こちらはモーセです」
「あ!」
瞬時にしてイェースズは、すべてをサトッた。二人とは初対面どころは、神界では魂の友――ソウルメイとだったのだ。もうイェースズは顔がくしゃくしゃになるくらい感激の涙を流しながら、二人と握手をかわした。
――神界の神霊の分魂として遣わされて地上に降ろされ神魂でも、肉体に入った途端に使命を忘れて現界では没落していく場合もあるのに、あなたはよく自分の魂を自覚して下さいました。
――あなたには、すごい使命があるのです。そのために邁進して下さい。
モーセとエリアの二人は、口々にそう言った。彼等の顔はにこにこと微笑んでいたが、その目は潤んでいた。
「その使命が知りたくて、こうして瞑想をしているのですが……」
モーセは慈愛溢れる目で、イェースズを包みこむように見た。
――使命はやがて示されるでしょう。「神」もあなたがそれを自覚する日を、心待ちにしておられます」
「こんなに悩んで見つけようと苦労している使命が、そんなに簡単に示されるんですか?」
――心配には及びません。
と、ブッダがにこやかに話に加わって言った。
――神から示されることのほとんどは、すでにあなたが行をされたことによって自らサトリ得たものです。
そう言って、ブッダはくすっと笑った。その三人の背後には多くの人が集まってきていた。
――よくご無事で……
――またお会いできるなんて
その人々は口々に叫んで、手を差し伸べてくる。イェースズも泣きながら、それらに応じていた。どの顔も初対面のはずなのに、懐かしさを覚える。そしてここに集まっている人々がまるで自分の分身のように、イェースズには思われた。
顔形こそ違うが、性格や考え方、魂の状況など、すべてが完璧なほどにイェースズに似ていた。こここそ実在界で本来自分がいた世界、自分が自分であり得る世界であった。
――忘れてはいません。あなたの苦しみ。
人々の中の一人が、イェースズの手を握りながら言った。
――「神様」の特別な使命を受けて現界に降ろされた。そういう神霊の分魂は、ものすごく苦しむはずです。
実際のところ、彼等の会話はこのように長い言葉でされていたわけではない。霊界の言葉は現界のそれとは違い、短い単語で数万通りの意味を含ませることができる。「あのう」と言っただけで、一冊の本が書けるほどの内容を伝達できるのだ。
――あなたが現界に誕生した時、私たちの数人は現界近くまで降臨し、近所の羊飼いの意識に刺激を与えておいたんですよ。
「それは……」
ふとイェースズの頭に、母から聞いた話が蘇った。
「天には神に栄光、地にはみ意にかなう人に平和」
イェースズは、その母の話にあった自分の誕生時の天使の歌の文句を言ってみた。
――そうそう。それです。
人々の表情は、うれしさではちきれんばかりの様子だった。
ここにいる神霊とは、つまり故郷では天使と呼んでいた存在なのである。そしてイェースズはそれとは別格なのだが、それを証明するような出来事が次の瞬間に起こった。




