ノリクラウィ岳
霊界での見聞、それはイェースズにとって価値観がひっくり返るような重大な体験だった。なにしろこの現界での常識というものが、ことごとく覆される世界だったのである。しかも、覆した方が実在の常識で、今この現界で常識とされていることが実は幻想にすぎなかったということを、イェースズはいやというほど思い知らされた。
現界に戻ってからのイェースズは、毎日クラウィ山の山中で反省の行を続けた。今までとは、反省の尺度が違う。霊界体験による厳とした霊的尺度を、今の彼は持っている。とにかく自分の過去を霊界の法則に照らし合わせて徹底的に洗い直し、一日の終わりには感謝とお詫びに徹するのだった。
罪ということを考えたら、身震いが止まらなくなる。とても他人様に頭が上がるものではない。そこでやけっぱちになって開き直るか、あるいはそれでも生かして下さっていることに明るく陽の気で感謝できるかで人生は違ってくる。
人生は伸達の節があって波を打つものだが、下向きの時に神の試練と感謝で乗りきり自分の罪穢を詫びて向上するか、不平不満でさらに曇りを積み罪を積んで落ちていくか、神を知っていると知らないとでは人生に大差が生じるのである。
とにかくス直になることだと、彼は思った。人は霊界に入ったら、素の状態になる。肉体も規制も見栄も外聞も道徳もない世界だから、自分の本性、秘めた心がむきだしになる。そしてそれによって魂の修行をすべき霊層界のランクが定められるのだが、イェースズはそれを現界でやってしまおうと考えた。
肉体という柵の中で霊的に盲目になっている現界での状態において、それをするのは並大抵のことではない。それでもやろうと彼は考えた。現界で素になってしまえば、確かに難しいことではあるが、それがいちばんいいことだ。あの精霊界で誰しも必ず見せられていた自分の一生を映す鏡を、今自分の心の中で映してしまおうと思ったのだ。
素は主に通ず――素になることが、「スの神」に近づくより近いミチのはずだ。
そうして、来る日も来る日もイェースズの反省の行は続いた。
さらには、自分の使命の自覚をと、彼は焦った。この世に降ろされたからには、何かしらの使命があるはずである。それを自覚するには、ますます素になる必要を彼は感じた。己の本質を客観的に見るのは、時には辛くもある。しかしそうせねば魂の曇りを吹き払うことはできないし、神の光も魂には到達し得まい。
そう思いつつも反省の行を続けるうちに、太陽が頭上から熱く照りつける季節となった。この国に来てから湿り気の多い夏の蒸し暑さには閉口していたが、ここは標高が高いせいかさほど暑さは気にならなかった。
さらに、食料調達の狩りをする以外はずっと反省の行をしているうち、風の中に涼を感じ、山中の木々の葉も黄色く変色しはじめるようになった。
そんなある日の昼下がり、イェースズは瞑想をやめてすくっと立ち上がった。少なくとも自分の使命は、ここでこうして禅定を組んでいることではないという結論に達したからだ。
それだけは、サトり得た真実であった。自分の使命は、人と人との交わりの中にあると過去の自分を振り返りつつあると気づき、そうなるともう足がむずむずして居ても立ってもいられなくなった。
イェースズは数ヶ月を暮らしたこの山を、一気に駆け下りた。ふもとに着いたのは、西日が傾きかけた頃だった。
そこに、人里があった。
とにかく人と会わなければと思った。人との接触を断ち、山中で魂を磨くための孤独な修行をしていた彼の魂は、磨かれもしたが枯渇もしていた。それを潤すのは、人と人との魂のふれあいのみであると思った。霊界でも現界でも、人は決して一人では存在し得ないのだ。神を真中心に、人々の一体化で三千世界は成り立っている。
ふもとの山間部の盆地にある竪穴式のわらぶきの家の並ぶ村落の一戸の前に立って、イェースズは中へと声をかけた。
「お願いです。私を一晩泊めて下さい」
中にはちょうど、家族がそろっていた。その中の主人格の髭もじゃの男が、怪訝そうにイェースズを見た。
イェースズとて数カ月に及ぶ山中での修行の後だから、髪も髭も伸び放題になっている。
沈黙の時間が流れた。イェースズは努めて、笑顔を絶やさずにいた。
しばらくたってから、イェースズはその髭もじゃの男に招き入れられる形となった。イェースズの顔が、さらにパッと輝いた。
中へ入ると、土間の中央のいろりを囲んで、髭もじゃの男とその妻らしき女、そしてまだ幼い女の子が二人、イェースズを無言で見つめていた。それは、明らかに人種が違うこの珍客への好奇の目だった。
「まあ、お座んなさい」
と、男は言った。イェースズが言われた通りに座ると、その男もそばに座った。
「あんた、赤人だね」
「え?」
イェースズには、何のことだか分からなかった。
「五色人のうちの、赤人だろう」
「五色人?」
「世界の人々は、五つの色に分かれている。我われ黄人、そしてあんたのような赤人、さらには白人、青人、黒人」
確かに、イェースズがこの国に来るまでの見てきた世界では、いろんな肌の人がいた。はじめて祖国を離れて黒人を見た時は、度肝を抜かれたものだった。自分が赤人なら、確かにローマやギリシャの人々は肌の色が微妙に違う白人だ。
「なぜ、そんなことをご存じなのですか?」
この目の前の男が、自分のように世界を旅してきたなどとはとても思えない。
「このピダマの国のものなら、誰でも知っておる。ここは人類発祥、五色人創造の聖地だからだよ」
その言葉には、イェースズは驚かなかった。ミコからも聞いていたし、それだけでなくその事実は自分がいちばんよく体験によって知っている。
そこでイェースズは、身を乗りだした。
「そのような話を、もっと聞かせてください」
やはり山中で一人修行するより、こうして人間社会の中にいる方が何かとおもしろそうだった。
その夜、狭い竪穴住居の中で、イェースズと髭の男は酒を汲みかわしていた。男の妻と娘は、すでにすぐそばで眠りに落ちている。イェースズと髭の男の間は、わずかばかりの灯火にかすかに照らされていた。
「私は今まで、クラウィ山にこもっていたんですよ」
「ほう。クラウィ山。そこで何をしていたんだね」
男は目を細めた。
「いろいろと、自分を見つめる修行をしていました」
さすがに霊界探訪のことは、この男には言う気にはならなかった。まだ、初対面なのである。
「あの山は、すごい山だ」
男はイェースズの氏素性など全く気にしていないように、、淡々と話した。
「あの山は昔、天祖の神が降臨された山であるし、人祖の神もまた降臨された山だ」
「人祖?」
「神の御名は言えないがな」
「人祖の神って、アマテラス日大神様?」
男の表情が変わった。イェースズは口をつぐんだ。言ってはいけないことを言ってしまったのかとイェースズは当惑し、しばらく沈黙が流れた。二人は黙って、酒を口に運んでいた。酒は白く濁った酒だった。
ややあって気まずさを打ち砕こうと、イェースズの方から口を開いた。
「先ほど言われた、五色人発祥のことですが、それはどういういきさつがあったのですか?」
故国の聖書では、人々がバベルの塔を造ったために多くの言語が生じたとあるが、人種が分かれたことまではそこには書かれていない。
ただ、この国に来てからオミジン山のミコより、太古に全世界を統治していたスメラミコトの五つの肌の色を持つ五人の皇子が全世界に派遣されたということだけはすでにイェースズは聞いていた。その子孫が、現在の五色人だということである。
イェースズは、果たして目の前にいる髭の男も同じことを言うだろうかという好奇心にかられていた。そしてその好奇心は、満たされた。
「皇統第二代のスメラミコト様の十六人の皇子は、五色の肌だった。例えば黄人はバンシナテイセイ王民様、赤人はヨイロパアダムイブピ赤人女祖様、白人はアシャシャムバンコクムス白人祖民王様、青人はヨハネスブルグ青人民王様、黒人はインドチユウラニア黒人民王様などで、それぞれ世界に派遣されてその地を統治された」
「では、この国はそのバンシナ……」
「違う!」
男の口調は強かった。
「その方は支那、つまり海の向こうの隣の国の黄人の祖だ」
「シムですか?」
男は、それには何も答えなかった。だが、イェースズの目からはシムの国の人もこの国の人も同じ人種に見えるので、同じ黄人だと思ったのである。
「いいかね、この国は霊の元つ国で、人類発祥の国だよ。だからこの国の人は黄人ではなく、本家の黄人なんだ。つまり、皇統第二代スメラミコト様の皇太子であらせられた皇統第三代スメラミコト様の直系の子孫だ。だから黄人で、皇人なのだよ。だからといって、偉いというわけではないがな」
男はやっと、少し笑った。だが、イェースズは無言だった。男は話を続けた。
「つまり、全世界の全人種は、同じ親神様によって創造された兄弟だ。だから平等なのだがね、兄弟とは兄と弟がいるだろう。この国の黄人は、世界の人種の長男に当たる」
イェースズはス直に、それを受け入れた。この国に来てからの一年半の見聞で、それを疑う余地はイェースズの中にはなかった。ただ、ふと思ったことだけを口にした。
「どうして皇統第二代のスメラミコト様には、突然肌の色が違う皇子様方がまれたのですか?」
「そんなの知らんわい。なにしろ、遠い昔のことだ」
男はまた、少し笑った。
「ただこの国は、天の神様がはじめて降臨された国で、人類がこの国で創造されたということだけは変わらないがな」
「この国というのは、この島国のことですか?」
「そう。でも今は島だが、昔は大きな大陸だったそうだ。神がここですべてを無の常態から有の状態へと創造された」
「つまり、霊を物質化させたということですね」
「さあ、そういうことはよく分からないけど、何もない所から形があるものを生みだしたということだ。だから、無から有を創造されたということで、この島を、いや、島だった大陸を無有の国といったんだ」
「え? ムー?」
興奮のあまりイェースズは大きな声を出してしまい、慌てて男の眠っている妻や子を気遣った。しかし、彼の興奮も無理はない。ムーという名前は、キシュ・オタンで彼が粘土版でその名を見て以来、大洋に沈んだ人類発祥の大陸として追い求めていたムー大陸だ。
「やはりこの国が、ムーなんですか?」
「かつて大陸だった頃は、そう呼ばれていた。今は霊の元つ国と呼ばれているし、特にこのあたりは人祖の神の降臨の地だからピダマの国という」
「ピダマとは、どういう意味なのですか?」
「ピは太陽でその球、つまりピダマの国とは太陽の直系国だということだ」
「アマテラス日大神」は太陽の神、その天降りましました聖地だから、太陽の直系国なのだとイェースズはすぐに察した。
「昔はもっと広い範囲がピダマの国だったんだ。もっとずっと東の方までね。今では東の方はサヨシヨの国と称していて、ピダマの国というのはクラウィ山を中心とするこのあたりだけになってしまったのだよ」
「東の方って、だいたいどこまでなんですか?」
イェースズは、また酒を口に運んだ。
「ノリクラウィ岳までだな。そこへ行ってみるといい。神とのかかわりも深い所だというから、もっと霊的な人類発祥のいきさつが分かるかも知れない」
「高い山ですか?」
「頂上は、真夏以外はほとんど一年中雪だ」
それなら、かなり高い山のはずである。山中での修行の無意味さをサトって人里に降りて来たばかりのイェースズだから、また山かと一瞬たじろいだ。だが、別にそこにこもってまた修行をするわけでもないと思って、目を上げた。そして、
「明日、行ってみます」
と、言った。
翌朝起きだしたイェースズを、髭もじゃの男は笑って迎えた。竪穴住居の中には、もうほかには誰もいなかった。
「さあ、俺は狩りに行くぞ」
男がそう言うので、イェースズもノリクラウィ岳に向かうべく仕度を始めた。
外へ出るとまぶしい陽光がよく晴れた空から降り注がれ、あたりを輝かせていた。イェースズはその明るさに慣れるまで、しばらく目を細めていた。
「昨日はいろいろとお話を聞かせて下さり、有り難うございました」
「いやいいが、このピダマの国は世界ではじめて地名がついた場所でもあるんだ」
辺り四方を取り囲む山々と、その間から遠くに見える雪をかぶった連山、そして素朴な人情がイェースズの心に焼きついた。
村の中には一本の小川が、清らかなせせらぎを見せていた。そのまま川は、北へと流れていっている。
「この川は、どこまで流れているのですか?」
「トト山を通って海に出る」
「え?」
それなら、イェースズが最初に舟で上ってきたあの大河ではないか。それが今はこんなに小さな小川なのである。
「天の安川というんだ。天の高天原にもそのような川が流れているというし、ここにも流れている。だからここは、地上の高天原なんだ」
それを聞いてイェースズは、ミコがいつも御神前で「タカアマパラニカンドゥマリマス」と祈っていたことを思い出し、同時にそれはあの霊界探訪の最後に垣間見た光の洪水の世界の記憶と重なった。
そんなことを考えながらもイェースズは男に一泊の恩を謝し、村を後にして東へと向かった。
まずは教えられた通りに川に沿って北上した。次第に川は幅を広くしたが、浅い川なので底はよく見えた。しばらくは山間の少し開けた盆地の中央に川は流れていたが、途中でなんと水がなくなって石ころだらけの河原だけが続くようになった。
その河原に沿って歩いて行くうちにいつの間にかまた水が流れるようになった。何とも不思議な川だが、そこの部分だけは川の水は地下にしみこんで、伏流水として河原の下を流れていたようだ。
やがて左右がまた山となり、両岸に垂直に岩肌が迫るようになった。川幅も狭くなり、その分流れも急になっている。かろうじて道はあったのでイェースズはなおも川に沿って歩いて行くと、今度はもっと広い平野に出た。平野といっても遠くを山に囲まれている盆地には変わりなかったが、その神々《こうごう》しさにイェースズはしばらく絶句した。そこはまさしく地上の高天原だった。
そしてその平野の一角に実在しない巨大な黄金の屋根が見えたような気がしたイェースズの頭に、遠い将来には世界のさまざまな肌の色の人がこの地に集う時が来るという予感が飛来した。
そして東に目をやると、盆地の終点に頂上に雪を頂く巨大な連山が横たわっていた。あれこそがノリクラウィ岳に違いないと、イェースズはここから北上してた足の方向を転換し、東の連山に向かって歩き始めた。
そして草むらの中の一本道をそのまま歩いていくうちに、イェースズはまた不思議な光景に出くわした。
今度は実際の光景ではあるが、最初のまだ遠いうちは何だろうと思っていたところ、近づくにつれてそれは木が覆い繁った小高い丘だと分かった。そして近づけば近づくほど、その丘が異様な姿をあらわにしはじめた。丘自体はさほど高くはなく、オミジン山などよりも遥かに低い。ただ異様なのは山を覆っている木立が、頂上付近で鋭く天を突いていることだ。つまり、見かけ上の丘全体が鋭角三角柱のようになっており、頂上付近の木がその三角柱の鋭い先端になっているのだ。
イェースズは立ちすくんで、思わず息をのんだ。丘の中腹には人工の神殿ではなくいくつかの岩に結界をはって神域にしている磐座が認められたが、あまりに木立が鬱蒼としているのでその全容は明らかではない。
しかもイェースズの足を止めたのはその異様な光景ばかりではなく、ちょうど磐座のあたりからものすごい霊流が発せられていてこちらにぶつかってくることもあった。それはあの霊界の太陽から発せられていた霊流と、明らかに同質のものだった。その背景に、ノリクラウィ岳を含む連山が横たわって見える。
イェースズは一歩一歩ゆっくりと、その丘へと近づいてみた。すると霊流はものすごい高圧となってぶつかってくるようになり、イェースズは軽いめまいさえ覚えた。丘のふもとから磐座までは石段が続いており、丘はどうも自然のものではなさそうだった。これも間違いなく、日来神堂と思われた。
そして丘の頂上を見上げたイェースズは、思わず声を発した。肉眼にはただ緑の尖りと青い空が映るだけだったが、霊眼には丘全体から立ち昇る巨大な炎の柱がはっきりと見えた。それは物質ではなく霊的な炎であったが、真っ赤に燃えながら光を放つその火柱は、左回りに回転しながら空へと昇っていっていた。
イェースズは、思わず一歩後ずさりした。しかし次の瞬間には、彼は炎の柱に向かって歩きだしていた。なぜかそちらへと引っ張られる感覚を彼は覚えたのだ。
やがて彼の足は地を離れ、からだが空中を浮遊して、そのまま炎の柱の中へと吸い込まれていった。その途端ものすごい上昇感を感じ、イェースズの体は大空へと放り出されていた。そのまま火柱に乗って、彼は上空を飛行した。肉体もろとも霊質化し、霊的な炎に乗っているのだ。
眼下には今まで歩いていた盆地やそれを取り囲む山など、大自然のすべてが雄大に展開されていた。そしてそのままイェースズの体はものすごい速さで、ノリクラウィ岳の方に向かって引っ張られていった。そして本格的な山岳地帯の上空にさしかかると、風景も一変した。険しい谷と岩肌が続き、もはや木々さえまだらであった。そして、ノリクラウィ岳の頂上が、見るみる眼前に迫ってきた。
イェースズの肉体が再び物質化した時は、もうノリクラウィ岳山頂の、巨大な石の祭壇らしきものの前に放り出されていた。
そこはクラウィ山のようなふもとから見上げられるような山ではなく、本格的な山岳地帯だった。ただ、ものすごい霊圧を感じた。頂上付近はいくつもの岩の峰が起伏となり、その間が狭いながらも平らなスペースで、祭壇石はそこにあった。
直方体の岩石で、高さは人の背丈くらいはある。明らかに人工の岩だが、どうにもその上に登る術はなさそうだった。ところが一回りすると、ちゃんと上に登る石段が付いていた。上は人が五十人ほど乗れそうな広さで、そこに登ってイェースズはあたりを見回した。山は単独の山ではなく、尾根伝いに次の峰へと連なっている。すぐ下の峰に囲まれた低い所には、青緑の水をたたえる小さな池もある。そして遠くは大地の皺が岩となってそそり立って連なる連山が幾重にも重なり、遥か遠くの山脈まで三百六十度の大パノラマとなって見渡せる。
その谷間の遥か下が下界だろうが、下からはどんどん雲がわき上がって谷間を埋め、隣の山脈などは雲の海に浮かぶ島のようだった。
空はよく晴れていたが、空気がひんやりとして肉体的にはとてつもなく冷たく感じた。
今立っている峰は岩山だが植物が全くないわけではなく、ところどころが緑の草に覆われていた。そして峰の上の方は、所々が冠雪していた。
とにかく、何もかもが美しかった。すべてが「神」の被造物である。「神」がこの世界をお創りになった後、「善しとされた」というのもうなずける。大自然は神の至高の芸術で、至って善なるがゆえに至善――自然なんだと納得し、その大自然のてっぺんにぽつんと置かれたちっぽけなわが身をイェースズは実感した。
自分を含めて人類は、その「神」の至高芸術の大自然の中で生かされている。その人類もまた、「神」が全智全能を振り絞られてお創りになった最高芸術品で、それゆえに神の子ヒトなのだという思いが、イェースズの中でひしひしと湧きあがってきた。
そうなると、今しがた大自然の中の自分がちっぽけな存在と感じたことを、彼は急に否定したくなった。大自然も神の芸術、神の子人も神の芸術なら、わが身と我が魂をちっぽけだと感じるのはおかしいと思ったのである。
イェースズは、岩の上にどっしりとあぐらをかいて座った。そして、ここへつれてこられた意味を考えた。
もちろん、偶然に空に放り上げられて、ここに落下したというはずは絶対にない。すべてが神の御意志のはずだ。では、なぜこの場所なのだろうかと思って、イェースズはもう一度あたりの限りなく広がる空間を見渡した。
この大自然と比べると、肉体は確かに小さい。しかし魂は神から分け与えられたものだから小さいはずがないと、イェースズはもう一度心の中で反芻した。
そう思うと、イェースズの心の中になともいえない安らぎ、平静で平和な安堵感が広がりはじめた。それはとてつもなく暖かく、内から湧き出た感情のはずなのに、なぜか外から自分の意識全体が包みこまれたような感覚となっていった。そして、「神様」はどこにおられるのだろうと考えた。
霊界探訪で最後に見たあの究極の黄金神殿に「神様」はいらっしゃるのか……ではあの神殿は、どこにあるのか。そう思って空を見上げた時、イェースズの心の中にその答えが自ずと湧いてきた。「神様」がどこかにおられるのではない。自分が「神様」の中にいるのだ、と。
自分は、そして自分だけでなくすべての人類、すべての生き物、大自然を含むすべての被造物は、「神」の愛の中に存在している。そう思った時、イェースズの心の中にまた熱いものがこみ上げてきた。そして、驚くべき現象が、次の瞬間に起こった。




