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人間・キリスト  作者: John B.Rabitan
第2章 東方修行時代
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船出

 ティァンアンを出てから二頭のラクダはひたすら東へと進み、そのうちいつかキァムジョンの町で見た黄色い水をたたえた大河に再び出くわした。

 それからは、その大河に沿って歩いた、大河に沿って行けば必ず河口に出るはずだからである。

 左右に山並みは見えるが、それほど高くはない黄土色の山だった。


 何日も何日も野宿してイェースズとラバンの二人は東に向かったが、イェースズがとにかく驚いたのはどこまでいってもこの国がなくならないことだった。

 過去にイェースズが行った国々なら原野のままでいそうな野まで畑となっており、ティァンアンを出てから十日もたったのにその状況は変わらなかった。

 時々町もあったがどこも同じような城壁に囲まれ、同じような服装を着て同じような言葉をしゃべる人々が住んでいた。

 イェースズの故国のユダヤはもちろん、アーンドラもこれほどまでに広くはなかったように記憶している。こんな国を治める皇帝なら、ローマの皇帝アウグストゥスと並び称されても不思議ではない。


 町では、イェースズたちは「ダドゥ・ジェン・ニェン」と呼ばれた。ここでは「ダドゥ・ジェン・クク」がローマのことだと思われており、彼らをローマ人だと思っているようだ。だがイェースズは、そのように呼ばれることをいとわなかった。「ダドゥ・ジェン・クク」が本当はローマではなく自分の故国のユダヤであることを、彼は知っているからだ。

 イェースズたちがやっと大海のほとりに出たのはティァンアンを出てからひと月もたってからだったが、それでもそこはティァンアンと同じ国だ。

 海は黄色い水をたたえていた。どこまで行っても。水平線まで黄色い海だった。イェースズにとって、こんな海ははじめてだった。イェースズは最初にその海の姿を見たとき、思わず言葉を失ってしまった。

 ついに世界の果てに来てしまったと、彼は思った。このような所まで来ると、今までの自分の中の常識を覆すようなものも平気で存在するらしい。

 そこはちょうど黄色い大河が海に注ぐあたりで、その大河が運んできたおびただしい土砂が海をこんなに黄色くしているのだろうが、こんな海の向こうに本当に島などあるのだろうかと少々不安になったりもする。


 イェースズとラバンは、海岸を北の方へとぼとぼとラクダを進めた。海には着いたが、船がなければ海を渡ることはできない。このような人里離れた海岸では、船を望むにも望みようがない。

 ラバンの話なら、ここから海岸沿いに北に行くとちょっとした町があるという。町まで行けば何とかなるかもしれないと、イェースズはひそかに期待していた。

 そうして右側に黄色い海を見ながら七日ほど海岸に沿って北上すると、果たして町にたどり着いた。さほど大きな町ではなかったが、やはり城壁で囲まれていた。

 この辺りでは海は、もう普通の青い海になっていた。黄色い海なのはあの黄色い大河の河口付近だけのようだ。


 城門をくぐって人ごみをかき分けて歩いていくうち、イェースズは町の中心にそびえるひときわ高い瓦屋根を見つけた。

 家並も道行く人々の服装も、ティァンアンと変わらない。ほぼ一ヶ月も歩き続けてきたのに全く何もかもが同じというのが、イェースズにはただただ驚きだった。

 イェースズはラバンをうながして、町の中心の瓦屋根の高い建物に行ってみることにした。質素な造りから宮殿ではなさそうだが、二重の屋根の下、木の円柱の間に鉄の扉があり、それは開いていた。イェースズはそっと中に入ってみた。

 中央には文字が書かれた碑のようなものが祀られており、その前にはさまざまな供物と火のついた細い棒のようなものが、香りの強い煙を出していた。この国独特の香りだ。

 どうも何かを祀る堂のようだったが、ブッダ・サンガーのそれとは違うことは明らかだった。この国にはブッダの教えが伝わっているような気配は、これまでイェースズは全く感じていなかった。


「フィル アッグ ニェン ハグ」


 と、ラバンは中に向かってこの国の言葉で叫んだ。すると、一般の庶民とは明らかに違う服装をした老人が出てきた。


「チェル ティアグ テンチェン ハグ?」


 ラバンの言葉に老人がうなずき、それからラバンはイェースズの方を見た。


「やはりここが、私が言っていた町ですよ。テンチェンの町です。一般的にはクァグと呼ばれていますけれど。一部にひそかにこの町の名が伝えられているんです」


 ラバンの言葉のあとに老人は、中央の碑のようなものの左右にある柱にかかっている赤地に金色で書かれた文字のうちの二つを指さした。そんなことをされても、イェースズには読めるはずもない。


「この、真ん中の物はなんですか?」


 と、イェースズはラバンに尋ねてみた。


「この町を築いたビャク・ヒャルという人の霊を祀っているんです」


「ビャク・ヒャル?」


「『ディェッケン』という聖典を著した人ですよ」


 その時、老人が何かを言った。イェースズはそれが、何か重要なことを言っているような気がしてならなかった。


「このご老人は、何て言われたんですか?」


 ついついイェースズはラバンをせかしてしまう。


「今、私が言ったのと同じようなことですよ。ビャク・ヒャルとう人は東海海中の島で万物の構成原理を学んでそれをこの国に伝え、『ディェッケン』を著したのだと」


「東海海中の島?」


 イェースズが叫んだので、一度は引っ込みかけた老人が驚いて戻ってきた。


「もっとこのご老人に、詳しいことを聞いてもらえませんか」


 そこでラバンが老人と何度かやり取りして聞き出し、それをイェースズに伝えてくれた。


「ビャグ・ギァが伝えたのは『ディェッケン』の元になるテンチェン・キァンムクという道具だったそうです。だからこの町はその道具にちなんでテンチェンと名づけられたのだけど、今はその名を知るものも少なくなったということですね。なにしろもう千年も昔のことだそうですから」


「千年?」


 イェースズは目を見開いた。


「その『ディェッケン』という書物には、何が書かれているんですか?」


 またラバンは老人にそのイェースズの質問を伝え、返事をイェースズに通訳してくれた。


「内容は、こうだそうです。『この世のすべては陽と陰でできている。陽と陰は日と月、火と水、男と女などのように相反するものを十字に組んだとき、万象を生成化育させる力が生じる。男と女が十字に組んで子供が生まれるのと同じである』と、まあこんなところだそうです」


 イェースズはそれを聞いて、しばらく黙っていた。すると老人は何か言いながら、イェースズとラバンを中に招き入れるようなしぐさをした。

 薄暗い堂の内部は、ろうそくの明かりだけで照らされていた。床は石畳になっていて、背もたれとひじ掛けつきの椅子が三つあり、そのうちの二つを老人はイェースズとラバンに勧めた。丸い木の柱は黒く光り、壁も天井もすべて木でできている。

 建物がすべて木でできているというのがイェースズには珍しく、彼は椅子に座ってからもきょろきょろと室内を見ていた。その後、老人とラバンは二言ふたこと三言みことやり取りをしていたが、そのあとでラバンがイェースズを見た。


「あなたのことを聞いておられますよ。あなたのことも絹の商人かと聞いておられたので、それは違うと答えておきましたけど」


 イェースズは、老人の方を見据えた。


「真理を学ぶために、十三歳で故郷をあとにしました。その後、アンドラ国からキシュオタンなどをまわって、絹商人の隊商といっしょにこの国に来たんです」


 その言葉を、ラバンがすぐに老人に通訳して聞かせた。それからまた、老人は何かを言った。


「今、おいくつかと聞いておられます」


「十八です」


 その言葉を伝えられた老人は、目を細めた。


「若いって感心していますよ」


 ラバンは、少し笑った。イェースズもはにかんで、笑みを見せた。


「名前を聞いておられます」


 イェースズは直接老人に、自分の名前を何度もゆっくりと言った。今度は老人は自分を指さし、


「ディェン」


 と、言った。それが老人の名なのだろう。そのあとで何かまた言ったが、それは


「ここで、ビャク・ヒャルの廟を守っているんだそうです」


 と、ラバンが通訳した。そのビャク・ヒャルが東海海中の島から来たという話を思い出したイェースズは、身をのりだしていた。


「ところで、私はここから船で、東の海へ船出したいのです。アーンドラにはブッダ・サンガーという教団があるのですが、五百年前にその教団を創ったゴータマ・シッタルダーという人は東の国のサルナート、つまり太陽の昇る国でその法を学んだということを聞いて自分も行きたくなったんです。そのビャク・ヒャルという人が学んでいたという国と、同じ国ではないのですか?」

 

 イェースズがあまり一気にしゃべったので、その言葉を訳して伝えるラバンはかなり焦っていた。老人はその中のアーンドラというのが分からなかったようで何度も聞き返していたが、ラバンがひと言「テンティョク」と言うと納得していた。それがこの国におけるアーンドラの呼び名のようだ。

 それからラバンは、イェースズの方を向いた。


「なぜ、そのようなことを知っているのですかと言ってます」


「はい。キシュオタンで粘土板を見たんです。そこには大陸の東の果ての海を渡ると、そこにはムーという太陽の直系国があって、そこが人類発祥の国なのだと書いてありました」


 それを伝え聞ききながら、老人は自分の白いひげをいじっていた。


「そのしてこの国のティァンアンの都に来たとき、昔ジェン・チャーグ・フアンが不老不死の薬を求めて、ギァグ・ピュァクという人を東の海に派遣したと聞きました。その不老不死の薬があるというブンラグ山も、人類発祥の地と言われているそうですね。ただ、キシュオタンで見た粘土板には、ムーはすでに大洋に沈んだと書いてありました。それならば、ブンラグというのはムーの沈み残りなのではないかという気がするのです」


 我ながらよくしゃべると、イェースズは思った。それを通訳するラバンも大変だろうと思ったが、東の海の中の島からこの国に「ディェッケン」の元である陰と陽の万物の構成原理が伝えられたと聞いてもはやいても立ってもいられず、どんな些細な情報にも敏感になっていた。

 イェースズは、ラバンを見た。


「ビャク・ヒャルは、東の国のことについて何の記録も残していないのかどうか、聞いて頂けますか」


 それからラバンとディェン老人のやり取りのあと、ラバンは言った。


「もう千年も前のことですし、たとえ記録があったとしてもジェン・チャーグ・フアンによって焼かれてしまったでしょうということです」


 イェースズは小首をかしげた。ジェン・チャーグ・フアンが多くの書物を焼いたのは自分と意見を異にするものを抹殺するためだったのだろうと思っていたのに、自分が家臣を派遣した先に関する記載まで焼いてしまったのなら、それは理解できないとイェースズは思ったのだ。

 それからまた老人は、何かを言っていた。ラバンがそれを、イェースズに伝えた。


「ビャク・ヒャルが『ディェッケン』に書いたことを実は東の国で学んだという事実を知っているのは、実は今ではこの老人お一人だけなのだそうですよ」


 すると、そのことは周知の事実というわけではないということになる。


「恐らくそういった事実を誰にも分からなくさせるというのが、ジェン・チャーグ・フアンの焚書ふんしょの目的だったのだと言ってます」


 ラバンが伝え終わらないうちに、もうディェン老人は次の言葉を始めていた。ラバンも息をつく暇もない。


「あなたが言われた人類発祥の国のムーもブンラグ山も、そしてビャク・ヒャルが学んだという国も、同じ国を指しているようだということです。ビャク・ヒャルが学んだ地というのも人類発祥の国で、太陽の直系国だといわれているそうですから」


「やはり」


「ですから、ジェン・チャーグ・フアンにとっては自分の帝国よりも古くて由緒のある国が存在したというのは、都合の悪いことだったのでしょう」


 その言葉を伝えながらも、むしろそれを言ったディェン老人よりもラバンの方が何かひらめいたようだったし、それはイェースズとて同じことだった。

 ジェン・チャーグ・フアンがユダヤ人で消えた十支族のエフライムなら、聖書トーラーに書かれたエデンのより古い国があっては困るのだ。

 しかしイェースズには、それならなぜジェン・チャーグ・フアンはギァグ・ピュアクをその東の国に派遣したのかという疑問が湧いてきた。

 そこでそのことをラバンに聞いてみた。


「不老不死の薬などというのは、口実だったのでしょうね。恐らくはそのような国は滅ぼして、占領しようとしたのではないでしょうか。もちろん、推測にすぎませんけど」


 しかし、今のラバンの言葉でイェースズは合点がいった。ギァグ・ピュアクがおびただしい数の船で船出したというのも、すべて軍船だったのだ。

 だがそうなると、ギァグ・ピュアクが二度と戻らなかったいうことが何を物語っているのかということになる。

 もしかしたら派遣されたのをいいことに、最初から戻らずにブンラグに移住するのがギァグ・ピュアクの腹だったのだろうか……それなら、ギァグ・ピュアクの方からジェン・チャーグ・フアンにブンラグ行きを申し出たというのも納得がいく。

 しかしいくらいろいろ考えても、所詮推測は推測だ。それでも海を越えてムーのブンラグ山の姿を自分の目で見たなら一気に秘密が解けるような気がして、イェースズの胸は高鳴りはじめた。

 イェースズは、興奮してディェン老人に詰め寄った。


「東の国に、行きます。ここから船出します」


 きょとんとしている老人にラバンがその言葉を伝えると、老人は静かに何かを言った。その、


「どうやって海を渡るのかね」


 という言葉をラバンを通して聞き、イェースズの興奮は冷めた。老人は笑って、また何かを言った。


「私に任せなさいと言っていますよ。あとひと月ぐらいしたら暖かくなるから、それまでに船は何とかしようということです」


「え? 本当ですか?」


 イェースズは思わず、


主よ(アドナイ)!」


 と、叫んでいた。


「ただし、ラクダと引き換えに、だそうです」


「はい」


 ニコニコしながら元気よく、イェースズは答えた。

 

 それから一ヶ月、イェースズはラバンとともにディェン老人が守るビャク・ヒャルの廟に住み、毎日のようにこの町を散歩した。町の北の方は、塩を取る塩田が広がっていた。

 時には海辺まで行き、その向こうのまだ見ぬ国に思いをはせた。


 そうして一ヶ月がたち、町中に花が咲き乱れ、道という道に植えられてる街路樹も緑の目を吹きはじめた。

 その頃になって、イェースズのラクダが船と交換できたということをディェン老人が告げてきた。そればかりではなく、航海中の食糧と水までくれた。

 それらのことをラバンを通して聞いたあと、ラバンは、


「ディェンさんの話では、向こうには我われの同胞がいるかもしれないということですよ。実は、ギァグ・ピュアクだけでなく、多くのイスラエルの民がここからこれまでも船出して行ったのだそうです。それに向こうには、ギァグ・ピュアクの子孫もいるかも知れないとのこと。ギァグ・ピュアクももしかしたら、我われと同じイスラエルの民かもしれませんね」


 そうなると、みんな十支族の末裔のエフライムだろう。それなら早くその国へ行きたいと、イェースズは心が弾んだ。


 そしていよいよ、出航の日が来た。船は人が五人も乗れば満員になるような小船だが、イェースズはそれを砂浜から勢いよく海に押し出した。そして波打ち際を水しぶきを上げながら船の方へ走り、イェースズはひらりと飛び乗った。

 しばらくは帆を上げず、イェースズは一生懸命に櫓を漕いだ。小船は波がほとんどない海面を、すべるように沖に出ていく。陸地がどんどん遠ざかる。ディェンはその服の長い袖を振り、ラバンも手を振ってくれていた。イェースズは船の上から、思いきりそれにこたえた。

 やがて陸地は一本の黄土色の線のようになって、水平線にへばりついて見えるくらいにまでなった。

 とにかくすごい国だった。悠久の自然という点ではアーンドラにひけをとらなかったが、とにかくスケールが大きかった。この広大な国土がそのまま現在のシェンのヒュアン・マン皇帝の勢力を物語っていた。

 しかしこの広大な国土もかつてはいくつかの小国に分かれて争い、それを統一したのがジェン・チャーグ・フアンで、それがなんとユダヤ十支族の末裔だったらしい。 

 そしてそのジェン・チャーグ・フアンの命でこの海を渡ったギァグ・ピュァクと同じ海路を、今イェースズは航行している。十支族エフライムもかなりの数がこの海を渡ったというが、ユダ族でこの海を渡るのは自分がはじめてだろうとイェースズは思った。

 もはや潮の流れで小船が再び岸に打ち上げられる心配もないほど沖に出ると、イェースズは路を漕ぐ手を止めた。肩が痛く、腕もしびれた。ここからは帆を上げ、イェースズは船の上に横になって空を見上げた。

 太陽はもう、中天近くにあった。日差しは暖かくて柔らかい春の日差しだった。

 

 船出してから三日たち、もはや周りは三百六十度どちらを向いても丸くて青い水平線しか見えなくなった。世界は平らな皿のようなものというのが一般の人々の認識だが、今イェースズは明らかに球の上の乗っていると感じていた。

 この頃から波は急に高くなり、船も激しく揺れだした。それでも夜はぐっすり眠れたし、何の恐怖も危惧もイェースズの中にはなかった。すべてを神に任せ、信頼しきって安心していた。

 夜の星の並び具合から方角を知るすべを、すでにイェースズは身につけている。彼の祖先は星を頼りに方角を見定めて遊牧を続けていたが、その血がイェースズにも流れている。

 それによると、どうも船は北東の方に流されているようだった。しかし、ただ単に海流と風で船が進んでいるとは思えず、何か見えない力でどんどん手繰り寄せられているようだ。こんな大海原の上に立った一人で放り出されていても、孤独感は全くなかった。


 幾夜か眠ってはまた船は流れ、恐らく十日くらいたったであろうか、やっと陸地が見えた。

 その日は早くから目覚めており、明るくはなっていたが太陽はまだ昇っていなかった。波も穏やかになっていたが、そのうちに朝日が昇った。その時はじめてイェースズは、前方に陸地が広がっているのを知った。朝日は陸地の向こうの山から昇り、陽光に照らされて緑が鮮やかに浮かび上がった。


「おおッ!」


 思わずイェースズは声を発し、立ち上がった。朝日に包まれて所々にもやがかかった緑の大地は、限りなく神々《こうごう》しかった。緑自体が輝いているようで、空気も澄んで肌を刺した。

 陸地は、みるみる近づいてきた。それはイェースズが考えていたような、大海の中にぽつんと浮かぶというような島ではなかった。

 近づくに連れ、陸地の様子がよく分かってきた。緑は低い断崖の上にあり、断崖は鮮やかな黄色で、幾筋にも横線が入っていた。その下で青い海水は白い波しぶきとなり、激しく断崖にぶつかっている。断崖はあの荒波に削られてできたもののようだ。

 その断崖の上には冬でも葉の落ちない木々の鮮やかな濃い緑が覆いかぶさり、左右に延々と続いている。

 陸地の向こうはそれほど高くはない丘陵が続いているが、その大地のすべてが鮮やかな緑で覆い尽くされていた。

 ここまでいろいろな国を歴訪してきたイェースズだが、こんなにもすべてが鮮やかな美しい緑に覆われている国は初めてだった。

 妙にあらたまった気分になるのを、イェースズは感じた。初めての土地なのに、なぜか懐かしさがこみ上げてくる。


 帆をおろし、あとは手漕ぎでイェースズは岸に近づいた。そして、断崖の下にわずかばかりの砂浜があるのを彼は見つけた。岸に打ち寄せては砕ける怒濤が、あたりを包んでいる。朝日が昇るにつれてどんどん明るく照らされ、靄も晴れていく。

 黄金の宝の山こそ見えないが、この目の前の陸地がブンラグ山であり、人類発祥のムーの国、サルナートであると、もはやイェースズは確証に近いものを持っていた。

 まるで神様が、目の前にどっしりと立っておられるようだ。まさに神の国であり、太陽の昇る国である。

 イェースズは砂浜へと船を乗り上げ、まだ少し残っている食糧と水の袋を下ろした。そして自分も弾みをつけて船べりを越え、地面にその両足で立った時、彼の胸は激しく高鳴っていた。

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