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人間・キリスト  作者: John B.Rabitan
第3章 福音宣教時代
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収税人との食事

 収税人は罪びととされていても経済的には裕福な人が多く、イェースズが招かれた家でもごちそうが次から次へと出る宴会となった。宴席はイェースズと二人の使徒、そして収税人の四人だけだった。ここでもイェースズはよく飲み、よく食べた。招いた収税人の主人も上機嫌だ。


「いやあ、先生ラビはよく神様のことをご存じだから、お酒なんか口になさらないのかと思っておりましたが」


「残念ながら私も一応は肉体を持っている人間なので、おいしいものはいただきますよ」


 イェースズは大声で笑った。その場は皆、明るい笑い声と陽の気で包まれていた。


「ところで先生ラビ、やはり我われのような、自分で言うのも変なのですが金持ちは、神の国には入れないんでしょうか」


 イェースズは肉を一つほおばり、酒を口に運んでから言った。


「昔、ある金持ちの所のお金の管理人が不正をしていましてね、そのことが自分の主人にばれそうになったので、その主人から金を借りている人を集めてこっそりとその証文を書き換えてやったんですよ。油が百樽だったら五十樽に、小麦百コロスだったら八十コロスにっていうふうに。そうしたらですね、そのことがすぐに主人にも知れたんですけど、主人は怒るどころか逆にその管理人をほめたんですよ」


 収税人は、意外な顔をした。イェースズは笑いながら話し続けた。


「主人は実はその管理人の不正に早くから気づいていまして、自分にばれないわけはないのにこいつは果たしてどうするだろうかと様子を見ていたところだったのです。ところが、管理人はやけになって主人の財産を全部使い込んでしまうのではないかと思いきや、かろうじて残っている権限を使って他人様の利益を図った。それをほめたんですね」


 イェースズは少し声を落とし、幾分真顔に戻って収税人を見た。


「今の世の中は、まだ逆法の世なんです。だから、人々の知恵はよくまわる。神様も必要があって今の物質中心の世の中へと切り換えなさったのですから、まあ今のうちは少しくらいの不正なら許されるんです。でも、それで人に損害を与えたり傷つけたりしたら魂の曇りといいますか、罪穢を積んでしまうんですね。今、金持ちであるということは前世で善徳を積んできたその受け取り役だということもいえましょうけど、財産を築くためには何かしらの罪は必ず積んでいるものです。でも、そんな曇り深い財産でも、正しいことに使えば、神様は寛大なお方ですから許して下さいます。でもですね」


 イェースズは一段と声を落とし、それでいて力強くささやいた。


「いつまでもそんな神の甘チョロ時代ではないですよ。やがては許されない天の時が来るんです」


「え?」


 収税人は、パッとイェースズを見た。


「いつ、来るんですか」


「さあ、それは私にも分かりません。でも、いつかは来るということだけは確かですね。ですから、なるべく不正の富は積まない方がいいんじゃないでしょうか」


 収税人は目を伏せた。収税人が不正の富を積んでいないわけがないということは、凡人にも容易に理解できることだ。しかもイェースズは、その霊眼ひがんですべてを見抜いている。だがイェースズは、再び明るく高らかに笑った。


「過去はいいんですよ。今ある財産をせめて世のため、人のために使うことですね。すべての財産も神様から頂いたものだと心得て、自利自欲のためでなく神様のため、つまり神の子であるすべての人びとの至福のために使わせて頂くんです。そうすれば、それがアガナヒとなって罪も消えていくんです。そうしないと、やがてはもっと大きなアガナヒを受けなければならなくなります。これは脅しでも何でもないですよ。そういうふうに世界は創られている。いわば一種の法則ですね。神様はすべての人類が神の子ですから、人類がもうかわいくてしょうがないんです。だから、一人残らず救いたいんです。でも、魂が曇っていたら、救えないんですよ。魂が曇っているという状況それ自体が、救われを拒絶した状態ですからね」


「しかし先生ラビ、神様が救うことができないっておっしゃいましたけど、神様は全智全能でできないことはないのでは?」


「確かにその通りです。ですから魂が曇って救われの状態にない人は、まずは自分で世のため、人のために奉仕し、人を救って歩くことで自分の魂の曇りを取るのを神様は待っておられます。でも、そういうことをしない人も神、様にとってはかわいい神の子ですから救わなければならないんです。そこで神様のお力で、魂の曇りを取ってくださいます。それを我われ人類は『不幸現象』と呼ぶんです。病気や事故などで健康を害したり、対人関係で悩んだり争ったり、財産を失ったりとかですね。災害などもそうです。すべて、神様がその人の魂をきれいに洗濯してやろうという大きな愛のみ意から発せられるもので、本当はそういったことが起こったら感謝するしかないんですね。それなのに人々は『不幸だ、不幸だ』と神様を呪ったり、挙げ句の果てには神様なんていないんじゃないかなんてとんでもないことを言う人もいる。あのヨブでさえ、最初はそうでしたでしょう。ところがすべては、神様の愛のお仕組みなんですね」


「でも先生ラビ、あ、疑問ばかりはさんで申し訳ないんですけど」


「いいんですよ」


 イェースズはニッコリ微笑んだ。


「疑問を疑問のままにしておくのは、よくないことですから。どんどん聞いて下さい。聞かないと疑問はどんどん膨れ上がって、それが邪霊に付け入るスキを与えてしまうんです。それで、何でしょう?」


「あ、はい。魂の曇りですか、その罪のアガナヒのために不幸現象を神様が起こされるって言われましたけど、どう見ても罪のない義人でさえ不幸な目に遭うことがあるのがこの世の中じゃないんですか?」


「義人と見えてもですね、それは他人の肉の目で見た結果でしょう? 神様がご覧になる目は違いますよ。心の中まですべてお見通しですからね。また、確かに今は義人でも、過去世においてみんな何かしらの罪穢を積んで、それを背負ったまま生まれてきているんですよ」


「え? 過去世ってなんですか?」


「今生きている人は、生まれてくる前に、そう、何百年か前に別の人間としてこの世で生きていたんです。そしてその時一度死んで、魂はもう一度別の人間として赤ちゃんとして生まれてきているんです」


「え? そんな話、初めて聞きました。人生は一度きりじゃなかったんですね」


聖書トーラーには書かれていません、書かれていないからあの学者さんたちは目くじらを立てて否定しますけれど、どんなに否定してもあるものはあるんんです」


「ほう」


「それで、その前世、つまり前に生きていた時に犯した罪に対してでさえ、たとえ覚えていなくてもそういったアガナヒ現象は起きますからね。要は、不幸現象という神様からのお洗濯を頂戴するか、それよりも先回りして他人に善行を施すことで自分で自分の魂をきれいにしておくかですよ。魂がきれいになったら、もうアガナヒの現象が起こる必要はなくなりますからね。必要がないことを、神様はなさいません。そうなるともう人は、放っておいても幸せになります。こういったことを踏まえてですね、あなたも自分の財産をしっかりと管理なさったらよろしいかと思います。この世の財産も管理できない人には、神様は神の国の霊的財産の管理は任せてはくれません。神様と財産の両方を主人にして仕えることは、たとえ今の世でもできないことなんです」


 分かったのか分かっていないのか、収税人は顔を赤くしながらもとにかくうなずいて聞いていた。

 

 翌朝イェースズが辞して収税人の家の門を出ると、そこにはもう律法学者が待ち受けていた。この日は二人いた。


「さあ、罪びとの家に泊まったわけを聞こう。昨日のようなたとえ話では分からないぞ。返事次第では、あんたも罪びととしてエルサレムから追放する」


「そればかりか、ひと言でも神を冒涜しようものなら、石打ちの刑だ!」


 この石打ちの刑というのが学者たちの本音だ。それでもイェースズは穏やかに微笑んで、学者たちを見渡した。


「これはおはようございます。朝早くからご苦労様です」


「なにっ!」


 イェースズの丁重なあいさつも、学者の耳には皮肉に聞こえたらしい。ナタナエルとアンドレだけでなく、見送りに出た収税人もイェースズの背後に立っていた。


「この間ですね」


 イェースズは、穏やかに話しはじめた。


「神殿であなた方のような律法学者の方が、大声で祈っていましたよ。『異邦人の家に生まれず、イスラエルの民として生まれたことを感謝します。奴隷ではなく、自由人として生まれたことを感謝します』って」


「そんなのは、子供の時から教えられた普通の祈りじゃないか。それがどうしたって言うんだ」


「まあまあ、お聞きなさい。そのあとがあるんです。ちょうどその時に隣に収税人が来て祈りを始めようとしていたんですけど、それを横目でチラッと見た学者さんは、こう祈ったんですよ。『自分は姦淫もゆすりも不正もしたことはありませんし、この収税人のような罪びとでもないことを感謝します』ってね。しかもその収税人にも聞こえるような大きな声で、おまけに収税人を直接指さして祈っていたんですね。ところが収税人の方は神殿の前でも天を仰がずに目を伏せましてね、自分の胸を叩いて小声で祈っていたんです。『神様、どうかこの罪びとを哀れんでください』ってね。とにかく、それしか祈れなかったんでしょうね。さあ、どちらが神の国に近いと思われますか?」


「ばかな質問には答えない。それよりもまさか、あんたはそれが罪びとの方だなどとほざくんじゃないだろうな」


 もう一人も言った。


「罪びとの方が神の国に近いのなら、善人はなおさらじゃないか」


 イェースズは、一呼吸おいてから言った。


まことに言っておきますけど、善人が神の国に近いのなら、悔い改めた罪びとはもっと神の国に近いんです。昨日もたとえ話でお話しましたけど、自分が善人だって思っている人はもう自力で十分というと慢心がありますから、神様は自力で十分ならもういらんだろうと手を貸して下さらない。でも、自分を罪びとだと認めて悔い改めるなら、自分ではどうしようもないだけにひたすら神様にすがろうとしますよね。その、すがる心が神様に通じるんですよ。そして、自分はこの点が至らない、ここが足りないと自覚して精進努力していくうちに、いつしか自分を善人だと思っている人を追い抜いて救われのミチに入っていってしまうってことです。天国では自分を価値あるものだと高ぶっているものは追い落とされて、自分は至らない、他人ひと様には頭が上がらないと下座に徹する人は、神様がスーッと上に引き上げてくださるんです」


 イェースズは振り返って収税人に笑顔で一宿の礼を言ってからナタナエルとアンドレとともに、律法学者たちを残してその場を立ち去った。

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