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8. カティネの兄弟②

 花屋から西街までは自転車でも十五分の距離で、車ならあっという間である。

「ではちょっと、行ってきます」

 さっさと降りたシャルロットの後を急いでテルミアが追う。

「まぁ、奥様いけません、同行させて頂きます。お部屋の中には入りませんのでご安心ください。子爵家の方へも手土産を持参しております。これはカーター家からのご挨拶でもあるのです」

「………」

 シャルロットは狼狽えるように瞳を揺らしたが、観念して頷いた。

「あの、子爵家の人には誰にも会うことはありません。平日の昼間だし、奥様も留守でしょう。私の部屋には……付いて来られても良いですが、その…驚かないで下さいね」

「かしこまりました」

 やや要領を得ない話にテルミアは首を傾げるが、気前よく請け負い、正門と離れた使用人用の入り口に向かうシャルロットの後ろについて来る。鞄から鍵を取り出し、木製の古びた扉を開けると、草木の生い茂るポーチを進んだ。ミルクティー色の髪は揺れながら右側に見える大きな屋敷とは反対側へと進み、鬱蒼と木が茂る、日当たりの悪い湿った地面に立った物置小屋の前に立った。

 小屋には南京錠で外から鍵がかかっているが、何かで一度ぶち壊されていた。錠ではなく物理的に鎖で括られている。

 あいつら、一度入ったんだな。シャルロットは推測する。

「奥様?」

 むんず、と鎖を掴んだシャルロットに驚いて、テルミアが声をかけた。

「手が汚れてしまいます!物置小屋に忘れ物が?サムを呼んでまいりますか?それか、新しい物を何でも購入いたしますが」

 手が錆びで汚れるのも構わず、ガチャガチャとシャルロットは巻かれた鎖を解いていく。

「お金では買えません」

「はぁ」

 母の写真と形見を取りに来たのだ。

 鎖が解かれた扉をギギギ、と引いていく。


「奥様…まさか」

「ええ、そうです。ここが、私の家でした」

 入口から見える物置小屋の中には小さなベッドと一対の机と椅子。くたびれたチェストが見える。テルミアは茫然と口許を覆った。

 床には直置きされた貰い物のコンロ、積まれた本。手作りのハンガーラックには数枚の衣類がかかる。

「長らく留守にしていたので、多分虫がいろいろ居ると思います。テルミアさんは此処にいて下さいね」

 一歩の躊躇もなく中に入ったシャルロットは目当てのチェストを開けて、持ってきた紙袋に必要なものを入れる。初めは母に関する物だけを念頭に置いていたが、しばらくぶりに訪れた自宅には思っていたよりも思い出があった。

「奥様これは、アルバムではないですか?」

「テルミアさん! 汚れますよ!」

 慌てるが、テルミアは大事そうにシャルロットの小さい頃のアルバムを見ている。

「車ですから、いくらでも持って帰りましょう?」

「でも……汚いですから」

 薄汚れた物を持って帰ると、綺麗な屋敷が汚れてしまう。

 だが、テルミアは強く首を振って、もう一度『持って帰りましょう!』と言った。

「確か、車のトランクに木箱があったと思います。お持ちしますから、少々お待ち下さい」

「あ、テルミ」

 瞬く間にテルミアが消えていく。シャルロットは深呼吸をして自分の部屋を見渡した。


 わかっていたが、落差がすごい。

 昨晩眠った『奥様の部屋』からこの部屋に来ると、改めて物置小屋らしさが半端なかった。石のブロックとセメントで出来た窓もない四方の壁に、適当に乗っけられた波打つ鉄板の屋根。本当は庭の掃除用具を入れる為だけの小屋である。人が住むことを想定していないので、天井と壁の隙間もひどいし、赤錆びた屋根は所々で穴が開き、自分で修理するまではそれは雨漏りも酷かった。

 最初の下手くそな大工仕事の後を目で追って、シャルロットはニシシと笑う。

「次は迷惑料で、もっと良い家に住むぞ!」

「おい、なんだって? ブス」

 背後から突然かかった大声に、華奢な肩が飛び上がった。

「どこ行ってたんだよ、クソ女!」

 戸口には腕組みした男二人がシャルロットを睨んで立ち塞がっている。

「………」

「返事くらいしろよ、ブス!」

 ブスブスと繰り返すのが兄のライアン、ひねりを効かせたつもりで全く効いていないクソ女と呼ばう方が弟のアーロである。兄弟はそれぞれがシャルロットのひとつずつ上と下で、つまり良い大人の男であった。

「荷物を取りに来ただけで、また出ていきます」

「ああ!? 聞いてねえんだよ、そんなこと。主人に内緒で何勝手に出て行ってるんだよ、誰が許した」

「私は今、別のお屋敷でお世話になっています。金輪際カティネ家の皆さんのご迷惑にはなりません」

「はぁぁぁぁ? 出ていけると思ってるのか。孤児のお前を拾ってやったのは誰だと思ってる。お前にいくらかかってるかわかってるのか? カティネには感謝してもしきれないだろ。一生を捧げるのが常識だ」

 食事もほとんどもらったこともない。ボルテージの上がる兄弟と反比例するように、シャルロットの頭はスーッと冷えていく。

「雨露凌げる小屋を与えて下さったことには感謝しています。ですが、それ以外は特に」

「お前、それはないだろう。どこで風呂に入った? どこの便所を使った? 小屋にはない庭の水道だって貸してやっただろうが。水泥棒かよ」

「………では、住んでいた間の水道代はお支払いします。振込みますので請求書を下さい」

 確か井戸水だったはずだが、バカ兄弟は面倒なので早く切り上げたかった。

「おいおい。ばかにするな?出ていけると思ってるのか。お前は一生ここにいろって言ってるんだろうが!」

 兄のライアンがシャルロットの髪を引っ張り小屋の外へと引きずり出した。シャルロットは痛みに顔を引き攣らせたが悲鳴を耐え、投げ捨てられた地面から素早く立ち上がって両手を構える。

「出たな!また怪しげな術を使おうってか」

 アーロが自分よりずっと小さな女をイラついた顔で見下ろす。

「お前は一生、俺の檻に入れて飼ってやるよ!」

 むちっとした腕が無防備に伸びて来たのをスローモーションのように捉え、シャルロットはスッとアーロのがら空きの懐に背中から入って腕を下から掴む。

「……セイッ!」

「ぅわっ」

 瞬きの間にアーロは地面に叩きつけられていた。ぐへっと変な息を吐いている。

「奥様!?」

 テルミアが木箱を投げうち、慌てて走ってきた。

「来てはいけません、テルミアさん!」

「奥様? ってなんだ!? アーロ! 早く起き上がって一緒に押し込め!」

「あっ」

 テルミアに気を取られた隙にライアンに背を思い切り蹴られて、小屋の中に放り込まれる。もんどりうって脇腹がチェストにあたり、シャルロットは小さく呻いた。

「奥様!!」

 テルミアが真っ青な顔で叫ぶ。

「なんだお前、不法侵入者だな!? こいつは奥様でも何でもない、奴隷だよ、出ていけ!!」

 バァン!と音を立てて小屋の鉄扉が閉まり、ライアンがその前で仁王立ちになってテルミアを追い払う。

「警察を呼ぶぞ! こっちは民事不介入だ! お前は余所者、出て行かないと侵入者として突き出す!」

「奥様を返して下さい!」

「だから奥様って誰なんだよ!?アーロ、ババァを追い出せ!」

 テルミアは襲ってきた弟から慌てて逃げて、何度も振り返りながら車へと駆け戻った。


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