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44. 尾行

 テルミアは難しい顔をしながらその日を迎えた。

 あの度々送ってくる嘘っぱち友達は、どうやら奥様が雇っている探偵である……という事実まで突き止めている。堂々と怪しげな郵便のやり取りをしてバレていないと思っている所がのんびりしていて可愛らしいが、目を張り巡らせているのは屋敷の使用人である。隠し事など土台無理な話であった。

「テルミアたん、やばくない? この世にプライバシーとは」

「必要なプライバシーは勿論守ります」

「プライバシーに必要とか必要じゃないとか、分類ある?」

「ではお伺いしますが、ジェフ様のプライバシーを守って良い結果が生まれると思いますか」

「侯爵家は滅亡するわね」

「ようやく……ようやくお二人にラブが生まれ始めたというのに……!」

「そうなの?」

「具体的には何も存じ上げませんが」

「なにそれ知らんのか~い」

「ですが、この写真には絶対にラブが隠されているでしょう?」

 シャルロットを乗せた路面電車を追う車内。懐から写真を出して見せ、『きゃっは』と喜ぶビビアンにテルミアは満足気である。

「おじさんもこんな顔出来るんじゃない!」

「セバスと祝杯をあげました」

「ねぇ、そのフランコって探偵は今日実の父親を連れてきているってことよね? ジェフ様には伝えたの?」

 テルミアは躊躇った様子を見せた後、首を振る。

「さすがにわたくし、報告書を盗み読むことに抵抗があって」

「へ? え、読んでないの?」

「セバスに読んでもらったのです」

「抵抗の意味あった?」

「それで、さすがにこれが真実だった場合は事態が大き過ぎないか、と」

「それは……ロティが偽称していたから?」

「いえ、奥様の御身分云々はどうでも良いのです。別にわたくし共は公爵令嬢だろうが、貴族じゃなくても、そんなことにプライオリティは置いていません。そうではなく、マルーン公爵家がカーター侯爵家を騙していた、という事実があるのであれば」

「あ~、そこ」

「セバスが法律家の知り合いに尋ねたりしているようですが、詐欺に相当するのは確かです」

「目的がわからないものね。でも……詐欺なら詐欺でどうして最初から養女にしなかったの? 貴族がよくやる手でしょ。どうしても縁を結びたいなら初めから養女でも良いわ。嫌がらせしたかったならそれで成立するし、何も問題がないじゃない」

 そう、そこなのです。テルミアが頷く。

「奥様がでっちあげの娘である必要があまり無いのですよね。だから、報告書の内容が本当なのかと頭を悩ませている間に今日になってしまって。ジェフ様も年明けもあって挨拶回りでお忙しそうですし、何よりバティーク様と近頃非常に親密にされているとセバスが」

「あぁ……そうね。妙な火種を投げ込む時期じゃないのかもしれないと」

「奥様が今日『実の父親』と会われて、どうされるつもりなのかもわかりませんでしたし。だけど急いで出てきたので読めていませんが、何か手紙を残されてきた様子なので嫌な予感がしています」

「そんなの真面目なロティの性格を考えたら、出て行くって手紙でしょ」

「………」

「テルミアたん、泣かないで」

「奥様が出て行くなんて耐えられません! またジェフ様お一人のお屋敷なんて」

 軽く悪口を言われている主人は今頃執務室でくしゃみをしているだろう。ビビアンは苦笑する。

「ロティだって別に暮らしの当てがある訳じゃないだろうし、私が何とか引き留めるわ。何ならあっちの家で引き取っても良い。部屋ならいくらでもあるもの。公爵の娘じゃなかったとしたら、カーター家に戻り辛いと思うの」

「そうですか? ……そうでしょうか……うう……」

「あ~も~……あ、ほらほら、降りたわよ! サムちゃんそこで降ろしてちょうだい」

「かしこまりました!」



 ミルクティー色の頭は、探偵社が入った古いビルを見上げている。

 父親を気遣ってなのか、シャルロットは街中でよく見かけるような白いセーターにチェックのスカートというごく一般庶民女性のいで立ちで、最近のご令嬢らしさは皆無だ。


 これは、私の知らないロティ。

 遠目からその姿を見守り、ビビアンは唇を噛む。


 屋敷から出るのなら、私とも離れるってこと。昨日の夜までだってディナーの後で恋バナ会に参加して遊んでいたし、今日のランチもケタケタ笑ってた。一言だって別れの言葉なんか貰ってない。私のこと、どれくらい友達だって思ってくれているんだろ? 拗ねそう。

 でも分かっている。そんなの言える状況ではないこと。ロティの考えてそうなことも、気持ちも自分のことみたいにわかる。だって私も半分庶民なんだから。


 ビビアンはいつも中途半端な存在だった。大学で出会った幼い父と母。母は身分違いの恋を割り切って楽しんだ。けれど無計画にもビビアンは誕生してしまう。気が付いたのは二人が別れてからだった。


 ウィリアムの私生児として生まれ、川沿いのアパートで小さな会社の経理を担当する母と二人で暮らし、詳しい経緯はわからぬまま十二を迎える頃に王城へと引き取られた。母は頑なに離宮へ行くことを拒み、ビビアンは王城敷地内に用意された離宮でひとり暮らした。離宮にいても良かったし、母にはいつでも会いに行けた。だけど、知らない内に川沿いのアパートには知らない男が住み着くようになった。母は再婚していた。


 腹違いの弟が三人いる。五つ下の王太子、七つ下の第二王子、十も離れた第三王子。

 父ウィリアムは娘を溺愛した。娘が欲しくて仕方なかったそうだ。王子たちは歳のはなれた姉を崇拝する。おっとりとした王妃と世の中のいろはを知らぬ坊ちゃんたちはチョロかったので、ビビアンは特に抑圧されずに育った。

 だけどビビアンは父も弟たちも、母すらどうでも良かった。

 生まれた理由が曖昧過ぎて、生きている意味もわからなかった。


 ビビアンはずっと秘された存在で、公爵家と侯爵家くらいしか王女を知らない。

 しかし、十八になるデビュタントの歳に向け、中等部を卒業する頃から王女を公表する段取りが組まれ、共に嫁ぎ先について検討会が開かれ始めた。

 色々どうでも良かったビビアンの目が覚めたのはその時である。

 自分という存在は全部が曖昧だったけど、都合よく利用されるのだけはごめんだった。


 だからビビアンは十五の歳に願い出て、末端として与えられた王位継承権と王族の立場を捨てた。父の娘じゃなくて良い。それが結論だった。ウィリアムにとっては苦渋の決断となったが、一代限りで隠し名にリンドを加えることを条件に、ビビアンは王族の系譜から削除されることになる。ビビアン・リンド・アレン。それが戸籍に登録されているビビアンの本名である。


 それ以来、ビビアンはずっとおバカな子女相手に家庭教師をしたり、廃嫡時に贈与された金で株を運用して生計を立て、暮らしている。


 シャルロットの依頼をバルカスが持って来た時、運命だと思った。心からの友達なんていない自分が全部さらけ出したって大丈夫そうな。重たいって思わなさそうな。そんな子だったらいいな。ちょっとだけ期待して。

 家庭教師が終わったら、伝えて友達になってもらおう。

 ロティのデビュタントが終わったら今度こそ、言おう。

 もう言おう。明日言おう。

 そうやってずるずると引き延ばして、大事なことを後回しにしていたのは自分だ。でもでもシャルロットが自分を遠い目で見たり、気まずい目で見たりするかも。


 絶対ロティはそんな子じゃないってわかっているのに!


 おバカな子女は私です。

 ロティが私に打ち明けなかったのは、私が同じくらいの隠し事をしていたから。

 そうでしょう??



 ミルクティー色の後姿が、ビルの中へと消えていく。

 少し待ってから階段を上がる音を聞き、ビビアンは被ったニット帽を深くしてテルミアと共に静かにビル内を追いかける。

「テルミアたん、私、やっぱりロティの側にいくね!! 心細いと思うから!!」

「は?」

 言うが早いか駆け出して、シャルロットが消えて行ったドアをギリギリで身体を突っ込み捻じ込んだ。


 ふと入ってきたドアを振り返ったシャルロットが目を剥く。

「えええええ!? 何してるの、ビビ!!」

「……ロティ、危な!!」

 振り向いたシャルロットの身体に、事務所の中を正面に見ていたビビアンが抱き着く。


「ひゃあぁぁっ」

 ばさっ


 二人は纏めて大きな紙袋を被せられた。


「なんで二人来たんだ?」

「知りませんよ」

「カーターの屋敷の人間じゃないか?」

「さぁ」


 男ふたりの会話が聞こえる。シャルロットにはそのうちの一人がフランコであることはわかった。そして今、茶色い紙袋の中で、親友が自分をぎゅうぎゅうに抱きしめていることも。シャルロットが思わずビビアンの髪をなでる。

「ビビ……付いて来てたの?」

「うん。ごめぇん。心配過ぎて」

「心配って……え、どっから知ってるの?」

「たぶん、ほとんど」

「ええ!?」


 ガチャッとわかりやすく撃鉄を起こす音がして、袋の上から硬いものがゴチンとシャルロットの頭に当たる。

「静かにしましょうか。シャルロット・カーターで間違いないですね?」

「……はい。あの、父と言う人は」

「今から移動してもらいます。フェルモ・ハーヤネンはそこであなたを待っている。その一緒にいる女性は確かカーター家にいる人ですね」

「……親友です」

 紙袋の中で、二人はギュッと腕を絡ませ合った。ビビアンがシャルロットに耳打ちする。

「……あの、その移動に彼女も一緒に行って……良いですか?」

 グリュクンが嫌そうな顔をする。

 ビビアンには既に先ほど顔を見られていた。帰すより殺したいが、例えば今シャルロットが半狂乱になって使えなくなるのは面倒だ。

「仕方ないですね。ではお互いが人質です。親友を殺されたくなければ、何でもない振りをして騒がず声も上げず、ここから出て車に乗ること。良いですか」


 本当はシャルロット一人を気絶させてスーツケースに入れて運ぶ予定だった。だけど親友が人質というのは使い勝手が広がってなかなか良い案かと思いなおす。

「かしこまりました」

 紙袋が取られ、フランコが先頭に立ち、二人が続いた後でグリュクンが下まで降りて車に乗り込む。


 ドアから全てを盗み聞いていたテルミアはタクシーを捕まえ、出発を始めたボロ車の後を追いかけ始めた。


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