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43. 父

 埠頭に停泊していた巨大な商船から続々と降ろされる機械と運んでいくトラック。車の中から眺め、ブランドンは胸を押さえた。心臓は早鐘のように打ち、蟀谷に血の動きを感じる。

「ブランドン様、お薬を?」

「ああ」

 忠実な僕の眼鏡が白い粒の薬を五錠、続けて水筒を渡し飲み込ませる。

「苦しいですか?」

「少しな……あとどれくらいで搬入が終わる」

「予定通り、夜が明けきる前には終わります。工場の方へ行きますか?」

「いや、工場の方は良い。今日中に入れてしまえばそれで……ダフネはどうだ」

「恐らく午前の間にアシッドから全世界に向けて発信があると思われます。ゴーランドのモナからはクーデター自体は順調なようだと」

「はは! 順調か……はぁ…はぁ…」

 眼鏡が丸い背中をさする。

 隣国は一体何か月持つだろう? ブランドンはここ二年の間に頭の中で何度も繰り返したシミュレーションを再び繰り返す。ダフネはリンドの隣国ゴーランドを超えて、南西に位置する国である。通常は縦に長いゴーランドを横断はせず、リンドから船に乗ってダフネへと移動する。

 ゴーランドは長らく統治者に恵まれず、リンドよりも発展が遅かった。国民の総生産力が低く、何とか国鉄が走るものの車社会すらまだ確立されていない。

 戦闘に関しても立ち遅れが目立ち、未だに音楽を鳴らしながら攻め入るような騎兵や歩兵が主力、隊列を組み突進する旧時代的な戦闘法しかない。かろうじて歩兵は銃を持つが、外貨の獲得もままならず、武器も自前で最新とは程遠かった。

「アシッドが総統になれば、まずすぐにゴーランドは落ちるだろうな」

「持ってふた月でしょうか」

「ひと月もかからんだろう。国内の粛清と完全掌握でひと月、ゴーランド陥落までに更にひと月……ハッ……ハッ……それからだ……」

 ブランドンの頬に赤みが増す。

「ブランドン様、呼吸を、ゆっくり…す~」

「はぁ~……」


「陛下の使いが工場まで見に来ているようです。アリンドにもすぐ報告されるでしょう」

「ああ。もうそれは良い。とにかく全部運びきってしまえ。工場の周りに人を多く配置しろ。強い奴と武器を与えて警備を厚く。火をつける馬鹿はいないとは思うがな」

「昨晩から手配はさせています」

「警備の手配が万全になったら帰ろう。恐らくバティークはアリンドに引っ張られているだろう。あいつにどこまで面倒が見れるか……まだマルーンが潰れていなければいいが」

「昔ほどはお泣きにはなりませんし、シャルロット様の登場で強くなる理由も出来たでしょう」

「あんまり虐めてやるなよ」

 オズワルドは面白くなさそうな顔をして眼鏡を押し上げた。



 ****


 時は遡り、年末になって時期遅れのクリスマスとニューイヤーカードがテルミアからシャルロットへと渡された。白地にリースと新年を祝う文字が描かれたシンプルなカードだった。

「奥様、また高校のお友達ですね?」

「ああ、本当ですね! ありがとうございます」


 もちろんフランコだ。最初に決めた通りの暗号符で、郵便局留めにして報告書を送ってあると書いてあった。


 見つかったのかもしれない。父が。

 胸が強く脈打った。


 何か理由をつけて郵便局に行かなくては……。


 返事を書いたので散歩がてら一人で郵便局に行く、とか。適当に勘の悪そうな子を捕まえてお遣いに行くとか? いっそ以前のように一人勝手に外出するか…。フランコにリストを送る時は嘘を吐いて兄に投函してもらった。何か兄を理由にして計画できないだろうか。

 悶々とタイミングを計っていたシャルロットだったが、年が明けて後、テルミアから予想外の頼みごとをされた。

「奥様、申し訳ございません、急いでバルカスさんに書類を届けて頂きたいのです。車は頼んでおります。今日はセバスも含めて朝に具合の悪いものが多くて」

「! かしこまりました!」

 ついでのような形で何も書いていない手紙を用意し、帰りに郵便局に寄ってあっさりと報告書を手に入れた。


 その夜は疲れたと嘘を吐き、早々に床へと入った。

 しばらくしてから静かに起きだし、報告書を読む。



 父の名はフェルモ・ハーヤネン。

 リンド北部在住。若い頃はアリンドの市場で働いていた。ソフィアがマルーンで働きだしてから出入りの野菜卸業者として出会い、何度も何度も頼み込んでデートに漕ぎつけ、三か月ほどの友達期間を経て、晴れて恋人同士になった。

(とっても普通で、素敵な出会い方)

 フェルモの一目ぼれだった。

 それから順調に関係を深めたが、同時進行で母はブランドンから求愛されるようになる。

 たびたび金をちらつかせ、母を囲おうとした。だけど母は靡くことなく一途にフェルモ(父)を愛しぬこうとする。

 が、間が悪いことにソフィアの父親の具合が悪くなり、どうしても治療費にまとまった金が必要になった。ブランドンは好機到来とばかりにソフィアに迫る。

 まだ若いフェルモにはまとまった金が用意できず、ソフィアはフェルモと別れ、泣く泣くブランドンの元へ。傷心のフェルモも北部の田舎へ帰って行った。

 だが程なくしてソフィアの妊娠が発覚し、怒り狂ったブランドンがソフィアを追い出してしまう。



 それが、シャルロット生誕の真相であると書かれていた。

 フランコは最後に、年明けにフェルモが都合をつけてアリンドに来ると付け足していた。フェルモはソフィアとの別れ以降に別の所帯を持ち、また息子を三人授かっていた。シャルロットの存在をフランコから聞き、涙を流していたとある。

 既に年が明けていた。少し慌てたが、詳しい日取りについてはまた手紙を直接屋敷に投函するとあった。まだ何も来ていない。

(本当の兄弟がいるんだ)

 是非、探偵社で父娘の記念すべき対面式をしようと締めくくられていた。


 行かなくては。


 シャルロットはベッドに戻り、今後のことを考えた。考えながら左手の薬指に嵌ったままの指輪を撫でる。指輪ともお別れだ。

『気に入ったなら、好きな時に付けておくと良い』と言ってくれた夜から、結局一度も外していない。

 だけど全部、全部お別れ。

 やっぱりシャルロット・マルーンは偽物だった。シャルロット・アップルトンはしがない街娘で花屋の売り子。それ以上でもそれ以下でもない。お金持ちの思い付きで拉致されて、思い付きで宰相の再婚相手になり、契約妻になった。

 ジェフが一番の被害者だ。

 私はカティネから出ることが出来た。あと何年かかって出られるのかわからなかった物置小屋から脱出して、大きな自由が手に入ったのだから一番の勝者と言っても過言ではない。借金はもはや桁数がわからないくらいに天文学的だけど…


 これからどうしようか。

 お金をたくさん稼ぐ方法とは? 


 はい! はい、どうぞシャルロットさん。 

 ギャンブルです。

 はい! はい、どうぞロティさん。 

 臓器売買です。

 はい! はい、どうぞアップルトンさん。 

 路地裏に立つ麻薬の密売人です。

 はい! はい、どうぞ契約妻さん。 

 極寒の蟹漁が良いと聞いたことがあります。

 はい! はい、どうぞ公爵偽令嬢さん。 

 ストリップ劇場の踊り子です。


 真っ暗な部屋でギンギンに冴えた目で思いつく限りの想像をするが、どれも大して長く確実に稼げる気がしない。臓器売買なんて一度売ってしまえば後が続かないし、蟹漁については三日目にして自分自身が海に沈んでそうだった。


 あっ、先生もう一つ思い出しました。

 何ですか?カーターさん。 

 移民です!


 海を渡って遠い遠い土地へ行くと誰でも最初に広大な土地を貰える。そこを開拓して、農産物を生産する。撒けば誰でも収穫できるような農産物がメインだと聞いたことがある。それで儲けた金でまた安く土地を買う。また生産する、増やす、生産する……これからどんどん世界中で人口が増えていく今、一攫千金も夢ではないんだよ、お嬢さん!


 どこで聞いたのか忘れたが、リンドで知らぬ者は居ない話だった。夢ではなく、現実的に政府で募っていた時期もあったのだ。確か定期便で南半球の大きな大陸へ行く。実際に家族で移住するという人たちを見たこともある。


 なかなか良いですね、カーターさん。確かにあなたはこつこつ頑張るのは得意です。ちょっと移民について調べましょうか。


 例えば自分が絶世の美女なら高級コールガールになって稼げただろうが、残念ながらパッとしない上にシャイなボディである。しかも知らない男なら無意識で投げ飛ばしてしまうチート能力がある。身体を売るとかそういうのは生理的に出来そうにない。そんなことを思いながらシャルロットはハッとして唇を触る。


 ジェフとキスしちゃったんだった。


 ギンギンに冴えた目がもっと開く。

 あれは確かにシャルロット・アップルトンのファーストキスであった。

 毎日ふとした瞬間にこうやって思い出す。それから忘れるまでずっと空を飛んでるみたいになった。


 クリスマス、楽しかったなぁ。

 ジェフといると、ホッとして、おかしくて、うれしい。


 ボサボサ頭にガウンで大あくびしながら新聞を読む朝の姿、セバスと言い合っている大人げない様子も、酔っぱらってダラダラと酒を飲んで、最後にはいびきをかいているジェフでも良いから。

 もうちょっと、そばにいたかったなぁ。


 でも最初の最初に言われたから、わかってはいる。

 君を愛するつもりはない。


 私だって、あなたを愛するつもりはありませんでしたよ。



 それから十日が経ち、フランコから真っ白なカードが届いた。

 夜更けにまた裏口へと上着と鞄を隠し、シャルロットはランチの後に昼寝をすると嘘を吐いてひとりで部屋へと向かう。


 引き出しから用意していた手紙、報告書と写真をならべ、テルミアがコーディネイトしてくれた大好きな部屋を見渡す。ジェフから買ってもらった財布、バティークからもらったビビアンと揃いのバッグやアクセサリー、たくさんの写真、リンドで一番お洒落だったドレスを目に焼き付けた後、指輪を外した。


 さようなら、感謝しかありません。短い間でしたが、カーターさん家の人になれたこと、ビビアンという素晴らしい友達ができたこと、ジェフの妻になれたことは、私の一生の宝物です。どうぞ、皆さん、お元気で!


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