42. 三つの報せ
年が明け、日が過ぎて次第にアリンドの街からニューイヤーの声が聞こえなくなる。
その二報が慌ただしく入ってきたのはたて続けだった。
「機材を搬入?」
ジェフの言葉に子飼いから報告を受けたバルカスが頷く。
「はい、夜中に埠頭で船から直接荷下ろしがあって、何台もトラックが奥の工場に入ったらしいです。その後朝からアンセルムが工場まで見に行って直接搬入を見たと。先程電話が来ました。後でこちらにフィルムが届きます」
こんなに強硬に搬入したとは驚きしかない。これでは露見した時に言い逃れが出来ない。アンセルムにまでバレては即座にウィリアムへも筒抜けになる。明らかに慎重さを欠いていた。
「なんだ…急ぐじゃないかやたらと……なぜ今日なんだ」
「どうしますか?」
「これではマルーンが終わる。今終わるのは国益に響き過ぎる」
バルカスとジェフは互いを見る。
「バティークを呼べ」
しかし、バティークが移動している間に次の報せが来る。外務大臣が宰相執務室に駆け込んできた。
「ダフネでクーデターです! 首相が拘束されて軟禁、アシッド将軍が港やラジオ塔、電力施設を次々と占領している模様です!」
「いよいよか。大使を呼べ。カルムは連絡が付いたのか?」
「グリュクン氏とは連絡が取れません。大使のカルムとも」
バルカスが眉間に皺を寄せる。夜会で挨拶をした鷲鼻の男を思い出す。
「既に出国しているのかもしれませんね」
「出国名簿を調べろ。大使は旧政権についていた。今国に戻るのは得策ではない」
バルカスが頷く。
「ええ。ですが忠実そうなタイプには見えませんでした。寝返るかもしれませんね」
「ダフネ大使館の他の人間にとにかく連絡を取れ。直接行ってこい。それと、まだダフネにいるリンド人滞在者数を。カルムと連絡がつかないようなら他国の筋から保護する手段を考えねば。ベルナール、ゴーランドと連絡を取れ。急いで一時受け入れの許可を」
バルカスと大臣が急いで執務室を出て行く。ジェフはウィリアムの部屋へ急いだ。
ウィリアムは執務室で忙しなく動き回っていた。
「昨晩から怪しかった。カリムから夜中に電話が」
「はい、その際私にも連絡がありました」
「港が封鎖されたと……それ以降連絡がつかないんだろう? アシッドはナショナリズムの塊だ。体制が整うまではダフネ人以外を徹底的に排除するだろう。クーデターが始まりそうなら逃げるよう伝えたが、カリムが間に合ったかどうか」
「カリムとはまだ連絡がついていません。陛下、沙汰は待っていただきたいのですがマルーンの件で」
「工場か? 今その話は」
「あの奥のエリアに機材を搬入したと。薬剤も一緒に」
ウィリアムが口を閉じて寵臣の顔を見る。
「本当に?」
「はい」
「ああ! ……もしかして」
「公爵は息子や部下を短期でダフネに送り込んでいました」
「ブランドンとアシッドが繋がっているのか!?」
「………いや」
ジェフは眉間に皺を寄せる。
「ブランドンを呼べ。もう待っていられない」
「しかし、このタイミングで呼べばマルーンは」
「取り潰しにはさせない。お前は病気でもなんでもでっち上げて先に代替わりをさせろ、一刻も早く!」
総務の事務次官に早急な書類作成をさせ、バティークが政務棟に来たその足で簡略式に代替わりが行われた。
「おめでとう、バティーク・マルーン公爵」
署名の後で忙しなく人々が散っていく中、ジェフがバティークの落ちた肩を抱く。
「……父はどうなりますか。本当に機材を」
「まだわからない。連絡を取ったが不在だった。屋敷には?」
「一昨日から私も姿を見ていません。もしかすると」
「ああ、南部にいて工場の指揮を執っているのかもしれない。アンセルムが探させているが」
「工場の中までは探せないかもしれません。僕が行きましょうか?」
「いや、君は陛下と私の側にいなさい。あまりに忙しないようならザレスから人を呼ぶ。ことが終わるまでは大人しく」
新公爵は肩を落とし項垂れる。いずれ後を継ぐにしろ、こんな状態で継ぐつもりは微塵もなかった。
朝に連絡を受け、バティークが公爵になった三時過ぎ、執務室へとさらなる連絡が入る。
「宰相、緊急の要件だとお屋敷から執事がいらっしゃっています」
「執事? セバスか?」
「はい、一階の玄関でお待ちです。……その、奥様が行方不明だと」
「ロティが!?」
聞こえていたバティークが青褪めて立ち上がる。夫と兄は階段を駆け下りた。
「坊ちゃま!」
「セバス」
老執事が青い顔をして封筒を振り回して合図をし、駆け寄って主人の胸に押し付ける。
「奥様の置き手紙です」
奪うように取り、ジェフは嫌な予感を押さえつけて封を破る。
「カーター家の皆様へ
長らくお世話になりました。
まず、偽物の娘だった私を受け入れさせてしまったことを深くお詫び申し上げます。
実は探偵社に依頼し、本当の父を捜してもらっていました。この度見つかったとのことで、今から会いに行ってきます。公爵家で見つけてしまい盗んだ写真と報告書を一部置いていきます。ご確認下さい。
もちろん、厚かましく戻るつもりはありません。
落ち着きましたら必ず連絡いたします。
数えきれないくらいの詐欺罪に問われても仕方がないと思います。
これまでかかった経費や迷惑料はきっと一生かかっても返せないとは思いますが、少しずつ返済すると誓います。
ジェフ
何万回のお礼を言っても足りませんが、色々とありがとうございました。
覚悟はしていたはずなのに心の整理が付かず、きちんと顔を見て謝罪することが出来ず申し訳ありません。夫がジェフだったことに、心から感謝します。
シャルロット」
「報告書?」
「これです! これが写真で、こっちが報告書です」
悲壮な顔をしたセバスが報告書の上に写真を乗せてグイグイ見せる。
横からバティークが覗き込んだ。
「その女性が奥様のお母様でソフィア様、隣の男が本当の父親だと依頼して探していた男のようです」
「………」
ジェフとバティークが一瞥してから顔を見合わせる。
「ん? どういうことだ?」
「……これは……あまりにも昔と違うので、別人と思ったのでは」
「何を仰っているのですか!?」
セバスが叫ぶ。
「この写真の男はブランドン公爵だ。シャルロットが本当の父親だと探しているのは……つまりブランドン・マルーンだろう」
「え」
「父は昔痩せていて、今のように赤ら顔になるまでは美男子だったんですよ。まぁ、もう見る影もありませんが」
「では…では、この報告書の男とは!?」
既に報告書を捲っていたジェフがどんどん険しい顔になる。
「なんだ…嘘ばかり書いてあるじゃないか……フランコ探偵社?」
「それよりロティは今どこに!? 出て行ったって、その嘘の父親に騙されて誘拐されたんじゃ」
「奥様は書き置きを残してその探偵社に向かわれました」
「うん? なんでお前が知っているんだ」
言いにくそうにしてからセバスが口を開く。
「ずっと奥様を尾行しているからです、テルミアと……ビビアンが」
「びっ、尾行!? ビビアンも!? そん、いや、まず危なくないのか」
目を丸くしてバティークが叫ぶが、ジェフには手に取るようにわかった。カーター家の使用人たちを前にしては、主人のプライバシーはあってないようなものなのである。
「お父様のことは気になるでしょうし、お気の済むまで見守ろうというテルミアの意見もあり、今回はビビアンも説得係として同行しまして。折を見て連れ戻すつもりでした。でもなんだかよくわからないのです! とにかくテルミアから電話があって」
「なんて?」
「奥様が探偵社に入る時、コソコソとついて行ったビビアンが我慢できずに最後の最後で一緒に扉の中に駆け込んでしまったと。それから男二人と出てきたと思ったら、項垂れた様子で車に乗せられてしまった。何とかタクシーを捕まえて更に追いかけて、なぜか今、奥様とビビアンはダフネの大使館に連れて行かれたと。そこから先はわかりません」
「………」
ジェフがぽかんと口を開けてフリーズする。
「なぜ今、突然ダフネの大使館が出てくるんだ」
「知りませんよ、私に言われても! ですが大使館は治外法権なのでしょう!? テルミアや私がいたって何の役に立たない、これでは奥様もビビアンも」
「まずい、まずいぞ」
ジェフは回れ右をして再び階段をダッシュで駆け上がった。




