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40. クリスマス①

 文房具のプレゼントに、ビビアンからの玩具のプレゼント、それにカーター家からシェフが作った沢山の御馳走を車に乗せてメイヤード養護施設を訪れた。ビビアンと二人で真っ赤なワンピースを着て赤い帽子を被り、小さな子を抱っこして『メリークリスマス』を唱える。

 みんながプレゼントを喜び、先生たちは御馳走に頬を染めて『私たちにもサンタが来ちゃった』と言ってくれた。


「ありがとう、ビビ」

「んーん、すごく楽しかった。可愛かったぁ、赤ちゃん。ロティの住んでた部屋も見れたし、来て良かった!」

「ふふ、そう? 確かにビビ、なんかウロウロしてたね」

 大部屋の、真ん中のベッドを微笑みながらウロウロしていた親友を思い出す。

「うん」

「見せたのが物置小屋の方じゃなくて良かったわ。さすがにあんな部屋を見たらショックを受けて友達やめたくなるかも」

「そんなことある訳ないでしょ! 親友を部屋で選ぶわけじゃない」

 ビビアンは帰りの車の中でシャルロットと手を繋ぐ。

「…私の育った家も、今度見せるわ」

「うん。どんなところ?」

「川沿いの小さなアパートで生まれたの。私もママと二人きりの生活だった。もしかしたらロティも見たことあるかもね。路面電車に乗れば見えるから」

「アリンド? ビビもママと二人だったんだ!」

「そう、アリンド生まれアリンド育ち。ロティと一緒」

「そっかぁ、そこもお揃いなのね」

 ふふふ、と二人は笑む。

「ビビ、今日は家に帰るんでしょう?」

「そう!! 毎年クリスマスは絶対家にいることを条件のひとつに出されてる」

「なんの条件?」

「バルカスと結婚したい!」

 きゃは、シャルロットが嬉しそうに声を上げた。

「それ条件じゃなくてビビの希望、でしょ」

「そうとも言うわね。バルカスが欲しいからクリスマスは家に帰るし、バルカスが欲しいから好みじゃない服を着てチキンを食べるわけよ。でもいつまで経ってもサンタは私にバルカスを恵んでくれないわ」

「なにそれ~? クリスマスなのに好みじゃない服を着ないといけないの?」

「最悪でしょ」

「ビビはおしゃれなのにね」

「ロティ、今日は何着て行くの? クリスマスコンサートならおしゃれし放題!」

「ん~…テルミアさんが用意しています、って」

「テルミアたん!」


 忙しい契約夫はてっきり却下すると思っていたのに、結局シャルロットはジェフと二人でクリスマスを過ごすことになった。ただ、屋敷にいるとセバス達が世話をしようと張り切るからとコンサートに出かけるらしい。契約しているシンフォニーホールのカーター侯爵家用VIPルーム。出資者なので割り当てられているのだが、ほとんど使わないらしい。ダラダラ出来るからと使うことになった。

「六時に出かけて十二時までコンサートをしているってすごい。開演は十時からだし」

「楽団が入れ代わり立ち代わりだからね。どこの楽団もイブコンに出るのをステータスにしているから。それにVIPルームってリビングみたいなのよ。何時間もコンサートが続くけど一日中でも過ごせるくらいの」

「ふぅん。そう言えばお兄様もそんな話をされていたような」

「バティーク様は今日は?」

「お父様と食事をされるって。月に二回くらいは一緒に食べるそうよ。クリスマスは絶対だって、嫌そうだった」

 想像して二人はケタケタ笑う。

「あ~、私も早くバルカスと二人で過ごしたぁい」

「その前に恋人に昇格しないと」

「むぅ…」



 そうこうしているうちに、大通りの曲がり角に黒服の男が二人立っているのが見え、車が止まる。

「はぁ…、じゃあ行くわ。明後日には戻るわね! 良いクリスマスを」

「待っているわ。ビビも良いクリスマスを」

 ハグをし合ってからビビアンが降り、シャルロットは窓から後姿を見送る。片方の黒服が停めてあった車の後部座席のドアを開けると、金髪の男の横顔がチラリと見えた。

(誰……? あれ、どこかで)

 赤毛の親友は伸ばされた腕に引っ張り込まれ、黒服によってドアが閉まる。


 互いの車が方向違いに走り出し、シャルロットは焦点の合わぬ瞳で車窓を見遣る。

 根掘り葉掘り聞くのは躊躇われてそっとはしているが、実のところ大好きな親友についての膨大で壮大な妄想は止まらない。最近までは『国で育てられた女スパイ』説が濃厚だったが、今から『マフィアの娘』説が最推しになりそうだった。



 ****


 支度を終え、また呼ばれた夫婦の寝室に向かうと以前と同じく指輪を嵌められる。

「結婚しようか、シャルロット」

「もうしています」

「そうだった」

 代わってジェフの指にも嵌めてあげる。

「んーと、毎日君のミソスープが飲みたいんだ! ジェフ」

「ミソスープ?」

「東洋の国にあるスープの名前です。朝でも夜でも一日中飲むとか。伴侶となる女性がよく振舞うんですって。そのスープを毎日飲みたい、というのはつまり結婚しようという意味だそうです。柔道の師範に教えてもらいました」

「ほぉ。君のアップルパイみたいなもんだな」

「アップルパイは毎日食べませんけどね」


「さぁさぁ、プロポーズごっこは結構ですから。ジェフ様、年間契約のパスはちゃんとお持ちですね?」

「んぁ?」

 胸ポケットを叩いて明後日の方向を見る主人をセバスとテルミアが白い目で見る。

「どこにやったかな。さっきまで有った」

「読んだ本の中身は忘れないのに、さっきまで持っていたパスは忘れるんだ」

 シャルロットも机の上や戸棚の辺りを探しに行く。

「それとこれとは別だろう。あ、思い出した。忘れないように一緒に置いたんだ」

 言いながら、セバスが持っていたクリスマスらしい絵が描かれた紙袋を指さした。

「ああ、ではこの中に? …あ、ありました。全く忘れないようにって、一体どっちを忘れないようになんだか」

 ぶつぶつ言うセバスの声を拾い、ジェフが堂々とかぶせてくる。

「そりゃあもちろんプレ」

「おだまりなさい、坊ちゃま!」

 逆にまたかぶせられて黙ったが、その横でぴょこんとシャルロットが跳ねた。

「あっ、プレゼント!」

 急いで走り去っていく。

「………」

 セバスもテルミアも溜息をついてこの偽物夫婦を見守るしかない。

「坊ちゃま、ちゃあんとプレゼント交換をするんですよ。クリスマスソングを歌いながら」

「そうですよ、奥様はそういった生活と縁遠かったのですから。楽しい夜にして差し上げてください」

「歌いながら? んん……善処しよう。二人ともパーティーの準備があるんだろう? 俺とシャルロットはもう出るだけだ。行ってくれていい」

「私は心配ですので玄関まで見送ります」

「私も心配ですから」

「お前たち、俺をなんだと思ってる」

「言っても良いんですね」

「いや、聞きたくないな」


 それから二人に見送られ、迎車のタクシーに乗って出発した。

「大変、プレゼントを忘れるところでした」

 黒い紙袋を膝の上に置いた白い毛皮姿のシャルロットがあっけらかんと言い、まだ渡されてもいないジェフがその袋を自分の脇に置いてある荷物の場所へと移動させる。

「忘れたってどうせ帰る家は同じだ」

「そう言えば、そうですね?」

 全然大変じゃなかった。

「でもやっぱり一緒のタイミングで交換したいから、忘れなくて良かった…でしょう?」

「君がしたかったなら」

 黒いコートの肩を竦める。

「ジェフは夫婦のプレゼント交換はよくしたのですか?」

「交換はないな」

 前妻のミレーヌにはあげることはあっても何かしら戻ってきた覚えはなかった。欲しいと思ったこともなかったが。

「じゃあ初めてですね!」

「ん? んん」

 にっこりと嬉しそうにする契約妻に頷く。

『お揃い』の次は『初もの』が流行っているのか?


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