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4. 君を愛するつもりはない②

(落ちて怪我でもすれば…ここからなら、死にはしない気がする)


 でも別に死んでも良いか?

 甘い誘惑が頭にイメージを作り出す。

 頭を打って気を失うとか。腕を折って入院するとかなら最高だ。丸くなって落ちたらいけるかな? 名案が手のひらに手すりを掴ませる。


「こらこら」

 その時、突然男の声がかかった。背後から腕を回されて、ぽいっと部屋に戻される。

「今、飛び降りようと考えてたな」

 振り向くと、背の高い男がいた。

「誰!?」

「まず確認するが、君がシャルロット・マルーンで合っているかな?」

 落ち着いた様子で尋ねられ、渋々と頷く。

「残念なことに、今日から君の夫になったジェフだ」

「!」

 シャルロットは驚いて、まじまじと目の前の男を見た。

 男は自分の足で立ち、ジャケットは脱いでいるもののまだ式場と同じシャツとズボンを穿き、腕を組んでこちらを見降ろしていた。シャツは皴だらけ、ヘアセットも乱れ顔色が悪い。全体的にボサボサのおじさんである。

「どうやら人生で二番目の失態を犯したようだ。ちょっと話をしようか」

 あれで一番じゃなかったのか。シャルロットは白目の顔を思い出す。


 ソファに促され、対面で座った。

「何から謝っていいのかわからないが、とにかく済まなかった」

「はぁ」

 ジェフは軽く開いた膝に両手をつき、真摯な様子でシャルロットに謝る。

「君との結婚の話を聞いたのが一週間前。だが再婚するつもりはなかった。即座に父に断りを入れたが、その後重要な会議が続いて少し確認が遅くなった。破談にならず進んでる様子だったので、これはもう無理だと観念して隣国の友人の所に逃げようとしたが…港で部下に見つかって薬を盛られた。そこから二日ほど、つまりさっきまでずっと意識がなかった。起きたら夜で礼服と車椅子だ。式は終わった…そうだね?」

 情報量が多すぎて、どこから尋ねればいいかわからない。シャルロットは頷きもせず、黙ってジェフの話を聞く。

「君がこの結婚を喜んでいるのかどうかはさておき、人生で初の結婚式だったわけだろう。そこに意識を失った私が…。本当に申し訳ない。家人達にはきつく注意をしておく」

「………」

「この結婚には賛成だった?経緯は大体聞いてはいるが、公爵の子だと判明したばかりで結婚など、降ってわいた話だろう」

「結婚の話は今朝聞きました」

「けさ…」

 ジェフが片手で顔を押さえてソファに倒れる。

「むちゃくちゃだな」

「貴族になりたかったわけでも、結婚したかったわけでもありません。ただ、衣食住付きが嬉しくて。お恥ずかしい話ですが、無償の厚意だと勘違いして引き取ってもらい」

「…いや、それは勘違いとは言わないだろう。公爵なら百人引き取ったって微々たる支出だ。言い方は悪いが、私達は嵌められた」

「嵌められた?誰にですか」

「もっと正確に言えば嵌められたのは私で、君は良いように利用されたに過ぎない。マルーン現公爵は高位貴族の中でも少々やっかいな人物だ。策を弄するのが好きなタイプの。正直に言って、私とは相性が悪い。だが今、政策のほとんどの手綱をサイショウである私が握っている。おそらく私との太いパイプが欲しかったんだろう。押し通したい何かが……。まさか娘を捻りだしてねじ込んでくるとは思いもしなかったが」

 またもや情報量が多すぎて、シャルロットは何から尋ねればいいかわからない。段々驚きが飽和してくる。

「きっと、何か意図がある…領地のことまで手が回らないから、まだ爵位は継承していない。それを利用されたな。貴族の縁談は当主が決めるのが習わしなんだ。父は強く言われると断れない日和見タイプでね。加えて私は再婚するつもりのない不良息子。言いたくはないが、父との利害も一致したのだろう。何せ後継ぎがいない。だがどうせ爵位も無くなるんだ、無意味だろう? 下位貴族にはサイショウ権限で任期中は縁談話全てを固辞する意思表明が効いていたんだが。まさか公爵が…娘はいないと油断していた」

「……なんか、申し訳、ございません…」

「君が謝る話じゃない。聞いていた? 君は完全に被害者だ。直ぐに解放されるべきだ。こんな枯れた中年に嫁いでも何にも楽しくないだろう」


 解放…!


 白目おじさんはなかなか話のわかるやつだった。シャルロットは顔を輝かせる。

「あの、かかった経費は頑張って稼いで返済します、だから早めに私を帰して頂けないでしょうか?元の生活に戻りたいのです、何なら今からでも」

「そう、帰してやりたいのは山々、なんだが…」

 ジェフは明後日の方向を見ながら顎を撫でる。

「どうだろう?何も返さなくても全く構わないし、最終的に公爵を怒らせないよう円満離婚を約束するから、もう少し付き合ってくれないか」

「付き合う?」

「ああ。恐らく何か意図があるが、見えてこない…だが君がいれば、きっと何かしらアプローチをかけてくるはずだ。意図さえわかれば上手く収めるから安心してくれていい。それと…これは本当に個人的な頼みになるんだが」

「はぁ」

「君を即座に手放すと、私は家人達からつるし上げをくらう…たぶん」

 非常に嫌そうにジェフが頭を抱えた。

「つらい…それは非常に…つらい!」

 薬を盛るような使用人達だけど、この主人は彼らが大好きなんだな。シャルロットは一ミリ程白目おじさんに好感を持った。

「あいつら、平気でストライキを」

「ストライキ?」

「ああ。朝は起こしてくれないし、飯抜きだし、運転手も泥酔しているしで。私は朝が弱いんだ! なのに三度も大変な目に遭わされた。一度目は前妻の悪事に気が付かなかった時、二度目は母の死に目と葬儀より仕事を優先した時、三度目は父に再婚はしないと宣言した時、ひと月も! あれは地獄なんだ」

 わぁ。なんか大変そう。

「だから、頼む。長くはかからないだろうから、このまま婚姻関係を継続してくれないか。もちろん、仮面夫婦、白い結婚だ。手は出さない。君を愛するつもりはない」

「……良いと仰るまでいれば、本当に返済なしで離婚してくださるんですね?」

「もちろん。報酬も付けよう。アリンドに家も用意する。どうだ?」

 い、家にお金!!!!シャルロットは零れんばかりに目を見開いた。

「乗ります!乗った!!」

「よし、契約成立だ」

 ジェフが手を伸ばす。二人は笑顔で握手を交わした。おじさんは良い奴だった。シャルロットはさっき飛び降りなくて良かったと心底思う。

「明日、契約書を作成する。ひとまずよろしく、シャルロット」

「よろしくお願いします、おじさん!」

 ジェフの笑顔が固まる。

「…ジェフと」

「ジェフ?」

 瞬く娘に男は頷いて、立ち上がる。

「家人達には言っておく。君は夫婦の寝室は使わず、この自室で過ごしてくれて構わない」

「ありがとうございます!」

「ではまた明日」


 ジェフが部屋を去り、シャルロットは思い切りベッドにダイブした。

 よかったよかったよかったよかった!!

 めちゃくちゃラッキー!!!

 大きなベッドを右から左、左から右へと転がりまくる。さっきまで最悪だったのに、青天の霹靂くらいに急にラッキーになった。ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、神よ。普段祈ることのない神に三度も礼を言い、シャルロットはふっかふかのベッドで目をつぶる。


(色んな事がありすぎる一日だったなぁ。目まぐるしかった。はぁ)

 とりあえず明日から仮面夫婦をがんばろうと思う。慰謝料と家の為ならお安い御用。ん~…でも、何を頑張ればいいのかな。おじさん、仕事忙しそうって言ってたっけ。仕事。

 サイショウって言っていた。


(サイショウ…)


「あ?」


 誰もいない部屋で、シャルロットの声がぽつりと響き渡った。

 


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