36.5 セバスちゃんは見た
屋敷の車寄せに着いたタクシーの中からクルクルと窓を下げ、カメラがあるなら持ってきてくれというので、セバスは若い小間使いに頼んでカメラを取りに行かせる。
「おかえりなさいませ」
「うん」
澄ました顔で声をかけた。夜会を『見に行く』と聞いたので一縷の望みをかけ奥様と揃いのスリーピースを着せたが、まさか二人揃って帰宅するとは…内心では拍手喝采である。
「他の皆様はどちらに? というか、なぜ奥様と」
ふたりきり?
「色々あってな」
色々ってなんだ。言いなさいよ。
めちゃくちゃ気になるじゃあないですか…
しかし自分の主人はこういう時に根掘り葉掘り聞いても面倒臭がって話さないのは学習済である。バルカス伝いに知る方が断然効率が良い。
シャルロット、と小さな声でジェフが奥様に声をかけている。
坊ちゃま…?
明らかに甘い声。セバスの胸がトクンと音を立てる。
少し離れた場所から窓の中をギンギンに凝視していると、なぜかジェフが眠っているシャルロットの上着を脱がせているのが見えた。あれはジェフのコートである。シャルロットは脱がされるままになるがイヤイヤと頭を振って、するりとジェフの首に手を回して引っ付いた。
グッジョブ!
セバスは丸い指の拳を握る。
「セバス様ぁ、お持ちしました」
まだ若い小間使いが息を切らしてカメラを持ってくる。
「ああ、急いでくれてありがとう。ジェフ様がタクシーから降りたら、車からコートを降ろしておいてくれるかい?」
「かしこまりましたっ」
カメラを高めに上げて見せると、タクシーから眠る妻を抱えたジェフが降りた。
「写真を撮ってくれ」
「え? 誰をですか」
「俺とシャルロットだ」
「寝ていらっしゃるのに? 何のために撮るのですか?」
「知らん。シャルロットがこの…服が揃いの記念に一枚欲しいと」
「ほぉぉぉぉ…」
老執事は顔がにやけるのを押さえられない。もはやこれは彼にとって『お揃いの記念写真をねだられて許可した坊ちゃまの記念』すべきショットである。
「えーっと、えーっと、え~~~!! あっ、せっかくなので、屋敷を横にして取りましょう。その方が明るいですよ」
「お前のその顔がいやだ」
「何を仰いますやら………右右右、はい、そこ、そこでストップです」
はい、撮りますよ……坊ちゃま、もう少し笑って下さい。いや、おかしくなくても笑顔で。何言ってるんですか、そういうものでしょう、記念写真なんですから。
「早くしろ、早く!」
結局、特に面白くなさそうな顔をしたジェフと抱き上げられてくっついて眠っているシャルロットが撮れて終わる。
「あ、奥様をお部屋に運びますかね」
「ああ、寒空の下でドレス一枚だった時間が長かった。一度身体がすごく冷えてしまったから、暖かくして寝かせてやってくれ」
「かしこまりました、テルミアに伝えてきます」
先に立ってメイド室にいるテルミアを呼びに行ったが、そう言えばジェフは夕食を食べたのか聞き忘れたので戻った。
「坊ちゃ…」
玄関ホールから二階へと続く階段をゆっくりとあがるジェフの後姿。右腕に眠る妻の顔に視線を落とすその横顔に、再び老執事は頬を染め、震える。
坊ちゃま…!
セバスは首から下げたカメラを構え、静かにシャッターを切り続けた。
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「あらセバス、何をにやにやしているんですか?」
「いやね、坊ちゃまをお育てした半分くらいの苦労が報われたな、と…見ますか? テルミア」
丸っこい指先が、摘まんだ写真をぴらぴらと翳す。
「なに………ひゃっ」
テルミアが頬を染めて口元を覆う。
「セバス…! 撮ったのですか、これ!?」
「よく撮れているでしょう。世界一の隠し撮りです」
「玄関に飾りましょう!!」
「いや、金を払ってグラハムに週刊誌に載せてもらうのも手かと」
「あなたは天才ですか?」
「とりあえず最高傑作を三十枚現像しました。いりますか?」
「いります、いります!!」




