36. 夜会の裏側
シャルロット達がリムジンで出発したその夜、静けさを取り戻したカーター侯爵家の守衛室でけたたましい緊急電話のベルが鳴り響いた。
走り込んできたセバスが守衛から受話器を受け取り応答する。
「お久しぶりにございます! はっ………………はいっ………………………………かしこまりました!!………………え…………ええ、……え?………ええ、それはもう。こちらこそ…………………はい、はい! ありがとうございます……では、はい、失礼いたします……」
受話器を置いたセバスに向けてテルミアがタオルを差し出す。
「大丈夫ですか?酷い汗ですよ」
「緊張した……タオルではもう。ビショビショだ、着替えなければ………はっ、坊ちゃまにお伝えを!」
急いで走り出したフットワークの軽い老執事を追いかけて、テルミアも一緒に走る。
「テルミア! すぐ旦那様に迎えが来ます。さっき仕舞ったアレを」
「え? ですが奥様はもう」
「持ってきてください! 早く早く!」
かしこまりましたとテルミアは横に逸れ、別の部屋へとダッシュする。
「どうした、急いで……え、なんだ? なっ」
執務室で書類を作っていたジェフが顔を上げ、そのまま鬼気迫る形相で襲い掛かるセバスと着替えを手にしたテルミアによって着替えさせられる。それからすぐにやってきた窓まで黒塗りの大きな車に押し込まれて屋敷を後にした。
****
「見て見ろ、良く見えるだろう?」
暗闇の中、場所を譲られ渋々バレルに取り付けられたスコープを覗き見る。ジェフは古城が見下ろせる丘に建つ空き家にいた。
「よくは、まぁ、見えますが…」
なんでライフル?
「他意はないよ。いや、本当に。何だ、その顔」
「……弾が入っていますね?」
直線距離で一キロもない。立地もあり、風の向きによってはかなり有効な射程圏内の距離である。
「おっと、抜き忘れた! うっかりうっかり。あ、望遠鏡もあるんだ。ほら君のも」
「最初から望遠鏡だけで良いのでは」
「そう言われると、そうだったね」
いや、うっかりしていた。
わざとらしい演技に加えて手塩にかけた部下に冗談でも狙い定められるのは忍びない。それとなく周囲を取り囲む屈強な黒服の男たちにライフルを遠ざけるよう顎でクイクイする。
「楽しそうだ。盛況だな…古城のレンタル料を値上げしても良いんじゃないか? 夜会は寄付もよく集まる」
「そうですね」
「ジェフも見ろ、ほら」
押し付けられた巨大な望遠鏡のピントをくるくると合わせると、眼前に古城で酒を飲みかわす人々の様子が現われる。しばらく二人は望遠鏡を無言で覗き続けた。
「あ、マヌエル夫人だ。楽しそうだなぁ…すっごく」
「どこですか? 彼女はマヌエル公が死んでからの方が遥かにエンジョイしてるらしいですね」
「切なくなるな。右から二つ目の塔のテラスだよ。ほら、若い男と…おお~」
「………」
「な? 楽しそうだろう。ん~…いないな」
「人が多い! 目が痛いですよ、酔いそうだ。おい、代わってくれ」
「こらこら、ジェフ。君も奥方を探さねば」
黒服のスキンヘッドに望遠鏡を渡しかけて怒られる。
「シャルロットを探すこととビビアンを探すことは同じでしょうがね。私は仕上げなければいけない書類が。こんな目が疲れることをするつもりはな」
「あっ! 踊ってるぞ、シャルロット嬢とバティークが」
「そりゃ踊るでしょう。屋敷でも踊っていましたから」
「誰と? 君と?」
「セバスとかビビアンとか」
「楽しそうだなぁ、カーターさん家。私も踊りに行こうかな。どうして君が踊らないんだ?」
「なぜ私が踊る必要が?」
「そういう所だよ、ジェフ」
「あ~…いましたよ、ビビアン」
「どこだ!?」
「しかし、今日のドレスはやや」
「やや!?」
「………あ、すいません。見失いました」
「なんだそれは!」
レンズの向こうではビビアンが甘えてバルカスの首にぶら下がり、ケーキを口に入れてもらい始めた所だったので部下の命を優先する。
「今日は冷えるな」
「こんな寒空の下で覗き見なんてしているからでしょう。どうぞお帰りになられては」
「いやだ。ビビアンが見つかるまで粘ろう。久しく着飾った姿を見ていない。着飾ったどころか普通にだって会えてない。手紙も無視だ! 本当は連れて帰りたいんだ。ここしばらくずーーーーっと君の屋敷にいるじゃないか! ブラハム、酒を」
黒服の男が頷いて用意されていたワインの栓を抜いて注いだ。
「元々ビビアンは定住していませんがね。一人住まいのアパルトマンにもあまり帰っていないと聞きました。今は拙宅ですが。居場所がわかっているだけマシでは」
「シャルロット嬢にべったりだって?」
「ええ。ずっと一緒に遊んでいます。まだあと三か月は滞在されると、先日」
「半年もいたのに、まだ三か月も!? おま、お前、バルカスとまさか同じ部屋で寝かせてないだろうな」
「あ~……上手い! ここしばらく我慢していたのに、こんな良いワインを開けられたら止まりませんよ。仕事があるのにどうしてくれるんですか」
「ここのとこ本当に良く働いてくれている。君にだって息抜きは必要だろう」
黒服たちに望遠鏡を託し、二人はおかわりを注いでしっぽりと飲み始める。
「さっき、ご覧になりましたか?一階の左側に」
「ああ。トルシュの外交官だな、それとダフネの大使か」
「黒服たちは顔を?」
「ああ、大丈夫だよ。少し興味があるものな。トルシュの方はグルドー伯爵と話していた。ダフネはカーボネル夫妻にマクベスか」
カーボネル伯爵は造船業を営み、マクベスは現総務大臣である。
「グルドーは国会議員ですし…基本的には愛国心が強い。問題はないかと」
「例えば商売がらみでグルドーから別の議員に伝手を作り出したら難儀だ。夜会はこうなってくると良し悪しだな」
「表立っての動きが見えるのは悪いことばかりではありません。水面下で動かれるのが一番やっかいだ。繋がりを把握できるに越したことはないでしょう。十月以降の公式行事には全て監視を投入しています」
「トルシュは物凄い勢いで戦車を製造している。近頃は戦闘機の設計計画に着手し始めていると…いよいよ空から爆弾が降ってくる時代が来るか」
「地形的に戦車が動かしやすい国土ですからね。海の向こうでは単純な飛行が可能になったとは聞きますが、話を聞く限り燃費が悪すぎて使い物になるにはまだ十年はかかりそうです。ただまぁ、戦闘機は軍部の方でも話は出始めています。絵空事ではなくなってきた。トルシュは前の大戦では隣のカーティアに東側を取られたままです。取り返すのに必死にもなる……」
「先月も会談の申し込み、今月もだ」
「電話は難しかったですか」
「いや、お前の言う通り電話にして良かったよ。あれは曖昧さが丁度いい。楽だな」
「一度外務に指導しておきます。大使と大臣レベルに留めた方が良い。まだこちらに話が回ってくるには早いでしょう」
「やる気満々の戦争に利用される同盟なんて結べないよ? 金も弾もない……だが無下に断ることもできない」
「わかっています」
おどけた口調に肩を竦めていると、黒服が報告に来る。
「トルシュの外交官が外でしつこく女性を口説いています。女性はマリージュ伯爵令嬢かと。少し強引ですが、どうされますか」
「お、見る見る。ちょっとあの外交官は色々と品がないな。ビビアンは?」
「まだ中です。その……一瞬見えましたが、集団の中に入って行かれたので見えなくなりました」
恐らく黒服もバルカスの身を案じて嘘をついている。ふぅん、と面白くなさそうな返事をひとつして、再び二人は望遠鏡を覗き込む。
「ダフネの大使も外に出るようです。彼は高位貴族のほとんどと連絡先を交換していました」
「…あ、いた。あ~、何回見てもダフネ人らしい鼻だ。肩まで揺れてご機嫌だな」
「ダフネは去年から随分と雲行きは怪しくなってきています。今の所、大使は現政権に付いている様子ですが、いつまで首相が保つのか」
「ダフネにはカルムを行かせていたな」
「ええ。先月の報告書には次の選挙を待たずにクーデターが起こる可能性が高まってきていると」
「内紛自体興味はないが…クーデターで政権交代するとなるとやっかいだな。渡航者はいるのか?」
「多くはありませんが。要件を満たさない場合はなるべく帰国するように促し始めています」
「頼むよ」
「中東と同じ道を辿る国が欧州でも増えてきますね」
「トルシュとカーティアの戦争で初戦は始まったようなものだ。兵器の開発も随分進んだ…次は十年前の大戦よりも、もっと大きな戦争になるだろう」
あっ
突然大きな声を出したスキンヘッドの黒服に二人はビクッと肩を震わせる
「庭園左二つ目の街灯近く、今三つ目! シャルロット様が妙な男に追われています!」
ジェフはレンズをすぐさま下方に向ける。
「ビビアンは!?」
「……ビビアン様はたぶん足だけ見えているアレかと…植木の陰にへたり込んで……」
「撃つか?」
「シャルロット様が隠れてしまいました!」
ブラハムが焦った様子で実況中継してくれる。
「酒を飲んで走ったのか? 急に回ったんじゃないか」
「バルカスは何しているんだ!?」
「撃てませんね。恐らくテラスでバティークと話を。先に行きます」
「私も行く。おい早く車を回せ!」
****
あ~あ…
どうしよう。
植込みに凭れ、口を開けて寝ているビビアンの側にしゃがみ込んで、シャルロットは途方に暮れていた。
こんな所に一人でビビアンを置いていけないから、人を呼んでくるわけにもいかない。向こうでのびているキモ男をどうしたらいいのかしら。朝まであのキモ男があのままだったらたぶん凍死してしまう。だからと言って誰かに伝えればキモ男がのびている理由を尋ねられるだろう。私が投げ飛ばしたからです…そう言ってキモ男がすごい偉い人だったりしたらどうしよう。キモ男が起こされて『この女に投げられた』と言われるかもしれない。シャルロットは難しい顔をして、つまるところ『面倒くさい』と思った。
身なりはもちろん良い。そもそもこんな夜会に庶民は来ない。
どういうキモおじさんだろう。だいぶ酔っぱらっていて、最初から完全に目がおかしかった。
兄とバルカスと離れて、ビビアンと売れっ子女優アニラの姉であるミルキス夫人とお喋りしていた所までは良かった。アニラの小さい頃の話や最近の流行を話題にして盛り上がっていたのだが、その時給仕が持ってきてくれた酒を飲んだ二人は気分が悪くなってしまった。ショットグラスに入っていた黄金色の酒。盛り上がった勢いで飲んでしまったが、アルコール度数が高かった。美味しいと嬉しそうに、ビビアンはそれを五杯も続けて飲んでしまったのだ。
二人とも燃えるように暑くなってしまい、ミルキス夫人と別れ外に出た。テラスに出ると度数の高い酒を調子に乗って呷ったとバの付く男にグチグチ言われそうだから庭園の方で涼もう(吐きたい)とビビアンが言ったのだ。それからケーキもたっぷりと食べ過ぎていたビビアンが『もう出る、あーもー出る』というので、ヨロヨロと手を取り合って歩き、暗がりの庭園でほぼゲロ待ちでジッとしていたのだが。
「酔ったのかな? 大丈夫かい」
と、急に暗がりから目の据わった大変脂ぎった感じの気持ち悪い男が現われた。
「ええ、大丈夫です。おかまいなく、ごきげんよう」
「介抱してあげよう…どれ」
教えられていた通りに素っ気なく返したが、大変脂ぎった感じの気持ち悪い男は全く話を聞かず、口元を押さえるビビアンの背後に回り込んで背中を勝手にさわりだしたのだ。覆いかぶさるようにして胸までさすっている。
「ちょっと! さすらな……おえぇぇぇぇぇぇぇ」
限界に近かったビビアンはあっという間に盛大に吐き、気持ち悪い男の足元にたくさんかかった。
「うわぁっ! く、靴がっ」
キモ男はビビアンを突き飛ばし、ゲロは要らんと吐き捨ててシャルロットの腕を掴んで引きずり出した。
「ちょっと! ちょっと、止めてください! ……ハッ!」
驚いて掴まれた腕を捻り、護身術で簡単にすり抜けると男は不思議そうに自分の手を見つめてまた手を伸ばしてくる。
「夜会の庭なんて『そういうつもり』で出る場所だろう? 今更に淑女ぶるなよぉ」
え、そうなの? シャルロットはビビアン先生の授業を思い出すが、そのような下卑た知識は引き出しにない。確か小部屋とかは誘われても言っては行けないと聞いた。だけどよく考えてみれば仮面舞踏会の夜、ジェフといた部屋から見えた庭園は確かに男女が大勢たむろしていた。なるほど、冬でも仮面じゃなくてもそういうのがあると…? 貴族の世界は荒っぽい上に年中破廉恥である。
思い返しているシャルロットの側に、また手が伸ばされたが、逆に『そういうつもり』ならば容赦する理由もない。まず走って街灯から抜け出した。男は嬉しそうな顔をし、早足で追いかけてくる。わざと暗い方へどんどん走り、右折れして男を待ち、ヒールを脱いだ。
「お、そこかな? なんだ、恥ずかしいのか、焦らすなんて可愛いじゃないか」
鼻の下を長めにした男がシャルロットを見つけ、緩慢な動作で腕を伸ばして来た。マスカラをたっぷり塗った曇りなき眼で、じーっと男の動きをよく見る。細い左手を迷いなく上げた。
黒いスーツの袖を掴み、すっと懐に入る。
「……セイッ!」
ドスン!
「う゛…」
そういう訳で、今に至る。
しゃがんでいる足が痛くなってきて、ドレスを汚したくないから立ったり歩いたりしてみる。身体もすっかり冷えてしまい、気持ち悪さも消えたが同時に心細くて悲しくなってくる。
(バルカスさんが今すぐ探しに来たりしてくれないかしら。あ~あ、ほんのちょっと前まではあんなに楽しかったのに)
まさか三十分も経たぬうちに男を投げ飛ばす事態を迎えようとは。
夜会もその内終わるだろう。そうなったらバルカスも兄も絶対探してくれるはず。もしくは寒くてビビアンが起きるのが先かもしれない。シャルロットは足踏みして身体を温める。
(最後はちょっとアレだったけど、楽しかったな)
ダンスは結構上手くできたし、兄が嬉しそうだった。お料理もたくさん食べて全部美味しかったし、見る物全てがキラキラしていて素敵過ぎた。贅沢な体験をさせてもらった。おばあちゃんになって死ぬ時に思い出しながら逝きたい出来事ナンバーワンである。
そんなことを考えながらお助けを待っていた庭園に、期待していたそれとは別の声が響いた。
「シャルロット!」
「………………ジェフ?」
バタバタと顔色の悪いジェフがこちらに向かって走ってくる。
「え? どうして?」
「大丈夫か!? さっきの追いかけていた男は!?」
「…ぁ~…えーっと…………わっ」
逡巡している間にボスンと抱え込まれた。
「良かった! とにかく大丈夫なんだな? 何もされていない?」
顔を覗きこまれる。
「あ、はい、それは」
もちろん。だって彼は今……。安堵と動揺と焦燥と色々感情がごちゃまぜになりながらも、本日二回目の抱擁にシャルロットは肩の力が抜けていく。限界に寒かったのでコートの中に腕を伸ばしてしがみついた。
「冷たいな。寒かったか」
ジェフが冷えた身体をコートごとギュッとして温めた。
「あ!? ビビアンが」
いつの間にかビビアンを抱えた黒い服の男が突っ立っている。
「あー。ビビアンの……親戚の部下だよ」
「親戚の、部下?」
それはつまり他人ではないだろうか。だけどグウグウ寝ているビビアンを抱えたスキンへッドの黒服はジェフに『ではこれで』と挨拶をしてスタスタと歩いて行ってしまう。
「え、ビビは? どこに連れて行かれるんですか?」
「家だ」
「家って、一人暮らしの?」
「いや、実家の方だ」
「実家? でもビビアンは親がいないって」
「ははは、そうか。彼女は長らく家出娘をしているから」
「そうなのですか!?」
「その昔、親を捨てたんだ。少し複雑な家庭でね」
「捨てた…そうなんですね」
シャルロットはそれ以上をジェフに尋ねるのは止めた。本人が話したくないことを別の人に聞くのは良くないと思ったのだ。
それよりも、今は。である。
「え~っと、ジェフ」
「うん?」
コートの中からもぞもぞと顔を見上げて、さっきの男の人なんですけど、と言う。
「ああ、何だったんだ? 絡まれた? ラジオドラマのように」
「ん~、ラジオドラマのように。それで、その、投げ飛ばしてしまって」
「え?」
「あっちでのびているんです。誰かに運んでもらってください」
「誰が誰を投げ飛ばしたって?」
「んふふ?」
古城のエントランスに配置されていた守衛に男の件とバティーク達への伝言を頼むと、ジェフはシャルロットを連れてタクシーに乗り込んだ。王都迄の有料道路へと走り始める。
「先に帰ったりして、お兄様は怒らないですか」
「怒るのは私の方だ」
「どうして?」
「………」
不思議そうなシャルロットを無視して、ジェフは頭を掻く。夫のコートを借りた契約妻はようやく震えのくる寒さからは逃れたが、冷えた膝小僧を一生懸命撫でて温める。
「変なの」
「別に何も変じゃない…賭けてもいいが、食事会で頭を下げてくるのはバティークだ。寒いか? だいぶ身体が冷えていたから…もっとこっちにおいで。足をここに」
シャルロットは大人しくジェフの広げた腕の下に収まって、折り曲げて近づけた膝小僧に温かい手のひらを当ててもらう。
「あったか~!」
嬉しそうな顔にようやくジェフもホッとする。二人で顔を見合った。
「ところでどうしてジェフがいたのですか?」
「ちょっと用事があって、近くで夜会の様子を見ていたんだ」
「お仕事?」
「仕事のような」
そうでもないような。
「そうしたら君が追いかけられているのに気が付いて」
「ふぅ~ん…ねぇ、でも見て?」
シャルロットがにんまりして首を傾げて言う。
「そのジェフのお洋服、絶対、私とお揃いです! ほら、生地が一緒」
「あ~。そうみたいだなぁ。これは出る前にセバスとテルミアに着せられた」
「ジェフも、セバスさんに一緒に作って貰ってたんですね」
どうやらそうみたいだな。ジェフは観念したように苦笑して頷く。
「写真撮りたい! お揃い記念。お洋服も指輪もお揃い。まるで夫婦みたい」
「………」
ジェフは言いかけた言葉を一旦飲みこみ、別の言葉を選ぶ。
「前にもセバスと割った卵が双子だった記念に写真を撮ってなかったか」
「撮りました! あんなの初めてでしたから。なんか嬉しいような気持ち悪いような記念です。帰ったらセバスさんに写真を撮って貰ってもいいですか?」
「絶対いやだ」
「どうして?」
「写真を撮っている時のセバスの顔を見たくない」
「え~。一枚だけ! 一回だけ。良い?」
「シャルロット、まだ少し酔ってるな」
「ちょっとだけ、そうかも」
お酒の力を借りて初めてされる小さな願いごとに、ジェフは『じゃあ一枚だけ』と頷いたが、結局シャルロットがセバスに写真をねだることはなかった。すっかり気をよくした契約妻は車の心地いい揺れと安心する腕の中で爆睡しはじめたからである。




