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22. 仲良し娘夫婦の食事会③

「急に顔が半分になった気がします。久しぶりのゴッドハンド、やっぱりすごい」

「素晴らしい技術ですよね! お嬢様が輿入れされて以降は奥様もいらっしゃいませんし、このお屋敷には男性ばかりで。内緒ですけど頼めば格安料金で私達にも施術してくれるんです」

「え~! それは羨ましいですね」

 ミラがコロコロと笑って、全く顔が半分になっていないシャルロットの髪を乾かしてくれる。

「奥様はいらっしゃいませんが、ご子息が…私は兄であるその人と会ったことはないのですが、ミラさんは会ったことがありますか?」

「あ、確かにそうですね。お嬢様がいらっしゃるより前にバティーク様は留学に行かれましたから。私はもちろんお会いしておりますよ。朝のお見送りやら洗濯を頼まれたりやら」

 鏡越しにミラを見て、シャルロットは尋ねる。

「あの…その、どんな方なんですか? 怖い人でしょうか」

「バティーク様ですか? まさか! 全く怖いなんて方では。むしろとても静かな大人しい方です」

「静かで大人しい?」

(これは…ラッキー!!)

 シャルロットは心中で盛大に拍手する。

『非人道的な父と眼鏡ザルで本当ごめん』と言ってくれる兄の確率がぐんと跳ね上がった。兄の謝罪があれば、多少はあの拉致された夜以来のモヤモヤがスッキリするかもしれない。

「お兄様は父上に似ていらっしゃいますか?」

「いえ…恐らく奥様に似ていらっしゃるのではないでしょうか。私も奥様は存じ上げないのですが、旦那様とはあまり。大きな声では言えませんが、もう少しその…スッとされていて」

 ブランドンは身長も高くないし、赤ら顔でずんぐりむっくりとしている。貫禄はあったが、どちらかと言うとぬいぐるみ寄りである。

「あ~、もっとスッと! かっこいいんですか」

「…あの」

「はい?」

「旦那様のお部屋に、バティーク様のお写真がございますよ」

 小さな声でミラが教えてくれる。シャルロットはミラの顔をキョトンとして見上げた。

(またもや…なんたるラッキー!)

「でもミラさん、お部屋なんて見せてもらえない気がします」

 シャルロットは出来るだけもじもじした。

「お部屋には清掃も入りますから、元々誰でも入れます。第一、シャルロット様はお嬢様でいらっしゃいますから、入ってはいけないなんてことは。バティーク様もオズワルド様もよくご用事で単身入られますし、写真を見るくらい大丈夫ですよ。この二階には呼ばれない限り九時以降誰も立ち入る用事もありませんから、入ったかどうかなんて誰もわかりません」

「じゃあ、ちょっとだけ、見ちゃおうかしら」

 一生懸命もじもじして言ってみる。

「お会いしたことのないお兄様のお顔ですもの、それは気になりますよね」

「はい。オズワルドさんには何も頼み事が通りませんでしたから」

「本当にオズワルド様にはがっかりですね。大丈夫ですよ、ちゃんと目を光らせておきますから」

「ありがとうございます、嬉しい! お兄様が見れるわ」

 シャルロットは毛が抜ける呪いを三割減にかけなおした。

 まるで以前から兄が気になっていたかのように振舞って、シャルロットは当主自室の場所を聞き出す。四つ先のドアだった。都合のいいことに階段も通らない。その後にミラの母親の話を聞いたりして楽しい時間を過ごしてから、寝支度を済ませた後で手を振るメイドの背を見送った。



 ジェフから頼み事をされたのは食事会の二日前である。

 夜の帰宅後、使用人達が集まる部屋で怪談話を聞いていたシャルロットをバルカスが呼び出して、ジェフの自室に連れていく。

『公爵の屋敷で探し物をして欲しい』

『探し物ですか?』

 夫は意外そうな顔をした契約妻に白い厚紙の図面を広げて見せる。

『ああ。図面のここ…この日付より後の物で、恐らく今見ている図面と違う紙があるはずだ』

 しかしマルーンの屋敷はほとんど歩いた覚えもなかった。どこに何が有るかまで不明である。

『それについては日中に案内してくれるように私が持っていく。どうせ暇だろうからな。ある程度の屋敷の見取り図は歩いて頭に入れることは出来るだろう。図面が保管されている可能性があるのは公爵の執務室…自室だな。十中八九鍵がかかっている引き出しと金庫があるだろう。金庫は隠してある可能性が高いから探すとなると難しいかもしれない。だがまだ金庫には入れてないはずだ』

『どうしてそんなことまでわかるんですか?』

『図面なんて物は着工までに次から次へと上書きされる。ゴミになるかもしれない紙をいちいち金庫に君は入れるかい?』

『おじさま、ゴミが欲しいの?』

『ジェ、フ』

『んん、ジェフ!』

『私にはそれは宝になる。ゴミにはならない』

 ふぅ~ん。興味のなさそうな返事のシャルロットをジェフが片眉を下げて覗き込む。

『こっそり探して欲しいんだ、意味がわかる?』

『コッソリ、って、つまり泥棒しろってことですか!?』

『泥棒は人聞きが悪い。スパイだ』

 ススススススススパイ!!

 バルカスが形状のおかしな長細い金具がいくつかぶら下がったものをシャルロットに持たせる。

『これは、大体の鍵があく魔法の鍵束です』

 重みのある鍵束を手のひらに乗せて、シャルロットはぶるんと震える。

『…やーーーーーーっば!!』

 ジェフとバルカスがその様子を見て苦笑する。

『シャルロット、そのどれでも良いから試しに私の机の鍵を開けてごらん』

『これ、本当に鍵なんですか? 壊れたりしないの?』

 一本一本の魔法の鍵達は太さや長さが違いこそすれ、およそ鍵とは言い難い形状をしていた。中には細い棒状のものもある。

『あまりに形状違いのものは端から挿し込めません。まず錠の直径を目視して、入りそうな物を選びます。それから、真っすぐ挿すのではなくて…こう、これと一緒に』

 バルカスが一緒に引き出しの前にしゃがんで教える。

『こう?』

『そうです。でもそれだと開かないですね。では別の鍵を』

 シャルロットは別の鍵をじっと見て、錠をよく見る。

『ではこれを…挿して…こう?』

『そう、手ごたえが』

 あ、と思った時には良い感触がして鍵が開く。

『開きました!』

『うん…という感じで。机の鍵など大抵は大した錠前はついていない。私は食事の後に公爵と二人で飲む。ガバガバ飲ませる。その間に君は公爵の自室に入って錠のついた引き出しを開けて、こういう図面がないか探して欲しい。持ってきてくれるのは日付が新しくて、別の図面のものだ』

『別の図面と言われても…わかるでしょうか。日付はともかく、図面が別なのかわかる自信がありません』

『うーん、そうだなぁ。私の予想だと、この部分にもうひとつ大きな長方形があるか、もっと全く別の紙の図面があるか。全然違うものがあればそれを』

 硬そうな平爪が描く空想の図面と広げた図面を穴が開きそうな集中力で見つめ、シャルロットは頭に叩き込む。

『…わかりました、全然別ならわかりそう。それくらいなら』

『本当に? 大丈夫かな』

『でも私が行くより、もっと適当な方がいらっしゃるんじゃ? バルカスさんのお友達とか』

 バルカスが肩を竦める。

『それでいけるなら、もっと早くにそうしています。あの屋敷はね、内から外に向かって急激に警戒が厚くなるのですよ。とてもじゃないが、まず侵入できない。外庭の夜に放たれる犬達なんか最悪だ。だけど庭から屋敷、屋敷の一階から二階、またその奥…という内部に近づけば近づくほどに警備はガバガバになるようで。屋敷のドア鍵もマスターキーで開くと聞きましたし、一度入れば話が早いんですけどね』

 なるほど、とシャルロットは納得する。まさかジェフが歩き回るわけにもいかないだろう。そうなれば自分は最適である。ここは契約妻の役どころ!! 日頃から役に立てる場面は少ないので嬉しかった。両手で拳を作り、シャルロットは夫の顔を見上げ奮起する様子を見せる。

『わかりました、やってみます!』



 ミラが去って部屋で一人になった後、乾かしてもらった髪を簡単に一つに編んでまとめた。スパイなら髪の毛を落としてはいけないというシャルロットなりの配慮である。最初はニット帽を被るつもりだったが、バルカスに止められたので持って来なかった。それから準備しておいた巨大ポッケ付きカーディガンを羽織る。

 いざ、スパイ決行!!…と行きたいが、別にそのように訓練されているわけではないので普通に扉を出て、トコトコと歩いて四つ目のドアをあっけなく開けた。途中、ミラの言う通り誰にも会わなかったし、一階にすら気配はなかった。それはもう誰が見ても、娘が父の部屋をこっそり覗きに来ちゃったという描写に尽きる。


 ブランドンの自室は二つに分かれているようで、最初のドアから入った部屋が書斎のような造りをしていた。恐らく奥が寝室だろう。少し迷ったが、部屋が暗かったので電気を付けた。飾ってある写真がよく見えないからだ。真っ暗な部屋にいる方が、見つかった時に言い訳が難しいと判断した。

 いくつか壁にかかった写真はおじさんばかりが並んで握手をしていたり、ポロやゴルフの大会らしき会場での記念写真といったような胸躍らぬ光景ばかりである。だが、そのポロの大会でブランドンの横に立つ『スッとした』青年はおそらくバティーク、兄なのだろう。食い入るように見つめた。

(こ、これかぁ~)

 めちゃくちゃスッとしていた。狸っぽくない。

 肩までの薄い金のミドルヘアは緩くウェーブがかかり、ブランドンより大分と背が高く、儚げな笑顔で写真に写っている。狸の横にいるせいもあるが、美青年に見えた。写真横にある日付は今から随分前だったし、恐らくこれは兄がカレッジに通っていた頃あたりの写真なのだろう。

『非人道的な父と眼鏡ザルで本当ごめん』と言ってくれる兄の確率を超えて、『君が僕の妹なんだって!? アモーレシャルロット! 僕たちの奇跡の繋がりに乾杯!』と言ってくれる確率が百二十パーセントに上がってきた。

(でも一人称は意外に『俺』? 留学とかすると、パーティ好きになって帰ってくる人も多いってよく聞くし)

 妄想は膨らみ、サングラスをかけて日に焼けた兄が胸元をはだけさせて自分と乾杯していたが、いつまでも脳内で遊べそうなのでとりあえず脇に押しやり奥の机に向かった。ジェフの言った通り鍵のついた引き出しが三つあり、一つは浅くて横に長く施錠されておらず、残りの二つのうち浅い引き出しを先に開けることにした。

 鍵は魔法の鍵束のうち、三つ目を試した所で開いた。世の中の大半の机の鍵は意味の無い鍵なのだと理解する。

 引き出しには書類用の薄い茶封筒が一つあった。見た感じ図面が入っていなさそうだったが、一応中を覗き、シャルロットはしばらく動かなくなる。

 顔を上げ、茶封筒を机に一度おいてから急いで次に深い引き出しをさっきと同じ鍵で開けた。中は二つの空間に分かれ、右も左も細長いファイルと太いファイルがあった。見せてもらった図面は厚紙だったので、太いファイルに見当を付けて取って開くとビンゴである。

「すごい簡単」

 日付から捲って探した図面をリングから抜き出し、いくつか広げて確認するとジェフの言った通りの全く別の図面があった。そのままポッケに入れて、残りのファイルを仕舞う。

 何とあっけない!


 深い引き出しを元に戻して、シャルロットは少し眉を寄せていたが、再度浅い引き出しの茶封筒を手にして十数枚がクリップで一つにまとられた紙を出し、急いで表紙から一枚目を読んだ。サササッと捲り、それからそこに挟まれていた写真に気が付いて一枚抜き取り、それもポケットに入れる。


 急いで鍵を掛けなおし、夫婦の泊まる部屋へとトコトコと帰った。


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