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11. 仮面舞踏会の夜①

 ビビアンが実地で勉強してみましょうか、と言うので夜会に出ることになった。と言ってもジェフと連れ立って行く選択肢は無いので、雰囲気を味わったり、夜会そのものの作法を見るという目的で膨大な量の招待状の中からお遊びの仮面舞踏会が選ばれる。

「いやらしい大人が集う仮面の催しもありますが、もっとライトな感じです。照明も明るいですし、お食事も沢山あります。どちらかと言うとダンスをしに来られる方が多い会なのです」

「ダンスですか」

「ええ。正式な夜会ですと、誰を誘うとか、順番とか、あまりに続けて踊ると嫌がられたり色々と気にしなければいけません。だけど仮面ゆえに誰とどう踊っても構いません。無礼講! だから自然とダンスを目的に来られるダンス好きの方が多いという印象ですね」

 好きなことを好きなだけ出来ないなんて、お貴族様も気苦労が多い。


 生れて初めて夜会用のドレスを着て、テルミアとメイド達にヘアメイクをして貰う。本当は髪色や瞳の色からドレスを布地からデザインまで決めて誂えたりするらしいが、今回は仮面を付けるのもあって、薄いグレイのレース地で出来たワンピースに濃緑色の布をたっぷり使ったリボンがある既成のドレスが選ばれた。お尻の上の大きなリボンは迷子防止の為だそうだ。

「もっとこーんなボワンとしたスカートのドレスかと思っていました。すっごく動きやすくて、可愛い!」

 鏡に向かって前や後ろを見るシャルロットをメイド達やビビアンが深く頷きながら愛でる。

「その昔はコルセットでガチガチに作り上げたフォルムのドレスでしたけどね。今はそういうのは誰も着ません。車に乗れないし動きにくいし、しんどいですから。足元も靴は見える程度の丈が流行りです」

「ですが奥様、動きやすいからと言ってお一人でフラフラされないようにして下さいませ」

「もちろんです、テルミアさん。そんな恐ろしいこと逆に出来ません」


 言葉通り、黄色のドレスを着たビビアンとしっかり手を繋ぎ、会場に到着後は怒涛の説明を受ける。招待状を提出する作法、仮面だけどご挨拶、ダンスの作法、給仕の呼び方、頼み方、食事をとるタイミングやどうやって場所取りをするのか等、話は尽きない。

 仮面舞踏会の会場はダンス好きなナントカ伯爵の別荘で、ダンス用に円形のホールが用意されていた。皆が時折汗をかきながらアップテンポな音楽に身をゆだねている。

「はぁ~…夜会とは大変なところですね! 一曲踊るだけでもクタクタです。皆さん何曲も何曲もすごいわ。仮面で本当に良かった。もう私の顔は時々大パニックに陥っています」

 壁際に二人で並び、ダンス後に冷たい水を飲む。

「ふふふ。そうでしょう、仮面なら誰もシャルロット様だとはわかりませんからね。最初なら気が楽です」

「でも先生、よく考えたら仮面がなくても皆さん私のことは誰かわからないです」

「あ、そう言えば」

 ふたりでクスクス笑う。

「僕は仮面が有っても無くてもわかりますがね」

 突然かけられた声に驚いて顔を上げると、仮面を付けたバルカスであった。

「バルカスさん!」

「し~っ、奥様、それは内緒です」

 すいません、と慌てて口を覆う。見慣れた人だと仮面でも結構わかるものだった。

「こんばんは、ビビアン」

「あらこんばんは、ウェーバー小子爵様。まさかお一人?」

「いいえ、主人のお伴です」

 シャルロットは仮面の奥で目を丸くする。

「休憩室で密談中」

「あ~、よくあるやつ」

 バルカスの言葉にビビアンがふむふむと納得する。

「こんな所でお仕事、なんですか」

「まぁそうです。不特定多数の仮面が出入りするので誤魔化しやすいとかなんとか」

「なるほど?」

 それから暫く『仮面を付けていてもわかる』というバルカスが大人の人間模様を実況中継してくれて、ビビアンと一緒にケタケタと笑って過ごし、スローテンポで男女が踊るダンスをバルカスと踊ってみることになった。

「本当は奥様の最初のパートナーは遠慮したいところですけどね」

「あ~、足を踏んだらごめんなさい!」

「そういう意味じゃありませんけど」

 なかなかに笑いを堪えるのが必死なパートナーの足を何度も踏みつつ首を捻りながら一曲を終えて、バルカスは踊ろうかとビビアンを誘って二人が離れた。


「壁際で見ていますね」

 ホールの中央から少し離れた椅子に向かう最中で、制服を着た給仕からワインはどうかと尋ねられる。緊張しつつ、初めて一人で応じて見る。

「……んんっ……ひとつ、頂こうかしら」

「かしこまりっ」

 ちょうど後ろを通った女性がたたらを踏んで、給仕にぶつかった。わぁっと口を開けた給仕の手からトレイがスローモーションのように流れ、並べられた赤ワインの入ったグラスがシャルロットに向けて突っ込んでいく。


 はわ~……


「シャ……奥様……!」

「先生、ドレスが…」

 駆け付けたビビアンとバルカスが胸元から下まで赤黒く染まったドレスに大きな口を開ける。

「これはいけませんね!着替えか……クリーニングして貰えるかもしれません。それよりもう脱がれた方が良い。ビショビショ過ぎます。時間的にジェフ様も終わっていると思いますので、休憩室を使わせてもらいましょう。さあ、こちらへ」

「ありがとうございます」

 謝る女性と給仕から離れ、バルカスはホールを出て廊下を進む。角部屋の前で止まると、真っ白な扉を特徴のある叩き方でノックした。続けてシャルロットを前面に押し出して小さな顔を覆った仮面をぺろんと取る。

 ガチャリと扉が開き、タキシード姿のジェフが現れた。こちらも素顔である。

「…えっ?」

「申し訳ありません。緊急事態でして、奥様が」

「君、どうしてこんな所に」

「御機嫌よう、宰相様。今晩は実地授業でしたのよ」

「は~、なるほど。君はビビアンか。で、ワインで遊んでいたと」

 入りなさいと三人ともが通されて、ビビアンに部屋の奥にあるシャワールームに連れて行かれる。

「ではシャルロット様、バスローブに着替えてお待ちください。着替えを用意できるか、ドレスをクリーニングできるか……とにかく何かをお持ちするまで待っていて下さい。下着は大丈夫そうですね?」

「はい、多分大丈夫です。先生ありがとうございます」


 バスルームの向こうでは、バルカスがジェフに後のことを任せる。

「ビビアンにクリーニングの方を任せますから。ここで我々が来るまで奥様をよろしくお願いしますよ」

「おー、わかった、わかった」

 ひらひらと手を振ってジェフがバルカスを行かせると、ワイン臭いドレスを手にビビアンが『お願いします!』とこれも急いで出ていく。


 暫く後、ふかふかのバスローブを着て出て来たシャルロットを待っていたのは、巨大なベッドと酒を飲むジェフであった。


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