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認めよう。
俺は、ウタ先生が好きだ。
でも、デビューするという夢がある俺には恋愛に現を抜かしている場合ではないことは、十分自覚している。
しかもウタ先生は11個も年上だ。もしかしたら結婚もしているかもしれない。
自分にそう言い聞かせて、気持ちにそっと蓋をした。
「あれ、ウタ先生早いですね」
漸く少し肌寒くなってきた頃。
午後にあったはずの大学の講義が教授の体調不良で休講となり、時間が空いた俺は自主練でもしようと早めに事務所にあるスタジオに来た。
レッスン以外の時間で、空いているスタジオは自由に使っていいことになっていた。
その日はたまたま誰もおらず、贅沢にスタジオの音響機材を使用して大音量で音楽をかけ、ど真ん中で踊っていた。
しばらく練習していると、ウタ先生がスタジオに入ってきた。レッスンまでまだ30分以上時間が空いていた。
「お疲れ様です。真人も早いですね。私は最近引っ越したんですがなかなか通勤時間が読めなくて・・」
と少し照れたように笑った。
自分の気持ちを自覚すると、そんな顔がとんでもなく可愛く見える。
「引っ越したんですか、いいですね。引っ越し祝いなにがいいすか?」
少しふざけたように言うと、ウタ先生も少し笑った。
「一人暮らしが一人暮らしのまま引っ越しただけですから、お祝いをいただくほどではないですよ」
そうなんですね、と返しつつ、ウタ先生の言葉にドキリとした。
一人暮らし。
一緒に住むような結婚相手や、同棲相手はいないということか。
そういえば指輪をつけているところも見たことがない。
恋愛に気を取られている場合では、と思った手前だが、期待してしまう。
決めた。
いつか絶対デビューして、立派なアーティストになって。
世の中に認められる人間になってやる。
そうしたら、ウタ先生に気持ちを伝えよう。
あなたと釣り合う男になりました、と。
俺は諦めが悪いんだ。
夢も恋も、どっちも手に入れてみせるさ。