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「真人」
あるレッスンの日。
休憩時間にもイヤホンをつけて練習していた俺の目の前でヒラヒラと手を振って、ウタ先生が声を掛けてきた。
「はい」
「頑張ってますね。でも少し休憩しませんか」
「……はい、そうします」
広いスタジオには、休憩時間ということもありほとんど人はいなかった。
壁際に座ると、その隣にウタ先生が座り、俺にスポーツドリンクのペットボトルを差し出してくれた。
御礼を言って口をつけると、火照った身体と頭が少し冷やされた。
「最近あんまり集中できていないみたいですね。余裕がないというか」
いつも通りにしていたつもりだったのに、ウタ先生にはダンスを見られただけでバレてしまっていた。
親友のデビューを心から喜べず、焦りすぎて練習にも身に入らないなんて。
とことんガキだな、と心の中で自分を嘲笑した。
「すみません、必死でやってるつもりなんですけど」
「私に謝る必要はないですよ。必死さも伝わってきています。真人が真人らしくいられないのはどういう理由なのかなって」
俺らしいってなんだろう。
俺だって分からない。
考えれば考えるほど、俺は何も持ってない、ただの大学生だった。
体育座りで少し微笑みながら優しくこちらを見つめる彼女の目線は、練習に集中できていないこちらを責めるでもなく、ただただ俺の言葉を待ってくれた。
なんでも見透かしてしまいそうな透き通った目。目を合わせると、ドクンと脈が跳ねるのを感じた。
「なんか…練習してもしても上手くなってる気がしなくて。やっぱり翔太とは違うなって…」
こんなこと、誰にも言うつもりじゃなかったのに。
今この時だけウタ先生を独り占めしているような、特別扱いしてくれているような気がして、彼女なら全部受け入れてくれるんじゃないかと思ってしまった。
彼女は少し怪訝な顔をして、まっすぐ俺の目を見て言った。
「翔太はこの事務所に入所する前にもダンスを何年もやっていたし、それは違って当たり前ですよ。比べるの自体翔太に失礼です」
手足が一気に冷えて、その反対に顔に熱が上がっていくのを感じた。
恥ずかしい。
自分の甘えた考えが、その考えを優しく受け入れて慰めてくれると思っていた自分が。
ウタ先生の言っていることは最もだった。翔太は俺よりも何倍も、何年も努力してきたんだ。
練習生になる前にはほとんど歌もダンスも経験ない俺とは、実力が違って当然だ。
「……確かにダンスや歌のスキルで言ったら真人はまだまだ成長の余地があると思うけど…
翔太とは違った形の、人を惹きつける魅力がありますよ。
自分でそれに気付けたら、もっと素敵になれると思います」
そう言ってウタ先生はまた微笑んで、俺の頭を軽く撫でた。
確かに俺は、周りと比べて落ち込むばかりで、自分と向き合えていなかったのかもしれない。
「自分のこと、ちゃんと見てあげてね」
俺よりも俺のことを知っているような目線と手のぬくもりに、泣いてしまいそうになった。