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ウタ先生のレッスンはとても丁寧だった。
躓きそうな箇所があれば何度もやってくれるし、言語化能力もとても高い人で分かりやすかった。
厳しいレッスンも勿論ためになるが、彼女のような優しいレッスンも新鮮で、練習生一人一人のことをきちんと社会人として扱ってくれたことが大学生の俺にはどこかむず痒かった。
「真人、すごく上手になりましたね」
真人、と俺の名前を呼ぶ彼女の声はとても澄んでいて、練習をしている曲がスタジオ全体に流れていてもよく聞こえた。
「ありがとうございます。ウタ先生の教え方がめっちゃ分かりやすいおかげです」
「ほんと?ありがとう。こうやって基礎からダンスを教えるのって初めてだから、そう言ってもらえて嬉しいです」
彼女は誰にでも敬語だったが、時折出るタメ口は少し親しくなれた気がして嬉しかった。
ウタ先生は今まで舞台の演出やアーティストへの振り付け提供などをやっていたらしい。
その仕事のなかでどうやらうちの事務所のお偉いさんと縁があり、今回トレーナーをやることになったそうだ。
「ウタ先生、若いのに色々やっててすごいですよね… 俺なんか2年やってても全然上達してる気がしないです」
「真人は十分上手になってますよ。私が来てからまだ2ヶ月ですけど、その間にも成長してます。
それに私みんなより10個は歳離れてますし…そりゃあ色々経験があって当たり前ですよ」
「え」
10個…?少なくとも30歳は超えているということか。
大人びた雰囲気を纏っていると思っていたが、それでも美しく、かわいらしい彼女は下手したら同い年かもと思っていた俺には衝撃的な事実だった。
そんな衝撃を受けている様子の俺を見て、彼女は小さく笑った。
「今年で31になります。あなたたちからしたらもうおばさんでしょう?」
「いや、そんな…でも正直、同い年くらいかと思ってました。全然見えないです」
彼女はまたふふ、と笑い、ありがとうと呟いた。
11個も年上の彼女からしたら、俺はとにかく子供に映っているだろう。
正体の分からない負の感情が、心の中を少しずつ濁していくのを感じた。