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砂実に花を 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふむ、どうも今日は足元がじゃりつくねえ。

 こー坊は感じるかい? いつもの土の中へやたらと砂が混じっている触感を。

 ばあちゃんの実家だと、こんな状態に対して、みんな人一倍、敏感になったものさ。

 砂実のときか、そうでないかとな。

 まあ、このあたりにも少し前に学校ができて、広い運動場もそなえたからのう。風向きからして、そちらのほうから来たものじゃろうな。大事には至らん。


 ――砂実とはなにか、とな?


 ふむ、こー坊もいずれはその手のならわしがある場所へ赴くかもしれんしな。早いうちから知っておいて悪くないじゃろう。



 砂実は南向きの風によってもたらされる砂に、端を発する。

 こー坊は黄砂を知っとるか? 大陸の方から海を渡ってやってくる砂たちのことを指し、この日本でもたびたび報される現象のひとつじゃな。

 日本から見ての大陸は北西。位置にもよるが、黄砂が来るのは北か西ばかり。ゆえに南の広々とした海からやってくる砂実は、珍客も珍客というわけじゃ。

 ただし、あまり歓迎したくはない客ではあるがな。


 砂実はそんじょそこらの砂と違い、自らの版図を広げるためにやってくるとされる。

 いわば侵略者というわけじゃ。自分の領土、住処を増やして、根を下ろすことを目的とするという。

 過去、砂実の砂を大いにかぶった家が、新築にもかかわらず、ひとりでに潰れ落ちた話が伝わっておる。

 屋根を中央から真っ二つに折り砕き、大黒柱さえ盛大にひび割れさせるという、意図されたかのような壊しよう。

 しかしそこに生き物の姿はなく、ただ床の上へ勝ち誇るかのごとき砂たちの海が広がるのみ。これぞ砂実の襲い方と恐れられているわけじゃ。

 

 ゆえに、ばあちゃんの実家では晴れた日の、南からの風には注意を払う。

 雨の日はきゃつらが実を重くして、満足に空を渡ることができんでな。たとえどこかへ積もったとて、そいつは凡百の砂と変わりない。

 晴れた日。おのおのの仕事の手を止めてでも、風がすっかりやみきるまでは様子を見るに徹することがすすめられる。そうして砂に見舞われた箇所がないかを調べるんじゃな。

 

 肌や衣服についたものははたき落とし、家屋の屋根瓦に落ちたものはせっせと掃いて、もろに風に当てられた家々の戸板、壁板などもすき間へ棒を差し入れられて、こそぎだされる。

 そうして固められた砂たちは開けた場所に集められるんだね。

 しかし、すぐに始末をしないのが、砂実に対する扱いの妙な点ではある。

 砂実によってできた、うず高い砂の山。そこへ各家が持つ、腐ったもの、傷んだものをどんどんと埋め込んでいくのさね。

 こいつらはもっぱら生ものが使われる。家々で様々な事情から使いきれなかったものなどが、ここぞとばかりに投じられるから、臭い色合いともにはげしくなる場合もあった。

 

 なぜ、このような真似をするのか。

 ばあちゃんの聞いたところ、これは痛み分けの形にすることで、攻め寄せた砂実に敬意を表するそうなのじゃな。

 完全なる勝ちは恨みを生む。恨みをもった相手は更なる力を持ち、逆襲を試みてくる。

 そうなればこちらも、たとえ全力であたったとて、穏やかなもので済まないかもしれない。

 

 そこで花を持たせる。

 ゆとりをもって対処できたのが実情だとしても、表面上は傷んだものをきゃつらに差し出すことによって「これだけの被害を与えられた。自分たちに力はあるのだ」と思い込ませる。

 それが、長い目で見たところの被害を減らすことにつながる、というわけじゃな。

 

 そのために、各家では傷んだものをしまっておく大小の蔵が存在しておる。昔の砂実の訪れは、近世よりずっと頻度が高かったらしいのでな。

 蔵の中身がなくなることのないよう、気は配られていた。場合によっては、あえて獣を狩り、その身体を傷ませて保管する、ということも行われていたらしい。

 そうして十分に彼らへ花を持たせたら、周りをたきぎで囲って盛大に火をたき、泥粒と区別がつかぬほどに焦がしきってしまうんじゃな。そうして、こちらが使う土の仲間入りをさせていく。

 

 これでも、だいぶ時間をかけて機嫌をとったらしくてな。はるか昔に砂実を目の敵として、完膚なきまでにノシてしまったこともあったらしい。

 傷んだものを満足に用意できなかった事情もあったがな、集めた砂たちをそのままの状態でもって、焦がしつくしてしまったんじゃ。

 その仕置きをしてからの翌日。村の上空は朝方から、目で見えるほどの黄色い砂で覆われてしまった。

 家々も矢倉も、まったく届かない高空。そこを砂たちがどんどんと渡り、村のはるか裏手の山々の木々へ我先に飛び込んでいったのじゃ。

 それからほどなく、山崩れが起きた。

 土砂崩れではない。本当に山ひとつが形を崩し、その場から姿を消した。

 ごく低い山だったとはいえ、村を埋め壊すのには十分な土と石を抱えておる。たちまち村人たちの大半は住処も家族も奪われることになった。


 今あるばあちゃんの実家も、元あった場所から移ったところらしくてな。

 住処を移し、長い間相手の機嫌を取り続けることで、ようやく暮らしを落ち着けることができたという話じゃよ。


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