呪われた指輪.3
本日二話目です。
ティナが住むデーラッド国はそれほど大きな国ではない。国土だって世辞にも広いとはいえないし、王都も賑やかではあるけれど規模としては小さい。だから、すぐにお城の赤い尖り屋根が見えてきた。
馬車で移動するほどでもないけれど、そこはお貴族様。
城壁をくり抜いて作られたアーチ状の門の前で馬車は一度止まると、窓からボブが顔を出し、入り口にいる少し眠そうな門番に声をかけた。事前に話は通っていたようで、一言二言、言葉を交わすと再び動き出したけれど、そこからが意外と長い。
少しこんもりとした丘のようになっていて道がうねうねと伸びているから、近くに見える割にはなかなか着かない。とは言え、五分も走れば入り口が見えてきて、馬車は大きな扉の前に横付けされた。
馬車からリアムの手を借り降りたティナは、「ほぉ」と感嘆の息を吐きながらその場でゆっくり一回転した。一度に視界に収まらないお城は、首を右から左に動かしやっと全容が分かるほど。庭は馬車の窓から見るよりも広く感じられ、開放的で手入れも行き届いている。
まるで、異世界に紛れ込んだかのようで落ち着かず視線を彷徨わせていると、鐘の音が三回聞こえてきた。澄んだ音の出どころをたどると右奥に鐘楼が見える。
「城の起床を告げる音だ」
城に住み込みの従者達が起き出す時刻らしい。
ボブを先頭にお城に入ると、天井は首が痛くなるほど高く、そこから垂れ下がるシャンデリアは大きくキラキラ輝いている。足元の大理石もピカピカで覗き込めば顔まで映りそうだ。ティナはピカピカの鏡のような窓に映る自分の姿を見て、うっと眉を寄せる。ちょっと色あせた紺色のワンピースは明らかにこの場に不似合いだ。すれ違う人に視線を向けられる度に帰りたくなってくる。
「どうした、顔色が悪いようだが」
「きっと緊張しているんだろう、リアム、手を繋いでやれば?」
「俺がか?」
身を縮め、誰かとすれ違うたびにビクビクするティナに、リアムは躊躇いがちに手を出した。ティナがおずおずとそこに手のひらを重ねれば、ふわりと黒い靄が流れてくる。
「落ち着きます」
「そ、そうか」
「昨晩一緒に寝た黒猫から感じたのと同じ呪いを感じます」
「へっ!? 呪い?」
目を丸くしてのけ反るリアムに対し、ティナは繋がれた手をうっとりと見る。
「実は昨晩、黒猫が天使像を怖がるから抱っこして一緒に寝たんです」
「……あぁ、うん」
「その際、猫からも呪いの靄が流れてきて。あっ、でも心配いりません。きっと天使像のものでしょうから。ただ、なんだか妙に落ち着いて、呪いのくせにあったかくって。それと同じものがリアム様からも感じるのです」
はぁ、落ち着くともう一度呟くと、さっきよりもしっかりとした足取りでティナは歩き出す。
リアムはちょっと考えるそぶりを見せると、数歩先を行くボブに聞こえないほどの小声でティナに聞いてきた。
「ティナは生き物にかかった呪いを解くことができるのか?」
「猫やリアム様から感じる呪いは、天使像から離れれば自然と消えます。呪いの残り香みたいなものですから気にする必要はありませんよ」
「いや、そうではなく。ちょっと呪いに掛けられた知人がいるんだ。今までに何人にも解呪を依頼したが無理だと言われた、らしい」
「そうですか。それは心配ですね。私では無理ですが師匠ならできるかも知れません。どんな呪いなんですか?」
「……詳しくは教えて貰えなかったが、命に関わることではないようだ」
それならひとまず安心だ。急ぐものでもないらしいので、師匠が帰ってきたら話してみようと思う。
そんな話をしながら手を繋いで廊下を歩いていると、ボブが二人をじとりと睨んできた。
「お前達、状況を分かっているか? なんか仲良くいちゃいちゃしているけど」
「お前が手を繋げと言ったんだぞ? それに呪いの話をしていただけで、状況は理解している。……馬鹿が馬鹿したって話だよな?」
「……周りに誰もいないのを確認してから発言したことだけは誉めてやる」
ひとつ前の角を曲がるまでは、それなりにすれ違う人もいたけれど、今廊下を歩いているのは三人だけだ。
「で、この扉の向こうに王太子殿下がいらっしゃる。流石にここから先はお手て繋いで仲良くとは無理だ」
「分かっているし、何度も言うが繋げと言ったのはお前だ」
リアムにすっと手を離されたティナは、急に緊張が込み上げ、ごくんと唾を飲み込んだ。所在なさげな右手を左手でぎゅっと胸の前で包む。
その様子に気づいたリアムが、身を屈めティナを見る。
「大丈夫だ。できる限り側にいる」
「はい。そうして頂ければ、微かにですが天使像の呪いを感じられ安心します」
「……そうか」
なんとも微妙な顔のリアムだが、ボブの扉を叩く音にピシッと背筋を伸ばした。
内側から騎士が一人出てきて、ボブがティナを手のひらで指し説明をする。
「中に入っていいって。ティナちゃん、頭を下げたまま入って、声がかかるまで俯いていて」
「はい」
謁見の作法なんて知らないティナは、言われたとおりに下を向いた。そうすれば自分のつま先しか見えない。ちょっとだけ緊張が和らぐ気がした。
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