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呪いの天使像.3

五話目!!


 猫の威嚇する声が聞こえた部屋へ駆け込むと、そこにはベッドの端に追いやられ必死で前足をバタバタさせる黒猫と、その頭上に浮かび両手を広げる天使像の姿があった。


「みゃみゃみゃ!!」


 まるで助けてと言わんばかりに黒猫はティナに向かって手を伸ばす。その姿はびっくりするぐらい昔飼っていたミーに似ていた。


 幼いころ、呪いの品を遊び相手に暮らすティナを心配し、ベンジャミンが拾って連れ帰ってきたのが黒猫のミー。寿命を全うするまでずっとティナと一緒にいた良き相棒だ。

 そのミーにそっくりな姿に驚き、気づけば靴のままベッドに飛び乗り駆け寄っていた。


 駆け寄りつつ、詠唱し宙に魔法陣を素早く描き、天使像に向かって発動しようと……したところでティナが立ちどまる。


「えっ?」


 天使像が黒猫の首にしがみつき、いやいやと頭を振っているではないか。さらに潤んだ瞳でティナを見つめ、身を強ばらせる。これではどっちが悪者か分からない。


「みゃぁ」


 黒猫は助けてと言わんばかりに、ティナに向かって前足を伸ばすも、天使像の手にギュッと捕まれてしまう。天使像が掴んだ前足に頬ずりすると、黒い尻尾が倍ほどにぶわっと膨れ上がった。愛おしそうに見つめる天使像、のけ反る猫。


「天使像が猫を溺愛している?」


 目の前で繰り広げられる微笑ましい光景に、ティナが目をパチクリしていると、息を切らせながら執事がやってきた。はぁはあ、と荒く息を吐きつつベッドまできて、天使像と猫の姿を見ると「やっぱりこうなったか」と頭を抱えた。


「あの、普段からこんな感じなのでしょうか?」


 なんだか思っていたのと違う、とティナが聞けば、執事は汗を拭いながらこくりと頷いた。


「とにかく一晩中、付きまとうのです。髭を引っ張ったり、尻尾を掴んだり」

「それって、ただじゃれているだけなのではありませんか?」


 なんて愛らしい光景、と思うも、トニーは渋い顔で頭を振る。


「相手は呪いの天使像ですぞ? 空を飛ぶだけでもおぞましいのに、付きまとわれるなんてどれほど精神的に苦痛か」


 えっ、それって苦痛? とティナは思わず首を傾げる。ティナならウェルカムなのに。


 天使像に至ってはトニーの言葉に衝撃を受けたように唖然とし立ち尽くし、次いでぶんぶんと首を振った。怖がらせるつもりなんてなかったし、怖がらせていた自覚がないようだ。


「私は呪いと一体化した物を幾つも見てきました。その中には、すでに呪いを達成し、人に害を及ぼすつもりのない物もあります。夜中に浮遊したり、構って欲しいがためにちょっといたずらしたり、遊んでいるだけなのにそれを周りが呪いだと騒ぎ立てるのです。悪意はありません」

「それは充分呪いのように思うのですが。では、この天使像もそうだと?」

「はい。黒猫が大好きで構って欲しくて傍にいるだけです」


 天使像はうんうん、と頷きながら、黒猫を抱く腕にさらに力を入れても、黒猫は「大好き」の単語に毛を逆立てた。可哀そうなほど天使像の片思いだ。

 しかしティナの眼には仲良く寄り添うように見える。なんとも微笑ましいではないか。

 

「ただ、不思議なのはどうして猫なのかですよね。この天使像の場合、邸の主人であるリアム様に執着しそうなのに」


 その点だけは合点がいかない。でも、可愛い天使像がミーそっくりの黒猫を愛でる姿は、見ているだけで心が癒される。ティナはベッドの上に腹ばいになり、頬杖ついて黒猫と天使像に目線を合わせる。足がパタパタと嬉しそうに動くのは無意識だから仕方ない。


「天使さん、黒猫さんが好きなのね」


 小さく頷く天使像。


「良かったね、猫さんモテモテ!」

「みゃぁー!!」


 非難たっぷりに鳴くも、ティナはよしよしと黒猫の頭を撫でる。


「でも天使さん、猫さんが嫌がっているから離れてくれない? じゃないと私、あなたを解呪しなくてはいけないの」

 

 ティナが再び魔法陣を描けば、天使像ははっと腕を解き、黒猫の後ろに隠れ震えながら身を縮めた。黒猫に守って貰いたいのだろうが、当然黒猫にそんなつもりはない。ふにゃ! とひと鳴きすると見事な跳躍でティナの膝の上に乗った。


「よしよし、怖がらない、怖がらない。トニーさん、抱っこしてもいいですか?」

「いや、その。……嫌がっていないようなので結構です」


 ティナはそっと片手で黒猫を胸に抱きかかえる。ビクンと身体が跳ねたが、背後に天使像がいるせいか逃げる気はなさそうだ。

 次いでもう片方の手を天使像に伸ばす。


「天使さん、良かったら私の家にこない?」

「ティナさん、それは解呪しないということですか?」


 咎めるような口調のトニー。ティナは困ったように眉を下げながら解呪について説明する。


「物と一体化した呪いの解呪の場合、人格化した物にかなりの苦痛があるのです。害を及ぼすのであれば仕方ありませんが、この天使像に悪意はありませんからできればしたくありません」

「では、このまま放っておくのですか?」

「私の経験では、呪う意思が無くなった時点でゆっくり解呪が進んでいきます。あと何年かすれば勝手に解呪され天使像はもとの石膏の塊に戻ります。それまで私が預かっていてもいいでしょうか?」


 トニーは思案顔で何かを確認するように黒猫を見た後、はぁ、と小さく息をもらした。


「分かりました。私どもとしましても、夜中に天使像が猫に付きまとわなければ構いません。どうぞお持ち帰りください」

「ありがとうございます」


 ティナは黒猫を降ろすと、今度は両手を天使像に伸ばす。天使像は少し逃げるそぶりを見せるも、案外素直に抱えられた。


「私の家においで。気が済むまでいればいいわ。お友達もいるわよ」

「友達?」

「みやぁ?」


 黒猫とトニーが顔を見合わせるも、ティナが気づくそぶりはない。


 天使が執着するのは邸の主である男性。今はなぜか黒猫にこだわっているけれど、女のティナに害が及ぶことはない。もっともティナの方はウェルカムだが。

 天使像がこくりと頷いたのを見て、ティナはほっと安堵の息をはいた。


「では、これで問題解決ということで。解呪はしていませんのでお代金は不要ですが天使像の代金はお支払いします。おいくらですか?」

「天使像はもともと私が購入したものですから不要です。差し上げます」


 そう言うと、トニーはひょいと黒猫を抱えると、「それでいいですね」と問いかけた。黒猫が頷くのを確認すると、では、と言いティナに部屋からでるよう促す。


「朝、朝食をお持ちしますのでお部屋で休んでください。この度はありがとうございました」

「いえ、私こそ、お役に立てたか微妙ですみません」


 ティナは大事そうに天使像を抱えると、三階にトニーと猫を残し階段を降りていった。



お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

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