彷徨う甲冑.5
日が暮れれば猫に変わる、そんなとんでもない事実が明らかになっても、二人は何も変わらなかった。
もちろん、内心はいろいろ赤面したり、あぁ〜! と顔を覆いたくなることもあるけれど、それなりに平静を装い向かい合って馬車に乗るうちに、諸々の感情は呑み込んだ。
そうやって、コーランド伯爵領まであと一日、という場所までやってきた二人は、一階がレストランになっている宿を見つけ今夜はそこに泊まることにした。
ただ、途中の山越えで道を間違ったせいで、宿に着いた時にはすっかり日が暮れ空には月が輝いていた。つまりリアムは猫だ。
宿泊カウンターの前でティナはうーん、と唸った。
御者はいつもティナ達とは違う平民向けの宿に泊まる。リアムがいないことを知られると困るので、厩に馬車を停めるやいなやティナが飛び出し、ここはいいから自分の宿を探すように言った。
ゆえに、今ここにいるのはティナと黒猫とティナに抱かれた天使像だけ。甲冑は箱の中で待機中である。
今まではリアムが宿泊の手続きをしていた。
ティナはカウンターの隅で渡された紙を見て、さっきからずっと「うーん」と唸っている。
「えーと、天使さんと甲冑さんと私と黒猫さん?……えっ、リアム様って書くべきなのかな」
受付の人がまだか、とこちらをチラチラ見る視線が余計に気持ちを急かせる。
見かねてリアムが「にゃぁにゃぁ」鳴くがもちろん何を言っているか分からない。
「うーん……せめて言葉が分かれば……って、あの手があったわ」
ポンと手を打ち、その手を黒猫に翳す。小さく詠唱して魔法陣を描くも、現れたのはいつもと違い銀色に輝いていた。それが、黒猫の前でパチンと弾ける。
「リアム様、この宿泊カード、どうしたらいいですか?」
「だから……って、えっ!? 話せるぞ!!」
「はい、短時間ですが話せるようにしました」
昨日までは、日暮と同時にお互いの部屋に分かれていたので必要なかったけれど、こうすれば黒猫リアムとも話ができる。
(熊になった師匠と意思疎通をするために覚えた魔法が役に立つなんて)
もう二度と使うことはないと思っていたけど、やはり何事も経験のようだ。
リアムに教えて貰い宿泊カードに記入してお金と一緒に受付に手渡す。お陰で無事部屋を取れたし、巨大荷物の甲冑は裏口から運び入れる許可も得た。
「はぁ、緊張しました。でも、カボチャに変えずにできました!」
成長したと上機嫌でティナは裏口の階段を登る。部屋は二階。片手に荷物の入った鞄、もう片方に天使像、足元には猫と続き、最後にギシギシ甲冑がついてきた。
「いやいや! 満足そうに言っているが部屋が一つしか取れなかったんだぞ」
「ベッドはダブルサイズです。黒猫さんと私なら余裕余裕」
「俺と一緒に寝る気なのか?」
リアムは天使像の鋭い視線と、背後から感じる険悪な空気に毛を逆立てながら問いかける。
「はい。あの、できれば人間に戻るところをもう一度見せて頂けませんか。先程猫に変わる瞬間は見ましたが、人に変わる瞬間なんてなかなか見れるものではないのです。是非後学の為にお願いします」
「その場合、俺はあられも無い姿なのだが」
「シーツをお貸ししますので、お気になさらず」
「気にするわっっ」
尻尾を膨らませ抵抗するリアム。ティナだって多少の照れはあるものの、それより魔女としての向上心が勝った。
「無理強いはしたくないので、朝までに考えておいてください」
「いや、待て。その口調だと、断ったら無理強いされそうなんだが?」
ブツブツ聞こえる文句を聞き流し、ティナは渡された鍵を使って部屋に入った。荷物を床に置き、窓の桟に天使像をちょこんと乗せると、甲冑は自ら部屋の端に行き、まるでティナを護衛するようにビシッと立った。
「お腹が空きましたね。下のレストラン、ペット可でしょうか」
「さっき犬を連れた夫人がいたから大丈夫のようだ」
お腹が空いているのか、ペット扱いされてもリアムは反論しない。それなら、とティナはリアムを抱っこして、レストランへと向かった。
「沢山人がいます」
「大丈夫だ。皆、食べ物しか見ていない」
「リアム様はその身体だと何を食べますか?」
「脂身の多いものや刺激の強いものは無理だな。いや、食べれるんだが、腹が痛くなる」
なるほど、とメニューを広げて指差しながら聞いていく。周りには不思議な光景に映るかもと思ったが、ペットに話しかける人は案外多く、振り返る人はいない。
食事の量は少量でよいとのことなので、ティナの皿から分けることに。それでお腹が空かないのかと聞けば、猫の間は平気だが、人間に戻ると激しい空腹を感じるらしい。なるほど。
川を越えればコーランド伯爵領。ここまで来ればもう大丈夫だとティナの気が緩む。
それにさっきは部屋を取るという、人生初の大仕事だってやってのけた。要は飲みたい。
「すみません、これと、これと。それからこれを一本お願いします」
「畏まりました」
注文だって出来たもの、と胸を張っていると、リアムが心配そうに聞いてきた。
「おい、今ワインを一本頼んでいなかったか」
「はい。最近実入りが良いので奮発しました」
むふふと笑うティナの前に、前菜とワインが運ばれてきた。初めの一杯は注いで貰えるらしく、ニマニマとグラスを満たす赤紫の液体を見る。
リアムの前にサラミを置いて、頂きますの声とともに一気に飲み干した。
「おいおい、それは果実水ではないんだぞ」
「知っていますよ。あっ、サラミもう一つ食べますか」
ちょいとフォークで刺して口元に近づけたのは無意識だ。リアムは少し躊躇いながらもそれを口にした。
「美味しいですね」
「あぁ、悪くない。明日の朝食が楽しみだ」
リアムはもぐもぐと咀嚼して飲み込むと、ティナが小皿に入れた水を舐める。そうしているうちにメインの鳥肉料理も運ばれて、ティナのワインを飲むペースは早くなった。
「お嬢さん、お一人ですか」
もぐもぐ、ごくごく食事を堪能していると、さほど歳の変わらない男が目の前に座ってきた。むっとティナが睨む横で、リアムが毛を立て唸った。
「そんなに怖い顔しないで。中々良い飲みっぷりだね。実はさっき追加で一本頼んだのだけれど、飲み切れそうにないから手伝ってくれないか」
男はそう言うと、フロアの真ん中でワインボトル片手にキョロキョロしている店員に声をかけた。
「すまない、勝手に席を変わって。新しいグラスを二つ」
「畏まりました」
頭を下げたウェイトレスはすぐにグラスを持って戻ってきた。男はティナの前でコルクを開けると、なみなみと注ぎ、にこりと微笑んだ。実に胡散臭い。
とはいえ、コルクを開ける手付きはごく普通で、さっと魔法で調べたところ変な薬も入っていない。酔っぱらわすのが目的なら、どんとこいである。
「ありがとうございます」
ティナは迷うことなくグラスを手にすると、ごくごくと飲み干した。さっきまでは自分で働いて得たお金、きちんと味わって飲もうと思っていたけれど、奢りなら良いだろう。
トンと空になったグラスを置き微笑めば、男は引き攣りながらさらに注いでくれる。
これは良い、と飲み干すティナはやはり世間知らずだった。
「……そんなに酒が好きなら、俺の部屋に希少価値の高いワインがある。是非、一緒に飲みたいな」
男は赤く据わった目でティナを見ると、強引に手を掴み立ち上がらせた。机の上のワインの空瓶が数本倒れるも気にせずそのまま歩き出す。
「おいっ!!」
黒猫が飛び跳ねその頭に乗り、頭上から顔を引っ掻く。人間のリアムの声は聞こえただろうけれど、顔を引っ掻かれ続ける男に周りを見る余裕はない。
「痛いっ! なんだこの猫!!」
腕を回し頭上で暴れる黒猫を掴み上げると、忌々しそうに睨み、こともあろうか投げ飛ばした。弧を描く黒猫。
「リアム様!」
「うわっ!!」
ティナは魔法を発動しようとし、リアムは猫らしく宙で回転して着地の姿勢を取る。しかし、それらより早く長い腕が伸びてきて、ひょいと黒猫を抱きとめた。
さて、抱きとめたのは誰でしょう。
昨日から一日一話投稿になっております。時刻はだいたいこれぐらい。前後二時間見ていただくと助かります。
私、Twitter始めてまだ半月なんです。
で、明日「愛読家、日々是好日 2巻」発売で、編集者さんからオープンにしていい冒頭約40ページのデータ貰ったのですが、つぶやくのに凄く時間がかかって。初心者にはハードな作業でした。頑張ったのでよければ見てください。
自己紹介のとこらからアクセスして頂けます。
書籍は全部で12万字かな、7,000字追加で新しい謎解き加えて、さらに二万字ぐらい改稿しました。昔の文章より、すっきり読みやすくなったはずです。
初めてのコミカライズも同時発売です。
どちらもまだ私の手元にきていない。クロネコさんから明日届けるメールがきました。待ち遠しいけど、出社しなきゃ。
コミックには書き下ろし短編がはいっているはず。編集者さんに頼まれて書いたけれど、実際に見ていないのでなかったらすみません。書籍を知っている方にはニマニマしちゃうタイトルです。
お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!
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