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珍しく朝からお客様が来ました.2

二話目です


(こんな朝からお客様が来るなんて)


 店に入ってきたのは、ティナより五歳ぐらい年上の青年。健康的な少し焼けた肌に引き締まった体躯、漆黒の髪に端正な顔立ちをしていたけれど、目の下にははっきりとクマが現れていた。もっともこの店を訪れる大半の客がそうなので珍しいわけではないが。


 ティナは箱に伸ばしていた手を止め、入り口に向かおうとする、が。


「いらっしゃいませっ……キャ!」


 先程破った包み紙に足をとられ、ばたんと勢いよく顔から転んでしまった。

 それはもう、床に大の字になるほどの見事な転びっぷりだ。


「うっ……」


 恥ずかしいのと痛いのとで、上半身を起こし高くもない鼻をさすると、クツクツと言う笑い声と一緒に手が差し出された。


「くくくっ、大丈夫か?」

「は、はい」


 そんなに笑わなくてもと思いつつ、素直に手を重ねれば力強く引っ張り立たせてくれる。一見細そうに見える腕なのに意外と逞しい。


「ありがとうございます」


 恥ずかしさで赤くなった頬を手で隠しながら、ティナが改めて青年を見上げれば、まだクツクツ笑っていた。どうやら笑い上戸のようだ。


「呪いの解除でございますか?」


 ちょっとムッとしながら問いかければ、気づいたのか青年は笑みを消し店内を見回す。


「そうだ、ここに来れば呪いを解いてくれると聞いてな」

「分かりました。ではまずお話をお聞きいたします。あっ、テーブルを片付けますので少々お待ちください」


 テーブルの上にある鏡と破った包みをひとまずベンジャミンのいるカウンターへ移動させると、ささっと台拭きで拭いて椅子を勧め、ティナはその向かいに座った。さっきの失敗を挽回しようと、あえて神妙な顔を作ったのに、青年は片手で顔を覆いまだ肩を揺らしている。


「えーと、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 本名を名乗るのが差し支えあれば偽名でも構いません」


 店に来る客は訳ありの者も少なくない。便宜上名前を聞くようにしているけれど、それが本名だとは限らないし、ティナとしてもどちらでも良いのだが、青年はしっかりと身分を明かした。


「リアム・スタンレーだ。あなたの名前を聞いても」

「ティナと言います」

「向こうのカウンターにいる人物は客か?」

「いえ、師匠のベンジャミンです。えーと、今日は、呪われた品をお持ちになってはいらっしゃらないのですね」


 手ぶらのリアムを見ながら訪ねれば、そうだと頷く。


「では、呪いの品についてできるだけ詳しく教えてください」

「分かった。呪われているのは天使像、大きさはこれぐらいかな」


 リアムの手はテーブルから三十センチほどの高さで止まる。よくある置物の類のようだ。


「実は半月前に骨董品好きの執事が青空市で買ってきたのだが、それが夜な夜な動きだすんだ」

「それは大変ですね。実際に動くところをご覧になりましたか?」

「見た……と言えば見たかな。その天使像は真夜中、日付が変わる頃になると決まってうちで飼っている黒猫を追いかけまわすんだ」 

「人ではなく黒猫をですか」

「……その、追いかける対象が人か黒猫かによって解呪の仕方が変わってくるのだろうか?」


 猫を呪うなんて珍しいこともあるものだと思うも、呪う相手が人であろうと動物であろうとやることは変わらない。ただ、質問に対しての返答が曖昧なのが気にはなった。


(なんだか、被害にあっているのが人間か黒猫かはっきりさせたくないように聞こえるのだけれど)


 疑問に思いつつ、言いにくそうに言葉を選んでいる様子からこれ以上聞かない方が良いと判断した。

 やってくる客は訳ありなので、深入りするなとベンジャミンからも言われている。


「いいえ、特に変わりないですし、言いにくいことは仰らなくて結構です」

「そうか、良かった」


 ほっと息を吐くリアム。ティナがベンジャミンをちらりと見れば、その対応で良いと頷いていた。

 人と関わらずに育ったティナは、少々心の機微に疎いところがある。しかしそれも最近では随分と分かってきた。要は、つかず離れず大変ですね、と親身になることだと理解している。それに人見知りだけれど、客が相手なら会話に詰まることもなくなった。


「毎晩となると愛猫が心配ですね」

「あぁ。命の危険はなさそうだが、歩いていれば後ろからこづかれ、水を飲もうとすれば頭を皿に押し付けられ、しまいには意味もなく猫じゃらしを前で振るんだ。あれには本能的に反応してしまい、俺の矜持が……」

「俺?」

「いや、猫もプライドを傷つけられているようだ」

「はぁ……?」


 どうもはっきりしない。

 しかし、呪いが命を奪う類でも苦痛を伴うものでもないことが分かり、緊急性は低いと少し安堵した。むしろ可愛いではないか。ぜひ会ってみたい。

 

「リアム様は猫が心配で、一晩中起きていらっしゃるのですか?」

「えっ?」

「目の下のクマが酷いです。ご自身で猫を守っていらっしゃるとか?」

「そう……だな。うん、まあ、そんなところだ。おかげでこの半月祿に寝ていない。天使像を捨ててしまおうとも考えたのだが、朝になり動かなくなったとたん、鉛のように重くなりぴくりともしないんだ」

「捨てるなんて可哀そ……」


 言葉途中で慌てて口を押える。ベンジャミンを見れば眉間に皺を寄せ頭を横に振っていた。可哀そうは言ってはいけないらしい、と理解しティナは頷く。


「どうした?」

「いえ、何でもありません。えーと、執事さんが持って帰ってきたということはもとは重くはないのですね」

「ああ、石膏でできていて、片手で抱え持ち帰ってきた。それなのに今は、四人がかりでもピクリと動かない」


 命に関わるわけではないけれど、と思いながらティナは疲れ顔のリアムを見る。これは早めに行った方が良さそうだ。

 ティナはエプロンを外しながらベンジャミンの元へと向かう。


「師匠、私ちょっとこれからリアム様の家に行ってきます」

「分かった、私はここで留守番をしているよ」


 お願いします、と言い、届いた呪いの鏡をひとまず倉庫に戻そうと持ったところで、背後から声が飛んできた。


「それなら、そちらの師匠に来てもらうことはできないだろうか?」

「えっ?」


 ティナとベンジャミンはパチリと目を合わせた。とは言え、珍しいことではない。誰だって師匠と弟子なら、師匠に解呪してもらいたいと思うものだ。


 それに執事がいることから考えれば相手は貴族。ここは素直に要望にお応えすべきと、ティナが返事をしようとすると、ベンジャミンが袖口をひっぱった。


「どうしたんですか? 師匠」

「ティナ、天使像の呪いはあなたが解くんだ」

「ですが、相手は貴族で師匠を希望しております」


 眉を八の字にし困り顔のティナの耳に、ベンジャミンは口を近づけると、とんでもないことを言い出した。


「ここだけの話、この変身薬とんでもない副作用があるようだ。……魔法が使えなくなった」


 パチパチと二度瞬きするティナ。言われた言葉の意味が分からず、数度、頭の中で反芻し、次いでみるみる間に顔を青くさせた。


「……し、師匠!? えっ、今のは聞き間違いですよね?……だって、魔法が使えなくなったなんて、そんなこと……」

「そうだ」

「えっっっ!! そんな平然とした顔で、何とんでもないことを言っているので……うぐっぅ」


 ティナが大声を上げると、大きな手が慌てて口を押える。


「しっ、静かに。客に聞かれれば信頼を失うだろう」

「ですが、いったい……」

「副作用といっただろう。だからここはティナがやるしかない」


 そんな、と首を振るティナから手を離し、ベンジャミンは強引に背中を押した。


「私は解毒薬を作るのに必要な薬草を取りに行ってくるよ」

「すぐ戻ってきますよね?」

「さあ、季節外れの薬草だからな。ひと月、ふた月、いやもっとかかるかも知れない」

「そんなぁ。ではそれまで私一人で店番をするのですか? それに魔法も使えないのに危険です」


 涙目で見上げるティナに対し、ベンジャミンはそんなこと、とケロリと笑う。


「店はティナが居れば大丈夫だ。それに、この世の中魔法を使えない人のほうが圧倒的に多い。だから魔法が使えないからと言って危険なわけではない。さあ、いつまでも客を待たせるといけない」

 

 ベンジャミンはそういうと、まだぐずぐずしているティナを押し、リアムのもとへ向かう。


「すまないが、私はこれから出かけなくてはいけない。ティナの解呪能力は私と変わらないので、ここは彼女に任せてもらえないだろうか」

「そうですか。ちなみにお戻りはいつですか?」

「数か月先になるやも知れん。まだ若いティナの能力を疑う気持ちは分かる。ティナ、リアム様の前で今手にしている鏡の解呪をしてご覧なさい」

「……分かりました」


 いろいろ腑に落ちないことも、心配なこともいっぱいあるけれど、ここは客の前だと気持ちを切り替える。鏡を片手で抱き直し、もう片方の手をテーブルに翳すと小さく詠唱する。

 すると金色に輝く魔法陣が現れた。リアムの切れ長の瞳が丸く開かれる。

 ティナが魔法陣の上で鏡から手を離せば、それは数センチふわりと宙に浮いた。


「えっ、鏡が浮いている?」


 リアムが何か仕掛けでもあるのかと、鏡とテーブルの間を覗き込むが、もちろんそんなものはない。


「では、今から解呪を行います」


 ティナの目に映る鏡は先程までと違い、幾重にも呪縛の鎖が巻き付いているように見える。さらにその鎖と鎖をつなげるように数個の錠前が掛けられていた。

 解呪するには魔力を針金のように細くし呪いの鎖や鍵を丁寧に調べ、決められた順番通り解錠しなくてはいけない。


 繊細なその作業は魔力をコントロールする技術が求められる。もともと魔力量が多いティナにとっては暴れ馬を乗りこなすようなもので、かなり難しく精神力を要する。


 リアムの前で解呪が始まった。


 ひとつ解錠するたびに鏡から黒い靄が浮かび上がり、それを追って出て来た金色の光に包まれ霧散していく。


 ティナは小娘だけれど、解呪ならそんじょそこらの魔法使いに負けはしない。あっというまに黒い靄は消し去り、鏡はテーブルの上にふわりと着地した。


「これで解呪が終わりました。いかがでしょうか?」

「これは……凄い。いや、疑って悪かった。では早速だが邸に来てくれないだろうか」

「はい。畏まりました」


 ティナはカウンターに向かうと、引き出しから店の鍵を二つ取り出し、一つを師匠に手渡す。


「いつ出発されるのですか?」

「ティナが出たら戸締りをしてすぐに発つつもりだ」

「……あの、帰ってきますよね?」

「もちろんだ。何かあれば魔法で往復手紙をとばしなさい」


 往復手紙ならティナの魔力だけで行き来できる。伝達手段がないわけではない。

 ティナはまだ何かいいたかったけれど、渋々頷いた。そんなティナの頭にベンジャミンは手を置くと、くしゃくしゃと、それでなくてもくせ毛の赤髪を撫でまわした。


「し、師匠!! 何をするんですか」

「ふふ、子供みたいな顔をするからだ。帰ってくるといっただろう?」


 やっと手が離れたので、ティナは手で髪を整える。整えながら「無理はしないでくださいね」と念を押した。

 

「分かった、ほら。リアム殿が待っているよ」

「では行ってきます」


 見送るベンジャミンに手を振り、ティナはリアムと一緒に店を出て行った。


 

 ※※


 ティナが去った店内で、ベンジャミンは飲み掛けのお茶に口をつける。


「なんだ、すっかり冷めているじゃないか」


 仕方ないなとため息一つ。

 するとあっという間に冷めたカップから湯気が立った。


「さて、どうなることやら」


 可愛らしい愛弟子を思い出しながら、細く華奢な指で砂糖をひとつ摘まみカップに落とす。

 店の窓に映るのは、ゆるく巻かれた茶色い髪を気だるそうにかき上げる美女。

 美女は、ふぅ、と息を吐くと少し厚みのある唇をカップに付け、くすりと微笑んだ。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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