彷徨う甲冑.3 (リアム視点)
二話目です
なんとか一日目が終わりそうだと、窓の桟に腰掛け夕焼け空を眺めていると、隣のティナの部屋からキャッキャッと楽しそうな声が聞こえてきた。
一人で何をしているんだと、ちょっと身を乗りだし耳をすますもはっきりとは聞き取れない。
そうしているうちにいつものゾワゾワとした感覚が背中を這い上がり、あっという間に身につけていた服が床にばさりと落ちた。
部屋に置かれている鏡には黒猫の俺が映る。本当は護衛としてくるべきでは無いと分かっているが、俺が断れば誰か他の奴がティナと二人で旅をする、そう思うと「行きます」と答えていた。
ボブは意味ありげにニヤニヤと見てきたが、無視だ。ティナの呪いへの常識外れな感性は、他の奴には受け入れ難く、呪われた俺なら理解してやれることもあるだろう、そんな気持ちからだと自分を納得させる。
「キャハハハ」
陽気な声にビクッと身体が跳ねた。さっきから一人でずっと笑っているが大丈夫だろうか。
俺は出窓をぐるりと囲むようにつけられた錆びた手すりの上に飛び乗ると、そのままティナの部屋へと飛び移る。
声がよく聞こえると思っていたが、やはり窓は開いていた。カーテンの隙間からこっそり覗き込んだ俺は……そのまま呆然と立ち尽くした。
前足で目を擦るも見間違いじゃない。
ティナと甲冑と天使像がカードゲームをしている?
いやいや、ちょっと待て。これはどういう状況だ。しているのはババ抜きだろうか、いや、問題はそこでは無い。
むむっと唸りながら甲冑の持つ札のどれを取ろうか悩むティナ。カードに手を触れ、また離し甲冑の表情を読み取ろうとしているが、あいつに表情はあるのか?
天使像はその隙にふわふわ浮かび上がってティナの持ち札を覗き込もうとしている。あれは反則だ。
思わず「みゃ」と声を上げれば天使像と目があった。まずいと思い部屋に戻ろうとしたところで、ティナより先に甲冑が動いた。
カードを投げ捨てまるで曲者を捕まえるかのように、俺の首の後ろを摘んで持ち上げる。
「あら、黒猫さん」
ホワンとした声がしてティナの手が俺に伸びてきた。
「あなたも来ていたの? 鞄に入っていたのかしら」
剣以外の俺の荷物は御者席に置いていたからそう思ったのだろう。首を傾げつつも甲冑から俺を受け取り胸の前で抱えるように抱き上げられる。
うっ、毎回思うがこれはいろいろ駄目な気がする。
ふわふわと柔らかなものに包まれて、さらに良い匂いがする。しかし、ここで暴れようものならもっと強く抱かれるので、俺にはじっとすることしかできない。そう、できないんだ、仕方ない。
「リアム様は今夜もお出掛けされたのかな」
ちょっと寂しそうに聞こえるのは、気のせいだろうか。グッと顔を上げれば、目が合ったティナがにこりと微笑み返してきた。
早めに夕食を摂ったからだろうか、風呂にもすでに入ったようで少し髪が濡れている。ティナは再び床に座ると、俺を膝に置いた。
ジトッとした目で俺を見る天使像と甲冑。いや、甲冑の目は真っ暗でどこを見ているか分からないんだが、なんだか見られている気がする。
なんだこの光景はと思うものの、再びババ抜きを始めたので暫く膝の上で丸くなりながら勝敗の行方を見守ることに。
そういえば、魔女のよろず屋でサボっていた時。いや、見回りついでに立ち寄った時。
天使像を撫でながらニマニマするティナに、どうして呪いが怖くないのかと問えば、幼い頃の話をしてくれた。なんでも呪いの品を遊び相手に育ったらしい。
ティナは今までずっとこうしてきたのだろうか。
師匠と二人。学校に通うこともなく、友人と呼べる者もいない。
膨大な魔力量は皆が羨むけれど、本人にとっては無用の産物、そんなもの無ければティナはもっと普通に生きれたかも知れない……と思ったところで考えるのを止めた。
楽しそうにトランプをしている姿を見れば、第三者の俺があれこれ思うのは余計なお世話というものだ。結局人っていうのは与えられた環境で生きるしかなくて、それでもいろいろやりようはある。俺だってこんな呪いにかかりながらも騎士をやっているし、ティナだって大人になった今、店を開き沢山の人と関わろうとしている。
初めの頃はカボチャにキャベツ、トマトにスイカにとバリエーション豊富に変わっていた同僚の顔も、最近では変化することなく、時には会話を交わしたりもしている。短い付き合いだけれど、成長したなと傍で見ていて思う。
ただ、相手の騎士のデレッとした顔に腹は立つが。
そんなことを考えながら、不本意にもティナの膝で丸まっていると、窓から白い鳥が入ってきた。うん? 鳥? 虫?
「あっ、師匠から手紙がきた」
ティナが手を伸ばせば、風もないのに向きを変え、手のひらに乗った。紙飛行機の形に折られたそれを開くと、ふむふむと目を走らせる。
俺も読みたくて後足で立ってみるも、悪戯しようとしていると思われたのか、手紙を持っていない方の手で頭を抑えられてしまった。痛くはない。
俺の喉を撫でながら、ティナは手紙を読み上げる。
「えーと、最近、コーランド伯爵領で幽霊騒ぎが起きているらしいわ。師匠も向かうからそこで落ち合おうだって。これって、もしかして甲冑さんを呼んでいる片割れのことかしら」
手紙を読むティナの嬉しそうな声になんだかイライラしてくる。
一度会っただけの気障ったらしい男の顔が浮かび、次いであいつと二人で今まで暮らしていたのかと、今更ながら思い至る。
……二人はどういう関係なのだろう。ティナがベンジャミンに引き取られた経緯は聞いたが、その時の年齢までは知らない。見た感じ、俺よりも五歳ほど年上に見えたが。
もやもやとした気持ちで唸っていたら、ティナが俺を抱え直し、頭や背を撫でてきた。
耳の付け根を触られるのは気持ち良いがなんだかむずむずと落ち着かない。それでもティナの膝の上は心地よく、疲れからか次第にまぶたが重たくなり……俺は知らない間に意識を手放していた。
目覚めた時、自分がどこにいるか分からなかった。見慣れない板張りの天井が見え、いつもよりざらりとした肌触りのシーツ。うーん、と前足を伸ばし尻を上げる不本意な体勢で伸びをして顔を上げればそこにティナがいた。
スピスピと可愛い寝息を立て、桜桃のような唇を半開きにし、時折もにょもにょと言葉にならない声を出している。夢でも見ているのかとぼんやり考えた後でハッとした。しまった、昨晩あのままティナの膝で眠ってしまったようだ。
慌てて窓を見れば空は白んでいて夜明けは間近。まずいと思い窓の桟に飛び移ろうとしたら、それをさせまいと天使像が両手を広げ立ち塞がった。
「うにゃ!!」
こいつには色々痛い目に合わされたが、今回ばかりは引くわけにはいかないと、背を丸め毛を逆立て戦闘態勢に入る。それと同時に背中がゾワゾワしてきた。まずい、もう時間がない。
こうなったらやってやると、足に力を込め飛びかかった……にも関わらず、俺の身体は宙でピタリと止まった。
何だ、と訳が分からず空中で手足をバタバタさせると、ガシャンと鈍い音がして、にゅっと甲冑が姿を表した。
甲冑に首の後ろを掴まれては、黒猫の俺に抵抗の術はない。意味なく前足が宙をかくその向こうで、山の向こうから朝日が昇るのを目にした。
黒い毛並みの小さな前足が、大人の男の筋張った物に変わると同時に甲冑の手からドサリと落とされた。
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