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彷徨う甲冑.1

本日二話目です


「ティナ、ちょっとすぐ城に来てくれ……って、リアムお前ここで何してるんだ?」

「あっ、いや、ちょっと」


 慌ててパンの袋をぐしゃりとし、ポケットに詰め込むも今更である。ボブはツカツカと詰め寄るとビシッと指を突き立てた。


「警邏中に堂々とさぼって彼女とデートなんて、お前に騎士精神はないのか」

「いや、見回りのついでにちょっと寄っただけだ。それに彼女じゃない!」

「いやいや、邸にまで連れ込んで、店に入り浸って彼女じゃない方が問題だろう!!」


 ガヤガヤと言葉が飛び交う中で、ティナは残りのクロワッサンを頬張る。天使像は優雅に紅茶の匂いを嗅いでいた。


「もういい、そんなことより緊急事態なんだ」


 散々言ってから、我に返ったように、ボブはティナに向かって頭を下げる。


「すまないが、今から城に来て欲しい」

「えっ、でも昨日行ったばかりですよ」

「城の地下倉庫に仕舞っていた甲冑が城内を歩き回っているんだ!」


 ボブの言葉に弾けるようにティナが立ち上がった。地下倉庫にある遺品は呪いが掛かっていないとティナが選別したもの。


 今まで選別を間違えたことは一度もない。だってそれはティナにとって呼吸をするのと同じぐらい当たり前にできることだから。まさか靄を見落とすなんてことが、と思いつつも、甲冑が彷徨っているのも事実。


「分かりました。すぐに向かいます」


 その言葉と同時に窓が施錠され、カーテンが閉じられる。ティナが入り口の扉に手をかけると同時に、店に灯されていた灯りがふっと消えた。


「ボブ様、馬車で来られていますか?」

「あぁ、坂の上に停めている。リアム、お前はどうする?」

「午前中の警邏は終わったから一度城に戻る予定だった。ティナの補佐役を命じられていることだし、俺も一緒に行く」


 ティナは薄暗い店内でふわりと浮かぶ天使像に声を掛ける。


「天使さん、お留守番お願いね。雨が降りそうだから洗濯物を取り入れておいて」

「えっ、あいつとどんな信頼関係を作っているんだ?」


 目を丸くするリアムの横で、ボブは天使像がいきなり動いたことに青ざめていた。説明するのも面倒だとそこは見ない振りをして、ティナは天使像に手を振り店の扉を閉めた。


 

 馬車は中庭へと続く道の中途半端な場所で突然停められた。降りれば数十メートル先を甲冑がジャカジャカ重い金属音を鳴らしながら歩いている。錆びて色あせ、傷だらけの古びた甲冑だった。

 剣や槍を手にした騎士が、数メートルの距離をあけつつ輪になって甲冑を取り囲んでいる。

 他に人はいないのは、すでに避難したからだろう。


(本当に歩いている)


 信じられないと目を見張るティナの顔は青ざめている。


(そんな、どうして気づかなかったの?)


 自分の失態に唇を噛むも、こうしてはいられないと走り出した。


「すみません、道を開けてください。魔法使いです!」


 その場にいた騎士達が一斉にティナを見る。普段なら目玉の恐怖に身を竦めるところだが、今はその余裕さえない。

 体格の良い騎士を細腕で押し退けるやいなや、金色の鎖を放つ。しかし。


 ガツンッッ


 甲冑の腕がひと振り、それを弾き飛ばした。

 それならばと魔法陣を描こうとすれば、今度は背にしていた弓を握りティナめがけて矢を放ってくるではないか。


「えっ? 何?」


 予想もしなかったことにティナは魔法が出てこない。まさか解呪者を狙ってくるなんて、こんな好戦的な呪いは初めてだ。

 

 物理的な攻撃に足が竦み鉛のように重く動かない。まずい、何か魔法を発動しなきゃと思うのに、身体が言うことを聞かず頭は真っ白だ。


「危ない!!」


 リアムが地面を蹴り、ティナを腕に抱きながら地面にドサッと倒れ込む。それと同時にリアムの肩を矢が掠めた。


「リアム様、血が!」

「問題ない。じっとしていろ」


 リアムは剣を抜き立ち上がると、背にティナを庇う。甲冑はティナを敵だと認識したようで新たに矢を射ってくるも、リアムが剣で弾き飛ばす。それを見た周りの騎士が加勢に入った。


 やっと気を取り直したティナが頭上に手を伸ばすと、甲冑の上に大きな網が現れた。漁に使うかのような特大の金の網は、ティナの腕を降ろす動作と連動するかのように、ズドンと甲冑めがけ落ち動きを封じた。

 おぉ、と歓声があちこちで起こる。


「離れてください」


 叫びながら魔法陣を描き、そのまま解呪に取り掛かろうとしたところでティナはピタリと動きを止めた。両手を前に出したまま、むむむっと唇を結ぶ。


 甲冑が網の隙間からティナを見る。ティナもまた甲冑を見据え、そして、そのまま手を下ろした。

 同時に魔法陣もすっと霧となる。


「おい、どうした? まさかこいつも可哀想だから持って帰るなんて言わないよな?」


 剣を握ったままのリアムに、ティナはなんとも複雑な表情を作る。


「可愛いとは思いませんが、移動させる必要はありそうです」

「というと?」

「正確に言えばあの甲冑自体には呪いが掛かっていないのです。対となるものがあってそれが呼び寄せています。だから、選別の時には気づかなかったんだわ」


 つまり、解呪も不可能ということだ。

 とはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。

 全身を鉄で覆っているので剣も槍も効かないうえに好戦的なので、このままでは怪我人が出るのも時間の問題。


(もう少し強く動きを封じなきゃ)


 手首をくるりと動かすと、網が生き物のように蠢き出す。甲冑をさらに締め上げ、ダンゴムシのようにぐるんと丸めた。


 それを見て、遠巻きにしていた騎士達が武器を前に突き出しつつじりじりとにじり寄る。

 ひとまず動けないようにしたところで、ティナは、はぁ、と息を吐いた。


(怪我人はいなさそうだけれど、これからどうしよう)


 どう考えても、すべきことは一つでそれがとてつもなく気が重い。

 騎士達の輪の中から、一人男が出てきてティナに歩み寄ってきた。レオンだ。


「ティナ、これはいったいどういうことだ。説明をしてくれ」

「はい。甲冑と対になるものが呼び寄せているのだと思います。そちらを解呪しなければ、甲冑は彷徨い続けるでしょう」

「対の品はどこにあるか分かるのか?」

「おそらく、コーランド伯爵家の領地に。まだ残っている呪いの品よりも、今は甲冑を大人しくさせるほうが優先かと思います」


 甲冑は動きを封じ込めた時こそ大人しかったけれど、再びもがき出している。この状況はあまり宜しくない。


 大変気乗りしないけれど、引き受けた仕事を途中で放り出すこはできない。だから、ティナは重い気持ちで提案した。


「よろしければ私がコーランド伯爵家に参ります」



お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

もう七月も終わりですね。

来月には本と初のコミックが出ます。

それ以外にも、〆切がいくつか。ありがたいです。

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