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目覚めたら再び黒猫がいました


 ティナはぼんやりとした頭のまま、目だけ動かす。どうやらベッドの上にいるようだ。しかも寝心地が良い。


 お城の医務室かな、と思ったところで窓辺にいる天使像と目が合い、それが指差す方に顔を向ければ黒猫の背中が見えた。


「黒猫さんだぁ」


 ここが何処かと考える前に手が動いていた。そのまま引き寄せ胸元でぎゅっと抱きしめる。


「あぁ、落ち着く」


 これこれ、と頬擦りしていると心配そうに天使像が近づいてきた。それでも充分距離をとっているのは黒猫に近づかないと約束したから。


「あなたと黒猫さんがいるってことは、ここはリアム様のお邸ね。えーと暗くてよく分からないけれど、昨晩泊まった部屋かしら」


 ティナが、ベッドサイドでほのかに辺りを照らしているランプに手を伸ばしたところ、側に手紙が置かれていた。男の字で最後にリアムと記されている。


「なになに。精神的負担が大きく気を失ったのでスタンリー邸に連れ帰った。無理をさせて申し訳ない、一晩ゆっくり休んでくれ」


 そこには謝罪の言葉と、お腹が空いたらテーブルに食事と飲み物があること、足らなければケイトを呼ぶようと書かれていた。


「リアム様は今夜もお出かけかしら」


 ボブが、夕暮れにはいつもどこかに行くと言っていたのを思い出す。

 黒猫をひょいと持ち上げて、リアムそっくりの紫色の瞳を覗き込んでみた。


「あなたのご主人はモテモテね。確かに見目が良いもの、仕方ないわ」

「みゃっ!?」

「うん、どうしたの。顔がにやけてるわよ、黒猫さん」

「みゃみゃ」

 

 否定するように首を振るものだから、まるで会話をしているような気分になる。ふふ、とティナは笑うと黒猫を片手で抱いて、もう片方の手でランプを持ちテーブルへと向かう。


 ティナが足を踏み出すたびに、部屋の壁にある固定ランプと天井の小さなシャンデリアに灯りが灯る。黒猫が目を見張りそれを見る中、ティナはポフッとソファに座った。


「わぁ、美味しそう」


 数種類のサンドイッチと小鍋にスープが入っている。瞬時にスープを温め器によそい、一口飲めば身体が内側から温まってきた。


 思えばなかなか充実した一日だった。

 

 卵のサンドイッチを頬張る。美味しい。お昼を食べてすぐに気を失ったから、お腹が空いているのがなんだか妙な感がする。

 でも、時間でいえばとおに夕食の時間を過ぎているのだから当たり前かと、こんどはハムのサンドイッチに手を伸ばした。こちらも美味だ。


「あぁ、夜中に食べたら太るのに」

「みゃ」

「うん、今更だって?」

「みゃみゃ」


 大人しくティナの隣に座る黒猫が相槌を返してくる。かつての愛猫そっくりの姿も合わさり、なんとも可愛らしい。


 全部食べ終わると、ティナは黒猫を膝にのせ、もふもふを堪能し始める。ビロードのような毛並みは良く手入れされていて滑らかだ。

 頭や背中を撫でれば気持ち良いのだろう、小さく喉がなった。


「今日は沢山の人に会って疲れたわ」


 お城にはあんなに沢山の人がいるのかと思うと、暫く遺産の選別と解呪に通わなくてはいけないのが億劫になる。


「お店も放って置けないしね」

「みゃー」


 心配そうに鳴く黒猫の耳の付け根辺りをこしょこしょすると、恥ずかしそうな気持ちよさそうな、なんとも複雑な顔を仕出す。


(ふふ、面白い)


 ついついそこばかりを撫でてしまう。黒猫は何かを耐えているように尻尾をぴくぴくさせている。


「師匠もいつ帰ってくるか分からないし、暫く忙しくなりそうね」

「みゃみゃぁ」

「大丈夫。今回みたいに倒れることがない程度に頑張るから」


 さてと、とティナはカップに残っていた紅茶を飲み干し立ち上がった。汗をかいたので寝る前に湯浴みをしたい。


「浴室はどうなっているかしら」

「うにゃ!?」


 バタバタしだした黒猫をぎゅっと抱きながら向かえば、バスタブには水が張ってあった。パチリと瞬きひとつ、湯気が立ちのぼる。


「黒猫さんも一緒に入る?」

「にゃにゃにゃにゃ!!」


 先程以上に暴れだすも、猫は濡れるのが嫌いだものね、とティナは容赦なく腕に力をこめる。空いている手で胸のボタンをひとつ外した時、扉を叩く音がした。


 こんな真夜中にどうしたのかと開けてみればケイトがいた。


「どうしたのですか?」

「窓から灯りが見えましたので、目覚められたのかと思い来ました。体調はどうですか?」

「ありがとうございます。ゆっくり休んで全回復です。それに、食事も全部頂きました」


 ティナはちょっと振り返り、空の皿が乗ったテーブルを目線で指す。ケイトは失礼します、と言って中に入り、皿を重ねて持った。


「足りなければ用意しますが、どうしましょう?」

「お腹いっぱいですので不要です。あっ、お風呂にお水が張っていたので湯浴みしていいですか?」

「もちろんです。一応湯を用意しておいたのですがやっぱり冷めちゃいましたか。お湯を持ってきましょう」

「大丈夫です。魔法で温めましたから」


 ティナの言葉にケイトは目を丸くし、次いで、そうか、と納得するように頷いた。頷きながら、目線がティナの胸元で気配を消そうとしている黒猫の上で止まる。


「ここにいたんですか」

「うにゃ」

「まさか一緒にお風呂に入ろう、なんて思っていませんよね」

「あら、駄目でしたか?」


 申し訳無さそうに言うティナの胸のボタンが外れているのを見て、ケイトは眉根を寄せる。


「どうやらぎりぎり間に合ったようです」

「そんなに黒猫さんはお風呂が嫌いなんですか」

「いいえ、毎晩日が沈む前に入るのでそんなことはありません。今宵も入っていますから」


 そう言うと、ケイトは黒猫の首の後ろを摘みティナから離す。黒猫はその持ち方に不満そうに「ふぎゃ」っと鳴いたけれど、ケイトの冷たい視線に黙り込んだ。


「不埒な黒猫の所業は父にキチンと伝えておきます」

「み、みみみなゃう!!」

「えっ、でも黒猫さんは何もしていないですよ」

「する前でよかったです」

「みゃうみゃう!!」


 何やら必死に訴える黒猫を片手で抱き、ケイトは「ゆっくり湯浴みして大丈夫ですよ」と力強く言うとそのまま部屋を出て行った。

 扉が閉まると、天使像がふわふわと飛んできて扉に向かって腕組みをする。ふん、と顎を上げたそのドヤ顔が、なんだかティナを守れたことを誇っているように見えた。


「天使さん、一緒にお風呂に入る?」


 振り返って、こくこく、と頷く天使像はティナをすっかり気に入ったらしい。


 こうなれば、自然と解呪される日も近いだろう。

 ティナは猫の代わりに天使像を抱くと、ほわほわと湯気がのぼる浴室に消えていった。

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