呪いの強さは大きさに比例しない.3
後半リアム視点
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「これがこの中で一番呪いの強い品か」
「ええ、そうです」
リアムの言葉にティナが硬い声で頷く。
その表情に反して呪いの品は手に乗るほど小さい。
「置物にしても小さいな」
「手紙や書類を書くときに紙の上に載せるものです。正直持っているのも恐ろしいほどの黒い靄ですね」
ティナがそう言って兎を床に置く。知らないものがうっかり踏んでもおかしくない大きさだが、手にした時に見えた靄はすでに大きな倉庫半分を埋め尽くすほどにまで広がっている。
素早く魔法陣を描き、呪いの種類を鑑定したティナが忌々しそうに眉を顰めた。今までと違うその反応にリアムとボブは目を合わせ、そっと二歩後退る。
「とにかく呪いが強いうえに物を介し広がります。これを使って書いた手紙を受け取った人に、病や事故等の不幸が続きます。しかも、呪いの元となる感情は自分勝手な妬みや嫉妬。自分が不運なのは人のせい、認められないのはあいつがいるから、そんな醜い感情から世の中を恨むタチの悪い呪いです」
「まさしく不幸の手紙だな」
手紙を送る相手といえば、大抵が家族、友人、恋人。兎の持ち主にしてみれば、大切な人が次々と不幸に見舞われる。しかもそれが自分のせいだというのだから、どれほどの心痛か考えただけでも辛い。
ティナは呪いは怖くないし、天使像のように構って欲しいと付き纏うような呪いは可愛いとさえ思う。
でも、それは裏を返せば、本当に恐ろしい呪いを知っているからだ。
「こういう類の呪いは嫌いですね。自分の至らなさを人のせいにする思考は最低です」
今までに見せたことのない冷たい瞳にリアムはごくりと唾を飲み込む。ボブに至っては既に壁際まで逃げていた。
ずん、と部屋の空気が重くなったその瞬間、じっとしていた兎が突然ピョンと飛び跳ねた。言葉の響きの長閑とは裏腹に、その跳躍は倉庫の高い天井に届くほど。ほとんど飛んでいると言っていい。
そのまま鉄鎧の上に乗るとまた跳ねて、開けたままにしていた倉庫から外に逃げ出した。
「おい、逃げたぞ」
「大丈夫です。咄嗟に首に鎖を付けましたから」
ティナは金色の細い鎖を握りながら外に走り出る。出たところでグイッと鎖を引っ張れば、数十メートル先でウゲッと呻く声がした。
「あそこです。リアム様はここにいてください」
「大丈夫なのか?」
「やれるだけはやります」
小さな身体の割に走る姿は力強い。左手でグイッと鎖を引くと詠唱して特大の魔法陣を描く。兎の跳躍ひとつでは魔法陣の外に出られない、計算された大きさだ。その魔法陣にぐん、と魔力を注ぐ。
これができるのはティナの底知れない魔力のおかげ。ボンっと大きな音が響き魔法陣の淵に高い壁までが現れる。こうなっては魔法陣から出ることができない。
兎が狼狽えたその瞬間をつき、素早く解呪に取り掛かった。操る魔法は同時に三種類、魔力は問題なくても集中力が必要で精神的負担が大きい。
突然現れた金色の光に、何ごとかと集まってきた人達は、小柄な少女から発せられる魔力に息を飲み魔法陣の中を凝視した。しかし、魔法陣の大きさに対し兎は小さく、跳ね回っているのでその姿を捉えることができない。ただ、何かとんでもないことが起きていることだけは理解した。
魔法陣がぶわっっと一際その光を大きくし、次いですっと消え去った。時間をかけてはまずいと最短でやり切ったティナは、目の前が暗くなるのを感じる。
(まずい、意識がもたない……)
ばたり、と倒れる瞬間、駆け寄ってきたリアムに地面ギリギリのところで抱きとめられた。ふわりと柔らかな感覚にほっと息を吐く。
「大丈夫か? 魔力不足になったんだろう、今すぐ医師を呼ぶ……いや、連れていくから」
「あの、魔力はまだあります。ただ、疲れて……」
「えっ? お、おい。どうした……」
ティナは遠くなるリアムの声を聞きながら意識を手放した。
※※※
呪いが落ち着く、なんてとんでもないことを言ったティナは、これまたとんでもない魔力持ちだった。
地面ぎりぎりのところで抱きとめた俺の腕の中で、ホッとしたように頬を緩ませ目を閉じた時は、身体に冷や水を浴びたかのようにゾッとした。
本人は魔力切れではないと言ったが、朦朧とした状態での言葉を信じられず、俺はティナを抱えて医務室に駆け込んだ。医師も窓からあの魔法陣を見ていたらしく、すぐに事情を察してくれ魔力回復の薬を出してくれたのだが、飲まそうとしたところで手が止まった。
何やらゴソゴソと机を漁り、小さな棒のような物を取り出すとティナに咥えさせる。
「あの、早く薬を」
「いや、その必要は無さそうだ。これは体内に残る魔力量を測る道具なのだが、魔力切れは起こしていない。それどころか、あれだけの魔法陣を出した後なのに通常以上の魔力がある」
医師は何かの間違いでは、と新しい物を咥えさせたが結果は同じ。信じられないと頭を振りながら今度は脈や体温を測り始めた。
おいおい。ティナがやったのは巨大魔法陣だけじゃない。ここからは見えなかったかも知れないけれど鎖のような物で兎を縛っていたし、それ以前に王太子殿下を呪った指輪の解除もしている。あとはカボチャにキャベツも。
「診察結果が精神的疲労と寝不足なんて……」
どんな化け物なのだと俺は肉球でその頬をぷにっと押す。柔らかい。
外は真っ暗、既に日付も変わり窓辺では天使像がジレジレしながらこっちを見ている。目が合うとカーテンに隠れるところを見るとティナとの約束を守る気はあるらしい。
今度は額に肉球を当てる。熱はない。猫だからよく分からないが、多分。
ティナが俺から感じている呪いは本当に天使像によるものなのだろうか。もしかすると、猫に変わる呪いのことかも知れない。
この忌まわしい呪いを落ち着くと言った奇妙な女は、真実を知っても気味悪く思いはしないだろうが、昨晩の失態を思い出せば言いにくい。
どのみちティナに解呪できないのなら、彼女の師匠が帰って来るのを待つしかない。話すのはそれからでも遅くないし、今更多少待ったところで大したことはない。と、なんだか言い訳めいたことを並べる自分に苦笑いしてしまう。
ティナに伸ばしていた腕を引っ込め、くるっとティナの顔の横で丸くなる。
「こんなことができるのは猫の特権だしな……って俺は何を言っているんだ」
まずいまずい。今のは変態の発想ではないか。
ずっと重荷だった呪いを落ち着くと言われ、手を繋がれ、浮かれていたのは認めるが。これはダメだ。今は猫だが俺は人間で紳士らしくあるべきで。
心配で目を開けるまで様子を見るつもりだったが、すやすやとした寝息を聞けばそこまでする必要はないのではとも思う。
ここは天使像に見張りを頼んで、俺は自室に戻るべきだろう。そう思ってティナに背中を向けた時だ。
「あれ、黒猫さん?」
可愛らしい声と一緒に後ろから手が伸びてきた。
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