呪われた指輪.5
本日二話目です
王太子はズズッと鼻を啜りながら上体を起こした。
「もう大丈夫です。念のため指輪をお預かりいたします」
ティナは黒い靄がすっかり消え、輝きを取り戻したルビーの指輪を王太子の指から抜き取ると、完全に解呪できているか確認する。細かな金細工にルビーも大きく色が濃い、骨董品としての価値も高そうだ。
(うん、完璧ね)
自分の仕事の出来に頷いていると、イヤリングを着けたカボチャが走り寄ってきた。確か王太子妃だな、とティナが思い出している間に、ベッドサイドに腰掛け王太子の手を握る。
「殿下、まだどこか苦しいのですか?」
眉間に皺を寄せ涙を流し続ける王太子の顔にハンカチをあてると、王太子はその手をハンカチごとぎゅっと握り、乞いるような視線を妻に向けた。
「エチカリーナ、今まですまなかった。俺は金輪際、一切浮気はしないしお前だけを愛すると誓う。もう絶対悲しい思いはさせないし、ずっと傍にいると誓う。それに、政務だって補佐官任せにせずに真面目に取り組むと約束する!!」
「……」
突然の告白にカボチャも含めその場にいた全員が唖然となった。
まさかの浮気してました宣言に、今まで仕事をさぼってましたの告白。
なんとも言えない空気がその場を包んでいく。
「あ、あの。ティナ、これはいったいどういうことなのかしら」
手を握られたまま、王太子妃が戸惑いつつ問いかけた。その横では再び王太子が泣き始める。
「この状況は私にも予想外なのですが。心当たりがなくも無いといいますか……」
「と言いますと?」
歯切れの悪いティナ。
王太子妃が、とうとう自身の胸に縋って詫びだした王太子に困惑しつつティナを見上げる。一応、カボチャの頭らしき場所を撫でてはいるものの、持て余しているのは傍目にも明らか。
「呪いの品を身に着ける時間が長ければ、その呪いが身体に染み込み解呪に痛みが伴います。また、解呪の際には指輪の持つ怨念や悲しみが心に流れ込んでくることがございます。殿下の場合、指輪を嵌めて半日ですが、結び付きが強くこのような状況になっていると思われます」
「どうして結びつきが強くなったのかしら」
「それは……」
と、そこでティナは言い淀む。本当のことを言ってよいのかと迷いつつも、すでに王太子自らぶっちゃけていたので問題なかろうと判断する。
「指輪は婚約者の不貞を呪っております。あの……殿下にもそのような事があったのではありませんか? だから、指輪はなお一層、殿下を許すことができず、呪いの力が強まり一体化がすすんだのだと思います。そして解呪の際に、裏切られた女性の悲しみを知り、自身の行いを後悔して涙されているのだと思います」
王太子妃は微かに眉根を寄せるも、直ぐに温和な微笑みを貼り付けた。
(これは知っていたわね)
こういう場合、深入りしない方が良い。
ティナは見ない振りをしようと視線を逸らしつつリアムの隣に戻った。リアムもボブも実に気まずそうだ。
それなのに、王太子はまだ話し続ける。
「今までのことを謝罪させてくれ、エチカリーナ。約束の時間に現れない婚約者を待つ心の痛み、他の女性と親しくしているのを見た時の苦しみ、絶望……。王太子だから、多少の身勝手は許されると過信し、エチカリーナを裏切っていた。結婚した時は、世の中の全てのことから守り幸せにするつもりだったのに。それなのに、いつのまにか俺が一番傷つけていた」
とうとう、額をベッドに押し付け謝罪の言葉を重ね始めた。正直もう帰りたい。
国王夫妻も頭を抱え、どうやってこの場を取り繕うかと考えているようだが、それはもう無理だろう。
「リアム様、私達いつまでここに居ればよいのでしょうか?」
「俺に聞かれてもなぁ、ボブ、もう帰っていいのだろうか」
「うーん、いいんじゃないか」
ひそひそと声を潜め話していると、コホンという咳払いが聞こえ、ティナ達は慌てて姿勢を正す。髭カボチャがこちらを見ているので、すっと頭を下げた。
「ティナ、まず息子の呪いを解いてくれたことについて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「恐れ入ります。殿下がご無事……で何よりです」
無事と言っていいのかちょっと微妙なところではある。いろいろ暴露し、これから大丈夫だろうかと思うも、ティナの知ったことではない。
「それから、ここで見たこと聞いたことは誰にも言わないように。そこの騎士二人も」
「畏まりました」
「謝礼は後で店まで届けよう。それから、コーランド伯爵から届いた遺産はまだ多数ある。他にも呪いの品があるかもしれないので見てくれないだろうか」
「はい、分かりました」
世間知らずのティナだって、これが断れない依頼だってことも、「見る」が呪われた遺産の解呪を含むことも分かる。お城に来るのは面倒だし、人は苦手だ。
でも、古の呪われた品なんてそうそう見る機会がないのも確か。
(これは考えようによっては良い仕事かも)
むひひ、と思わず頬が緩んだところで、リアムから咎めるような視線が飛んできた。
慌ててキュッと口角を引き締める。
「それでは私はこれで失礼します。あの、この指輪ですがいかがいたしましょう」
まだ手に持っていたルビーの指輪を見せる。呪いを解いた後は持ち主に返すのが一般的だが、中にはたとえ解呪したとしても気味悪がって処分を希望する人もいる。「魔女のよろずや」の棚に並ぶ骨董品や貴金属は、依頼人がいらないと言った品だ。
「遺産の整理は騎士団長に任せている。彼に聞いて他の品と一緒に保管……」
「頂きますわ」
国王が言い終わらない間に王太子妃が立ち上がり、ティナの手のひらから指輪を取る。
そのまま、さっきまで座っていたベッドサイドに戻ると、すっと王太子の手をとり指にそれを嵌めた。
これにはその場にいる全員が驚いた。
驚きすぎてティナの緊張も吹っ飛んだ。ついでにカボチャの魔法も消し飛んだ。
確かに解呪したからもう問題はないけれど、それを躊躇なくさっきまで苦しんでいた王太子の指に嵌めるなんて。当然のことながら王太子は青ざめ、指輪の嵌った手を小さく震わせながら王太子妃の前に持っていく。
「エ、エチカリーナ! これはいったい」
「もう解呪されたので、これはただの指輪です」
「そ、そうだがは。はずしてもいい、よな……?」
「ふふふ、駄目です。よくお似合いですよ」
笑っているはずなのに、目が怖い。冷え冷えとした空気が王太子妃から流れてくる。
「殿下はよく仰られたことを忘れますから。別に怒ってはいませんのよ、ふふ。でも教会での誓いも三ヶ月で破るほどですし」
新婚三か月で浮気はまずいだろう、とその場にいた皆が口に出さず思った。
王太子妃はさらに笑みを深くする。
「この指輪を着けて、毎日眺めていれば忘れることもございませんでしょう。呪われた時の苦しみも、悲しみも全部思い出せます。だから、決してはずさないでくださいましね。私だけを愛してくださるのでしょう?」
「あ、あぁ。もちろんだ」
王太子はひくひくと頬を引きつらせ、助けを求めるようにティナを見るも、つま先に視線を落とすことでティナはその場をやり過ごす。
(こわっ。呪いより怖い物を見てしまった)
自業自得である。
しかし、数多の呪いを見てきたティナですら数歩後退りしてしまうほど、王太子妃の愛らしい微笑みは恐ろしかった。
この世の中、一番怖いのはやっぱり人間なのだ。ティナは心のやすらぎを求めたく、そっとリアムの手を掴む。
(ああ、呪いが心に染み入る)
そんな二人をボブが意味ありげに見ていたことに、リアムだけは気が付いていた。
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