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珍しく朝からお客様が来ました.1

沢山の小説の中から見つけてくださりありがとうございます。

本日、数話投稿します。まずは一話目



 お気に入りの煉瓦色のブーツの紐をキュッと結び、二階建ての家の外階段をトットッと降りる。最後の数段はジャンプして、石畳の上にシュタッと着地をすると、箒を持った両手をうんと上げ、ティナは大きく伸びをした。小さな身体の隅々にまで入ってくる朝の空気が気持ちいい。


 カラッとした秋晴れの空の下、腰まである赤い髪がふわりと風に揺れた。向かいの木の上で鳥が小さくピッと鳴き飛び立ったかと思えば、ティナの頭上にある看板に停まる。


 黒塗りした木板の看板に、白色で書かれた文字は『魔女のよろず屋』。飾り気のない素朴な看板を見上げると、ティナはせっせと箒を動かし始めた。

 

「おはよう、ティナ、今日も朝から頑張るね」

「おはようございます」


 王都の東の端にあたるこのあたりは細く長い坂が入り組んでいる。坂の真ん中にある魔女のよろず屋より三軒分坂を下ったところにあるパン屋の窓が開き、そこからおかみさんが顔を出し声をかけてきた。


 元来、人見知りのティナだけれど、ここに住んで半年経った今、面倒見の良いおかみさんとは毎朝挨拶を交わす中だ。そのおかみさんが窓から顔を出し、おいでおいでと手招きをする。

 どうしたのかなと、思いつつ持っていた箒を店先の壁に立て掛けて、タッッタッと坂を駆け下りていく。


「この前処方して貰った腰痛の薬のおかげで腰の調子がすっかり良くなったわ。ありがとう、これはそのお礼よ」

「それは良かったです。あっ、お幾らですか? お代金を払います」


 紙袋をおかみさんは半ば強引にティナの胸に抱かせる。ふわっと焼き立ての香ばしい匂いが立ち昇ってきた。ホワホワと胸元が暖かい。


 ティナは、紺色のワンピースの上に着けた白いエプロンのポケットに手を突っ込んでガサガサとコインを探す。するとおかみさんがケラケラと笑い出した。


「はは、いらないよ。お礼だって言っただろう。それにそれ、試作品だから。あとで感想を聞かせておくれ」


 袋の口をちょっと開けてみれば、確かに今まで見たことがないパンだった。胡桃のような小さな粒が練り込まれている。


「ありがとうございます。パン生地に入っているのは胡桃ですか? 師匠が大好きなんです」

「そうかい、それは良かった。ベンジャミンにも宜しく伝えておくれ。おっと、パンが焼けたみたいだわ、じゃぁね」


 おかみさんは手をひらひららさせながら店の奥へと戻って行った。ティナはもう一度「ありがとうございます」と言うと、冷めないうちに早足で坂を上がって行く。


「師匠、焼き立てのパンを貰いましたよ」


 「魔女のよろずや」の扉を開け店に入れば、師匠のベンジャミンが何故か朝っぱらから真っ黒なフード付きのローブを頭から被り、奥のカウンターにいる。

 

(うんん? どうしたの)


 こんなにいい天気なのにと、と訝しみながら近づき下から覗き見たティナは驚きで数秒固まった。


「し、師匠! その姿!!」


 思わず声を大きくすると、ベンジャミンは薄い唇をにんまりと上げ徐にフードを取る。

 現れたのはさらりとしたブロンドの髪にライトブルーの瞳をした白皙の美丈夫。

 ティナは頬を染め胸の前で両手を組むと、感嘆の声を上げた。


「!! 凄い! とうとう変身薬が完成したのですね!」

「あぁ、これは今までで最高のできだと思わないか?」

「はい、ちゃんと人間に見えます!」

「いや、そこは絶世の美男子といって欲しいのだが……」


 ちょっと肩を落とすベンジャミンだが、ティナが容姿に無頓着なのは今に始まったことではない。今だってベンジャミンの周囲をぐるりと回りつつじろじろ見ているのは、純粋に変身薬の効果に感心しているからだ。



 この世界に魔法使いは僅かしか存在しない。

 そのせいだろうか、魔法使いなら容姿を変えることぐらい簡単にできるだろうと頼んでくる客もいるけれど、それは大間違いだ。

 変身魔法はとにかく莫大な魔法量が必要だし、それをコントロールできる技量も必要。


 ベンジャミンは何故かこの十数年ほど変身魔法にこだわっている。理由はティナも知らないけれど、初めの頃は魔力で容姿を変えようとしていた。でも、それがうまくいかず数年前から魔法薬の開発に勤しんでいる。


「思えば長い道のりでしたね。突然猫になったり犬になったり」


 ティナが遠い目で回想する。

 それはまさしく苦難の日々。

 台所に熊がいた時は腰を抜かしたし、赤ん坊から戻れなくなった時は三時間おきにミルクもあげた。虫けらになって踏み潰しそうになったこともあれば、架空の生物のドラゴンになり調子に乗って空を飛んで騒ぎになったこともある。


(私も背中に乗せて貰ったなぁ)


 それはそれで、今となっては良い思い出だ。三割ぐらいは。

 ティナが遠い目をする隣でベンジャミンも感慨深げにうんうんと頷く。

 二人揃って成功を喜んだところで、ティナは持ったままだった袋を思い出した。


「師匠、パン屋のおかみさんから薬のお礼だって試作品のパンを頂きました。お金、払わなかったんですけど良かったのでしょうか」

「向こうがくれるっていったんだろう? それなら『ありがとう』と言って貰えばいい。次会った時感想を言えばきっと喜んでくれるよ」

「分かりました、そうします」


 長年、訳あって人里離れた山奥で育ったティナは、こういう細かい匙加減と人間付き合いはまだよく分からない。それもあって、慣れるまでベンジャミンが店を手伝ってくれている。

 ただ、ベンジャミンに言わせれば、心配なのはそこだけではないらしい。

 ティナは少々特殊な育ち方をしたせいか、どうも世間の常識と離れた感性を持っている。育ての親としては、二十歳になったので独り立ちして欲しいと思いつつも心配しかないのだ。


 二人は店の真ん中にある来客用のテーブルに腰掛ける。二階の住居スペースまで行くのが面倒だし、客なんて滅多にこないという理由で、そこで食べることが多い。


「いつになったらお客様が沢山来てくれるようになるのでしょう」

「うん? 最近は日に二人来るから上出来だろう」


 二人で満足していいのかなと思うも、ベンジャミンがそういうならと、とりあえず頷く。

 「魔女のよろずや」の店内に並ぶのは薬。それから骨董品やアンティークのアクセサリー、絵画などなど。それなりに価値があるものの、いかんせんいわく付きなので売れ行きは芳しくない。


「それに来客は少なくても、郵送で届く呪いの品があるだろう」

「それはそうなんですが」


 店の売り上げの九割を占めるのが送られた呪いの品の解呪。

 もともと、山奥で暮らしていた時からベンジャミンがしていた仕事をティナが引き継いだのだ。


 ティナの生い立ちは少々訳ありで。

 とある貴族の長女として生まれたのだが、魔力量が多く、幼い時は頻繁に魔力暴走を起こした。持て余した両親がベンジャミンにティナを預けたのが五歳の時。

 預けたと言えば聞こえはいいけれど、その時に貴族籍からも外されているから実質は捨てられたようなもので、それ以来、会ったこともなければ、手紙すら届かない。


 まだ幼いティナだったけれど、魔力量が桁外れなためベンジャミンでもいったん暴走が起きると防ぎきれない。だから、二人は周りを巻き込まないよう人里離れた山で暮らすことにした。

 とはいえ、霞を食って生きることはできない。だから、ベンジャミンはいろいろ考えたすえ呪いの品を各地から取り寄せ解呪する仕事を始めた。

 

 ティナが大きくなり、魔力がコントロールできるようになってくると、時折出張で山を降り依頼者の元へ行くこともあったけれど、山で暮らす時間の方が圧倒的に多かった。


「解呪はもう私と同レベルでできるのだから何も問題ない」

「そうですが、師匠と違って人についた呪いは解けません」

「あれは私でも成功率七割だ。ま、練習あるのみだな」

 

 袋からパンを取り出すベンジャミンを横目に、ティナはお茶の用意を始める。テーブルに置いたままになっていたティーポットを魔法で奇麗にして水を溜め、それをお湯に変える。湯気が上がったところで茶葉をティースプーンでひと掬い入れた。


「それに私は見ただけで呪いの品か判別できません」

「触れれば分かるのだから大丈夫だ」


 ベンジャミンは対象物を見ただけでそれが呪われているかを判断できるけれど、ティナは触れなきゃ分からない。


(まだまだ修行は必要ね)


 いつまでもベンジャミンに頼っていては、と紅茶を注ぎながらティナは思う。目指せ一人前の魔女。


 パンと紅茶で朝食を終えると、ティナは昨夜届いた品を取りに倉庫へと向かう。

 ベンジャミンは奥のカウンターにカップを持ったまま移動し、背の高い椅子に腰掛けて長い足を優雅に組み替えた。実に様になる。


(もしかして、それがしたくてあんなに足を長くしたのかしら)


 ティナは自分の短い足を見る。変身前だってベンジャミンの足はティナよりずっと長かったのに。


 倉庫から持って来たのは三十センチ四方の正方形の品。用心深くぐるぐるに幾重にも包装されているそれを、先程まで食事をしていたテーブルに置き、豪快にびりびりと破る。

 箱を開ければ、くすんだ金縁のアンティーク調の鏡が出て来た。


「おお! 見るからにいかにも、といった感じね」


 さてさてどんな呪いかな、とティナの口角が嬉しそうに上がる。

 可憐な笑顔と怪しげな鏡のギャップが激しい。

 それを見て、ベンジャミンが呆れ顔で息を吐いた。


「呪いの品を見て、喜ぶなんてあなたぐらいよ」

「だって、手に取った瞬間のゾワゾワとした感触がなんとも堪らないではないですか」

「どうやら私は育て方を間違ったようだ」


 やれやれと眉間を揉むベンジャミン。

 その仕事の関係上、二人が住む家には常に呪いの品があり、ティナはそれをおもちゃにして育った。


 呪いと一口に言ってもその種類や力は様々で、命や怪我に関わる呪いはもちろんすぐに解呪した。でも、呪いの力がもともと弱かったり、年月を経て弱まった品がやることなんて大したことない。大事なものを隠して困らせたり、ちょっと髪の毛を引っ張って驚かせたり、夜中に飛び回ったり。

 それでも普通なら恐れるのだろうが、ティナにとっては宝探しや、かくれんぼうのよい遊び相手だ。隠された物を探してはもう一回やってとせがみ、髪を引っ張られれば反対に抱きかかえ撫でまわし、一晩中鬼ごっこを楽しむ。疲れ果てた呪いの品がベンジャミンのもとに解呪を頼みにきたことも一度や二度ではない。


 そんな人とずれた感性を心配するベンジャミンの前で、ティナが嬉々として鏡を手にしようとした時だ。ドアベルがカラリと音を立た。

黒猫は五話ぐらいまでお待ちください!

久々の連載、沢山の人に読んで頂けると嬉しいです!


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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