ドジな先生は実は凄い先生みたいです
ここは魔法の学舎、レヴィロン学園。
ここでは十五歳から十八歳迄の三年間、魔法に適正のある生徒が世界中から通っている全寮制の学園である。
一学年六十人程、魔法の技術により上位からA・B・Cと三クラスに分かれて授業している。
そしてこの最高学年でありトップのAクラスでは授業の始まりの鐘が鳴っても未だに担任が来ない。
「おい、まだ来ないのかよ」
「これで一体何度目なのかしら。授業が遅れてしまいますわ」
「えー?来たってさぁ、あの先生だったら必要無いじゃん」
「せっかくAクラスになれたのにこれでは意味が無いですね」
来ない担任にクラスメイトから文句が溢れる。
それもその筈、新学期が始まってからまだ三週間だが既に半分の日も遅刻して来るのだ。
しかも。
「ごめんなさい!遅く、きゃぁ!?」
勢いよく扉を開けて漸く来た担任の女性は謝りながら何も無い所で躓き、倒れる。
「いたた…」
「あのー、トゥーリ先生早く授業してくれません?」
最初の頃は倒れた担任トゥーリを心配していた生徒も教室に入る度倒れ、何度も遅刻するトゥーリに呆れて白けた目で見るだけになっていた。
「ご、ごめんなさいっ。では早速、今日の授業を」
慌てて教科書を開くがつるっと手から滑らせて落としては拾う時教卓に頭を打つける。これでワンセットだ。
これが教科書の必要な授業がある度行われる。
これを見る度にまた苛つくが、幸いな事に三学年はその多くを外での実地訓練だ。余り見なくて済む。
これが一学年の時だったらと最悪な想像しながら授業が進み、授業終了の鐘が鳴り響いた。
「次回はこの次のページからします。じゃあ実習着に着替えて外に集合ね」
また躓きながら教室を出て行くトゥーリ。その後ろ姿を見ながらふと思った事を呟く生徒。
「そう言えば一応俺らの担任なのに今まで出た事ないよな」
「あれじゃない、弱い魔法しか使えなくて私達の相手にならないとか?」
「それなら何故私達の担任なのかしら」
疑問を残しながらも着替えて外に出るといつもトゥーリの代わりでAクラスを教えていた男性教師ユーリとトゥーリが親しげに話していた。
「ほら見てよ!これとこの薬草を混ぜると薬の効果が上がるのよ!」
「味は?」
「えっ…む、無味無臭、よ?」
「と言う事は真逆か。お前、もっとマシな物を作ってから俺に言え」
がっくり項垂れるトゥーリの頭を優しく撫でるユーリ。
ユーリは生徒と親しく話す事はせず、どちらかというと近寄り難い存在だ。
だが、ユーリは眉目秀麗、魔法の使う腕も優秀で女子生徒から人気絶大だ。
だから初日の授業の時トゥーリが来ず、ユーリが現れた時の黄色い歓声が上がった。
他のクラスから羨まれ、女子生徒はもちろんAクラス全員ドジなトゥーリよりこのままユーリに教えてもらいたいと思う程だ。
そんなユーリがトゥーリには小さくだが笑っており、更に自ら接触する姿を見た一部の生徒から嫉妬の炎が上がる。
これが隣に並んでもおかしくない程の美しさ、学生からの人気もありこの学園初の女性学園長であればまだ分かる。
しかし、今側にいるのは見た目は悪くは無いがドジで授業も普通、魔法学園なのに魔法を一度も使っているところも見た事ない、評価の低い担任。
ユーリに釣り合うわけが無い。
「あっ、皆さーん!こちらに並んで下さい」
トゥーリが外に出て来た生徒に向かって手を振りながら指示を出す。
ところが集まった生徒に今日の授業の説明ようとするトゥーリを一部の女子生徒が手を上げて止める。
「私、トゥーリ先生の授業受けたくありません」
「私です」
「あたしも!」
この女子生徒達だけでは無く、他の生徒も賛同するように頷く。
この三週間トゥーリの授業を受けてそう判断したのだ。
「えぇ!?わ、私何かしちゃった!?」
「先生って遅刻の回数多いしー」
「よく躓いて注意力散漫?って感じ」
「物を落とすわ、頭を打つけるわもう見てらんないよな」
「魔法も一度も使っているのも見た事ありませんし」
「私達Aクラスの担任には合いませんわ」
次々言われる辛辣な言葉に落ち込むが、事実であるので何も言えないトゥーリ。
「はぁ…お前らの言い分は分かるが、一応こいつは俺より高度な魔法を使うからな」
「えぇ!?」
ユーリよりも高度な魔法使うと言われ、生徒全員が驚く。
言うより見る方が確実とユーリとトゥーリが模擬戦をする事になった。
「や、止めようよユーリ」
「良い機会だ。全力でやるぞトゥーリ」
人の話しを聞かずユーリはいきなり火の上級攻撃魔法を放つ。
ゴォッと龍の形をした炎はトゥーリに直撃してしまう。
まさか攻撃魔法をドジな担任に放つと思っていなかった生徒はいくらなんでもと顔を強張らせながらユーリを見た。
「これでも駄目か」
一方ユーリはトゥーリの事はまるっきり心配などしていなかった。
それどころかまるで先程の魔法が効いていないと呟く。
そんな事あるわけ無いと思っていると急に炎が消えた。
「こ、怖かった!」
全くの無傷のトゥーリがそこに立っていたのだ。
そしてトゥーリの側に今まで居なかった人影が佇んでいた。
「ありがとう、ウィンディ」
『良いのよ。全てはトゥーリの為だもの』
「ちょ、ちょっと!今"ウィンディ"って…」
「六大精霊の一角の!?」
魔法は基本、目に見えない精霊から力を借りて発動するものである。
精霊は姿形も知性も無くこの世界に漂う魔法の源の事を言う。
そしてその精霊の正体はこの六大精霊の余った力である。
人間には決して従わないとされている筈だが、今の状況を見るにトゥーリを守ったのは風の大精霊ウィンディだ。
大精霊しか使えない精霊魔法を仲良さげにしているトゥーリにもしも使えるようにしていたら、高度な魔法どころか人の域を超えている。
『私のトゥーリにこんな事するなんて…もう虫ケラのようにボロボロにしてあげようかしら、あの生意気な人の子』
「止めてウィンディ!生意気に育っても私の弟だもん」
「生意気生意気うるさい」
再び生徒から驚愕の声が上がる。
生徒が舐めていたドジな先生は、どうやら人気のユーリの姉で六大精霊ウィンディに好かれる凄い先生だったようです。