No.63『その後、行方は知れず』
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……それ以降、そいつの姿を見たものはいないって話だ……」
佐原「……おぉぉ……」
根岸「終わり。一本消すぞ」
佐原「やべー、じわじわ来る怖さだな今の話。いや根岸の引き出しやばいな、怖い話どんどん出てくるじゃん、ドラえもんかよ!」
根岸「だいたいがどこかで聞いた話だけどな。……あと佐原お前、例え下手すぎだ」
佐原「例えが下手すぎるという恐怖! ……一本消していい?」
根岸「ダメだろ」
佐原「ダメかー」
根岸「ダメだなー」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「百物語って、割と果てしないな。気軽に始めるんじゃなかったよ」
根岸「ロウソクが燃え尽きるのと、話が百個終わるのと、どっちが早いかって話だな」
佐原「よく知らないけどさ、どうせこういうのはさ、途中でやめると呪われたりするんだろ?」
根岸「百個目の話を終えたときに、何か起こりはするらしいけど。……まあ、コックリさんとかも途中でやめたらダメらしいし、あんまり良い感じはしないよな、途中でやめるのは」
佐原「ロウソク、もっと太くて長くて逞しいのを買ってくればよかったな」
根岸「百円均一だし」
佐原「百円均一のロウソクで百物語……これは何か起きそう!」
根岸「って言って、お前が用意したんだ、そのロウソクは」
佐原「そうだった、そうだったなー」
根岸「いいからほら、次は佐原の番だぞ」
佐原「んー」
根岸「……」
佐原「……とある少女の体験談なんだけどな……」
根岸「……」
佐原「彼女はいつものように、姉と川辺に出かけていたんだ。……出来の良い姉は、読書に夢中で、彼女は暇を持て余していた。……ふいに、目の前の茂みが動いた。彼女は好奇心に任せて、茂みに飛び込んだ。動物か何かだと思ったんだろうな……」
根岸「……」
佐原「……いつもの川辺、見慣れた茂み、退屈な時間……。怖いものなんてあるはずなかった。彼女は安心しきっていたんだ。もし何か怖い生き物でも、すぐ近くには姉も居るしな」
根岸「……」
佐原「彼女が気づいたときには、もう遅かった。……落ちていたんだ……深い、深い穴に……」
根岸「……」
佐原「どすん」
根岸「……」
佐原「彼女の落ちた場所は少し開けていて、傍には小さなドアと、液体の入ったビンが―――」
根岸「おい」
佐原「なんだ、まだまだアリスの冒険はこれからだぞ」
根岸「やっぱり盗作じゃないか!」
佐原「ダメか」
根岸「ダメだよ」
佐原「でもさ、どこかで聞いた話ってのも、結局は原作があるんだから、盗作なんじゃないのか?」
根岸「まあ、そうかもしれんけどさ。あんまりメジャーなところから持ってきちゃダメだろ、百物語でお岩さんとか、出てこないだろ?」
佐原「そうなの?」
根岸「多分、有名どころの話じゃなくて、先輩とか友達の友達みたいな、ちょっと身近な恐怖のほうが怪談話っぽい」
佐原「なるほど、身近な感じか」
根岸「うむ」
佐原「……それなら、こういう話がある。……場所は静岡の、住宅街だ」
根岸「……ほう」
佐原「……ごく普通の家庭に、ごく普通の姉妹がいたんだ……。姉は出来がよく、美人だった……」
根岸「また出来のいい姉が出てきた……」
佐原「……妹は、出来の良い姉が誇らしくもあり、そうではない自分が惨めで仕もあった……。だが、それでも彼女らは仲の良い姉妹として、普通に暮らしていたんだ」
根岸「……」
佐原「ある事件が、起きるまでは」
根岸「……」
佐原「……ある日、妹が穴に落ちた……」
根岸「また落ちた」
佐原「妹の落ちた場所は、少し開けていて、小さなドアと、液体の入った小瓶……」
根岸「おい」
佐原「……喉が渇いていいた妹は、意地汚くもその液体を飲み干してしまう……」
根岸「続いてしまった」
佐原「するとどうだろう! みるみるうちに妹の身体が小さくなっていくではないか!」
根岸「だからアリスだろそれ、場所が静岡になっただけで―――」
佐原「小さくなった妹を、人々はこう呼んだんだ……、ちびまる子、と……」
根岸「そんなバカな!」
佐原「おお怖い怖い、一本消すぞ」
根岸「何が怖いって、お前の作り出した妙な空気が怖ぇよ! なんだこれ!」
佐原「まあ、インチキおじさんだからな」
根岸「ぽんぽこりん……」
佐原「……ふぃー」
根岸「もう昼か……」
佐原「ちょっと小休止いれない? 昼ご飯食べよう」
根岸「昨日の夜始めたのに、もうお昼かよ……」
佐原「あと90本かー」
根岸「……果てしないな……」
佐原「この状況が割と恐怖だよね」
根岸「途中で終わることもできないしな……」
佐原「男だけで、大量のロウソクに囲まれて、怖い話とか、まじやばい」
根岸「ひどい絵ヅラだよなぁ」
佐原「この状況が怖いから消していい?」
根岸「ダメじゃね?」
佐原「ダメなの?」
根岸「いや、知らんけど、怖さのベクトルが違う気がする」
佐原「こういう怖さでよければいっぱいネタあるんだけどな。……炊いた米のほとんどが白いちっちゃい虫だったとか」
根岸「ぞわぞわした! ダメだ、そういう系はやめろ!」
佐原「気づいたときには、ほとんど米を食べ終わっていた……」
根岸「ぎゃーす!」
佐原「根岸が」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……ちょ」
佐原「俺は、食べていない」
根岸「……うおおおおい! 言えよ! 言ってよ!」
佐原「昨夜の晩ご飯だ、もう消化されたな!」
根岸「ぎゃーす!」
佐原「5本くらいロウソク消していい感じのリアクションだな」
根岸「お前が怖いわ! 何その、今更な! アホか!」
佐原「はっはっは」
根岸「はっはっはじゃないよ、マジかお前……」
佐原「ではちょっぴりとっておきの怖い話を思いついたので、ひとつ」
根岸「……このテンションで聞いたら何も怖くない気がする……」
佐原「実はな……」
根岸「……」
佐原「俺は霊体だったのだ」
根岸「……はい?」
佐原「……すぅぅ……」
根岸「消え……、えぇぇ……」
佐原「さよなら、あとの百物語はキミたちだけで成し遂げるんだ……」
根岸「待て待て待て待て」
佐原「なんだよー、割と怖かったろー? ここからこの人数で残りの怪談話するのかよーって」
根岸「怖いっていうかびっくりしたわ。何、半透明になってんの佐原」
佐原「霊体だしな」
根岸「そこはマジなのかよ」
佐原「そりゃまあ、冗談で半透明になれる人はいないだろ」
根岸「そう、かもしれんけど、いやそこじゃなくて……」
佐原「……生まれつき透明のやつならいるけどな」
根岸「いるなぁ」
佐原「ほら、相田もなんか怖い話しろよ、聞いてるばっかりじゃなくてさ」
根岸「透明人間なんだし、いろいろ怖い話とか知ってそうだけど、どうなん?」
佐原「……」
根岸「……相田?」
佐原「寝てるんかね」
根岸「透明だからわからん。おーい、相田ー?」
佐原「……はて」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「……その後、彼の姿を見たものはいなかったという……」
根岸「その後も何も……」
閉幕