No.62『始まらない新たなる伝説』
根岸「おお、これが……」
佐原「岩に、剣が刺さってるな。これが封印されし伝説の剣か」
根岸「抜くことができれば封印が解け、伝説の力をその手にすることができるという……」
佐原「なるほど」
根岸「伝説では、前にこれを抜いた勇者は、魔王を打ち倒し、闇に包まれた世界に光をもたらしたとされている」
佐原「そしてこっちが、封印されし伝説の弁当か」
根岸「なにそれ」
佐原「ほら見ろ、弁当が岩に刺さってる」
根岸「えぇ……、ほんとだ、刺さってる……、なにこれ……」
佐原「伝説によると、前にこれを刺した勇者は、お母さんにたたき起こされて、衣に包まれたエビに塩をふりかけたとされている」
根岸「エビの天ぷら食おうとしてるだけだそれ」
佐原「伝説には、胡散臭い逸話がついてまわるのさ」
根岸「胡散臭いというか、よくそんな天ぷら食べただけの話が伝わって残ってるなぁ……」
佐原「まあ、そっちの剣も魔王倒しただけの話が残ってるくらいだからな」
根岸「おいおい、魔王とエビ天を同列に語るのか」
佐原「そんな、魔王とかいるんだかいないんだかわからないものの話されても、ねぇ? この現代社会で?」
根岸「ロマンがあるじゃないか」
佐原「エビ天にもあるぞ、ロマン」
根岸「あるかなぁ……」
佐原「中身の大きさという、ロマンが詰まってるんだぜ? たまに詰まってないけどな!」
根岸「安いやつとかな」
佐原「そもそもさ、そっちの」
根岸「剣?」
佐原「ああ。それ抜いた勇者がいたとしてさ、そいつが魔王を倒したんでしょ?」
根岸「伝説ではそうだね」
佐原「すごいの、剣じゃなくて勇者じゃん」
根岸「いや、うん、まあそうかもしれないけどね? そのすごい勇者が使ってたんだから、すごい剣だってことなんじゃないのかな?」
佐原「そんなん、その勇者が宿屋で食事に使ったフォークまじすげぇじゃん、ってことになっちゃうじゃん」
根岸「なっちゃう……かなぁ?」
佐原「なっちゃうね」
根岸「なっちゃうかー」
佐原「その点、こっちの」
根岸「弁当」
佐原「そう、何がすごいって、弁当が岩に刺さるのがすごい」
根岸「うん、それは確かにすごい」
佐原「だろ? これは確かに、この弁当箱がすごいんだよ!」
根岸「ううむ……」
佐原「しかもこれ、どうやら中身がちゃんと保存されてるらしい」
根岸「えぇ……、どう足掻いても腐ってるだろ……」
佐原「それが、腐ってないらしい。そこも伝説的!」
根岸「伝説の弁当箱……」
佐原「まあ封印されてるけどね」
根岸「刺さってるね。……え、あのさ、ちなみにさ」
佐原「なに?」
根岸「なんで封印されてるのその弁当箱」
佐原「なんだろ……、呪われてるとか?」
根岸「食べたら、お腹下すとか?」
佐原「あー、あるかもねー、そういうのねー」
根岸「腐ってるじゃん」
佐原「ちがうよ、下したとしてもそれは呪いだよ。 そんなこと言ったら、そっちの剣はどうなのさ、なんで封印されちゃってるのさ」
根岸「それは……」
佐原「食べたらお腹壊すとか」
根岸「壊すだろうけどさ」
佐原「腐ってるじゃん」
根岸「いやいや、食べないからまず、剣は」
佐原「食べないのかー」
根岸「食べないねぇ」
佐原「というか、魔王を倒せるような剣なら、封印しちゃまずいんじゃないの? 魔王出てきたらどうするのさ」
根岸「そりゃ……魔王が出てきたら? この剣を抜ける人が現れて、剣を抜くんだよ。で、その人が勇者だーってなって、魔王を倒すんだよ。 ほら、万事オッケーじゃん」
佐原「それならこっちだって、胃袋の頑丈な人が出てきたら、この弁当を抜ける人が現れて、お弁当食べて、うわーすげー、勇者だー! ってなるんだよ」
根岸「いやオッケーじゃないだろそれ」
佐原「だいたいオッケーだよ。食べた人まじ勇者」
根岸「勇者では、あるかもしれんけど……」
佐原「だろー?」
根岸「……んー、あ! 何か岩の横に書いてある」
佐原「おお?」
根岸「伝説の剣にて、魔王ここに封ず」
佐原「……なるほど、この剣を抜くと、魔王が復活しちゃうのか」
根岸「どうやらそういうことらしい」
佐原「……倒せてないじゃん、勇者ぁー。封印しただけじゃん」
根岸「まあ、そういうことらしい」
佐原「あ、こっちも岩になんか書いてある!」
根岸「なんだって?」
佐原「伝説のシェフ、お弁当ここに封ず」
根岸「謎が深まった」
佐原「むしろ伝説なのはお弁当じゃなくて、シェフだったのか」
根岸「いやそもそもだ、話をリセットしよう」
佐原「うん」
根岸「なんでお弁当が岩に刺さってるんだよ」
佐原「そりゃ、封印するためだろう」
根岸「なんで、封印する必要があるんだよ。剣はほら、一応魔王を封じるために、ここに刺さってるだろ? お弁当は……、シェフが封じたんだろ? 封じたって……何をさ?」
佐原「だから、お弁当だろ?」
根岸「封印されたのは、中身なの?」
佐原「お弁当だよ」
根岸「話が進まないよ。……俺が言いたいのは、封印しなきゃいけないものが、その弁当箱の中にあるんじゃないか、ってこと」
佐原「中は、お弁当じゃないのか?」
根岸「ただのお弁当なら、封印する必要はないだろ。まして、岩に突き刺してまで」
佐原「開けてみればいいんじゃないの?」
根岸「いやお前、そんな……」
佐原「ほら」
根岸「えぇ、あっさり抜けた……」
佐原「先入観だよ、封印されてるのが中身なら、刺さってるのはなんの封印でも無いだろ? 問題はここから先、弁当箱が……うん、開かない」
根岸「そういうもんかぁ……」
佐原「あ、この剣でさ、テコの原理とかで開かないかな!」
根岸「いやだって、剣がまず抜けないだろ」
佐原「抜けた」
根岸「えぇぇ、そんなあっさり! お前勇者かよ!」
佐原「ただの無茶な観光客だよ」
根岸「……そうだね、普通はこういう曰くつきの物、どうにかしようとしないよね……」
佐原「あ、ほら、弁当箱開きそう!」
根岸「おい、こっちの岩からなんか不穏な空気が……」
魔王「……ふはははは、長き眠りから呼び覚ましてくれたことに感謝するぞ人間よ! 今このときより、人間が絶望のみを享受する日々が始まるのだ!」
佐原「お、開いた!」
根岸「おいなんか魔王っぽいの出ちゃったぞ!」
魔王「ぐ、ぐああああ、その弁当に入っている緑のそれはあああ!」
佐原「ブロッコリー?」
根岸「ピーマン?」
魔王「オクラがああああ! くそぅ、人間めええええ!」
佐原「オクラかー」
根岸「オクラがぁ?」
魔王「じゅうぅぅぅぅ……」
佐原「おお、魔王を倒したぞ」
根岸「蒸気みたいなのが、岩に戻っていく……。え、何? オクラ嫌いだったの? 魔王? 帰っちゃったじゃん」
佐原「帰っちゃったねぇ」
根岸「絶望の日々がどうとか言ってたのに……。なんか新しい伝説が今始まりそうな感じだったのに……」
佐原「うん、俺もオクラ苦手だから、わかるよ魔王の気持ち。もう帰りたい」
根岸「そうなんだ……」
佐原「お弁当も、剣も、元に戻しておこう」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「伝説、始まりそうだったのに、お蔵入りだったね」
佐原「オクラ入りだったなぁ」
閉幕