No.31『春、出現』
佐原「春だねぇ」
根岸「春ですねぇ」
佐原「春になるとさ、いろいろ出てくるよね。暴走族とか、変な人とか、虫とか」
根岸「そうですね、いきなり話しかけてくる人とかね」
佐原「……私ですか?」
根岸「……あなたです」
佐原「いいじゃないですか、春だもの」
根岸「いいですけどね、春ですから」
佐原「突然見知らぬ人に話しかけられることもあるさ、春だもの」
根岸「突然見知らぬ人に話しかけられることもありますよね、春ですし」
佐原「というわけで、春なので出てきました。暴走族です」
根岸「乗り物もないのにですか」
佐原「ぐうううううう!」
根岸「エンジン音ですか」
佐原「私自身が私の乗り物なのです」
根岸「というか、ひとりじゃないですか」
佐原「ひとりでも、暴走族。そもそも人数の基準なんて無いでしょう?」
根岸「そうかもしれないですが、ひとりでもいいものなんですかね」
佐原「実は、みんないなくなったのです。私は最後のひとりなのです」
根岸「なるほど、それなら納得です。あなたは暴走族ですね」
佐原「嘘です」
根岸「嘘でしたか」
佐原「族ではありません。最初からひとりです」
根岸「族ではありませんでしたか。あなたは最初からひとりなのですね」
佐原「暴走です」
根岸「族じゃないからですね」
佐原「ぐううううううう!」
根岸「……」
佐原「ぐううううううう!」
根岸「これは大変、暴走してしまいました」
佐原「嘘です」
根岸「嘘でしたか」
佐原「暴走族でも、暴走でもありません。虫です」
根岸「虫でしたか」
佐原「春だもの、虫も出ますよ」
根岸「春ですものね、虫も出ますよね。そうですか、あなたは虫でしたか」
佐原「ぐううううううう……」
根岸「エンジン音ですね」
佐原「いいえ、羽音です」
根岸「機械仕掛けの虫なのかと思いました」
佐原「ちゃんと生物です、安心してください」
根岸「何に安心すればいいのかわかりませんが、安心しておきます」
佐原「嘘です」
根岸「嘘でしたか」
佐原「飛べないので、羽音というのは嘘です」
根岸「飛べないのですか、そういえば羽は無いですものね」
佐原「実は私は、あなたの腹の虫なのです」
根岸「ほう、私の腹の虫が、出てきちゃいましたか」
佐原「春だもの」
根岸「春ですものねぇ」
佐原「ぐうううううう……」
根岸「ああ、お腹がすいてきました」
佐原「嘘です」
根岸「嘘でしたか」
佐原「あなたの腹の虫というのは嘘です。本当は、ただの虫です」
根岸「むしけらですか」
佐原「むしけらです。花の蜜とか吸って生きています」
根岸「ぐううううう」
佐原「何の音でしょう」
根岸「実は私は、鳥なのです。空腹のところ、おいしそうな虫をみつけました」
佐原「あらやだ」
根岸「嘘です」
佐原「嘘でしたか」
根岸「春ですもの、いろんな嘘も出ます」
佐原「春ですしね、いろんな嘘も出ますよね」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「え、で、何? 虫なの?」
佐原「いや、虫じゃないよ」
根岸「うん、人間だよね。で、ここは俺の部屋だよね」
佐原「そうだね」
根岸「整理しよう」
佐原「部屋を?」
根岸「話を」
佐原「おう、いいぞ、かかってこい」
根岸「帰ってきたら、部屋に見知らぬ人がいた」
佐原「俺のことだな。はじめまして」
根岸「そいつはなんか俺の部屋でくつろいでて、帰ってきた俺に「春だねぇ」とか言ってきた」
佐原「春だものねぇ」
根岸「春に出てくる変な人だなと思ったが、とりあえず話を合わせてみたけど、嘘ばっかりで結局何もわからずじまいだ」
佐原「ということだな。整理完了!」
根岸「で」
佐原「おう」
根岸「誰ですか」
佐原「上原だよ」
根岸「ウエハラ?」
佐原「嘘です」
根岸「嘘ですか」
佐原「何かと聞かれたら、一番近いのはやっぱり虫なのかもしれない」
根岸「このまま居ついて、寄生虫とか言い出したりしないだろうな」
佐原「お、うまいこと言うね、それでもいいぞ」
根岸「よくない。出て行ってください」
佐原「大丈夫、ちょっとおじゃましてるだけだから」
根岸「おじゃま虫か」
閉幕