No.26『本気ごっこ』
佐原「ねー」
根岸「なにさ」
佐原「ひまー」
根岸「突然人の家に来ておいて、言うことがそれか」
佐原「だってお前んちテレビもゲームも金属バットもないんだもん」
根岸「まあ、そうね、何も無い」
佐原「何お前、仙人か何か? 俗世の娯楽とは無縁なのじゃー」
根岸「いや、そういうわけじゃないけど、引越してまだ荷物とか実家に置きっぱなしだからさ」
佐原「よし、何かこう、室内でも遊べる遊びをしよう」
根岸「外には出ないんだな」
佐原「雨だし」
根岸「まあ、そうね、雨だしね」
佐原「ひらめいた!」
根岸「ほう、ひらめいたか」
佐原「本気ごっこ遊びだ」
根岸「名前だけでこんなにも内容がつかめる遊びってのもすごいな。本気でごっこ遊びするのか」
佐原「そう、もう俺らもいい大人だしね、子供みたいなごっこ遊びなんてやってられない」
根岸「いい大人が本気でごっこ遊びをするのもどうだろうか」
佐原「まあそう言いなさんな、まず設定を考えよう」
根岸「ほう」
佐原「舞台は32世紀、人類は地球の資源を搾取し続け、このままでは地球が枯れた死の星になってしまうという判断を下し、テラフォーミングを開始する。時のアメリカ大統領の言葉「人類は地球離れをするべき時である」という言葉は人々の心にまだ新しい。人類は地球を一旦離れ、地球の生命としての回復を他の天体で待つこととした。これを宇宙世紀元年とし、人類は太陽系から次第に離れてゆく。しかし人類は外宇宙に到達する際、新たなる問題と相対することとな――」
根岸「ストップ」
佐原「どうした根岸、まだ設定のほんのプロローグで、これから俺らがどういう役職で、どういう運命を担っているかが説明されてだな――」
根岸「設定が本気すぎて置いていかれた」
佐原「何、どのへんからダメだった?」
根岸「テラフォーミングあたり」
佐原「序盤じゃーん、ジョバンニじゃーん」
根岸「誰だよ。いやさ、たとえばだ、そういった様々な設定があったとしてもだ」
佐原「うん」
根岸「んー、ほら、俺らだってさ、すげえ歴史がいろいろあった上で、今こうやってだらだらできる日常を享受できるわけだろ?」
佐原「うんうん」
根岸「でも、俺らは日常を生きるうえで、そういった歴史は特に意識してないだろ?」
佐原「あー、なんとなくわかった」
根岸「状況と、役職とかが決まってればいいんじゃないかな?」
佐原「でもそれだと、思い出話とかできないじゃん。「あれはそう確かハイスクールの頃だったな、エリックのやつ宙に浮いたミートパイをバレーボールと間違えてアタックしやがった、そのスパイクがあのジェシカの顔面にヒットしたもんだから大変だったじゃねぇか」みたいな!」
根岸「思い出が本気すぎて再びついていけない、なんでアメリカンなノリになっちゃったよ」
佐原「SFといえばアメリカだろう、黒人の陽気なガタイのいいハゲのおっちゃんがサングラスかけてるんだ。エイリアンに向けてガトリングガンとか撃つ」
根岸「何のイメージだそれ。あれだほら、既存のキャラとかになりきるとかは?設定とか共有しやすいだろそのほうが」
佐原「ははあ、なるほど。じゃあ俺ウシやるウシ」
根岸「……ウシ?」
佐原「不良のウシ」
根岸「……きんぎょ注意報か!!なんてとこからキャラもってきやがる!」
佐原「うん、しかもキャラ性をいまいち思い出せない」
根岸「うろ覚えのキャラでやるんじゃない」
佐原「すみません」
根岸「あれだ、人は俺とお前はそのままで行こう、シンプルだ。で、状況だけを本気で想定する」
佐原「ほうほう、たとえばあれか、燃え盛るビルの中、出口は炎でふさがれた状況、とかか!」
根岸「そんな感じだな」
佐原「……まったく、最悪のクリスマスだぜ」
根岸「その一言でダイハードになっちゃった」
佐原「違ったか」
根岸「うん、お前はお前だ」
佐原「ちょっと状況が悪かったな、じゃあねぇ、互いに知らない人、はいっ!」
根岸「……ちょ、え、誰ですかあなた、いつの間に俺の部屋に」
佐原「あれ、あ、えっとー、……部屋間違えたかな、すみません」
根岸「あーびっくししたー、困りますよホントー、突然知らない人が部屋にいたら」
佐原「ですよねぇ、いや自分も何か変だなーって思ってはいたんですよ、あれこいつこんな顔してたっけ、みたいなね」
根岸「ちなみに、どちらへ?」
佐原「峯田、って隣です?」
根岸「ああ、峯田さんはそうですね、隣です」
佐原「あちゃー、いや失礼」
根岸「なんにせよ、お互い気付いてよかったです」
佐原「いやほんと、ご迷惑おかけしました、では自分はこれで失礼を」
根岸「はい、今度からは気をつけてくださいね」
バタン
根岸「ほんと、誰だったんだろうあれ」
閉幕