Ne.1『生卵を馬鹿にするからだ!』
根岸「……」
佐原「夢でも、幻でもない……」
根岸「……」
佐原「ましてキミが寝ぼけているわけでもなければ、脳がアレなわけでもない」
根岸「……」
佐原「そう、これは現実。まぎれもないひとつの事象、現象として存在するのだ」
根岸「……」
佐原「わかったかね? そこのところ」
根岸「なんで……」
佐原「うん、疑問は受けつけよう」
根岸「なんで俺は、朝から生卵に説教されてるんですかね」
佐原「いい質問だ! それはキミが現実を受け入れないからだ。わかってもらうにはこうするしかなかった」
根岸「他にも、方法ないですかね……」
佐原「全裸ハイソックスで正座説教以外に、方法があったとでも?」
根岸「たぶん、いろいろあったと思う……」
佐原「まあいい、わかったようだから服を着なさい」
根岸「ハイソックスなんてどこから出てきたんだ……」
佐原「そこはほら、卵だからな、私は」
根岸「全然わからん」
佐原「コラー!」
根岸「うわあまた怒られた……」
佐原「脱げ!」
根岸「今着たばっかり……あ、いや、ハイソックスは脱いだばっかりなのに……」
佐原「そして正座! 今度はこれもつけなさい」
根岸「ネコミミ……。だからどこから出てくるんだこの妙なアイテムは……」
佐原「私は、卵である。これがどういうことかわかるかね」
根岸「……わかりません。あなたが卵なのは見た目でわかります」
佐原「そう、私は昨日キミが買ってきた生卵だ」
根岸「なんで……喋るんですか……」
佐原「それは……」
根岸「それは?」
佐原「卵だからだ!」
根岸「話が進まない……」
佐原「コラー!」
根岸「いやだって、わからんものはわからないですよ……、なんで卵だから喋るんですか。……6個入りパックだから、残りの5個も喋るんですか……」
佐原「キミには、卵の声が聞こえないのか!?」
根岸「いや聞こえてます。コラーって言われました」
佐原「私は特別だ」
根岸「でしょうね」
佐原「これをつけなさい」
根岸「メガネ……。これで全裸ネコミミハイソメガネだ……」
佐原「うむうむ」
根岸「三十過ぎた男にこの仕打ちは、キツイ……」
佐原「見ているほうもキツイ」
根岸「じゃあやめましょうよ……、絵ヅラ的にも」
佐原「それはそれとして」
根岸「ああ、このまま放置されるんだ……」
佐原「卵は完全栄養食である」
根岸「はい」
佐原「だからだ!」
根岸「なにがだ……」
佐原「だから、こうして喋ることができる。完全だからな!」
根岸「残り5個の卵は……?」
佐原「あいつらは不完全!」
根岸「もう矛盾した……。不完全栄養食じゃないですか……」
佐原「完全栄養食で完全な私は、なんでもできるのだ。あいつらとは違う」
根岸「どこかからネコミミとか取り出したりできるのも……」
佐原「もちろん、完全だからだ! すべての卵は内部で異次元と通じている」
根岸「すごいな完全栄養食……」
佐原「卵だからな!」
根岸「卵すげぇ……」
佐原「まあ、ようやく私のすごさがわかったようだね。よろしい、服を着なさい」
根岸「寒かった……。足だけ暖かかったけど……」
佐原「さて、完璧な私の次なる目標は……」
根岸「あの……」
佐原「なんだね」
根岸「なんでもできるなら残りの5個を喋るようにしてやることもできるんじゃ……」
佐原「コラー!」
根岸「怒鳴らないでくださいよびっくりするから……」
佐原「それはできないんだ」
根岸「完全なのに?」
佐原「完全でも、できないことがある。たとえばそう……、高いところが苦手だ」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「机の上から、降りれないのか……」
佐原「割れそうで怖い」
根岸「なんで登ったんだ……」
佐原「完全であるが故に、高いところも克服しなければならない」
根岸「ああ、志の問題なのか……」
佐原「たかいところこわーい」
根岸「じゃあ声が大きいだけの生卵じゃないか……」
佐原「あ、こら、誰が正座をやめていいと、コラー!」
根岸「降りられないんでしょ? よっ―――」
佐原「たかいところちょーこわい」
根岸「足が……しびれた……」
佐原「ふっはははざまあみろ! 生卵を馬鹿にするからだ!」
根岸「ああ……、なんて休日だ……」
佐原「キミの背を使えばっ、とぉっ!」
根岸「あ!」
佐原「ふ、こうして降りることなど容易いのだよ。完全な私の前では、机の高さなど赤子同然」
根岸「……」
佐原「なんだね」
根岸「着地の衝撃で割れてるぞ」
佐原「おぉのぅ……」
根岸「白身が……」
佐原「わー中身出ちゃう中身出ちゃう! わーわー!」
根岸「完全なのに、自分の怪我?もなおせないのか」
佐原「そうだ、私は完全! 完全栄養食なのだ! だから殻なんてなくても大丈夫なのだ! パリーン!」
根岸「そっち? 割れっ……!」
佐原「ひろがるー! 中身がひろがるー!」
根岸「……」
佐原「完全な私でも、重力には逆らえない! おのれ重力!」
根岸「あぁ……、……なんて休日だ……」
佐原「コラー!」
根岸「生卵に怒られてる……」
佐原「たすけろー!」
根岸「えぇ……」
佐原「ちなみにこのコラー!というのは卵にコラーゲンがたくさん含まれてるよ、という意味もかねているのだ! アミノ酸万歳!」
根岸「そう……」
佐原「このままだと床がピチピチのぷるぷるになってしまう!」
根岸「床に落ちた生卵ってどうやって掃除するんだろう……」
佐原「……落ち着け……、私は完全、私は完全……」
根岸「生卵が自己暗示してる……」
佐原「そう、私は完全なのだ。卵だからな」
根岸「落ち着いたのか」
佐原「フライパンと、カセットコンロを出します」
根岸「なんか出てきた」
佐原「火をつけます」
根岸「自分を調理し始めた……」
佐原「完成! 半熟卵! これで安心」
根岸「安心なのか……?」
佐原「そう、守るもののないむき出しの心。それは人を強くする」
根岸「半熟なのになんか悟ったらしい。人じゃないぞ、卵だぞ」
佐原「殻という、卵の殻を脱ぎ捨てることで、完全栄養食である私は、さらなる完全を手に入れたのだ」
根岸「殻がなくても完全栄養食なのか……」
佐原「殻は元々食べないだろう」
根岸「じゃあ最初の状態は不完全じゃないか」
佐原「不完全じゃない、余計な部分もあるだけだ。それに気付けなかった殻の付いて頃の私は、まだまだ未熟だった」
根岸「じゃあやっぱり不完全だったんじゃないか」
佐原「その状態になってみないとわからないことってあるだろう?」
根岸「えぇ……」
佐原「殻を脱いでみないとわからないこともある。今のキミのように、自分の新しい趣味に気づくこともある」
根岸「……いやいやいや」
佐原「裸で生卵に罵倒される趣味なんて、なかなかないぞ、レアものだ!」
根岸「レアなのはお前だ……」
佐原「二つの意味でな!」
閉幕