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どうも、邪神です  作者: 満月丸
冒険者編
94/120

小さき剣鬼

…真っ暗な空間。幾度目かの激突。

飛散するのは血か肉片かすら、もはやわからぬその最中、飛来した人のような異形は咆哮を上げて相手へと襲いかかる。

しかし相対する剣士、その技量は人並みではなく、おぞましいそれに恐れることすら無く、絶妙な剣技でその全てを躱し、


「っ!!」


一拍の呼吸。

刹那、男の姿はかき消え、目線を巡らせる異形の眼前に現れて…


剣戟一閃。


一陣のそれは一切の容赦もなく、殺意の塊となってその体躯を切り裂いた。


「…無様なものだな」


幾度目か、男は呟く。


眼前の異形はますます身体を硬質化させ、皮膚は黒い硬膜で覆われていく。牙は大きく、角は長く捻じれ、瞳は全てが真っ赤に色づいている。

それはもはや、おとぎ話で語られる、想像上の怪物そのものだった。


「吸血鬼の眷属…その直系であるお前が、始祖と類似した力を持つのはわかっていた…だが、ますますもって化け物となっていくな」


もう何日が経つのか、男にすらわからない。この異形と成り果てた子供を相手に戦い詰めて、それでもまだ互いに死ぬ気配はないのだ。


不意に男は剣を振るう。

刹那、男の足元から伸びた赤い棘は、全て叩き折られた。


「力の使い方がわかってきたようだな。だが、その程度では意味がない」


返す刃で異形を切り伏せる。異形の片腕…黒く歪に変形したそれを切り飛ばせば、異形は噛み付いてくる。だがそれも蹴りで飛ばせば、追従は不可能となる。

唸りながら、理性を置き去りにした様子の怪物へ、男は口を開く。まるで語りかけるように。


「ハディール、お前はその程度の存在なのか?ならば、やはりお前をこれ以上、戦わせるわけにはいかない。お前では不適格だ」


戦うには強さが必要だ。

その強さを、使命を持たぬこの子供が得られるかどうかは、神ですらわからない。

勇者や精霊ならば、その魂は強く輝き、覚悟に応じて力は伸びるだろう。それ相応の力を持っている存在だからだ。

だが、この子供は違う。この子供は勇者でも、元精霊でも、神に選ばれた某かなどでは無い。剣の才能を持つだけの、ただのひ弱で、夢見がちな子供なだけだ。

だから男は剣で切り伏せる。

無駄な足掻きを、希望を切り伏せるように叩きつける。


…男の剣が異形を貫き、黒いそれは咆哮を上げながらも男の腕へ噛み付く。だが男は意にも返さず、異形の首を跳ね飛ばした。

転がる首、再生する己が傷にすら頓着せず、男は瓦礫に座り込んで待った。


「…いつまで続けるつもりだ?永遠にここでこうして遊んでいくつもりか」


そういう間にも、異形の首はシュルリと流れる煙となり、胴体に霧のようにくっついて再生される。ビキビキと異音を発しながら硬膜が剥がれ、異形の一部の素顔が見えた。

理性が戻ってきたのか、震える腕で地面を掻いて、顔を上げる。


「…ぐ…っ!」

「わかっているだろう?お前では俺には勝てない。勝てるわけがない」

「…く、なん、で…」

「勝てないんだよ、ハディール。お前には虚無と戦うべき目的がない。ただ、守りたい存在を守るために力を得たい。だが、それは冒険者でなくとも、メルサディールについていく理由にはなり得ない」

「そんなわけ…!!」

「違うか?老人に示されるがままに流され、考える事もなくこの道を進んできた。だが、そこにお前の意思はあったか?お前がそうしようという、絶対の理由はあるか?更に言えば、お前が戦わねばならない必然性はどこにある?未熟な子供が世界を救わねばならない理由など、無いだろうに」


それを言われ、ハディは思わず口を閉ざした。


「剣の腕は、ルドラがお前に与えたものだ。もとよりお前自身の魂が目覚めた才能じゃない。血筋は?始祖の末裔ではあるが、似たような存在はたくさんいる。お前は強い存在に庇護され、ただ闇雲に進んできただけだが、実際はなんの役にも立っていないんじゃないか」

「そんなことは…!!」


叫びかけ、やはり口を噤む。


ハディの周囲の人間は皆、強い。カロンは凄い存在で、メルは勇者で、ネセレは大盗賊、ケルトは元精霊でメルが認める才能を宿している。だが、自分は?

自分は、ただカロンに拾われただけ。偶然、森で暴れているところを拾ってもらえただけだ。そのカロンも、最初はハディを殺そうとした。そんな、どうでもいい程度の存在。


男はポツポツと尋ねてくる。ハディの迷いを指摘するように。


「お前はどうでもいい存在だ。生まれた時からそうだ。お前のせいで母が死に、二人目の両親もお前を守って死に、そしてジャドも、砦の皆も死んだ。お前は一人で、弱く、何もできない存在だから」

「俺は…!!」


ぐぐぐ…、とハディは立ち上がる。

その表情は苦悶に歪み、それでも諦めきれない光を宿している。


「…そうだな、きっとお前の言うとおりだ。俺はずっと、何もできなかった…ずっと、それを悔やみ続けてきた。だから、俺は戦いたかった。守りたかった。…弱いままのガキでいたくなかった…!」

「そのために、犠牲者を増やすというのか?誰も守れない、お前が」

「それ、は…」

『…違う、そうではない。この小僧と共にしていた我は、それを知っている』


黙するハディの代わりに、影の中からレビが答えた。


『ハディ、あの男はお前の鏡写し。あの男の言葉は、お前の思っていることそのままだ。故に、あれはお前自身のコンプレックスでもある』

「俺の…?」

『いいか、よく聞けハディ。お前は誰も守れなかったと言っているが、そんなものは大嘘だ。お前は数々の依頼をこなし、その中で多くの困っている人間を救っているのだぞ。思い返せ』


ハディは思い出す。

些細な依頼が多かったが、善良な人々は喜び、笑顔を向けてくれた。魔物に悩まされたり、暴漢に襲われたり、立ち往生していたり、その困りごとは様々だ。金銭という対価を得るための仕事ではあったのだが、その仕事に人々は喜んでくれた。

その笑顔を見て、誰も守れない自分でも、誰かの小さな幸せを与えることができるのだ、と、そう思った。その自信が積み重なって、前へ進んできた。


『そしてダーナは、間違いなくお前に救われた存在だ。あの娘はお前が守ったのだ』

「…ダーナ」


黒髪の少女を思い出す。

ツンケンして猫みたいに警戒心の深い少女だが、ハディへは時折、優しい笑みを見せてくれる。そんな彼女は、ハディに命を救われて、涙を流しながらも素直ではない礼を述べていた。


『思い返せハディ。お前は既に、一人ではない!』


ハディは、思い出す。

自身の人生を、思い返す。


…大切な家族を、尽く失ってきた人生だった。誰もが自分を守ろうとし、死んでいった。


馬車から這い出て、生みの母であるティーナは怪我を負いながらもハディの傷を癒やし、力尽きていった。母のぬくもりが消えていくその時まで、幼子は泣き続けていた。

仲睦まじい育ての両親は、着衣もボロボロでやせ細った子供を受け入れ、良くしてくれた。初めて家に行った日に食べた美味しいスープを口に含んだ途端、思わず涙を流してしまった。しかし母はそっと傍に付き添い、頭を撫でてくれた。その感触は、今も忘れられない。

そんな両親が目の前で自分を逃がすために殺され、屠られ、自分すらも化け物に変えられ…人を襲いかけて森へ逃げながら、頭に浮かんだのは絶望ばかりだった。

どうしてこんな苦しい思いをするんだろう。

どうして、自分ばかり、こんな悲しい思いを抱えねばならないのだろう。

もはや人の街へは行けない。

人を襲う自分など、いつか人の手によって殺されてしまうのだ。

そう嘆き、悲しみ、ボロボロになりながら森へと足を踏み入れた。


…そして、出会ったのは、人成らざる存在。


その人物は道を指し示したが、強制はしなかった。幾度もどうするかハディに問い、間違っていてもあえて何も言わずにそのままにさせ、しかし最後まで見守っていた。静かなその眼差しは、どこか、かつての人たちと似た輝きを宿していたように思えた。


その存在の庇護の元、仲間を得て、力を付ける環境を与えられ、戦うように指し示され、道を歩んできた。


様々な出会いを体験した。

様々な別れを体験した。

出会う人と縁を結び、笑いあい、共に明日を生きることを祝い、別れを交わし…、

永久に会えぬ者も、自身の帰りを待つ者も、皆が皆、その道を交えてきた。

時には守られ、時には守り、そうして人と、道を交えてきたのだ。


「…俺は」


今、ハディが立つ道は、多くの他人の道が交わり、大きな道となっている。

そして、その道の分岐点に佇むハディは、過去を眺め、どちらに進むべきか迷っている、迷い子だ。


…だが、もうわかっていた。


男の提案を受け入れる道は…まるで畦道のような、荒々しい獣道しかない。

男がハディとなれば、彼はまた人を狩り続けるだろう。

血に塗れ、闘争に酔い、正義という言葉で包んだ人殺しを喜んで行うだろう。

そんな道に、誰が好き好んで着いてくるというのか?

否、誰にも交わらせてはならない道だ。


「…そうだな。うん、そうだった…」


レビの言葉で過去を思い返し、ハディは目を伏せて息を吐く。

…様々な感情が巡る胸中を見つめてから、瞳を開けて男を睨めつける。


「…やっぱり、俺はあんたの言葉には頷けない。こんな俺でも、誰かを守って………いや、人は守り合いながら、生きていくんだ。俺も、誰かに救われ、そして救っていく。こんなちっぽけな俺でも、誰かを救って歩んでいくことができるんだ」

「それはただの自己満足だろう?」

『自己満足で何が悪い?混じりけのない善意など存在せぬ。人は見返りを求めて善行を働くのだ。その見返りが他者の笑顔で、何が悪いというのだ?』

「…うん、そうだな。俺には使命なんてのも、選ばれた才覚なんてのもない。あるとしたら、アーメリーンに目をつけられた不運だけだ」


…ハディの身の内には、アーメリーン、敵から与えられた力への忌避感が存在する。吸血鬼となって以降、がむしゃらに邁進していた中では気にもしなかったそれは、しかし仇との再会によって彼の心に根付いた。

だが、ハディはそんな自分へも、首を振る。


「不運を嘆けば、それは今の俺と出会った仲間への侮辱になる。そしてレビを責めることにもなる」

「…その怪物は、お前から人間性を奪った元凶だぞ?」

「それでも、ずっと俺の傍にいてくれたんだ。声をかけてくれた…化け物になっても、俺として見てくれた。それを俺は無視できない。レビは、俺にとってはもう大切な存在だ!」


存外、それは虚無として向けられるには相応しくない感情である。だが意外にもレビは、その強く暖かな感情に、心中のどこかで不思議な感覚を抱いていたのだ。


『…まったく、青臭い小僧だな。…ハディ』


レビは呟く。

同時に、己が身で何を成すべきかを、理解した。


『…我は、赤月の始祖より分かたれし虚無。その使命は宿主を守ること。ハディ、我はお前を守るために、ここにいるのだ』

「…ああ、レビ。わかってる、今、わかったよ…」

『我は虚無の欠片、ハディールの一部。お前が付けてくれた我が名は、レビュレール。この身は既に、お前と共にある』

「そうだ、俺とお前は一心同体。もう俺は、一人じゃなかったんだ…!」


ハディの左の拳が輝く。

それは、白くもどこか禍々しく輝きながらも、しかしハディは恐れること無くそれを開く。

同時に、全身を覆う硬膜が剥がれ落ち、体はそれに応えるように、在るべき姿へと戻っていく。


「もうすぐ、何か大きな戦いが始まる。そんな気がするんだ…そしてその戦いに、逃げ場なんてどこにもない。みんなが手を貸し合わなきゃいけなくなる………だから、俺は戦う!どれほど無謀でも、どれほど恐ろしくても、逃げ出して皆を見殺しにすれば、そんなのはもう俺じゃない!邪悪な怪物に成り果てるだけなんだ!だから俺はここで退くわけにはかない!あんたに負けるわけには、いかないんだ!!」


眩く輝く掌のそれは、心に呼応するようにハディの中で一つの形を保とうとしていた。

そして、レビは叫ぶ。


『ならば、我もまた足掻いてみよう!虚無の道を通り、我が主を虚無へと追い返すための術を…!我が存在を賭けて!!』


ハディの身の内のレビは、その輝きを放った。

それは、ハディという魂と融合した、虚無の欠片。その存在そのもの。


レビはハディの魂より離れ、細い糸のような繋がりを保ったまま、あるべき回帰の場所へと飛んだ。

それは遠く、それは近く。

それは世界の外側であり、それは世界の内にもある。

レビを異分子を見なした何かが、それの周囲に取り巻く何かが、レビへ攻撃を開始する。

それはレビですら存在を消しかねない、おぞましい虚無の本能だ。

しかし、レビはそれを察しても退かない、屈しない、立ち向かう。

幾度か攻撃を受け、体の一部が持っていかれたが、些末な軽症。

何もない虚無の道を通り、幾度目かの妨害をくぐり抜けた後にあるのは…。


大きな、しかし身に馴染んだ、おそろしくも強大な力の源流。


それに我が身を繋げ、レビは叫んだ。


『ハディ!祈れ!!これは無の力!嘆きと絶望に染められた黒き力!されどそれはお前の祈りによって形を変える!!』


遠く轟く友の言葉を受け取って、ハディは身の底から何かと繋がった感触を自覚する。

輝く手を胸に当て、ハディは祈る。

それは神ではなく、自身でもなく、他者への祈り。


「…守る力を!みんなを守る力を!俺のちっぽけな力でも、この世界の誰かを守ることができるのなら…!!俺は、自分の意志で、この道を選ぶっ!!」


…刹那、脳裏で、一つの光景が過ぎ去っていく。



おぞましい巨大な異形が顕現し、この大陸を食らい付くして暴れる光景。

それは、終末の風景。

何者かが見せた、近い内にあるべき可能性の情景。



それを瞳の奥で捉えたハディは、確固たる意思で願った。


「俺は、死ぬまで戦おう!世界を救うために!皆を守るために!そのために振るうべきは、虚無をも切り裂く虚無の剣!!」


その意志に呼応するように、ハディの胸から何かが飛び出す。

それは、柄だ。

迷わず剣の柄を握りしめ、ハディは身の内から、自らの虚無の力を解放した。


「…ぅおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!」


黒き角はそのままで、右腕が巨大な異形の腕なのは変わらない。

しかしその瞳は赤く意思の輝きを示し、引き抜いた左手には刀身が黒く、黄金の瞳が描かれた大きな剣があった。


ハディは剣を構え、更に自らの身の内に腕を伸ばす。


「…さあ、戦おう!俺達なら、誰にも負けない!!」

『…ふん、当然だ!』


ハディの背より、黒き異形が形を成すように現れた。


それは、黒いヤギに似た頭をしていた。黒い捻じれ角、骨を被ったような頭。その眼窩の奥には赤い輝きが満ち、背には皮膜の翼。骨と皮のような、しかし肥大した両腕。

それは、ルドラの言うところの、悪魔に近い外見をしていた。

悪魔らしき姿を保ちながら、レビュレールはニヤリと笑みを浮かべた。


『…ふむ、これが我が姿。悪くはないな』

「レビ、俺はこの一振りに全てを込める。だから、お前も力を貸してくれ」

『仕方があるまい…今日の夕食は奮発するのだぞ!』


ハディが剣に祈りを込めて、レビが作った道の果てに繋がる虚無から、その力を引き出す。

虚無の剣はその力を受け取って、白光の如く輝いた。

構え、ハディは男を睨めつける。


「アンタはかつて、俺だったのかもしれない。けど、やっぱり俺じゃないよ。俺は、アンタみたいな剣鬼にはならない」

「………同じ復讐者でありながら、俺を否定するのか?」

「違う。俺もやろうとしていることは同じだ。…でも、俺はその先に夢がある。復讐を終えても、俺はまだまだ生きていく。復讐だけで人生を終えるような真似はしない!」

「…(おまえ)の生き方を否定するか」


男はクツクツと笑ってから、己が剣を構え、言った。


「ならば、証明してみせろ。その力で、過去の俺を、お前だけでは超えられなかった過去を、超えてみせろ!」


それだけを言い、男は息を吐く。

そして静かに呼吸を止めて、


刹那、男はハディへ肉薄し、その剣技を放っていた。

あまりにも早く、あまりにも完成された一撃。

決して避けられないそれを、ハディは…、


「っ!!」


受け止めた。

ハディの剣と、レビの腕を合わせて、男の剣を初めて受け止めたのだ。


目を見開く男へ、ハディは相好を崩した。


「俺はもう…一人じゃないっ!!!」

『失せよ!闇の試練よ!!』


そして、ハディとレビの剣は、男の剣を真っ二つに叩き割り…、


「…見事だ」


男は微笑みを浮かべながら、小さくそう呟いたのだ。




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