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どうも、邪神です  作者: 満月丸
冒険者編
56/120

経済破綻を目論むとはまさに邪神

「あ~…心配ですわぁ、心配ですわぁぁ…」


アンニュイなため息を吐きながら、メルは帝都の店めぐりをしていた。

どうにも第六感がしきりに警鐘を鳴らしまくって落ち着かないからなのだが、そのせいか衝動買いしても気が晴れない。ウィンドウショッピングではなんともし難いもやもやを感じているのであった。

何件目かの店で大人買いして店主の顔を引き攣らせて後、宿まで配送手続きをしてから店を出たメルの表情は、やはり晴れない。

理由としては当然のごとく、異母弟の事である。

冒険者ならば旅先で何があっても不思議ではないが、ネセレがいるならば余程の心配事もないだろう、と思っている。が、どうにもざわついた胸騒ぎを感じており、メルは落ち着きが無くなるのだ。

しかし、アンニュイな美女がため息ついていれば、どこからともなく近づいてこようとする輩もいるもので。


「なぁお姉さん、なに暗い顔しちゃってんだよぉ」

「俺達といっしょにどうだ?楽しい場所に連れてってやるぜ?」


(うわぁ、面倒な相手に出会いましたわね…)


二人組のニヤニヤ笑いの男達だ。見覚えがなく武装していることから、流れの冒険者か。

こういう手合いを交わす術は持っているが、イライラしているメルは素気なくあしらってしまう。


「すみませんけども、アタクシは暇ではありませんので。失礼」

「まぁ待てよ、こんだけウロウロとお店通ってて暇じゃないって事はないだろぉ?」

「そうそう、ちょっと一緒にお話しようぜ」

「あら、では言い改めましょうかしら。貴方がた如きと話をする暇はありませんの。わかったら、とっとと消えてくださらない?」

「…は?」


ピクリと固まる男達が、一転して殺気立つ。

どうせ女性を言いくるめて良からぬことをしようと企む連中だろう、と直感していたメルとしては、ため息しか出ない相手だ。なので、もはや手加減は不要である。


「この糞アマ、人をコケにするのも大概に」

「あぁら手が滑りましたわごめんあそばせぇ!!」

「げほあああぁっ!?」


男の顔面鷲掴みにしながら壁に向かってドガゴーンッ!!と叩きつける。

潰れたカエルみたいな声を出す相方に、もう一人が血相を変える。


「て、てめぇなにしやが」

「こんなところに虫がいましてよぉぉ!!」

「ぐはああああっっ!?!?」


鷲掴みにした男を、さながらバットみたいに振り回してもう一人もノックアウトする。絵面としては酷いアレである。


「ふっ、悪は去りましたわ…ああ、無駄な労働をしてしまいましたわねぇ」


虚無感に浸りながら遠くを見つつ、鷲掴んでいた男を放り出す。無駄な労力を払ったものだ、と風に吹かれていると、


「…なにをしていらっしゃるのですか、メルサディール様」

「…あら」


背後から響く聞き慣れた声に、メルはなんとも言えない顔で天を仰ぐ。

どうやら、見つかってしまったらしい。

2秒で覚悟を決めて振り返った先には、白銀の甲冑と見事な意匠の鎧を着込む、金髪の壮年騎士が居た。

見るからに高い位の騎士相手でも、メルは臆すること無く両手を広げて迎えた。


「お久しぶりですわね、ラーツェル」

「ええ、お久しぶりです、姫」


…英雄ラーツェル。

メルサディールと旅に出て、共にティニマを癒やすという使命を全うした、白騎士である。



※※※


「それで、貴方は何故こんな場所にいらしたのかしら?」

「単刀直入に言いましょう。姫、すぐにでも城にお戻りください」

「お断りします」


ゲッシュの酒場の個室にて、メルはラーツェルと向き合って座っていた。二人だけの個室だが、その空気は良いものではない。

ピリピリとした緊張感の中、メルは意味ありげに笑みを浮かべる。


「アタクシ、あそこはもうウンザリですの。それに陛下には三行半を叩きつけたと思いましたけども」

「あれで皆が納得するとでも?」

「皇家としての役割は全うした気がしますけども」


勇者として世界を救った英雄を排出した皇家。それだけでデグゼラスの格は大きく上がり、今やセラヴァルス家は世界に名だたる血筋ということで名を馳せている。ゲンニ大陸だけでなく、翼種の国からも婚姻の話しが飛び交う程度には。それほどまでに、勇者を排出したというのは名誉なことなのだ。

いうなれば、普通の皇家の姫では決して成せない偉業を成しえたメルは、誰よりも帝国に益をもたらした存在である。

故に、彼女はこれ以上の台頭を望みはしない。


「それに、エリエンディールお姉さまが随分とアタクシを怖がっているとお聞きしましてよ。戻ればあの方の癇癪が爆発しないとも限らない。それに…ふん、勇者を暗殺しようとするお馬鹿な方々も多いことですしね」


メルの皮肉に、ラーツェルは苦い顔をする。

大局を見れずに目先の益に釣られる者は一定数存在している。ただ、後宮という隔絶された場所で権力闘争をしている奥方や皇族は、世情などさしたる問題はないと思っている連中も多い。ようは、世間知らずなのだ。だから、勇者を廃すれば本気で自分の、或いは我が子の領土の取り分が増えると信じている、或いは吹き込まれている者たちが多い。多すぎる側妃の中で、愚かな妃を唆して手駒にし、何かやらかそうとする後援貴族も後を絶たない。

メルが出奔した理由の一つが、それである。


「面倒事はもうウンザリ。政治闘争は他所でやってくださらない?」

「…ヴェシレアとの戦争が近づいています」

「らしいですわね。陛下は大層、乗り気だとも」

「………私には、どうにもキナ臭く感じます」


クソが付くほどに真面目なラーツェルの一言に、メルは驚いたように相手を見る。主を貶すような事を言うとは思っていなかったからだ。

ラーツェルは、硬い表情で続ける。


「陛下の身辺で、陛下へ戦争をそそのかす輩が後を絶ちません。同じく、元老院でもヴェシレアへの和睦が失敗した以上、戦争で後顧の憂いをなくすべきだ、との意見が多いとのこと」

「…それは、アタクシを生贄にしろとおっしゃった連中と同一ですわね?」


うなずく相手に、メルは胸中で悪態を吐き捨てる。

勇者をヴェシレアに差し出し、繋がりを持ちながらヴェシレアを内部から瓦解させる心算だったのだろう。メル一人でヴェシレアを籠絡してこい、というあまりといえばあまりにもアレな指示に、メルも空いた口が塞がらなかった程だ。

そして相手が豚であると知った上に、人間ということで見下した態度の数々にセクハラまがいの発言。あまつさえ女を生む道具としか見ていないセリフに、流石のメルも最初の会食でプッチーンときて、相手にワインを浴びせて微笑みながら「失礼ですけど豚は家畜とでもご結婚されたら如何?」と恫喝したのである。そのまま勢いで三行半を叩きつけて家出して、現在に至る。

見事に心算が外れ、元老院はたいそう怒り狂った…わけもなく、これを口実に戦争をやらかそうとしているのだ。ようは、メルは出汁にされたのである。

そして反半獣派の声がでかくなり、戦争の機運が高まっているのだろう。


「結構ですこと。…ああもう、それで貴方がここへ来たのですわね。アタクシにヴェシレアとの戦争に出ろ、と」

「左様です」

「…それで、貴方はどうなさるの?アタクシの目の前で自刃しながら城へ戻ってください、とでも乞います?」

「必要ならばそれも厭いませぬ」

「相も変わらずつまらない方ね」


吐き捨て、メルは立ち上がってワイングラスの中身を揺らしながら呟く。


「お兄様は、アタクシに皇帝になってほしいようですわ」


第一皇子ラングディールは、黒髪黒目と皇族の特徴を兼ね備えている野心家なのだが、彼は自らが王の器ではないと察している節がある。華やかさが無い自身にはカリスマが無いのだと。故に、彼は勇者であるメルを皇帝に立たせ、自らが補佐としてその下に付くことを望んでいるという。

だから、ラングディールはメルへ協力をする。

勇者であり、神の血筋の濃い彼女を、皇帝へと擁立するために。


「誰も彼も、人を物としか見ていませんわ。肩書ばかりで、「メル」を見てくれる者の少ないこと。それは家族でも同じですもの。血なんて、人が言うほど特別な代物ではないのでしょうね」

「それが上位者に必要な考えなのでしょう」

「上に立てば立つほど、下々の命を物としか考えられないのだとしたら、神とは実に無慈悲な存在なのでしょうね。ええ、アタクシはあの方のようには、なりたくありませんわ」

「社会を回す歯車に成る上で重要なのは、個性よりも品番ですから」


皇帝という品番、貴族という品番、勇者という品番、それこそが最も重視されるのだろう。そこに付帯する個性など、潤滑に回らなければ不良品としか見られないのが社会としての見方だ。

そうのたまう相手へ、メルは皮肉げに笑う。


「それって、貴方も同じことかしら、ラーツェル騎士団長殿?」

「………」

「ゲッシュとはお友達になった仲ですけど、貴方は最後までアタクシの騎士としての態度を崩しませんでしたわね。どこまでもそう。貴方はどこまでも、勇者という大きな歯車を回すための、小さな部品としての自分を崩さなかった。…一度を除いて」

「…お戯れを」

「アタクシ、自分に嘘をつくのはもう嫌なのよ」


メルはワイングラスを手に、相手を見下ろす。

鮮烈で苛烈な、危ない光を持つ瞳だ。


「ラーツェル、貴方はどうなのかしら?アタクシに何を望むの?勇者としての生か、姫としての生か、それとも女としての?」

「………」


長い沈黙の後、ラーツェルははっきりと言った。


「我が身命は皇家の為にあります」


バシャン!


…ワインを相手に浴びせかけたまま、メルは静かな口調で言い放った。


「お父様に伝えなさい。メルサディールを戻したかったら、その重い腰を上げて頭を下げにいらっしゃいな、と…出来るものならば、ね」

「…御意」

「とっとと出ていってくださらない?貴方のその顔、しばらくは見たくありませんわ」


無言のままにラーツェルは立ち上がり、ワインに染まりながら部屋を出ていく。

その足音を聞きながら、背を向けていたメルは大きな、本当に大きなため息をついた。


「………ほんっとうに、馬鹿なんですから」



※※※



「まぁた派手にやられたようだなぁ、ラーツェル!」

「…ゲッシュか」


ワイン塗れで出てきた白騎士に、ゲッシュは呆れた様子で手拭いを投げ渡す。それで拭いつつ、ラーツェルはいつもどおりの無表情で何かを思っているようだった。

クソマジメな騎士の様子に、ゲッシュはやれやれ、と首を振った。


「ふっちまったのか、また」

「………」

「っかー!!罪作りな男だなおめぇは!!アレだけの別嬪に惚れられてるクセに、なんで答えてやんねぇんだよ!お前それでも男か!?」

「余計な世話だ、ゲッシュ」


やんややんやと言うゲッシュを煩わしそうに見る。百戦錬磨の騎士団長の眼光も、ゲッシュには屁でもない。


「…大きな歯車にはそれ相応の格が必要だ。それが釣り合わねば、上手く回らないものだ」

「あぁ?なんの話だよ」

「さてな」

「けっ、キザなこったな。…歯車ってのは大きかろうが小さかろうが、歯が噛み合えば回るもんだぜ。デカさを気にするのはトーシロのやるこった」

「………」

「だいたい、おめぇは昔っから頭でっかちなんだよなぁ。もっとこう気楽に肩の力を抜いてだな…」

「それよりゲッシュ、一つ尋ねたいのだが」

「あん?」


ラーツェルは金貨を一枚取り出して、それをテーブルの上に乗せた。

きらめくそれを怪訝な顔で見るゲッシュに、ラーツェルは言う。


「それは偽金貨だ」

「…あぁ?偽モンだぁ?これが?」

「そうだ。ただし、本物よりも精巧な」


奇妙な言い回しに目を丸くするゲッシュに、ラーツェルは説明する。

最近、帝都でちょこちょこと、この金貨が出回るようになったらしい。形も精巧な、文字通り精巧過ぎる出来で、金の含有率がほぼ99%というあり得ないそれは、本物よりも質の良い金貨であるという。


「当然だが、硬貨は全て帝国が発行している。発行外のそれは、間違いなく違法性の高い代物だろう」

「ははぁ、でも本物より良いシロモンなら、別に良いんじゃねえの?」

「そういうわけにもいかん。国が管理出来ていない硬貨など、市場経済を破壊する諸刃の剣だ」


金という名は偽りではないが、しかし違法に作られたのならばそれは偽金貨。たとえ本物よりも質が良くても、だ。

それに、金が出回ればそれだけ金そのものの価値が下がる。このジャラジャラと出てくる偽金貨のせいで、帝都はゆっくりとしたインフレーションが起きつつある。まだ上流だけの問題だが、これが続けば下層市民にまで問題が波及していくことだろう。

金貨をまじまじと見ているゲッシュに、ラーツェルは続ける。


「最近、紫ローブを着た老人がやけに散財をしていると聞く。金貨を大量にばらまいている、とな。そしてこの宿にも似たような老人がいると聞いたが…奴に関して、何か心当たりはないか?」

「えぇ?そりゃぁ………どうだろうなぁ」


とりあえず、ゲッシュは言葉を濁した。

自宿の冒険者が通貨偽造というとんでもない重罪を行う輩であったなどと、流石に考えたくもなかったからだ。ただ、ちょっとあの老人ならやりかねないな、というゲッシュの本音もあったが。


「ま、まぁ、あの爺さんは世捨て人だったらしいからな。凄腕の魔法士だし、長生きしてそうだし、金は溜めてても不思議じゃねえさ」

「ふむ、そうか…やはり裏組織の問題なのか…しかしいろいろと腑に落ちないが」

「そ、そうだラーツェル!どうせだし一杯飲んでくか?旅仲間って事だしサービスしとくぜ!」

「む、すまんが仕事中なのでな。…もうこんな時間か。厄介になったな、ゲッシュ」


じゃあな、と言いながら、ラーツェルはそのまま宿を出ていった。

その背を見送りつつ、ゲッシュは冷や汗を拭いながらぼやく。


「ったく、あの爺さん。いったい、なぁにを考えてやがんだか…」


たぶん、何も考えていないのだが、神の思考など定命の者にはわかりようもないのであった。



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