フラグが立ってますよ:その2
「はぁい、おちびさん」
「…あ、ミライアとライド」
砦の兵士食堂で、干し肉を炙っていたハディはやってきたミライア達に手を振る。備蓄が刻一刻と消費されているここで食事をたかるわけにも行かないので、一行は手持ちから消費しているのである。とはいっても、ハディは食事が必要にはならないので、この干し肉はネセレに命じられて作っている代物である。人使いの荒い盗賊だった。
適当に用意した食事を食べるミライア達と、ハディは席を共にした。ハディは水を飲むだけであったが。
ジャド、ミライア、ライドの三人パーティは、もともとはゴド・ヴェンガードを中心に動いていたらしいが、カロンの噂を聞きつけて功名心からやってきたという経緯がある。ので、ちょこちょこと依頼の合間に難癖つけて来ては一行にぶっ飛ばされる名物パーティということで、宿でもちょっと有名になっている。主に変な意味で。
だから、こうして改めて席を共にして話をするのは初めてかもしれない、とハディは内心で思う。
ミライアはアンニュイな笑みを浮かべつつ、思い出したように呟く。
「けれども、ちょっと意外だったわぁ。あの気の弱そうなケルトが、随分と堂々とした顔をしてるんだもの。アレが本来の彼なのかしらぁ?」
「ああ、うん。俺もちょっと驚いてる」
いつもはボーッとした感じで、どこかのんびりしているケルトなのだが、スイッチが入った状況での頭の回転はかなり良い。最近では、メルもカロンもパーティ方針をケルトに任せている程だ。
しかし、今日のように大勢の者への意見を取り纏め、方針を決定する姿はどこか人を率いる者のようにも思えたのだ。それは血が成す性質なのか、それとも彼の魂の性質なのか。
「意外な魅力ってあるわよねぇ。ああいう、ちょーっと違う面を見ると、誰でもコロッと落ちちゃうのよねぇ」
「落ちるって…ミライア、ケルトが好きなのか?」
「あらぁ?悪くないとは思ってるわよぉ。彼、品が良いから良いところのお坊ちゃんでしょうし学があるもの。優良物件だと思われてるから、ツバをつけようとしてる貪欲な連中が多いのよぉ」
「そ、そうなんだ…」
ケルトは何気に人気なようだ。ハディとしては、へぇそうなんだ~としか言えないが。
なお、当人は非常にストイックなので、お誘いには一切乗らない堅物である。正確には他人を信用できていないだけなのだが。
「言っとくけど、ハディ。あなたも同じよぉ」
「…え、そうなの?」
「若いってのはそれだけで強みなのよ。特に冒険者っていうあぶれ者は結婚相手も居ないでしょぉ?だから、将来有望なあなたもそういう人に目をつけられてるのよねぇ。ま、夜道は気をつけなさい」
「あ、うん」
とは言うものの、吸血鬼なので早々にヤバい事態にはならないとは思うが。
「ジャドもねぇ、あなた達の事を少しは見直してあげればいいのに」
「…うむ」
「え、見直すって?」
「あら、気づいて無かったの?ジャドがあなた達を目の敵にしてるの」
「いや、気づいていたけど…」
理由がわからず、とりあえず放置していたというのが正しい。
そんなハディに、ミライアはくすくすと笑う。
「ジャドはね、貴方達に嫉妬してるのよ」
「嫉妬?なんで?」
「…うむ、寄生している、と思っているからだ」
ライドの言葉にハディは目を丸くする。それにミライアが笑って補足した。
カロンとメル、そしてネセレは強い。それは誰が見ても明らかなレベルでの強者だ。
強さとはこの世界で憧れの一種であり、ある種のステータスそのものである。カロンが食っちゃ寝していても、そうやっかみを受けないのもその強さにある。
だがしかし、ケルトとハディはその強さと隔たりがあるのだ。つまり、彼らとパーティを組むには相応しくない、と周囲の冒険者からは思われているのである。
つまるところ、強い連中に寄生して金を分配される寄生者。それが、ハディとケルトへの周囲からの評価であったのだ。
そんな事は露知らず、ハディは目を丸くするしか無い。
「はあ…そんな風に思われてたんだ、俺」
「強さに格差があればあるほど、そう思われちゃうのよ。でもこういうのって、どこにでもあるわよ?たとえ仲が良い兄弟でも強さに違いがあれば、周囲は嫉妬心から下手なやっかみを言うようになるの。それが影響して兄弟の仲が壊れたり、なーんて…よく聞く話だわ」
周囲の評価、という代物を気にしていなかったハディは、そこでようやく周囲から見られる視線を思い返す。言われてみれば、メルと仲良くしているハディへ、なんとも言えない男連中の視線が多かったように思える。あれも嫉妬なのだろうか?
ともあれ、ハディは決意する。
「…じゃ、俺はもっとずっと強くならなきゃいけないな。メル姉やネセレに負けないくらいに、ずっと」
「…今の話を聞いて、そう言えるアンタって本当にニブちんというか、胆力があるわよねぇ」
「うむ」
「え、だって強くなれば問題ないじゃん。俺の実力不足が原因なら、それを埋められるように頑張っていくだけだし」
いっそ清々しい感じて言うハディに、ミライアはとても楽しげにカラカラと笑う。
「いいわねぇ、アンタのその物怖じしない言動!お姉さん、意外とアンタみたいな坊やも嫌いじゃないわよぉ?」
「ああ、ありがと!」
「…お子様ねぇ、本当に。でも、だからジャドはアンタを嫌ってるのかもねぇ」
「え?」
ミライアは憂いげに目を細めて、ハディを見た。
「…大人にとってね、子供の純粋さって時として鼻につくものなのよ。限界がまだ見えないアンタは、努力を重ねることが出来るけど、限界が見える大人はそうじゃないのよぉ。自分の限度を知っちゃうと、誰しもその先への努力を怠るようになるわ。ジャドもそう。…ようは、若さに嫉妬してるのね」
「え、ミライアも?」
「ぶん殴られたいのぉ?」
思わず頭を抱えて防御するハディに、ミライアはため息つきつつ杖を下ろす。
「ま、アンタも大人になればわかるわよぉ。こんな職だもの。身の程をわきまえないと、あっという間に死出の旅路へご招待。功名心と自分の限界、その狭間を上手く綱渡りするのが冒険者って生き物なのよ」
「ああ、うん、それはなんとなくわかる。でも俺は…名を挙げるために冒険者になったわけじゃないし」
「あら生意気ね。でも、そういう考えのやつの方が魅力的なのよ。…アンタ達が眩しすぎるから、きっとみんな嫉妬するのねぇ」
そう言いながら、ミライアは肩を竦めて遠くを見ていた。
なんだか、何かを思っているかのような、思案に暮れる表情で…それをライドが気遣わしげに見つめているのが、なんだか奇妙に映ったのだった。
※※※
「ここの城壁は強度的に問題有りですかね…では、最優先で補強しましょうか」
「こちらの土台は任せてくれ」
ケルトとリーンの魔法使い二人は、夜戦の前に砦の強度を調べて回っていた。そして破損が酷い部分は土魔法で盛り土を施し、多少はマシな強度にしておく。正直、ないよりマシレベルでしかないが、心もとない状況よりは良いだろう。砦の魔法士数名も、同じように強度を補強しに駆けずり回っているが、精神力という意味ではあまり頼りにはならない。なお、ミライアは光と炎属性しか扱えないため、土魔法は不得意であるという。何気に全属性を満遍なく扱えるケルトは貴重なのである。
ある程度の補強を済ませてから次へ向かい、いくつか在る中でも焼け落ちた櫓に匙を投げてから、なんとか砦の補強を終える。どうにも、黒鳥のカラスがたくさん砦の上にとどまっているのだが、死者の肉でも狙っているのだろうか。なんとも、不吉である。
地図を手にケルトは唸りつつ、城壁を見上げる。
「北と南に門があるにも関わらず、敵勢は基本的に北側から攻め立ててくるのですね。不思議なものですが」
「?…不思議な事なのか?」
「いえ、南側にも魔物を放っている敵がどうして挟撃してこないのか、と思いましてね。やはり本気で攻めてきていないのでしょうかね」
どうにも、ケルトは気にかかる。
クレイビー曰く、感情が糧になるのが虚無という存在だという。ならば、件の吸血鬼が虚無の一体ならば、こうしてじわじわと攻め立ててくるのはこちらの絶望を誘うことで糧を得ている、とも考えられるのだが。
しかし、ケルトの勘はそれに否と告げているのだ。
勘という不確かな代物なので説明し難いのだが。言うなれば、敵勢の違和感、だろうか。
「もっと大勢が居ればもっと多くの糧が手に入ったはず。籠城にするつもりなら、絶望と狂乱が発生しやすい状況にもって言ったほうが良いはず。なのに、何故多くの村人を屠った?ゾンビーという手勢を集めて村々を襲い、砦を手に入れて攻勢を仕掛けるつもりならば、こんなまどろっこしい手は打たない筈だと言うのに。なにより、避難民が出る事自体が不思議だ。あえて村人を逃した意味がわからない。そしてそれをわざわざ屠った意味。何故…」
「ひょっとしたら、意味など無いのかもしれないぞ」
リーンの言葉に、ケルトは少しポカンとする。
そんな相手を見て、リーンは肩を竦めながら答えた。
「いや、特に根拠は無いんだがね。ひょっとしたら、敵は自惚れ屋で驕っているだけなのかもしれない。大した知恵もない魔物なのかもしれないだろう?」
「…たしかに、有り得ますね。全ての行動に意味があるわけではないのならば、それは人間的な行動でもあります。…どうにも、私は難しく考えすぎる癖があって困りますね」
「いいや、頼もしい限りだよ。君が居てくれてよかった」
リーンの言葉に虚を衝かれたケルト。
そんな相手に、リーンは微笑んだ。
「我々がここに来ても、君のように行動は起こせなかったと思う。ああして皆の意見を取り纏め、方針を決めてくれて本当に助かったんだ。ありがとう、ケルト」
「…………そんな、大したことではありませんよ」
「そう謙遜するな。実際、極限状況で混乱せずに指揮を取れる人間は少ない。君の冷静さには助かっているんだ。それに、君の知識は頼りになる」
「そんな、大層なことでは…」
少し息を吐いて、ケルトはバツが悪そうに言う。
「私みたいな愚図など、これくらいでしかお役に立てませんから」
逆に、その台詞にリーンは怪訝な顔をしている。
「…何故、そんな事を言うんだ?そう自分を卑下するものではないだろう」
「いえ、事実です。私など大したことも出来ない、卑小な存在なんですよ」
異様に自分を卑下するケルトへ、リーンは眉を顰めてから、ずいっと相手の顔を覗き込む。思わず仰け反るケルトへ、リーンは指を突きつけて言い募った。
「そういう物言いは感心しないな、青年」
「は、はぁ…それはどういう」
「その、自分を愚図だとか馬鹿だとか低く見積もるその言葉だ。自分の価値を貶めてどうする」
「しかし…」
「しかしもどうしても無い。ケルト、君は本当にマイナス思考が癖になっているようだな」
リーンの指摘にケルトは何も言い返せない。実際、諦め癖がついているからこそ、この状況でも取り乱すこと無く淡々と作業できているのだ。悲観的なその思考は役に立つが、しかし度も過ぎれば毒になる。
「君は凄い、役に立っている。その事実は他人である私が保証しようじゃないか。だから、愚図だとか自分に言うのは止めたまえ」
「…なんだか子供を相手にしているような態度に見えるんですけど」
「おや、私はこう見えても君よりずっと年上なのだよ。年上の言うことは聞くべきだとは思わないかい?」
「ご年齢をお聞きしても?」
「女は秘密が多いほうが魅力的だろう?」
しばし互いに顔を見合わせてから、思わず笑い合う。
「…余計なお世話、とでも言いたいですが…励ましは素直に受け取っておきますね。有難うございます、リーン」
「どういたしまして、捻くれ青年。君はもっと肩肘張らずに生きるべきだな。素晴らしい人生を歩むのならば、リラックスは大切だぞ」
「善処しましょう」
「うむ。…なぁ、ケルト」
「はい?」
「この戦いが終わったら、少し話したいことがあるんだ」
急な話に、ケルトは少し眉を上げる。
リーンは目を伏せてから、静かに微笑んだ。
「とりあえず、今はそれだけを覚えていてくれれば、それで良い」
それにケルトは何も答えずに、ただ小さくうなずいた。
・・・・・
・・・
「…グギギギ…!ケルトの野郎…!!なんであんな美女とお近づきになってんだよおいぃ…!?差別だ不公平だ!オレもかわい子ちゃんと一緒にいちゃこらしてぇよくそおぉぉっ!?!?」
物陰からそれを見つめるのはジャドである。三流冒険者は、リア充爆発しろと言わんばかりにギリギリと歯ぎしりして悔しがっていた。血の涙でも出そうな勢いだ。
それをなんとも言えない目で見つめるのは、砦の兵士とチャーチル卿である。
「…あの、閣下…本当に大丈夫なんでしょうかね、あの者たちで」
「…う、うむ、きっとなんとかなる、はずだ、たぶん!きっと!おそらく!!」
「閣下…」
冷や汗混じりで明後日の方向を見るチャーチル卿。とりあえず、いろいろと現実逃避することにしたようだ。
なんとも、不安感を隠せないままに時は過ぎ、遂には夜の帳が落ち始めるのである。
…そう、本当の戦いの時間が始まるのだ。




