いろいろフラグが立ってますね:その1
その人物、茶色い瞳と赤い髪をした女冒険者は、リーンと名乗った。
「私はラドリオンの冒険者の一人で、此度のアレギシセル侯爵の依頼によってここへ情勢を見にやってきた」
「お前一人でか?」
「まさか、仲間が居たんだ。だが、この村を探索して後に南の砦へ向かったのだが、問題が起こった。…吸血鬼と名乗る怪物に襲われ、我がパーティは捕まってしまったんだ」
「吸血鬼…」
その言葉に、ハディは顔を青くしている。
カロンの話しによれば、吸血鬼は血を吸うことで仲間を増やす。その自称・吸血鬼なる存在は、或いはハディの村を襲った、ハディを吸血鬼という異形へ変貌させた敵なのかもしれないのだから。
故に、ハディは焦りながらリーンへ聞き返す。
「その吸血鬼って、どんな奴だった!?」
「あ、ああ…白い肌で銀色の髪、目は真っ赤、黒いマントを羽織っていたな。夜の貴族だかなんだか、よくわからない口上を垂れていて、なぜかはわからないが魔物を従えていた」
「魔物を!?」
「…馬鹿な、知性のない魔物を従えるなどあり得ないはずだというのに。…いえ、例外が一人いましたね。その吸血鬼に相対して、何か気づいたことはありませんでしたか?」
「わ、訳がわからないんだが、パーティの一人が急に大人しくなって武装解除してしまったんだ。こちらの声が届いていない様子で、明らかに何かされていたと思う」
その話にケルトはカロンから教えられた「魅了」について思い出す。
「精神操作…まさか、カロン老が言っていた件ですか…ネーンパルラの市長を操っていた、虚無の眷属でしょうかね」
「ともあれ、私達は仲間が操られたこともあって、一度は捕らえられたんだが…私だけは隙を見て、なんとか逃げ出してきたんだ」
「襲われた場所は?」
「南の街道の途中、山裾で野営中の最中だった。…それと」
そこでリーンは眉を曇らせ、こう言った。
「ひょっとしたら、砦が襲われていたかもしれない」
「…なんだって!?」
リーンは吸血鬼に捕らえられ、何処かへ連れ去られそうになっていたのだが、その途中で砦を遠目に見たという。その時、砦は何かに襲われているかのように、煙を上げていたという。
「しっかりと見たわけではないから確証はない。周囲にワスプが居たから、こっちも気が気じゃなかったから」
ワスプとは、蜂に似た巨大な魔物だ。その鋭い針は胴を貫き、毒を注ぎ込む凶悪な怪物なのである。当然、一刺しで人の頭蓋骨など容易に貫通させられる。
そんな連中に囲まれれば、誰だって肝を冷やすだろう。
ひとまず、リーンの話を聞いてから、ネセレはナイフを突きつけるのを止めた。
「…ふん、まあ話はわかった。で、なんでお前はこんな場所まで逃げ込んでるんだ?逃げるなら北に向かうべきだろうが」
「い、いやその…荷物は捕らえられた時に奪われてしまって、地図もコンパスも、ついでに食料も無かったんだ。辛うじてこの獲物だけ持つことが出来たが」
そう言い、腰に挿した細剣を示す。業物ではなく普通の鉄製品だろう。
「それに連中に追われると思ったから、出来るだけ街道ではなく、森の中を気配を隠しつつ駆けてきた。で、運良くここへ逃げこめたから、補給をしてから山を迂回して北へ駆けるつもりだったんだ」
「…ふん」
ネセレは不満そうに息を吐いてから、とりあえず手近な場所からかっぱらって来た酒を飲んでいる。
現状を整理しつつ、ケルトは改めて二人へと問う。
「ともあれ、どうしますか?彼女の話では砦周辺が魔物に襲われているようですから、一先ずラドリオンへ行って救援を要求する方が妥当かと思われますが」
「だな。危険だとわかってんなら、どうとでもなる」
「…いいや、駄目だ。すぐに砦へ向かおう」
ハディの一言に流石に他の者は目を剥く。
無謀過ぎる提案に、しかしハディは硬い表情で言い募る。
「もしも砦がまだ持ちこたえているのなら、すぐにでも助けに向かうべきだ。救援を待っていたら手遅れになるかもしれないし、その吸血鬼が知恵ある魔物だっていうのなら、砦を奪われたら厄介なことになる」
「い、いえ、ですがハディ!流石に大量の魔物を相手に、我々だけで突っ込むというのも無謀すぎます!ハイリスク過ぎますよ!」
「駄目だ。待ってられないし、せめて敵の数も見ておかなきゃ侯爵の軍だって動かない。時間がかかればかかる分、俺達の方が不利になる」
「しかし…!」
「…おいクソガキ、言っとくが、アタイはてめぇの自殺に付き合う気はねえからな」
傲岸不遜に言い放つネセレに、しかしハディは険しい顔で言い返す。
「ネセレはメル姉に依頼されてたんだろ。それを反故にするのか?」
「命と金、どっちが価値あるかは言うまでもねぇよ。いや、そうじゃねえ…てめぇはなんだ、何を勝手な事を言ってやがる。なんでてめぇがアタイ達の命を握るような決定をしてんだよ」
据わった目つきのネセレは、凄みを効かせながら続ける。
「その吸血鬼ってのに、どんな感情を抱いてるのかは知らねえ。が、それでも他人を巻き込む理由にはならねぇって言ってんだよ。行きたいんなら、てめぇ一人で行きな。化物が跳梁跋扈する魔境に一人で行って帰ってこられるってんなら、勝手にしろ。アタイとケルトは、てめぇのわがままに付き合う義理はねえよ」
ネセレの言葉に、ハディはぐっと詰まって、拳を握っている。
一気に空気が悪くなった場に、リーンは双方を見ながら恐る恐る声を掛ける。
「と、とりあえず、ここから一旦離れないか?行くにしても退くにしても、敵が居たと思わしきここに留まるのは、いい案とは言えないと思うんだが…」
リーンの言葉に双方は反応は示さなかったが、不意にネセレは顔を背けてダガーを仕舞う。そのまま、村の外へと歩いて行ってしまった。
「…ハディ」
一方、ケルトはハディを諌めるような口調でやんわりと言う。
「気持ちはわかります。ですが、焦っても結果はついてきません。もしも貴方の敵討ちを必ず成し遂げたいのならば、時には退くことも大切にすべきです。…貴方は、まだ若いんですから」
その言葉にハディは何も言わず、ただ、黙って悔しげに顔を歪ませていた。
※※※
その後、リーンの嘆願もあって一行は村を出発し、そのまま北西へと向きを変えた。山を下りつつ王国史跡の関所前を通り、ラドリオンへ報告をしに行く為だ。胸中のモヤが晴れぬ様子のハディを気にしつつ、ケルトはとりあえず息を吐きながら背後を何度も振り返る。どうにも、リーンの言っていた吸血鬼の動向が気にかかる。
「…すまないな、気を逸らせてしまっているようだ」
そんなケルトにリーンは謝意を示すが、ケルトは首を振る。
「いえ、貴方のお蔭で敵勢力の重要な情報が聞けました。むしろ、こちらとしても感謝したいくらいですよ」
「そう言ってくれるなら有り難い。…正直、私もどう考えれば良いのか、わからないからな」
ため息混じりに目を伏せる。
仲間が連れ去られているという現状に関して、彼女もいろいろと参っているようだった。
そんなリーンを見つつ、ケルトは言葉をかけようとするのだが、こういうのは不得手なのである。
「…軽い事は言えませんが…しかし、希望は捨てないでください」
ただ、そう励ましのような言葉を送ることしか出来ない。
気の利いた言葉が吐けない自分に嫌悪感が募るが、リーンはぽかんとした様子の後に、ふわりと笑った。
「…ありがとう」
短い言葉だったが、不思議と優しい声色であった。
その日は、山の中腹で野営をした。
夜は魔物の動きが活発化するので、追手が居るのならば無理に進むのは悪手だ。
反り立った崖の下、明かりが見えぬようにケルトの魔法で塀を作って火を隠しつつ、ぼんやりとした灯火の傍で暖を取りつつ順繰りに休む。
そして宵の刻。
空はどんよりと曇り空で、月が見えることはない。それがなんだか心細い気分になってしまい、目が冴えてしまったケルトは起き上がって焚き火の傍に寄った。
「…なんだ、交代はもうちょい後だろ。ガキはもっと寝てな」
見張りをしていたネセレが呟き、小枝を焚き火に放り込んでいる。
悪態をつきつつも、こちらを案じているような言葉に、ケルトは苦笑した。
「少し早起きを、と思いましてね」
「へっ、結構なこったな。寝不足で倒れました~ってならなきゃいいが」
「そうなった時はお願いしますね」
「冗談抜かす前に金でも払いな。銀貨10枚で助けてやるよ。…ったく、相変わらず枯れ木みてぇな形しやがって」
リングナーなので小さなネセレとしては、背の高いケルトの身長に思うところはあるらしい。とはいえ、小柄だからこそのスピードなのだが、当人はなんとも言えないジレンマを感じているようだ。
「一応、これでも前よりは太ったんですよ」
「はぁ?上流階級のお貴族様はどいつもこいつもでっぷり太ってんだろ。お前の体型でデブだってんなら、この世の9割はデブで構成されてるってことになるだろうが。肉は食ってんのか、肉は」
「少食でして、どうにも菜食中心になるんです」
「女々しい食い方してんなよ。男なら生肉かじってこそだろうがよ」
男とか女とかそれ以前の豪快さである。
そもそも、貴族の考え方では野菜は地面から生えるもので、つまりは下々の者の食べ物だ。同じ生命を食らうことでより魂が研磨される、という迷信や俗説があるので、やんごとなき人々は肉類が中心なのである。故に、運動が足りていない貴族はでっぷりと太る傾向があり、また肥満体型であることはある種のステータスとなる。シェロスやトンコーがふくよかなのも、実は豪商であるというステータスなのである。
もっとも、粗食が中心であるケルトは、未だに肉が好きではない様子だ。
「…あまり、怒らないであげてくださいね」
「…チビ助のことか」
ポツリと言った言葉に、ネセレは眠るハディを見る。最近、少しずつ成長してきているのか、段々と面構えが男らしくなってきている。成長期なのだろう。
「このチビの過去に何があったのかは、詳しくは知らねぇ。が、その吸血鬼ってのに縁があるってのはわかるぜ。…だが、それとコレとは別だ。過去の因縁がどうであれ、それで命まで晒していい理由にはならねえよ」
「そうですね。けれども、彼の気持ちもわからなくもないんですよ。誰だって、復讐を求める心に嘘はつけません。しかも、目の前にその手がかりがあるのならば、尚の事」
「はっ!お優しいこったな。こいつの親代わりにでもなるつもりかよ」
「まさか、むしろ親代わりはメルさんの役目ですよ。私は…」
そこで口を噤み、ケルトは黙する。何を言おうとしたのか、閉ざした先は語られることはなかった。
それを横目に、ネセレは鼻で笑ってから枯れ木を折って、焚き火に放り込んだ。
「どうして、特別になってしまうんでしょうね」
不意の言葉に目線を向けるが、当人はボーッとした目線で焚き火を見ている。
そんな相手へ、ネセレは怪訝に眉を潜める。
「特別って、なんだそりゃ。まあ、確かにアタイは特別だが」
「そうなんですよね。ネセレは大盗賊で、メルさんは勇者で、私は精霊の転生体で、ハディはあの通りで…不思議な縁だな、と、ふと思ったんですよ。皆が皆、どこか特別な存在である。それはまるで、運命とやらにでも牽かれたかのようで…」
「あのジジイが引き寄せたんだろ、そんなもん。一番に特別なのはあいつだろう」
「カロン老でも運命までは弄れないそうですよ。私がここに居るのも、ハディが居るのも全ては偶然です。…ああ、そうではなくて、その…役割が振られているようだ、と思ったんですよ」
「役割?」
「人生の役割、歴史上の割り振り。言うなれば、勇者のような、神が求める役割です。しかし神はそれに関知していないという。ならば、それは一体誰が割り振っているのでしょうか、と、なんとなく思いまして」
「…なんだそりゃぁ」
「なんとなく、予感がしているんですよ。じきに、大きな出来事が起きそうな、そんな気がしてならないんです。そして、おそらく、きっと、我々がそれに関わり合いになるのだろうな、という漠然とした予感が」
「随分とふわっとした予感だな。それとも、予言か?光の精霊さんよ」
「…わかりません」
見れば、ケルトの瞳は白い輝きを微かに放っている。精霊の瞳は、何かを映しているのだろうか。
しかし生粋の人間なネセレにとっては、見えぬ事柄など知ったことではない。
「ま、役割なんざアタイは知ったこっちゃねえさ。好きに生きて、好きに死ぬだけだからな。その時が来たってわかるまでは、アタイはアタイらしく生きる。それだけだ」
「…強いんですね。私は漠然とした不安ばかりですのに」
「だから頭でっかちなんだよ、お前は。もうちょっとかるーく考えてみろよ。数百年先のことより明日の飯の方が重要、それが一般の考え方なんだ。いちいち小難しいことを考えるやつなんてな、明日の生活に不安がねえからだよ。むしろ、明日のことを心配しろよ」
「…そうですね、それもそうです。今は今の現状を脱出することを先決に考えるべきなんでしょうね」
どうにも、ケルトは悲観的な性格のようだ。楽観主義なネセレとしてはあまり反りが合わない相手なのだが、世話を焼いてしまうのはどういうわけか。初めて会った時は、容赦なくぶっ飛ばすつもりであったというのに。
それとも、常人では成しえない大盗賊に傷をつけた者ということで、無意識で特別に見ているのかも知れない。
自分の心境の変化に悪態つきつつ、ネセレは小枝を手にとった。
…そして、ピクリと眉を動かす。
「起きろ!…来たぞ!」
鋭い声に、ケルトはハッとなりながら杖を持った。声に反応し、ハディとリーンも反応して起き出すのは、冒険者の性質か。
ネセレがダガーナイフと、焚き火の松明を掲げて空を見上げれば、何かが聞こえてくる。
羽音、ブブブブ、という大きな、まるで旋風のような羽音。
それが一つ、二つ、否、数十という重奏となり、凄まじい大音量で響き渡り始めたのだ。
そして、空を覆うような、黒い塊のシルエットの数々。
「ワスプか!しかも…10、20…50匹はいやがるな」
「な、なんなんだこの数…普通じゃないぞ!」
「そりゃ異常事態だからな。…おい寝坊助共、走れるな?」
その問いに頷く一同に、ネセレは満足そうにニヤリと笑った。
「結構。…走れッ!!」
ネセレが空中に何かを放った、次の瞬間!
カッ!!、と凄まじい閃光が空中に広がり、瞬いた。目くらましの閃光弾だ。
複眼でそれを思いっきり見たワスプは、一斉に混乱したようにメチャクチャな飛翔をしている。
その合間に一行は走り出し、崖に沿って宵闇の中を疾走する。
「んで、こっからどうやって逃げる?」
松明を持ったネセレが後衛を駆けながら問えば、リーンが同じく駆けつつ叫ぶ。
「た、確かこの先に私が通ってきた洞窟があったはずだ!そこへ逃げ込めば、ワスプは追いかけてこれないはずだ!」
「洞窟?坑道でもあんのか?」
「廃棄された炭鉱跡らしいが、魔物の気配はなかった!このまま外で逃げ続けるのはマズイと思う!」
「と、ともあれ…今はそこに駆け込むしかなさそうですね…!」
「よし、行こう!リーン、案内してくれ!」
「わかった!」
闇夜を奔りつつ、リーンの案内で山道を駆け下りる。途中、背後からワスプの羽音が響くのだが、その都度、ネセレが飛びナイフを投げつけている。
「ったく、魔核を回収する暇もありゃしねぇ…っていうか、まだ着かねえのか?」
「確かここに…あった!こっちだ!」
リーンの指差す先には、確かに岩陰に隠れた小さな空洞があった。一見、奥行きが無いように見えるのだが、地面に向かって穴が空いているようで進むことが出来る。
素早い動きで中に入り込んだリーンを皮切りに、一行は次々と中へと飛び込む。
最後にネセレは背後を見て、眉をしかめる。
(…気配が消えた。撒いた?いや、連中はもっと執拗に獲物を狙う習性があるはずだ。だったら何故…)
しばし考えてから、しかし頭を振って中に入り込んだ。
誘われている感じはするのだが、さりとてこのまま山道を進めば、また襲いかかってくるのは明白だ。
ならば、誘われているにしろなんにしろ、その罠ごと踏み潰して進めばいいだけだ、というのがネセレの思考である。
基本、彼女は脳筋なのであった。




