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「くっ…くくっ、まさか…この我輩がこれほどの被害を受けようとは…!この屈辱、忘れぬぞ勇者よ!!」
クレイビーが転移で出現した場所は、どことも知れぬ洞窟の中。巨大な空洞のそこは、鍾乳洞すら見られない不自然に広がった空間…そう、ここは魔法で削られて作られた場所なのだ。
その広間に並ぶのは、虚無教の信者達。
白いローブを身に纏い、フードで顔を隠した者たちである。
白い法衣を血に染めながらも、クレイビーは苛立たしげに拝礼する信者達へ言う。
「お前達、急いであのメルサディールが居る場所を調べてくるのだ!それと錬金術!錬金術に関しての情報を、至急!超特急で!根こそぎ持ってくるである!!情報の一欠けたりとも残さず持ってこい!!」
「はっ!…しかし、クレイビー様。お怪我の方は」
「ふんっ!この程度、怪我の内にも入らぬ!」
見れば、クレイビーの左腕…ケルトの魔法に貫かれた左腕は、ジュゥゥ…と煙を発しながら勝手に治っていく。同じように、身体に付けられた傷は全て勝手に治癒されている。
クレイビーはカツカツと歩を進め、信者達の最前列、そこに置かれた祭壇までやってくる。
その祭壇の上には、異様な物が乗っている。
それは、巨大な無貌の胸像であった。
性別は分からず、表情は無く、代わりに顔には縦に裂けた巨大な瞳が彫られている。
クレイビーは膝を付き、それに祈りを捧げる。
同じく信者達も膝を付き、祈りを捧げていた。
そして、語りかける。
「虚無よ、我が主よ!忌々しき勇者めと遭遇しましたが、主が懸念する程の驚異とは思えませぬ。確かに癒やしの力は厄介ですが…我らが虚無の力の前では、無意味かと」
―――仔細を報告せよ、導士クレイビー
不気味に響く声に、信者たちが首を竦めた。
悍ましい、臓腑を撫でるかのような、ゾワゾワとした声色。
まるで闇の奥底から伸びてくる腕のような、気味の悪さだけを感じさせる。
だがクレイビーだけは、嬉々とした声色で答えた。
「メルサディールは確かに驚異ですが、しかし攻勢魔法は得意ではない様子。魔法は使えど、おそらく錬金術の方が精度が良いようであることから、あやつの専門は錬金術一択。救世姫の名の通り、大地神を癒すことのみに特化した、急造の勇者でございましょう。つまり、メルサディールは主を傷つけられる術を持たぬである。もっとも、あの精霊召喚と癒やしの力は厄介ではありましょうが、それでも魔法道具に頼る以上は必ず個数という限界があるはず。ならば、永遠に戦うことは不可能でありまする。精霊は主にとって、むしろ好物と言っても差し支えありますまい」
―――導士クレイビーよ。ならば貴様は仕留められるか?
「は、虚無の力を行使すれば、不可能ではありませぬかと」
―――許可する。以後、使用するが良い。但し、この力はそれ相応のエネルギーを用いる…もしも無用に乱用すれば…
「も、もちろんのこと!それは重々承知しておりますとも、我が主よ!!」
―――ならば、良し。
それを最後に、声は聞こえなくなる。去ったのだろう。
ふぅ、と思わず息を吐く一同の中で、クレイビーは大仰に両手を広げて振り返った。
「さて、諸君!我が主の為に働くである。いずれ来たりし終末の日に向けて、この世界をあるべき姿へ戻すため!我らが主に魂の救いを求めるのである!!」
「「「「我らが虚無の名の下に」」」」
ざっ、と跪く信者を前に、クレイビーは愉悦の含んだ笑みで頷く。
ともあれ、まずは勇者の居場所を探り、それから…、
「ふむ、なるほどなるほど。面白い集会ではないか、なぁ?」
「っ!?誰であるか!?…ぐっ!?」
不意に響いた声に見回すと同時に、クレイビーは何か衝撃を受けたように膝をつく。一瞬だけ空間が歪んで鋭い異音が放たれたのだ。
動揺する信者を尻目に、膝をつくクレイビーは何かに気づいたように祭壇へと振り返った。
祭壇の上、像を足蹴にした誰かが、その上に座っていたのだ。
紫ローブ、黒い髪に黒い瞳。ニヤリと笑う相貌は不敵そのもの。
それには流石のクレイビーも激昂した。
「な、な、なんという不敬なっ!?」
「ふむ。やはりと言うか、お前自身には私の力は及ばないようだな。…だが、ここへ来ることができた。ハディ達の健闘は立派に役目を果たしていたようだな。しかし案内ご苦労、虚無の子よ」
「いきなり不可視の攻撃するとは…き、貴様はいったい何者であるか!?名を、名を名乗るである!!」
「なんだか脇役か三流悪役みたいな物言いをする輩だな、貴様は。うむ、らしいと言えばらしいが、面白い。実に面白い。私はお前のような奴は好きだよ」
「何を訳の分からぬことを!?ええい信者共よ!こいつを殺してしまうのである!!」
クレイビーの号令に信者は一斉に武器を持ち、それで老人へと切りかかった。
だがしかし、
「愚かだなぁ、実に愚か。しかし、先に手を出したのはお前達だぞ?」
一閃。
それだけで、襲いかかっていた信者の大半が、一瞬で首を刈り取られていた。
ゴロゴロと落ちる頭と広がる液体。これには見ていた残りの信者も、悲鳴を上げて逃げ出す始末。
一方、老人は大鎌を肩に担ぎながら、微動だにせず像の上に座っている。
「で、それで終わりかね?」
ここまでくれば、ようやく冷静さを取り戻したクレイビーも警戒する。
「………貴様、何者であるか」
「さぁて、何者だろう?ええと、クレ○ジー?」
「クレイビーであるっ!人の名前を間違うとは不敬な!?」
「ああ、そうそう。虚無教導士司祭クレイビー・カルネットよ」
調子を狂わしてくる得体の知れぬ相手に、クレイビーは片目を細めた。
この男…侮れない。いや、むしろ今までにないくらいに危険な香りがした。
しかし、警鐘という非現実的な感性など信じていないクレイビーは、無謀にも相対することを選んだ。
「なるほど、少しはやるようであるな。だがしかし!我輩こそがこの世で最も優れた魔法士!すぐにでも貴様を冥府に送ってやるである!!」
「ふっ、はっはっはっ!面白いジョークじゃないか。君はユーモアがあるようだなぁ」
「抜かすであるっ!!」
老人に向け、クレイビーは手を掲げて詠唱する。
「『5つの火種、巻き込み逆巻き弾け飛べ!』バドレ=ビン・カムル・フレス!」
キィンッ!と耳鳴りのような光が閃き、次の瞬間、部屋中を満たすような大爆発を起こした。
白髪を爆風で靡かせながら、クレイビーは確信を持って笑う。
「ひょひょひょっ!これで身体の一部も残るまい…」
『時間停止』
「ひょっ!?」
不意に、世界が固着した。
セピア色に薄れた世界で、炎が燃え盛った状態で止まっている。
否、炎だけではない。
飛んだ瓦礫も、埃も、ひらめく布切れも、何もかもが空中で止まっているのだ。
その中で、クレイビーだけが動いている。
…それも否。
ブワリと一瞬だけ世界が動き、煙が晴れて、炎の向こうの人影が姿を現す。
微動だにしていない、老人の姿。
その姿に、現象に、クレイビーは恐れを含んだような引きつり声を上げた。
「じ、時間停止…!?ま、まさか、9レベル魔法…い、いや、或いは10…!!」
「ふむ、面白い。虚無の眷属はこの中でも動けるのだなぁ。…そうか、レビと同じく私の力を尽く無効化するのだから、時間停止は効かないか。それもそうだな。…なるほど、確かに面倒だ」
「くっ…くっくくく…ひょっひょっひょ!!何という手腕、まさしく惚れ惚れとしてしまう程の魔法士である!!」
唐突に笑い出したクレイビーは、ニヤリと笑みを浮かべた。それに、老人が微妙に不機嫌そうに鼻の上に皺を寄せている。
「だがしかし、我輩にはまだ奥の手があるであるぞぉ!我が主よ!!使用のご許可を頂きますぞ!!」
クレイビーは、印を切り、呪言を唱える。
『我、虚無の実行者より招致を命ず!
無より来たりし汝は有限を喰らいしモノ!
この地に集う源を その顎にて食い尽くせ!』
途端、クレイビーに多くの精霊、元素が集まり、吸収されていく。
クレイビーは元素を吸収し、それを操ることが出来る。
つまり、精霊詠唱など無くとも自由に魔法が使えるのだ。
「更にゆくのである!
『我、虚無の眷属にして滅びを謳うもの。
我が身体は虚無成りて道となる。
開け滅びの扉よ そして現われよ!
全てを喰らう虚無の御方よ!』」
クレイビーの身体から、莫大な力が溢れ返る。
その余波で世界が震え、止まっている筈の大地が蠢いた。
すると、クレイビーの両の額より、一対の白い角が生える。
更に額が縦に裂け、ドロドロと黒い何かが滴り落ち始め、その裂け目の奥に、悍ましい瞳が見えた。
金い虹彩、縦割れの瞳孔。
それは、深淵の底からこちらを覗く「何か」のようにも見えるだろう。
額の瞳を開眼させたクレイビーは哄笑している。
一方、老人は興味深そうに、それを見ていた。
「ほぅほぅ、まるでティレット族のような瞳だな。それは彼らの第三の瞳と似たような感じかね?」
「左様左様!奴らの実験結果は実に参考になったのである。我らが主を身体に降ろすには、身体のどこかを開かねばならなかった。更に繋がっても力に振り回され、使い物にならぬ。故に!神と肉体を繋げようと試みたティレットから着想を得て、我が主の一部、すなわち瞳だけを顕現させることに成功したのであ~る!その分、化身の実力が半分程度まで落ちるのがネックであるが。まあ我輩ほどの魔法士ならば本気を出すことなど殆どないのであるからぁ、問題なぞあってないようなもの!」
「ほぉほぉほぉ!実に良い、実に面白い!その中二病っぽい発想といい第三の瞳が開眼するとパワーアップする事といい、どこかの漫画のような設定だな!実に魅力的だなぁ好きだぞー私は!」
「ま、まんが…?」
意味不明な老人の言葉に惑いつつも、クレイビーは不敵に笑って掌を向けた。
『虚無魔法・消』
両手から混沌の魔法陣が現れ、一瞬だけ閃いた後に、
「っ!?」
老人の右腕が消失していた。
ぼとぼとと血が滴り落ちるそれに、老人は微かに目を見開いている。
一方、その顔が面白いのか、クレイビーが呵々大笑していた。
「ヒョッヒョッヒョッ!!良いざまであるなぁ!これぞまさに我が虚無の眷属の真髄、虚無魔法であ~る!!」
「ほぉ、虚無魔法。聞いたことは無かったが、お前達の固有能力かね?」
「左様!これは我輩のみが扱える、虚無より力を受け取って行使する疑似魔法である!!対象は誰であろうと、何であろうと消失させる悍ましき威力!あぁなんと素晴らしいことか!!」
「なるほど、消失呪文、というわけか」
老人は流れ出る血を、残った指で触れ、その紅さに何かを確認しているかのようだ。
その合間に、クレイビーは更に魔法を詠唱している。
『虚無魔法・消』
掌から不可視の光線が放たれるが、老人は見えているかのように鎌を向けた。
「ヴェーシャ」
迫る光線は弾かれ、虚空に霧散する。
「ぬっ!高位次元からの攻撃を避けるか…ならば!」
印を組み、クレイビーは地面に手を着いて、魔法を放つ。
『虚無魔法・放』
地面から巨大なエネルギーが発生し、それは天へ向かって放たれる。まさに地の底から噴出するかのように。
放出間際、老人が大鎌で地面を突く。
「ヴェシュケト」
刹那、放たれた円状の巨大な閃光は、天を突く。
が、老人の周囲だけ、閃光は避けるように穴が開く。
白き閃光が消える間際、気配を感じて老人は大鎌を構える。
間際、閃光の中から飛翔魔法で突撃してきたクレイビーが、白く巨大な鱗状の腕を振り上げて襲いかかったのだ。
しかし、その巨大な爪の一撃は、老人の奮う大鎌に防がれる。が、大きすぎる力が予想外だったのか、老人はそのまま上空へと叩き上げられた。
消失した天井を抜け、飛び出たのはどこかの山脈の上空。
しかし老人が見るのは眼下。
片手をこちらに掲げたクレイビーの虚無魔法が迫るのを感じたのだ。
だが老人も手慣れたもの、再び反射呪文でそれを弾けば、次は老人が杖を突きつける。
「カムル=ビエンシェ・フレアーヴィド」
巨大な業火球が落ち、それにはクレイビーも仰天した。
『きょ、虚無魔法・消!』
消失させることで相殺すれば、老人は実に楽しげに笑う。
しかし、クレイビーとしてはそれどころではない。
「さ、さっきからなんなのであるかそれは!?魔法の基本原則すら無視した無茶苦茶な詠唱であるのに、何故に発動するのであるか!?あの精霊と同じ…否、神の祝福を得た人間であるか…!?」
「さてはて、どうだろうなぁ?君と同じく、神の眷属なのかも知れんぞ」
「っ…!!」
魔法の領域を管理しているのは大地神だ。ならばあの老人は大地神の眷属の可能性が高い。
しかし、隠しているようだが、その巨大な魂の流れはよく分かる。確かにアレは、ただの人ではない。
なにより、時間停止を行いながらも、こんな無茶な魔法を扱うなど、ただの人間では説明がつかない。
その間際、クレイビーはハッと何かに気がついた。
「…まさか、まさか…」
「おっと、それ以上は言わぬが花だ。それでは今度はこちらのターンだ。ゼケルト・レイ」
「!?」
一瞬で目の前に出現した老人に驚く間もなく、相手は巨大な鎌を振るった。
斬撃一閃。
銀色の輝きが通過し、それは咄嗟に避けたクレイビーの首を僅かに逸れ、右肩を切り飛ばして胴で止まった。
「ぐぅっ…『虚無魔法・滅』!」
「おっと!」
掌に触れられた大鎌が、一瞬で塵となって消失した。同時に、鎌に籠められていたエネルギーと、持っていた老人のエネルギーも一緒に食らったのだ。
武器を失った老人を蹴り飛ばし、クレイビーは身体から離れたことで時間停止した腕を掴み、おもむろに右肩に取り付ける。すると、それはエネルギーを用いてあっという間に固定された。
「なるほど、自己治癒能力の高さも虚無の眷属の特性、かな?しかし、それでは辛かろう。今楽にしてやろう」
「ひひひっ…!!杖を無くしては高尚な魔法は扱えぬであろう!?」
「いや別に。あんなのはただの飾りみたいなものだから」
「…は?」
間の抜けたクレイビーを歯牙にも掛けず、老人は天高く浮かび上がり、朗々と口上を切った。
同時に、老人の周囲四方、見渡すかぎり全ての空間に、凄まじい数の魔法陣が展開される。
「さて、そろそろ本気で消すとしようか…我が声を聞くが良い、我が怒りを知るが良い。愚かなりし虚無、悍ましき世界の敵よ。我が畏れを忘れるな」
周囲に展開された無数の魔法陣が集約し、何重もの導線となって、老人の前に道を作る。
それは、一本の砲台だった。
そこにエネルギーを通し、老人は一つの魔法陣の砲台を作り上げたのだ。
「っ…は、ぁ…!?」
クレイビーは息も忘れて、それに見入る。
老人の背後、天の彼方に見えるのは、あまりにも巨大過ぎる魔法陣だった。そして、あの陣は世界中のあらゆるヴァルを集め、吸収しているのが見て取れたのだ。その巨大なエネルギーの奔流は、まさに河のように。普通のヴァルの流れが小川なら、アレはまさに巨大な大河。世界そのもの。
なんという凄まじいまでの力か。
人があのような領域に辿り着けるとでもいうのだろうか。
まさに、神の如き威光、神の如き領域。
天を覆う巨大な魔法陣からヴァルの通り道を繋ぎ、老人は無尽蔵のエネルギーを以ってして、眼前の魔法…否、魔砲に手を掲げた。
老人の手から巨大なエネルギーが紡がれ、それは徐々に魔砲陣に満たされ、ゆっくりと導線を通りながら全ての陣を満たした。
「避けられる、などと思うなよ?我が力は、必ず御前を貫く」
「なんと…なんという…」
「さらばだ、虚無の子よ。我が畏れを抱きながら滅せよ」
老人は、深淵のような黒い瞳で、言い放った。
「御前は、滅びを撒き過ぎる」
そして、老人は放った。
…巨大過ぎる光の奔流が降ってくる。
山をも穿き、全てを消し飛ばす、虚無とは違うエネルギーの暴力だ。
視界いっぱいに広がる光を見つめながら、クレイビーは呆然と、歓喜が滲んだような声色で叫んだ。
「なんと美しい…なんと素晴らしい!ああ!やはりお主は…エーティ」
その言葉を最後に、全ては光に支配された。
…その日、ゲンニ大陸の山の一角が突如として消失した。
その凄まじい現象に、何も知らぬ人々は恐怖と畏怖を持って、神に祈りを捧げていたという。




