次の依頼に行きましょうか
さて、唐突だが私がやって来たのは、大通りに面した場所にある、大きな建物である。
ここは商人組合の建物だ。とはいっても、発足してからあまり歴史が無いせいか、組合というよりは商人の寄り合い所のような場所なのだが。
入って早々、ひっろーい食堂みたいな場所では大勢の帝都の商人が、テーブルに座って食事や歓談をしている。テーブルの位置的に話題の傾向があるっぽい?
内容に聞き耳を立ててみると、
「ガゼリスでは今年の稲が不作らしい。今後は価格が高騰していくだろうから、今のうちに調整しておいたほうが無難だろうな」
「ギグ・シュトールの名水が枯渇しかかってるって本当か? もし本当ならシュトールの米酒関連はとんでもない価値に化けるだろうな。とはいっても、うちでは扱ってないんだが」
「誰かー、ここ最近のパルラ木材の価格推移を知ってる奴いるかー? 100で買うけどー」
「パルラ木材っていやぁ、また帝国が大量に購入したって噂だったな。こりゃぁ、久しぶりに一合戦やるつもりかね」
「戦争に材木は必須だからなぁ。しかし、武器の受注も増えそうだな……ヴェンガードから鉱石や武具を買い付けて来るべきか」
「けれども、ヴェシレアとは融和するかもって噂だったじゃない。それはどうなったのよ?」
「件の勇者姫さまが、無理な結婚に辟易してまた出奔しちまったって話じゃねえか。豚野郎と婚姻なんざお可哀そうに」
「でも皇族なら文句言える立場じゃねえけどな。じゃなきゃ、俺達はなんで税金払ってんだって話だしよ。贅沢してんだから、それくらいは我慢して欲しいぜ」
「まあ姫様の気持ちもわかるけどな。だって豚だぜ? 俺でもさぁ《かの麗しき天人様》と結婚しろって言われても尻込みするぜ。いくら金持ってても苦労のほうが透けて見えるし」
「気持ちはすげぇわかる、気持ちは」
「えー、ザーレドの今年の価格推移の情報を買うやつは居ないかー? 今なら最近のヴァーレン諸国の輸出物価格表も付けるけどー」
「買った!」
「こっちも買いだ!」
こんな感じでやかましいことこの上ない。なんかね、商人同士の情報交換とか売買とか雑談とか、そんな感じでごった返している。情報過多じゃな。
そんな寄り合い所を通り過ぎて奥に向かえば、奥まった場所にも個人スペースみたいな場所があった。窓も無く薄暗いが、密談には最適な場所か。
と、テーブルに座っていた一人の男性が立ち上がって、こちらを笑顔で招いてくれた。
「おお、ようこそ。冒険者どの」
初老のシルバーな毛髪の男性だ。キッチリした衣服を身に纏う姿は、商人というよりは貴族に近い。事実、この人物は爵位持ちである。
私はニヤリ笑顔で、立ち上がったその人物と握手を交わした。
「始めてお目見えする。私はカロンという、しがない冒険者だ」
「ははは、ご謙遜を! かのネセレに一矢報いられた、我ら商人にとっても英雄ではありませんか! ……おっと、失礼しました。私は商人組合の組合長でもあるキュレスタ・オブラークで御座います。どうぞよしなに」
ネセレの件については、表向きは私が撃退して宝玉を取り返し、ネセレは取り逃がしたって人々には思われてるみたいね。まあ、私は何も言わなかっただけだしぃ? 嘘じゃないよぉ?
さて、今回ここに呼ばれたのは、シェロス氏からの依頼だからだ。
私を連れてきたシェロス氏は、ほくほく恵比寿顔で礼を述べている。
「いやぁ、助かりますよカロンさん! どうにも今回は長期の内容ですから、受けてくれる冒険者の数が少なくって。ま、一番の理由は受けるに値する護衛者が居なかったってだけなんですけども!」
現在、帝都に居る冒険者の質は、あんまり良くはないようだ。いや、比較対象があの仲良しトリオな時点でちょっと間違ってるかも知れんが。武器持ってる冒険者なんざ、基本はごろつきの集まりだもの。
「此度の依頼はですね、私個人のプライベートな内容なのです」
そう前置きし、キュレスタ氏は話し始めた。
キュレスタ氏には吟遊詩人の友人が居て、彼が最近になってスランプに陥っている事を心配しているらしい。近々、北のメーシュカという都市で吟遊詩人を対象にした吟遊大会を開くらしいんだけど、それに参加しようにも歌が作れずに行き詰まっている、と。
そこで、そのご友人の気晴らしになるような、ついでにスランプを脱するインスピレーションを手に入れられるような、風光明媚な場所まで旅をして来てもらいたい、ということらしい。
で、風光明媚な場所って言っても、要は森林の奥深くの遺構だとか、山岳の天辺だとか、そんな場所なのでどうしても護衛が必要になる。
そして、我らにその護衛となってもらいたい、ということだ。
話を聞いてから、私は頷いた。
「なるほど、話はわかった。ならば受けようか」
「おお、即決ですか! 流石はカロンさん! 思い切りが良い!!」
「さして難しい内容には思えぬからな。しかし、いくつか質問があるのだが」
「ええ、どうぞ」
とりあえず、確認したところ。
依頼期間は名所巡りを終えるまでなので、例外が発生しない限りは3ヶ月くらいで無期限延長。延長するごとに1日につき延滞料は支払う。つまり長期間の拘束となるわけだ。逆に早めに旅を終えても残りの日数分の支払いはしてくれるとのこと。当然、旅費や税金、食費はあちら持ち。
報酬は、スムーズに事が終えられれば金貨22枚と銀貨50枚。なお、これは5人分の計算なので、1日あたり一人分銀貨5枚相当になる。以前のエルフ商人の護衛より高いので、イロをつけてくれているようだ。その分、何が何でも守ってくれよ、という強い思いを感じる。なお、魔物が出れば魔核を持ってくる事で追加報酬が出る。つまり部位が手に入らなかったら報酬は出ない。
名所巡りは、この北大陸側の4箇所。ガゼリスの風車郷を通り、旧ドワーフ首都の跡地であるディグリ山脈を超え、ギグ・シュトールの名山をめぐり、最後にネーンパルラの闇の神殿に向かう、と。どれも上から見たことはあるけども、足で赴いたことはないので、なんだか楽しみではある。
「それでは、どうかくれぐれもよろしくお願いいたします。彼は私にとって、唯一無二の友なのでございますから」
「安心されよ。我が真名に懸けて、貴方の友は必ず守り通そう」
真名に懸けて、という部分を聞いて、キュレスタ氏は目を細めてから、再び頭を下げた。
魔法士の真名には力が宿る。それを懸けるってことは、その誓いを破れば弱体化するということだ。ほら、ファンタジーではお馴染みだろう? そして私は確実に彼を守り通す自信があるので、真名を懸けることに抵抗はない。というか、無効化も出来るのであってないようなもんだ。でもパフォーマンスは大事なので、しっかりと宣誓しておく。
この世界、何事も見た目の誠実さが大切なのだよ。
※※※
……老婆は一人、森の中を駆けている。
人も獣も居ないそこで、何かから逃れるようにただ走る。
時折、負傷した腕から流れる血が地面に落ちるも、それに歯を食いしばりながら、彼女はただ逃げ続ける。
(……おのれ、外法士め……我が森を侵犯するだけでなく、神殿まで壊す気か……!)
やけにお喋りだった導士の言葉通りなら、敵の狙いは自分と、孫娘だ。
ならば、と老婆は覚悟を決める。
……残された闇エルフの血筋、その最後の一人である孫娘だけは、何としてでも逃さねばならない。
森の奥に住まう別部族のエルフならば、多少の軋轢はあるだろうが何とかしてくれるだろう。かつては共に神殿の守り人であったのだから、尚の事。
……不意に、背後より響く詠唱。
「……っ!!」
息を止め、老女は振り向きざまに叫ぶ。
『我が闇の同胞よ! 邪を払う盾となれ!』
同時に、眼前に迫るのは火炎球。
老婆の魔法の盾に遮られたそれは、爆煙を振り撒きながら周囲に満ちる。
衝撃に煽られつつも、老婆は追いつかれたことを察して、相対する。
「……ヒョッヒョ! これはこれは、遂に観念したであるかぁ?」
意地の悪い声色、それに宿るのは明確な悪意。
姿を現した白い老人へ、老婆は敵意の籠もる緑の瞳で睨めつける。
「観念? バカを言うでない。ここで貴様を殺さねば、後腐れがあるからな」
「……ヒッヒ! 我輩を殺せると本気で思っておるのか? たかがエルフ風情が」
「舐めるな、人間風情が!」
『我が闇の同胞よ! 彼奴を蹴散らす刃と成れ!』
影より飛び出た十にも及ぶ刃が、クルクルと回りながら凄まじい速度で飛来する。
しかし、それに相手はニヤリと笑みを深め、
「ラダ・バドレ=ビン・セレシス」
――バチンッ
たった一言で、迫る刃は全て塵となって消え去ったのだ。
「クッ……!?」
「甘い甘い、この程度の原始魔法で我輩を止められると思っているのであるか? ……さて、お主を殺すのも仕事の内。それにあま~い特大のデザートも残っておるのでなぁ? 良き糧となるであるぞ」
「……貴様! ダーナに何をするつもりじゃ!?」
「無論……」
老人は笑みを深めてから、パチン、と指を鳴らした。
……刹那、老女の胸を貫く刃。
ガフッ! と血を吐き、彼女は膝をつく。
それを睥睨しながら、老人は世間話のように続けた。
「絶望は良きスパイスとなる。それは実に美味で……最高であろうなぁ?」
クツクツと笑みを深めるそれには、一欠片の人情も見られない。
ただ、虫を処理するのと大差ないかのような風情で、老女を殺めようとしていた。
……悠然と歩を進める老人。
それを見上げ、されど為す術のない老女。
遂に辿り着いた老人は、掌を老女へ掲げ、最後にこう言った。
「それでは、さらばである。未来なき闇のエルフの末裔よ」
言い終わると同時、ぐしゃり、と、耳に聞こえる嫌な音。
その音を恍惚の笑みで受け取っていた老人は、次いでハッとなって振り返る。
響き渡るのは甲高い少女の悲鳴。
「……お主は!」
「…………ぁぁぁぁあああああああああああっっっっ!!」
絶望を織り交ぜた、少女の慟哭。
同時に広がる、ドス黒い元素の坩堝。
その指向性を持たない力は竜巻の如き渦となって一瞬で周囲を吸い込み、
まるで爆発したような黒き閃光となって、周囲四方を消し飛ばしたのだ。




