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どうも、邪神です  作者: 満月丸
冒険者編
31/120

私は見てるだけです

 ガゼリス地方へ旅立った我等一行は、乗り合い馬車にゆらゆら揺られ、6日ほど西へと赴く。途中、大河を渡す大橋を越えていけば、そこはもう穀倉地帯らしく小麦畑が延々と続いていた。この世界は魔物が多く危険ではあるのだが、それでも帝都間近なここは小隊での見回りが多く、酷く荒らされる心配はない。なお、河川近くでは稲作もあったので、田んぼ続きなその光景になんだか懐かしい気持ちになった。

 小麦畑がぽつぽつと続く街道を進めば、ぽそぽそと民家も建っている。農場経営者の家だろう。この辺を巡回する兵士は少なく治安は悪そうだが、まあガゼリスから遠路はるばる歩いて通うには、時間が掛かりすぎるのだろう。だからか、自然と街道の交差するところは、小さな集落となっている。宿屋があるのは有り難かった。

 さて、途中の交差路を北へと進んでいけば、今度は丘陵地帯が広がっている。ここでは流石に小麦畑は見られないが、視界が広く、なだらかな街道がずっと果てまで続いている。

 しかし、魔物が現れても瞬殺なので暇だな。神の感覚だと移動なんてあっという間だけど、普通の人間で体験してたら飽き飽きしてたかも知れんな。


 そんな、暇な時間の合間。


「……ふむ、来たな」


 私は最大にしていた気配センサーに引っかかった相手を察し、皆へ馬車から降りるように言った。そして、御者に金を払って早く去るように命じれば、不穏な何かを察したのか、御者は脇目もふらずにさっさと逃げていった。さすが、こんな世界で御者をやっているだけあって、危険感知は優秀なようだ。

 それを見送って取り残された一行で、ハディが不思議そうに尋ねてくる。


「で、爺さん。敵が来るのか?」

「左様。東からまっすぐ、こちらへ駆けてきている」

「駆けて、とは。馬ですか?」

「いや、自前の足なのだが……いやはや、人種にしてはやっぱり早いなぁ」

「人にしてはって……おじい様、相手はひょっとして普通の人では……」


 その瞬間、メルが何かにゾッとした顔をした。おお、超直感が働いたか。

 同時に、私も鎌を取り出して結界を張った。


 きぃんっ!!


 と、鋭い音を立てて結界に弾かれ、迫っていたナイフが地面にバラバラと落ちた。うわ、6本も飛んできてたのか。おっそろしいなぁ。

 途端、一同は臨戦態勢に入る。


「何者ですのっ!?」

「敵かっ!? でもどこに……」

「……おそらく、丘の上ですね。どこからか狙っているのでしょう」


 ケルト、ご明察。

 風上に身を伏せ、小柄な体躯を活用して身を隠している。平原色でカモフラージュした布を被っているようだ。なるほど、手慣れているなぁ。


「でしたら、敵をおびき出せれば良いのですわね。『第5の風精! 広がり、巻き上げ、吹き飛ばせ!』ビガーシェ=ビン・カムル・フェリシス!」


 メルの魔法に呼応するように魔法陣が広がり、突如として鎌鼬(かまいたち)込みの大暴風が数十メートル四方へと拡散。さすが、普通の魔法士の魔法より範囲が広い。本来は一方向5mくらいが限界だろうに。

 と、今の突風で鎌鼬が掠ったのか、宙に草色のマントが舞っていた。


「……へぇ、なかなかやるじゃねーか」


 今度は隠れることもなく、悠然とした態度で盗賊は姿を現した。

 明るい長い金髪が翻り、野性的な笑みでこちらを睥睨する、小さな背丈のリングナー。

 そう、あの火の眷属くんを食べようとしてた、盗賊お嬢ちゃんだ。随分と成長したなぁ。いや、リングナーはみんな子供体型なんだけどね。

 で、お嬢ちゃんはこちらを睨めつけながら、ナイフを弄びつつ笑って言った。


「なんだぁ? アタイを倒す奴が来ると聞いていたのに、やって来たのはガキと女と爺とヒョロっこい魔法士だけかよ。少なくとも騎士団100人くらいは来ると思ってたのによぉ」

「貴方が賊ですわね? この間、シェロス商会の宝玉を盗んだのは、貴方ですね?」

「あぁ?……ああ、あの宝玉の持ち主が依頼主ってことか。はっ! じゃあなんだ、お前らは冒険者ってやつか。金で雇われたごろつき風情が、身の程を知るんだな!」

「身の程を知るのは貴方の……」

「まあ待て、メル」


 メルを差し置いて、私は久しぶりに会うお嬢ちゃんに向かい合った。あちらはまったくもって気づいていないようだけど。


「さて、盗賊ネセレだな? 数年前に皇帝の王冠を衆人観衆の眼の前で盗み出した、稀代の大盗賊」

「なんだ、アタイを知ってるとは殊勝な心がけだな、ジジイ」


 私の言葉にネセレは自慢げ。

 一方、メルは柳眉を顰めて睨みつけている。


「……あの方が、あのネセレ……陛下がたいそう怒り狂ったと言われている、あの」

「はっはっはっ! 虚飾の皇帝にあの王冠は不似合いだったぜ! だから、アタイがじきじきに盗んでやったのさ。あの男にゃ泥で出来た冠のほうがお似合いだ!」

「なんという……! 貴方、縛り首にされる程度では収まりませんわよ!?」

「そりゃ結構だ! 縛り首なんざ盗賊にとっちゃ名誉なことだぜ。……さて、それじゃ掛かってきな! アタイは売られた喧嘩はすべて買う主義でね!」


 あ~、やる気満々だなぁ。

 ま、私なら瞬殺できるし、メルも多少もたつくだろうけど、危なげなく倒せる。


 しかしだ、それでは面白くないだろう?


「メル」

「ええ、おじい様。あの賊はアタクシとご一緒に」

「いや、しばらく手出しは無用だ」

「えっ!?」


 大鎌を向けて結界を張れば、一瞬でメルが結界内に封じ込められてしまう。透明な中からドンドンと壁を叩くが壊れる気配はない。なにかパクパクと喋ってるけど、聞こえんなぁ~聞こえん。

 これにはハディ達も仰天だ。


「じ、爺さん!? 何やってんだよ!?」

「カロンさん、何をお考えで……」

「ケルト、ハディ。お前達だけでやってみろ」

「「 !? 」」


 思わず二人から素っ頓狂な声が上がったが、私には聞こえんなぁ。

 一方、ネセレは呵々大笑している。


「なんだなんだ! 仲間割れかぁ!? 勝てないからって味方を売るなんざ、大したジジイじゃねえかよ!」


「ま、出来るところまでやってみろ。危なくなれば私が手伝う……が、あまりにも無気力試合ならば助けんぞ」

「じ、爺さん……マジで言ってんのか?」

「マジだけど?」

「やっぱアンタ性格最低だなっ!?」

「ありがとう、私にとっては褒め言葉だな」


 ぶつくさ言いながらも、ハディは冷や汗混じりにネセレに相対した。さすが、諦めが早くて助かる。

 同じくケルトも蒼白な様子で杖を持つも、その腕は震えている。ま、ネセレが発する威圧感は彼らにとっては強烈だろう。仮にも田人、しかも現時点では絶対的な強者だ。


「……ちっ、本気でやる気かよ。くだらねぇ、一瞬で終わらせてやるよ」


 ネセレはナイフを手に、悠然と歩を進め始めた。

 悠然と、いっそ遅いくらいにゆっくりとだが、あれでも油断は欠片もない。そして彼女の恐ろしさは、その瞬発力だ。


 刹那、身を低くしたネセレの姿が掻き消えた、ように見えた。


 一瞬でトップスピードに乗ったネセレの一足は数十メートルを蹴り超えて、暴風のようにケルトへと狙いをつけていた。魔法使いを先に落とすのは定石だからね、当然だ。


「させるかぁっ!!」


 だが、ハディもその驚異的視力で反応し、横合いからネセレへ素手で殴りかかった。


「『だ、第2の水精! 包み、弾け!』ラダ・マウル!」


 瞬間、ケルトを覆うのは水の結界。そして即座に次の魔法を詠唱している。

 ハディの攻撃はあっさりと躱され、逆にネセレは鋭いナイフを閃かせて下から突き上げるようにハディへ襲いかかる。

 が、しかし、


「……なに!?」


 ハディの腕に命中したナイフは、しかしハディの体を素通りした。

 そう、吸血鬼の霧化能力を部分的に発動し、攻撃をすり抜けたのだ。私の訓練の賜物だな。


「ちぃっ! やるじゃねーか!」

「『第2の火精! 纏い、宿れ!』マ・フレム!」


 ケルトの補助呪文がハディを包み、ハディの両腕に炎が纏った。

 炎はハディの硬質化された爪に宿り、その威力を底上げする。あれは熱いぞ。


「いくぞっ!!」


 ハディは引っかくような爪攻撃を繰り出すが、ネセレは舌打ち混じりにそれを避け、ナイフで攻撃を繰り返す。が、その(ことごと)くがすり抜け、ハディに当たることはない。


「雑魚のクセに珍妙な術を使いやがって……!」

「雑魚でも出来ることは多いんだよっ!」

「『第2の風精! 纏い、宿れ!』マ・フェリス!」


 今度はハディの両足に緑の光が宿った。速度向上のバフ効果だね。


 うむ、チームワークはなかなかいい感じじゃないの。ハディが攻撃を避け、ケルトがバフし、合間に攻撃を繰り出す……んだが、ネセレが相手じゃ攻撃は当たらないけど。ま、レベル差が大きすぎるから無理もない。

 ハディが鋭い踏み込みで詰め、ネセレのナイフを上へ大きく弾いた。大きく片手を振り上げた状態のネセレへ、ハディが追撃を仕掛ける。


「そこだぁっ!!」


 ハディの爪がネセレの胴を凪いだ……かに、見えたが。

 次の瞬間、ネセレの姿が霞のように消えてしまったのだ。思わず目を見開くハディの背後に出現したネセレは、キレてる顔でナイフを振るった。


「図に乗ってんじゃねえっ!!」

「ぐぁっ!?」


 死角からの攻撃は霧化で避けられない。なるほど、よく見ている。

 背中に食らったが咄嗟に振り向いて爪を振るうも、そこには誰もおらず、次の衝撃は左の脇腹。ああ、モロに蹴りが入った!


「ようは、目に入らない速度で攻撃すりゃいいんだろ? ちったぁ手間取ったが、大した問題じゃねぇ」


 そう言い、ネセレは地を蹴って走る。その姿は残像すら残るほどで、駆ける度に土が抉れている。どんな衝撃だ。

 ネセレが駆ける度にハディがうめき声を上げている。背中、脇、胴と次々に攻撃を食らっているが、かろうじて反応しているのか致命傷はない……いや、手加減されてるから反応できてるんだろうけど。殺しはご法度らしいからね。

 しかし、ハディのそんな懸命な抵抗も実を結ばず、徐々に削れた体力が彼の行動を大きく鈍らせ、遂にはネセレの蹴りによって大きく吹っ飛ぶことになった。


「がはっ……!!」

「ハディ!?」

「へっ、ガキの割にはそこそこやるじゃねーか。でもま、ここまでみてぇだな」


 確かにね。今回は相手が悪すぎる。ネセレがハディと同じ年代の頃でさえ、竜のブレスをナイフ一本で切りとばす規格外だったし。今の戦いだって、不殺縛り+遊びで手加減されてたくらいだし。殺しありの本気だったら、たぶん一番最初の時点で二人共、首を落とされてる。お~怖い怖い。

 しかし、地面に転がったハディは身を起こそうと踏ん張っている。ガクガクと手が震えても立ち上がろうとする胆力は、私でも感心してしまうほどだ。


「転がってろっての」

「がっ……!」


 再び蹴り転がされ、ハディは地面の上で藻掻く。

 ネセレは、転がったハディにはもう興味は示さず、無表情でネセレを見ているケルトへ顔を向けた。


「へっ、なんだぁ? 実力差がありすぎて戦意喪失しちまったかぁ? ま、しかたねえ事だがな。誰だってこのアタイを前にすれば、戦意を無くして膝を着いちまう。それは帝国軍でも同じことだ」


 気合が足らんぞ帝国軍。12歳の子供に負ける胆力ってどうなんだ大人ども。


 ケルトは、どこか諦観した様子のまま、無気力に杖を構えて呪文を唱えようとする。が、それを見過ごす相手でもなく、詰めたネセレの一振りで杖が真っ二つに切り飛ばされた。

 落ちたそれを見もせず、ケルトは無感動な目でネセレを見ている。


「……ちっ、腑抜けた目をしてやがる……」


 それを、ネセレは唾棄するような眼差しで吐き捨てた。

 既に諦めている相手の根性の無さに呆れているんだろう。


「おい腑抜けヤロー。てめぇは何だ? そっちのガキは必死に踏ん張ってんのに、てめぇ一人で勝手に勝負を投げやがって! 何様のつもりだ! あぁ!?」


 おい、なんか敵に説教しだしたぞ。

 ネセレにとっては、勝負を投げられることほど腹立つこともないんだろう。ほら、何事にも全力タイプっぽいからね。

 しっかし、困ったなぁ。私としてはケルトの抱くコンプレックスをどうにかしようと、あえて格上の存在に当てて奮起させるつもりだったんだけど……ううん、やり方が駄目か?

 無言な儘に目を伏せたケルトは、既に降伏状態だ。


「タマ無し野郎め。てめぇは地面に這いつくばってるほうがお似合いだぜっ!!」


 ネセレは地面に唾吐いてから、持っていたナイフを振り上げた。


 ……刹那の合間。


 蝙蝠が二人の合間に割って入り、実体化したハディがケルトを庇った。

 ナイフの一撃は過たず、少年を袈裟斬りしたのだ。




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