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どうも、邪神です  作者: 満月丸
冒険者編
29/120

私ほどになれば勝手に依頼が舞い込んで来るのだよ!

 という経緯で、我らはゲッシュの宿屋を拠点にすることとなった。


まあ、皇帝がじきじきに嫌がらせしてるってことは、確実にメルメルは身バレするだろうけど、場所替えするのも面倒だし、何よりメル自身が離れたくないんだってさ。


「ええ、身内の恥は身内の問題。アタクシも全面的に協力いたしますわよ。ええ、全力で」


 ははは、気合い入ってるなぁ。軍勢レベルでも単身で撃退できちゃう勇者を敵に回すとか……次期皇帝の座は彼女の物かな?


 ま、それはともかく。


 ゲッシュの宿に関してだが、私は思いついていたアイディアを話してみた。


「冒険者の宿?……って、なんだぁそりゃあ?」

「つまりは、なんでも屋斡旋所のような場所だ。一般市民の困りごとを宿が収集し、それで冒険者を派遣して問題を解決するという形態の宿はどうか、と思ってな。ようは派遣屋だな。これなら一般人の宿と区分けできるし、帝都の治安も解決するだろう。もっとも、その依頼に相応しいレベルの冒険者を派遣する為の人物眼が必要だが……ま、君なら大丈夫だろう」

「おう? なんか知らねえが、お褒めに預かり光栄だぜ!」


 赤い顔でガハハと笑う。なお、ドワーフは素で赤い肌なので、酒が抜けても赤ら顔。

 脳筋だが人を見る目はあるだろうから、ゲッシュに任せれば安全だろう。そもそも、ゲッシュ自身もドワーフの戦士だ。それも凄腕の。ならば、彼の名声を求めてやってくる冒険者も居るだろう。

 そしてゆくゆくは冒険者ギルドのような形態になってくれることを願う。金は出さないがね。

 そんで、これからの事だが。


「まずは依頼を仕入れるために広告すべきなんだが……ま、嫌がらせしている現状、そのような行為はストップが掛かるだろうな、確実に」

「そもそも、元手がねえからなぁ。国から貰った討伐とかの報奨資金はぜーんぶこの宿に費やしちまったしよぉ!」

「一応、アタクシは教師をしていた時の資金がありますけど……」

「いーんだよメルメル! そういうのはお前さんが必要な時に使うようにしろ! なぁに、俺は適当に借金すりゃいいだけだから問題ねえぜ!」


 あらら、頑固親父の男前。燻し銀が光るなぁ。頭は眩いけど。

 一方、考えるのがあんまり得意では無さそうなハディが、隣のケルトへ尋ねている。


「じゃ、どうすればいいんだ? ケルトはどう思う?」

「まずは……我々が直接、依頼を受けに回るしかないでしょうかね。評判が上がれば困った人々がやってくるでしょうし。まあ、あちらのご様子では、それすらも嫌がらせしてくるでしょうが」

「ご安心を。そうなったらアタクシが止めさせますわ。ええ、全力で」


 だから怖いってメルメル。拳握っていい笑顔で凄まないでよね。ああほら、ハディとケルトの子供組が怖がってるじゃん。


「そ、それじゃあ、俺たちは街に出て適当に聞いて回るよ……さ、さぁ行こうぜケルト!」

「あ、はい……それでは、行ってきます」


 スタコラサッサとハディとケルトが逃げていった。

 二人にとってメルメルは雲の上の人だろうし、勇者だし、怖いんだろうなぁ。まあ余計な諍いには巻き込まれたくないよね。

 さて、それじゃ私も席を立とう。


「あら、おじい様もお行きになさいますの?」

「いや、私は普通に夕飯を食いに」

「ここは普通に『行く』と答えるべき部分ですわよ」

「知らんなぁはははー」


 メルの盛大なため息を尻目に、私は宿を出て食堂を探しに向かう。

 さぁて今日は何を食べようかなぁー。



※※※



 見つけた食事処に入り、注文して食事を待ってワクワクしていたところ、なにやらトラブルが発生した。いや、私じゃなくて、周囲のね。


 なんか、商談してた身なりの良い人が怒鳴り声を上げてさ、急に相手の胸倉掴んで殴り合いに発展してた。なんだなんだ、と周囲がわいわいやってると殴り合いから物の投げあい、野次に罵声に「あっちの大男に銅貨10枚!」と来て、最後は酔っ払いの乱入だ。元気だなぁ、と思いながら見ていると、酔っぱらいの酔漢デブが殴られてた男を持ち上げて、机に叩きつけた。哀れ机は真っ二つ。大丈夫? その人死んでない?


 とか思ってる間に、ウェイトレスなおばさんが料理運んできた。ああいうのに慣れてるのか狼狽すらしない。すごい胆力だな、おばちゃん。

 さてはて、それはともかく、出たのは鹿っぽい《ヴィン》という動物の肉をローストし、その上に酸味の効いたソースを掛けて食べる、シンプルな肉料理だ。胡椒っぽい香辛料が効いてて旨味爆発。

 今の時代、肉類って密かに高いんだけどさ、私はほら、資金無限大だから。この世界の豚肉である《ターブ肉》は安いけど、それ以外は高め。牛肉である《タラル肉》はもっと貴重で銀貨が何十枚も動く。この料理だけで銀貨1~2枚だもの。おそらく高い。一般人じゃちょっと手が届かないと思うんだけど、私は関係なしに食べる。神の特権じゃな。

 至福の時間を過ごしている時はリラックスしてしまう。あぁ~ええのぅ~、ご飯を食べている時は幸せいっぱい胸いっぱい~。


 と、油断していたのが仇となったのか。

 突如として目の前に飛んできた身なりの良い男が、私の料理を全てふっ飛ばしやがったのだ。


 ……………


 酔漢デブがゲラゲラ笑っている声が聞こえた。


 ………………………………、



 よし、殺そう。



『おい精霊共よ、この馬鹿どもを可及的速やかに我が前に拘束して連れてこい』


 え、呪文? なんだっけそれ?


 そして神の言葉に従い、精霊たちは殴り合いが終わって溜飲下げてたバカ共を拘束して私の前に連れてきた。宙に浮いた状態で。

 慌てふためく阿呆二人へ、私は影から大鎌取り出して、その刃先を酔漢デブの首元に突きつける。


「おいデブ、聞いているのかこのダアホが。私の目の前で食べ物を粗末にするとはいい度胸だな貴様。食事の邪魔をした挙げ句にゲラゲラと不快な鳴き声を上げおって、さてはキジのように撃たれて屠殺されたいのだなそうだなオーケーわかった大いに結構、今すぐこの場で貴様を屠殺してやろうではないか大馬鹿者のスットコドッコイが」


 あ~何やら大声で文句言ってるけど聞こえんなぁ~私には聞こえん。

 なので、酔漢デブの目を覗き込んで、ゆっくりと、それはもうゆっくりとした声色で囁いてやる。


 我が声を聞くが良い、我が畏れを知るが良い。


「我が怒りが理解出来ぬか? 定命の者よ」


 神の威圧感で恫喝すれば、酔漢デブは一瞬で顔面蒼白になった。それは周囲も同じだが、心底からどうでも良いので無視だ無視。……あ、空中に浮いたまま気絶した。

 なんか興が削がれた。なんとつまらん。ハディよりも胆力が無いな、こいつ。

 もう一人も半分ほど意識が飛んでるので、もういいやってなったので、精霊に命じる。


『我が声にて命じる。この馬鹿共を河にでも捨ててこい』


 精霊が私の命令に忠実に従った結果、阿呆二人は宙を飛んでそのままどっかへ行ってしまった。

 あぁ~あ、人の食事の邪魔しやがってアホ共が。楽しい気分が台無しだよまったく。

 あ、おばちゃん、代金ここに置いとくね。


 私が金を払って出ていこうとしたところで、


「お、お待ち下さいぃっ!!」


 と、誰かがローブの裾を引っ張った。見れば、這いつくばりながらも必死な表情で縋り付いているボロボロな人間……ああ、さっき殴りかかられた挙げ句、机に叩きつけられてた人。その男が、必死な形相で私に言ったのだ。


「助けてください! 魔法士さま!!」


 ……はぁ。どうやら、依頼が来たようだね。

 まったく、いつから私はトラブルメーカーになったんだか。



※※※



 帝都を散策中に、唐突にカロン老から連絡が来た。正確に言うと、いきなり脳裏に声が響いたのだ。ハディと一緒に思わず変な声を上げてしまったのも止むなしだと思う。

 声を届ける魔法を用いてこちらに連絡したカロン老の声に従って、ゲッシュの宿に戻れば、そこにはなんとも言えない表情の依頼人が居た。


 歳は40代くらいか。商人の恰好をしていて、そこそこに恰幅が良いのだが、今はその相貌はどこかげっそりとしており、何故か顔に青アザが出来ていた。

 カロン老と一緒にテーブルに腰掛け、我々はその依頼人から話しを聞いた。


「そもそもの発端は、かの豪商であらせられるトンコー様のご依頼だったのです」


 重々しい口調で語った依頼人の話は、彼の表情のとおりに重々しい代物だった。


 トンコー商会とは、ゲンニ大陸を始めとした各大陸に手腕を広げている、最大大手の商会の名である。所有する商船は百を昇り、販売ルートは裏の世界をも通り抜け、数えることもバカバカしい程の商人を雇っている。その頭取である《ルルネスタ・ラケル・トンコー》は、文字通り世界でもっとも大きな富を手に入れたと噂の人なのである。

 ただし、彼女には一つ、趣味とも言える道楽を持っている。

 そう、珍しい品物をコレクションするという、コレクターでもあるのだ。

 世界を股にかける彼女の審美眼は素晴らしく、彼女の持つコレクションはそれ専用の豪邸がいくつも存在している程。コレクションを見にわざわざ他国の貴族が赴くほどと言われているそれは、個人所有の美術館と言っても差し支えない。もっとも、翼種であるトンコー氏の故郷にも巨大な美術館があるらしいが、それに引けを取らないとも。


 さて、そんなトンコー女史だが、目の前の商人ケント・シェロス氏に、ある依頼をしたそうだ。

 曰く、シェロス氏の所有する、とある魔法道具を譲って欲しい、と。


 シェロス氏もまた中規模な商会を営む、やり手の商人だ。デグゼラスを中心に獣種との交易で利潤を得ている。そのシェロス氏の独自ルートで、如何なる怪我をも癒やすという輝きの宝玉を手に入れた。おそらくは魔法道具だろうが……癒やしの魔法が籠められているのだろう。

 当然、シェロス氏は諸手を挙げて喜んだ。世界に名だたる豪商への覚えがめでたくなれば、それだけ何がしかの恩恵が与えられるのは確実。だから、ザーレド大陸で保管してた宝玉を持ってくるように商会の者に命じ、その宝玉はゲンニ大陸へと運ばれたのだが。


 しかし、ここで登場したのが、帝都を騒がす盗賊一味であった。


 大陸の北西に位置する港から荷馬車は通過し、ガゼリス地方の北に位置する街道で、突如として盗賊達に襲われたのだと。突如として武装集団に馬車を取り囲まれ、あわや一触即発か、と思ったところ、何故か男たちは何もせずに踵を返して逃げていった。唖然とする御者と護衛達は、そのまま気を取り直して馬車を帝都へ向けたのだが……その途中、如何なる手法か、宝玉だけが盗まれていたのに、ようやく気づいたのだ。

 幸い、商会の者には怪我はなかったが、トンコー氏の欲する宝玉だけが無い事態。帝都の衛兵へ直訴したところで、件の盗賊に関しては帝国もほとほと手を焼いている上に、人手が足らない上に討伐は何度も失敗している。

 それで、事情を説明するためにトンコー氏の使いの者へ説明をしたところ、突如として激昂されて殴りかかられた、というのが事の顛末らしい。


 シェロス氏は憔悴した様子で、殴られた青アザを撫でつつ呟いている。


「トンコー様は非常に怒りっぽいと有名でして……使いの者も、入手出来ないとトンコー様に言えば、怒りのあまりクビにされてしまうのでしょう」

「なんっていうか……随分と独裁者な人なんだな」


 ハディの台詞に思わず同意を示してしまった。どうにも、我の強い御仁のようだ。だからこそ、世界の豪商にまで成り上がったのかも知れないが。

 しかし、なぜかメルサディール様が「そんな筈は……」と呟いているが、何か思うところでもあるのだろうか。

 一方で、それを聞いていたカロン老が、飲んでいたワインを揺らしながら口を開く。


「それで、お前は我らにその盗賊の討伐を頼みたい、と?」

「はい……魔法士さま程の実力ならば、きっと件の盗賊など物ともせずに捕らえられるはず! というか、もはや我が商会の命運は尽きようとしているのです!! お願いですから! なんでもしますから助けて下さいぃっ!!」


 土下座した、見事な土下座だ。もはやプライドもヘッタクレもないらしい。

 なにやらカロン老が「古来の作法に則った完璧なジャパニーズ土・下・座をここで見ることになろうとは……長生きするものだなぁ」と呟いていたが、意味はわからなかった。意味など無いのかも知れないが。

 そこで、黙って聞いていたメルサディール様が、やおら立ち上がって宣言した。


「よろしいでしょう、その依頼、アタクシ達が受けますわ!」

「こら、メルサディール。勝手に話しを決めるでないぞ」

「あら、どうせおじい様も受けるおつもりでしょう? そうでなくば、ここへ連れてくるわけがありませんものね」

「まあ、良い暇つぶしにはなりそうだが」


 どうにも言動がへそ曲がりな御仁だ。


「ケルトとハディも、異論はありませんわね?」

「ああ、俺は別に構わないけど」

「私も異論はありませんが……しかし、受ける以上は確実な成功に導きたいものです。できれば、詳しい詳細をお尋ねしたいのですが」


 とりあえずは、盗賊の大まかな居場所と予測を地図に書いてもらい、それから依頼料に関する交渉に入る。……何故か交渉は私に一任された。正直、私はこういうのは苦手なのだが……。


「おっと、ケルト。依頼料の2割は宿に納めるぞ」


 カロン老の言葉に思わず目を丸くすれば、カロン老は悪戯気な顔で言った。


「宿の評判が広まれば、宿に勝手へ依頼が集まるようになる。ならば、その労の分だけ成功報酬を宿に納めるほうが良いだろう。冒険者どもの宿代だけではやっていけないだろうからな。……ま、駆け出し冒険者の食事代はツケ払いだと相場が決まっているが」


 そ、そうなのだろうか……冒険者の常識は知らないが、この方が言うのならばそうなのだろう。


 ともあれ、依頼期間は1ヶ月、盗賊一味を捕らえる事でせめてトンコー女史の溜飲を下げさせたいということで、一味を生け捕りにすれば金貨5枚(5000デニー)。死亡の場合は金貨1枚(1000デニー)。更に道具を使用に耐えうる状態で取り戻せれば金貨10枚(10000デニー)。大枚をはたいているようだが、それだけ必死なのだろう。しかし、金貨10枚とは。馬2頭と小さめの幌馬車が買える値段である。


「なぁ、俺が言うのもなんだけど、こんだけ金払いが良くて大丈夫なのか? 奮発しすぎじゃないのか?」

「……ふふふ、我が商会がトンコー様の顰蹙を買ったのならば、もう未来なんてありませんからね。確実に商会解散、下手すれば首を吊る羽目になります……だったら報酬なんて幾らでも出しますよ! 商会の存続のためなら…………!! ううっ! 若かりし頃に荷馬車一つで行商してようやく手に入れた商会が消えるくらいなら……!! 私はいっそのこと首でも吊ったほうがマシですぅぅっ!!」

「お、落ち着けって! きっと大丈夫だから、見つけてやるから泣くなよおっさん!」


 随分と情緒不安定な様子だ。

 ハディが背を叩いて慰めている。優しい少年である。


「と、ともかく……どうしますか? まず件のガゼリス地方まで向かう事になりますが」

「お待ちになって。その盗賊一味は、宝玉だけを手中に収めてから、風のように去ったのですわね? でしたら、どこからか情報が漏れていたと考えるべきですわ」

「ああ、確かに……おっさん、心当たりは?」

「ええと……宝玉の輸送に関しては細心の注意を払いましたから、まず周囲にバレることはなかったと思います。ですがそのぅ……私が傍に居たわけではありませんから、確証はありませんけども」

「占い師が居るぞ」


 と、そこで唐突にカロン老が口を出した。

 見れば、カロン老はどこか遠くを見つめながら、茫洋とした黒い瞳を虚空に合わせていた。

 その瞳をこちらに向けながら、老人は言う。


「なかなか、腕の良い占い師のようだ。占いとは、ようは吉凶を読み解いて見定める、未来視の一種だからな。その占い師の仕業であろう」

「なんでそんなことが言えるんだ?」


 ハディの問いに、カロン老はただニヤリと笑い返しただけだった。あまり深入りして良い話題ではないだろう。

 メルサディール様が顎に手を当てて、思案するように唸っている。こうして見ると、つくづく絵になる美麗なお方だ。学院でも人気だったのが理解できるというもの……私も助けられた事がたくさんあったが、こうして間近で見ることになるとは思いもよらなかったが。


「占い師、ですの。厄介ですわね、こういう手合いは読みにくいと相場が決まってますもの」

「お前も似たような能力を持っているだろう、メル」

「あら? そうですの?」


 小首を傾げて不思議がるので、当人は気づいていないようだが、勇者にはそういう能力でもあるのだろうか。


 とりあえず、馬車強盗を捕らえるために、我々は翌日にガゼリス地方へと旅立つことにした。

 これから旅の荷物を用意せねばならないが……それは依頼人が用意してくれることになった。明日の朝には届ける、と藁にも縋るような顔で言われたが……どうにも期待が重い、コレが冒険者という職なのだろうか? なんだか少し、重苦しい。


「……おやぁ? そういえば、貴方は……アレギシセル様のご子息さまではありませんか!」


 ……別れ際、相手に余裕ができたのか、余計なことを言われてしまった。シェロス商会の名は知らないが、あの家で出入りしていた商人の一人だろう。

 思わず眉根が寄った気がしたが、シェロス氏は気づかない様子で朗らかに笑った。


「いやぁ~、こうして直にお目通りするのは初めてで御座いますね? お父上様はお元気ですか?」

「…………ええ、おそらく」

「そうでしょうそうでしょう! 噂で聞きましたが、このあいだ跡継ぎであるお兄様が最高法士の称号を得たとの事! さぞやお喜びになられていることでしょうなぁ!」

「…………はぁ、でしょうね」

「侯爵閣下には、どうぞよろしくお伝えくださいませ! この件が終われば、きっと次の商談を持って立ち寄らせていただきますので!」

「…………」


 矢継ぎ早に話しかけてくるこの商人は、私が苦手な人種だ。いわゆる、空気を読まないタイプの人間。商人としてそれはどうかと思うが、この押しの強さも強みになるのだろうか。


「……あら? お待ちになって。最高法士の称号を得た人物の父と言えば……アレギシセル侯爵ですの?」


 …………ああ、なにやら面倒なことに気づかれたようだ。

 メルサディール様は純粋にこちらへ尋ねてくるが、それに視線を合わせられない。


「ひょっとして、ケルティオ。貴方はあの魔法名家のアレギシセル家の者なのですの?」

「魔法名家? って、なんだ?」

「ええ、ええ! 古来、魔法を生業にしている一族の中でもっとも強い力を持ち、帝国建国時から仕え続けている名家の事でございますよ! アレギシセルといえば、中でも古い血筋ということで、皇家の血も混じっているとか! 今代の当主様は魔法伯の爵位も持っておられるんですよ!」

「へぇ~! ケルトって良いとこの出なんだなぁ」

「ええ、その筈なんですけども……けれども、アレギシセル家の次男は病弱で表に出てこないという話でしたのに……三男はまだ11歳の筈ですから……」

「え? それじゃケルトって病弱なのか?」


 ………………。


「病弱ではないさ、なぁケルト?」


 カロン老が意地悪げにこちらを見る。あれは知っていて言っているな。

 それ以上の言葉を聞くのは苦痛だったので、私は思わず鋭い声を発していた。


「あいにくと、私は実家とはもう関係ありませんので」


 聞いている自分でも、ひどく冷たく、硬い声色だと思った。

 まるで鉄のようだ。


「勘当されたんですよ、私」


 錆色の言葉は予想以上に場を包み、空気を酷く重い代物に変えていた。


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