もう一人増えます
さて、レビとハディを迎えて、とりあえずやることと言ったら吸血衝動を抑える訓練だ。もしも吸精が出来ない場所で空腹になり、いきなり仲間を襲ったら困るだろう? なので、ちょいっとね、精神と時の部屋っぽい空間に放り込んで、揉んでやったよ。時間など私の前では無限にある。
飢餓感に酷似した感覚に絶えず襲いかかられ、それでも正気を保てるのか、という訓練なのだが、最初はもう散々。あっという間に理性が本能に食われるので、表に出すなんて全然無理だった。なので、理性が戻るまで私が相手をしてやったよ。魔法オンリーで。
神という圧倒的格上の威圧感に竦み上がり、まともに動くことも出来ない様子。で、そこを私が魔法を纏った素手でボッコボコにした。理性が戻って本能に負けて襲いかかってボコって理性が戻って、と、その繰り返しだったね。どれくらい掛けたかなぁ?
そんな感じでずーっとボコり続けてたら、なんとか本能を御する方法を自分で見つけたようで、飢餓感を抑えて本能を支配する胆力を身に着けた。まあ、あれだけボコれば嫌でも精神の耐久が上がるわな。ただ、精神的に何かの高みに至ったのか、悟りを開いたような表情になったけど。子供の表情じゃねえな。
『……我が言うのも何だがな、貴様、人でなしだな』
「ありがとう、私にとって褒め言葉だ」
虚無に人でなし呼ばわりされつつ、とりあえず訓練を終えて我らは元の場所へと戻った。例の空間では時間経過はほとんど無いので、外界ではまだ同日の朝だった。それに驚きつつも悟ったような顔をしているハディを引き連れ、ひとまず森を出て都市を目指すことに。ドワーフ王国はもう行ったし、次はアレだ、魔法都市に行こう!
ってなわけで、ハディを引き連れ、南西に向かって戻ること3日。馬車と違って人外なこちらは全力疾走しても数時間は大丈夫なので、ハディの訓練も兼ねてめっちゃ走った。疲れるけど、悪くない疲労状態だな。ま、ハディは疲労困憊でぶっ倒れまくってたけど。
・・・・・・・・・・・・
魔法都市カルヴァンは、湖の真ん中の島に浮かぶ大都市だ。天然の城壁である湖に囲まれ、遠目でもよく分かる白い町並みは、今は夕日に映えて赤々しい。まだまだ歴史的に新しい都市らしく、町並みは整然としている。
島へ渡る大橋を通り過ぎてすぐ、帝都のようなきっちりと整列された町並みが広がっていて、小奇麗な印象を受けるだろうか。この都市は湖の真ん中にあるせいか、いたるところに水路が設けられ、船で移動を行っている。いわゆる水上都市って感じ。水には不足なさそうで、郊外には森が広がり、俯瞰視点では緑豊かなのがとてもよく見える。なんか帝都と違って綺麗な印象だなぁ。
で、街の中央にあるのが、この独立都市の中心部である議事堂と魔法学園がある。あそこにお偉いさんが居るらしく、中央付近はお貴族様の中でも偉い人の居住区なんだってさ。特権階級がモロに出ているな。
さて、そんな都市にやって来た我々一行は、バテているハディを担いで、橋の入口にある検問所を通った。旅券は一人だけで良いので、私が見せるだけで事足りる。が、やはりぐったりしているハディに心配げな声を掛けられた。ああ、大丈夫大丈夫、ちょっとへばってるだけだからこの程度じゃ死なないよ。……傍から見ればゲスだな、私。
検問所で聞いた最寄りの宿まで赴いて、二人部屋を取る。旅人はそんなに来ないのか部屋がスッカスカだったのでありがたい。ハディを部屋に放置してから、居場所がわかるようにマークをつけて、宿を出る。
さぁて…………酒だああぁぁっっ!!!
はい、というわけで酒だよ酒、酒場に行こうぜっ!
宿の主人から良い酒場を聞いておいたので、町並みのお陰で迷うこともなく辿り着けましたぜ。石造りの白い建物で、帝都の酒場よりずっと綺麗。ガヤガヤと騒がしい冒険者の酒場でもあるらしく、ガラの悪い連中も多いけども、まあ今はそんな事はどうでもいい。適当に席について適当に注文して飲む、食べる、めっちゃ幸せ至福!
うむ、この魚の包み焼きはスパイスが掛かっててなかなか美味。こっちのネーンパルラサラダは甘い果実と野菜たっぷり。ふわふわクロネパンってのがあったので注文したら、これはネオ小麦で作られたゴマ入り食パンに、ベーコンと野菜が挟まった根菜パンだ。ほぅ、サンドイッチに似てるけど、名前は違うのね。たぶん、クロネって人が売り出したアイディアなんだろうねぇ。あ、歯ごたえがあって美味しい。
そして酒は、ギグ・シュトールというドワーフの街で湧く名水で作られた米酒、我ら風に言うと日本酒である。なんとも、キツイ舌触りだがほのかな甘さと混じり合いつつも、喉越しは最高。キュッときてスッと通る感じが素敵。ああ、ええなぁ~。でも冷で飲みたいので、常温な杯を魔法で冷やせば、これまたキンっと来る冷たさが最高なりよ。
と、冷で飲んでたら、それ見た酒場の主人が尋ねてきたので、こういう飲み方もあるよ、と教えてあげたら、なんか感心してた。ここって魔法都市だから冷蔵技術もあるんだけど、やっぱりお高いので普及はしてないのよね。冷蔵って重要よ、マジで。
そんな感じで至福~の時間を過ごしていると、何やら隣に座ったニーチャンが溜息ついて酒を呷ってた。短い金髪で堀の深い顔立ちの、老け顔で苦労人気質っぽい暗い顔。なんだなんだ、暗い顔して飲んでるなよなぁ~。
と、酔っぱらいな感じで話しかけてみたら、その青年はすっげぇ暗い顔でポツポツと語った。
なんかさ、近場の森にフィールドワーク実習に行ったらしいんだけど、その際に魔物と出くわして、てんやわんやの大騒ぎ。で、引率の魔法士の先生がぺろっと食べられちゃって、あわやここまでか! と思ったその時に、通りすがりの魔法士に命を救われたんだとさ。
けども、帰ったら学園で騒動になっててさ、責任の所在がどこかって話になって、結果としてはその引率の教師の不用心さの問題だー!ってことで、なんかその先生の門下生だった彼も飛び火して責任を押し付けられたんだって。で、蜥蜴の尾っぽ切りみたいに学園を追い出されたらしい。はあ、そりゃやってられんわな。っていうか、生徒に責任転換するってなんなんだよ。派閥争いか何かでもあったのか?……って、うわ、学園の内情を探ってみたらあったわ、派閥争い。醜い人の欲の塊じゃのぅ~。
……というか、酒飲んでて気づかなかったけど、この人って前に助けた光の眷属くんじゃん! え、じゃあ何、その通りすがりの魔法士って私のことか。うわー、ちょっと恥ずかしい。
というか、なんで私に気づかないんだ、とか思ってそれとなく聞いたけど、どうやら眷属くんは私の後ろ姿しか見てないので顔は覚えてなかった。ああ、なるほど。しかも彼、魔法学園では落ちこぼれに近い立ち位置だとかで、切り捨てられたのもその辺が問題だってさ。ははぁ。
……いやいや! 光の精霊の転生体なのに、なんで魔法が苦手なんだよ。他属性はともかく、光の魔法に関しては確実に天賦の才があるはずなんだが。む~ん? どういうこっちゃ?
しかし、これは問題だな。何が問題って、自我を持った精霊ってのは基本的に高い次元の精霊だからだ。だが魔法が苦手って事は、何か彼の生体的、或いは魂的に問題が出ているってことかも知れない。虚無の仕業という事も考えられるとなると……。
うむ、まあ乗りかかった船って奴だしな、彼も連れて行こうか。
というわけで、半ば強引に光の眷属くんを引き込んだぞ。困惑してたけど、いーのいーの。邪神様には従ったほうが身の為じゃよ、坊や。
さて、それじゃ明日は眷属くんの訓練でもしてみようか。その結果次第で、今後の身の振り方を決めようかな。それに光の精霊が問題ありとか、セルシュの代理である私の沽券に関わるしな。うむ。
※※※
「お前を馬鹿にした連中全てを、見返したくはないかね?」
その言葉を聞いた時、思わず我が耳を疑った。
見返せば、老人はニヤリと笑みを浮かべて、こちらを眺めている。まるで見定めているかのような、不思議な黒い瞳が、不気味にこちらを観察していたのだ。それに、思わず背筋が寒くなった気がした。
酔いが一気に醒め、掠れた声をなんとか捻り出す。
「何を……仰っているのか、わかりませんが」
「なに、そう身構えるな。別に荒事を成させるつもりではないさ。ただ、お前はお前自身が思う以上の才覚を秘めた存在だということだ。それを開花させた時、誰もがお前を称賛するだろう。お前はそれを受け取るに値する格を有しているのだよ」
「私如きが、そのような大層な存在だとは思えませんが……」
「お前が思うのではない。世界がそう思うのだ」
その言葉は断定的で、自信に満ち溢れていて、どっしりと岩のように重く硬いように思わせてくる、不思議な声色だ。まるで枯れ木のようなこの老人が、山のような巨大な存在のように錯覚した。
「お前は偉大になるだろう。善き者か、悪しき者かは、分かれるだろうがな」
「……ご冗談を。偉大というのは、学園のお偉い人々の方が似つかわしいですよ」
「上辺だけのおべっかなど溝にでもくれてやれ。そのような塵屑に何の価値があろうか」
随分と辛辣な物言いをする老人だ。
そう思えば、老人はクツクツと嘲笑った。
「お前を手放す連中が有能だと? 私から見れば、そのような連中の目は節穴だ。事の真贋を見極める目を持たぬ輩が人の上に立つなど、笑わせてくれる」
「……厳しいですね」
「大勢の人間を見れば、厳しくもなろう。誰しも失敗を成すが、それでも過ちを知れば省みることもある。だが、この学園の上役共は、日々日がな派手な魔法ばかりを持ち上げ、権力と派閥争いに明け暮れ、敵を蹴落とす事に躍起になっている。知の道を歩ませる道標となるはずの学園がこれでは、まさしく反面教師としてしか役に立たんではないか」
「しかし、権力も権威も人の世では必要です」
「世界の視点で見れば些末なことだ」
なぜだかわからないが、随分と浮き世離れした老人だと思う。全てを見ているかのような、その癖、何も見えていないかのような。遠い視線はどこかを見つめ、この場を見てはいない。
その黒い瞳が、ふっと私を捉えた。
まるで、魂の奥底までも見透かすような、仄暗い瞳だ。
「私は、お前を鍛えることが出来るだろう。お前が望めば、お前が偉大な存在になるまで手助けしてやれるだろう。何故、お前がそこまで苦労しているのか、それを探ることも出来る。どうだ、手伝ってやろうか?」
その言葉はひどく甘美だが、同時にひどく恐れ多く、危険な匂いがした。
そう、『この身の全てをこの方に捧げてしまえば、きっと楽になれるだろう』という甘美な囁きが、どこかから聞こえた気がしたが…………しかし、私は首を振る。
「いいえ。私の問題は、私で解決します」
「……ほぅ? 解法が目の前にあるかも知れんのにか?」
「だとしても、それは他人に教えを請うて得るべきものでは無いでしょう。それに、貴方が強い魔法士だというのはわかりますが、私の人生を決めて良い存在では無いはずです」
……そうだ、もうウンザリだ。自分の人生を誰かにくれてやるなど、もう真っ平だ。
意思を持って放った言葉に、老人は怒るどころか、高笑いして言った。
「はっはっはっ! 面白い! 実に面白い! この世の人は皆が皆、自分の人生をより良く送るために神に縋ろうとしているというのに、お前はその逆を行くのだな? 面白い、気に入った!」
子供のように手を叩いて大笑い。
それに、思わず面食らって、今更ながらに問いを投げかける。
「……貴方は、何者ですか?」
「さて、何だと思うかね? 人種か? 獣種か? 翼種か? それとも精霊かね?……ああ、その全ては正しくも無いが間違いでもない。全ては我らより始まったのだ……定命の者よ」
その言葉を聞き、咄嗟に祈りを捧げそうになってしまった。
この方は、おそらく神か、それに類似する何かだ。
人あらざる存在を目前にして、思わず固まってしまった。
そんな私に、老人はニヤリと再び笑った。
「ならば、お前の力に関しては何も言うまい。だが、どうせだ。共に冒険者をやってみないか? この世に化身として顕現したは良いのだが、食道楽ばかりでは飽きるのでな。人の為になることを趣味でやってみようかと思って」
「はぁ……それは、構いませんが。私は基礎魔法しか扱えませんよ?」
「構わん構わん。何かがあれば私が全て解決してしまえるのだから、お前は冒険を通じて自らを高めてみれば良い。それに、お前が大成しないと、私の沽券に関わるのだ」
「はぁ? それはどういう…」
「秘密だ」
ニヤッと笑みを浮かべたその顔は、なんだかイタズラが成功した子供のようだった。
老人は酒を呷ってから、自己紹介した。
「私はカロン。今は旅の魔法士、という事になっている」
「……私は、ケルティオです。どうぞ、宜しくお願いします」
「ふむ、ケルティオ……ケルトか。今後とも、よろしく」
……それが、私とあの方との、最初の邂逅であったのだ。




