王都食道楽漫遊記
たらふくお酒を飲んでどんちゃん騒ぎしてから、豪華なベッドでなんかゴージャスな気分で横になって目を伏せて、気分だけ寝た。気分だけなんで、実際はほとんどボーッとしてるだけだったけど、まあ気分転換にはなったよ。存在は神でも精神は人間なので……人間だよね?
そして、明けて翌日。
約束通り、朝日が高く昇った頃合いに北の内門を抜けて外門へと向かう。え、朝飯? 昨日あれだけ食べたからもういいよ。しばらくは携帯食料でも構わない。なお、干し肉と水筒は朝買い込んでおいた。思い出してよかったよ。危うく人外だとバレるところだったな。それに旅券も忘れずに取りに行った。
さて、外門で合流したエルフ男性の商人は、私の顔をみてホッとした様子。なんか緊張してない?
ともあれ、前金を貰ってから3台の幌馬車の最後尾に載せてもらいながら、ゴトゴトと行商の旅が始まったのだ。サスペンション無いから腰が痛くなりそうだね。私には関係ないけど。
ああそうそう、商人には家族が居てね、当然の如くその人らも一緒だ。同じ馬車にユラユラ揺られ、膝を突き合わせているのだが、話してみれば、奥さんは普通の人間で穏やかそうな人、お子さんはクォーターエルフって事になるんかね。小さな坊やなんだけども、黒髪で色白の利発そうな、悪く言えば小生意気そうな子だ。でもクォーターの割にはエルフの特色が色濃く出てるなぁ。
ちょっと神様視点で覗いてみれば、この子はどうやら先祖返りしてるようで、父方の祖父母の特色が強く出てしまっている。そのせいか、坊やのお父さんよりずっと紫の瞳の色合いが濃い。エルフの瞳って神秘的な色合いが多いんだよね。逆に人間は黒や茶色が多い。
しかしまぁ、先祖返りの影響か、例の魔眼が発現しているな。成長したら何かいろいろなものが見えるようになるやもしれんな。
そんで、2日の旅の間は、騒動は起きなかった。平和じゃな。
ところが3日目にしてようやく敵が出現した。魔物だ。
巨大ムカデでね、そいつが突如として地面からにょっきりコンニチワしてきたのだが、気配センサーで気づいていた私は慌てず騒がず魔法を放った。
『第2の水精!固着し、穿て!』
魔法陣展開、そして目標をセンターに入れてスイッチ。
「セクト・マウル!」
空中に出現した水の固まりが氷柱となり、鋭い切っ先を向けてムカデを貫いた。第2レベルの魔法でも随分な威力になるなぁ。ひょっとして自エネの籠め過ぎか?
と、蠢くムカデをもう一発の氷柱でぶっ刺しながら処理していれば、
「……凄い」
ふと気づけば、エルフ坊やがキラッキラした目でこっちを見ていた。
なんだ、魔法を使うのに憧れてるのか? そうだろうそうだろう、魔法はロマンやでぇ。
尊敬の眼差しが愉快だったので、道中でエルフ坊やに魔法に関しての知識をレクチャーしてあげたぞ。内容としては、まぁたぶん基本的なことだと思う。あと、坊やの才能的に操作の魔法が得意そうだったんで、それの手ほどきも。そしたら、次の日には簡単な闇の魔法を扱えるようになってたよ。すげぇなこの子。田人ほどじゃないけど、才覚ある子だよ。むしろ、お父さんの方がビックリしてたし。
なんかさ、この子の祖父母はエルフだけど魔法が扱えず、例に漏れず父親も魔法の心得は無かったらしい。だから先祖返りしてるこの子は別格だったってことかな。
途中、魔法都市に寄って、3日ほど宿泊してから更に北へと出立する。そして、順調な行程で20日目にして遂にドワーフ王国に着くのである。残りの日数は、馬車で揺られながら獣を追っ払いつつ、坊やの話し相手などで終わった。あれ以来、無口だった坊やは随分とおしゃべりになってね、私のことを先生先生って慕ってくれるようになった。面映いなぁ。
ただ、別れ際の坊やはすっげぇ残念そうだったし、ちょっと泣いていた。それほどまでに慕ってくれるのは悪い気はしないな。
というわけで、君には少しだけ良いおまじないをしてあげようじゃないか。
別れ際、坊やの掌に時エネを用いて、一文字だけ書いた。
これは《神語》だ。
これで、この子に降りかかる最も悪い厄難を一度だけ、乗り越えることが出来るだろう。悪運が強くなるってことだね。
さて、商人から残り金を貰ってから、我々はドワーフの城門で別れた。なお、入都税は払ってくれたぞ。気前良~い!
名残惜しいが、旅ってのはそういうものだ。またどこかで出会うことを祈ろうじゃないか。いや、会おうと思えばいつでも会えるけどね。
ドワーフ王国、正式名称「ゴド・ヴェンガード」は、北山脈の中腹に位置する王国だ。かつての王国は西山脈の穿たれた山中にあったが、ここは完全に山の中を掘って作られた大きな鉱山なのだ。とはいっても、天井はものすっげぇ高く、発光する石を魔法を用いて広げていったので、天は暗いが星のように瞬いているのが目に入る。年中暗闇だけども、この山脈は火山でもあるので、街の傍を溶岩流がドロドロと流れている為、明かりには事欠かない。あとね、街灯などの魔法の照明が一日中ずっと点いてるんだってさ。明るいってのは良いことだが、なんか暑い。冷感魔法でも使っとこうかね。
さて、溶岩流の上に位置する王国だが、建築物はほぼ石と鉄鋼で出来ている無骨な様式が多い。ケンタックと違って、城門からまっすぐ進んだ先に大岩を削った石と鉄の大橋があるのだが、橋を唯一の交通路にしているあたり、魔法都市とよく似ているな、という感想を抱く。で、その先に王都が広がっているのだが、入ってすぐは困惑したよ。なんと言っても、いきなり迷路がコンニチワするわけだからさ。ケンタッキーと違って分かりづらい町並みだ。
旅人用の看板が至るところに置かれていたから、それを目印に歩き回る。しかし地元住民でも地図を見てるってことは、かなり入り組んでいる作りのようだなぁ。華美な帝都とは違って、実用派な物々しい雰囲気だね。そして町並みも整地はされておらず、まるで迷路のように上下左右ガタガタな感じで立ち並んでいる。城門は南に一つだけ、あとは鉱山の奥に外へ出る通路があるのだけど、迷路になってるので一般人は立入禁止。閉じこもれば、まさに鉄壁の守りになるわけだ。
入り組んだ大通りの先に、更に一段と高く聳える石の巨城があるのだが、アレがドワーフ王国の王城、ヴェンガード城だ。天井まで聳える桁外れな高さは首が痛くなる。そんで、その王城のやや離れた場所に円形闘技場があって、その入口にでっけぇ獅子頭の巨像が建ってる。あれがライオーンくんが建てた闘技場だ。かつては奴隷階級で血みどろなグラディエーターっぽい人々で溢れかえっていたが、現在は奴隷よりも金の為に命を掛けてる命知らず共のたまり場になってる。
奴隷はね、一昔前の奴隷制度の改革のお陰で、現在では人種の奴隷は存在しない。半獣か獣種の奴隷しか居なくってさ、顔ぶれが同じになるし攫ってくる手間も大きいしで、ほとんど人種の出稼ぎな荒くれ者だけだ。もちろん、中には冒険者もいる。闘技場は誰でも金さえ払えば参加できるし賞金も出るしと、何らかの事情で資金繰りする連中が後を絶たずにやってきては命を散らしているようだ。繁盛してるし、この王国の立派な興行の一つだろうね。
さて、私はと言うと、とりあえず宿を探してウロウロしてみたが、当て所無く彷徨うだけでは辿り着けなかった。俯瞰視点で見れば良いんだけど、なんか味気ないじゃん? 迷子を満喫するのも定命の者の特権だよ。というわけで、迷子になりながらも愉快な気分で散策していたのである。
で、たまたま目についた細い通りの先にあった酒場を発見し、頷いて戸に手をかけた。酒場があったら入らねばなるまい。うむ。
カラン、と鉄製ベルの鳴る音と同時に入れば、そこは静かな店だった。客は数人いるけども、みんな静かに話し込んでて、あまりガヤガヤしていない。岩で出来た店内ということもあって圧迫感を抱く。
カウンターに着いてヒゲのドワーフ店主にオススメを聞けば、ここでは交易で入ってくる米酒が一番だと返ってきた。米酒と言えば中国の蒸留酒を連想するが、どうやらこれは米と麹で発酵して作るお酒のようだ。おお! つまりは日本酒か!!
なんかさ、ヴァーベルの奴が「米が欲しいぜ米ぇ!!」と叫んでティニマと協力して開発したのが、ネオ米だったはず。ふっくら甘み多めのコシヒカリのようなお米で、ほぼ日本米に近く、こちらも寒暖なんて関係なしに水さえあれば育てることが出来る。味わいとしても悪くなく、我らとしては親しみを感じやすい代物である。が、あいにくと獣種は農耕の概念が未発達だったため、稲作までかなりの期間を掛けたとか、なんとか。
まあ、そのザーレド大陸から交易船がやって来てね、ドワーフ王国はあちらのシャト族とリオ族と交易している。シャトは熊、リオは兎の獣種ね。当然、ディア族の襲撃の際はドワーフの港が被害を受けてるので、現在は復興中である。
そういうわけで、私は銅貨5枚払って中くらいのグラス一杯の米酒を貰った。今年は不作だから割高だって言ってたけど、5枚で高めって事は先日飲んだブラッツは…………ま、いいか。誤差だよ誤差。
で、チロって舐めてみて一口。……うん、甘みが強めでスッキリした飲み口。これは初心者向けって感じがするなぁ。でももうちょっと強めの酒でも良いんだが。と思いながらチビチビ飲みつつ、同時注文したマルテ(兎の一種)のローストをモグモグすれば、なんか悩みなんてどうでも良くなってくる。ああ~、いい気分じゃなぁ~……酒の酩酊感が程よく気持ち良い。まさに至福。
先日は羽目を外しすぎたので、今日は特に大盤振る舞いはせずに飲み終わる。うむ、宿を取ったら次の店を探そうかな。飲み歩きも悪くないなぁ。
食事を終えて店主に道を尋ね、私は問題なく良質な宿を見つけて、そこに泊まることにした。値段は銅貨60枚、素泊まりでこれは安いんだろうか? 部屋はベッドが入れば一杯な狭い部屋で、隣の声は丸聞こえ。家具は必要最低限なので、岩の建築という事もあって独房にでもいる気になってくる…………うん、悪くないね! でも防音が無いのは嫌なので、魔法で防音しておく。これで隣の鼾がうるさくないだろう。
人心地ついてから階下に降りれば、そこは食堂だ。ここは食堂も兼ねているようだね。せっかくなので席について食べていくことにする。え、もう食べたんじゃないかって? え~、わし知らんなぁ~晩御飯はまだかいのぅ~?
ともあれ、そこでまたブランデーと一緒に炒飯っぽいのを掻っ込んでいると、隣の席から話し声が聞こえてきた。
「なんでもよぉ、西のグシュケル森林に化物が出るんだとさ」
「バケモン? なんだぁそりゃ。魔物じゃねえのかよ」
「さてなぁ、魔物だって噂もあるけど、なんかガキの姿をしてるらしいぜ。人型の魔物だけどゾンビーやグールとは違って腐ってねえし、トロールみたいにゴツくもねぇ。だから、新種の魔物なんじゃないかって噂になってるわけだ」
「ふ~ん」
……うん、炒飯の香ばしい感じがええけど、できれば醤油が欲しい。無いかな、醤油。……ううむ、まだ無いか。
それはともかく、なんだっけ? 子供の化物が出るって? 興味深い話だな。あ、このブランデーもなかなか良い。一本買っていこうかな。
人々を脅かすのならば、それは私の出番だな! いつもはやらないけど、今の私は定命の者なので別に良い。この姿ならノーカンだよノーカン。
……あ、ご主人! この炒飯大盛り追加で。あと、こっちの林檎リキュールも一瓶丸ごと持ってきて~。
※※※
【あの日、私は神に出会った。まだ幼かった私には、それが神であるとはわからなかったが、しかしその人の扱う素晴らしい魔法に一瞬で魅了されたのだ。ただの魔法ではなく、見たこともない命令式を用いて無駄なく素早く行使される魔法の流れは、今思い返しても惚れ惚れとするほどだ。
当時、既に独学で魔法を学んでいた私だったが、アレほどまでの使い手とは生涯の中で二度と出会うことはなかった……いや、先生も素晴らしい魔法の使い手だが、それとは別種の凄さと言うのか。……あの人は、私の手を取ってじきじきに魔法を教えるような、そんな丁寧な教え方はしなかったから。
カロン、という名の老人は、私の目から見ても只者ではない様子であった。常人ではきっと察することは出来ないだろう。だが、魂を無意識で読み取れる我が一族にとって、かの老人の魂が凄まじいほどに巨大であると本能的に察したのだ。それは父も、私も同じであった。紫の色、死と同じ色を持つ瞳は、冥府の神の恩恵を与えられたと言われているが、この能力と関係があるのか、未だによくわからない。しかし、そんなものは役立つ代物ではないと思っていた……あの老人に出会うまでは。
カロンさんは、私に魔法の真髄を教えてくれた。
「魔法にとって、もっとも大切な事とは何だと思う?」
その問いに、私は「精微にして迅速な命令式」と答えたが、カロンさんは笑って否定した。
「否。魔法とは、自らが吸収した自然エネルギーに、言葉を借りた『祈り』という方向性を与えることで放出し、発揮されるもの。つまり、祈り、感情こそが最も重要なのだ。命令式とはつまり精霊語や呪文だが、これだってさして難しい言葉ではない。ただ口で唱えれば発動するだけのそれは、魔法の真髄を活用しているとは言い難い。言葉とはただの道具の一つに過ぎないからだ。だが、祈りは別だ。感情次第で魔法の方向性は多用に変化し、命令式を大きく無視して発動されることもある。すなわち、暴走だ」
暴走は魔法士にとって最も忌むべき現象である。
しかし、命がかかっている土壇場で、恐怖に押しつぶされずに魔法を行使できる者が、どれほど居ようか。恐れは魔法を弱め、混乱は暴発を引き起こすトリガーとなる。カロンさんはそれを克服することこそが、もっとも大切だと言った。
「暴走も、時として利点に叶う場合もある。例えば、怒りだ。怒りの感情は火の勢いを上げ、氷の鋭さを増し、風を竜巻に変え、地を大きく揺らすのだ。この正しき感情を制御し、魔法を底上げすることこそが、魔法士にとって、もっとも大切なことなのだよ」
カロンさんは、私に魔法の手ほどきをしてくれた。
老人の皺深い手に触れられると、不思議と世界に漂う力が感じ取れた気がした。それと同時に、空気中に漂う燐光にも。あれが眼に写る「ヴァル」という存在だったのだろう。老人の補助でエネルギーを吸収し、呪文を唱えてから感情を籠めて魔法を発動すれば、影が持ち上がって私と同じ姿をとったのだ。生まれて始めての魔法に、私の心は沸き立ったのを、今でも覚えている。
「アズキエル。お前はどうやら、操る力に特化しているようだな。どれ、少しだけ手ほどきをしてやろう」
カロンさんの知識は深く、底知れぬ恐ろしさを感じたほどだ。誰もが知らぬ魔法の真髄を語り、片手間に私へ新たな魔法分野のレクチャーを行えるその手腕は、今思い出しても背筋が凍るほどだ。
しかし魔法を極めていなかった当時の私は、そんな事には欠片も気づかずに喜んで手解きを受けていただけだった。
それがどれだけ素晴らしいことだったのか、過去の自分に教えてやりたい程だ。
「或る冒険者の手記」より】




