たまには邪神らしくしましょう
最近、冒険者って職業が市民権を得てきたようですぜ。
ちょこちょこ暇な時間に下界を覗くようになったんだけど、基本的に自分の居住圏から出ない人々ばかりのこの世界、自由に移動しているのは遊牧民と旅人と商人、そして冒険者なのだ。冒険者、ロマンだねぇ。好きだよ。
読んで字の如く未開の土地を開拓する人々が発祥なのだけど、現在ではなんでも屋な側面が大きいご様子。どうしても荒くれ者が多く、柄が悪くなっちゃうんで一般人からの評判は悪いんだけども。モラルというか教育の問題かねぇ。
しかしまだ冒険者組合とかそういうのは無い。冒険者同士が手を組むことはあっても、どこかに属するのはイヤって人が多いようだ。自由人気質なんかね。そして作るのもめんどい、と。私と同じだな。なので、冒険者ってのは自称が多く、魔物退治とか護衛とかの傭兵家業っぽい感じで浸透しつつあるのだ。
でも、その内に誰かが互助組合とか発足しそうだけどね。先行投資が大きすぎるけど、将来的に利潤は出そうだ。そのためにも潤沢な資金が必要なのがネックだが、ま、それはどうでもいいか。神には無縁の悩みだよ。
そうそう、翼種のメルディニマ大陸にも魔法都市が出来たよ。こっちはね、空中に浮いてやがるの。どういう原理かと解明したら、どうやらこれ、元素を無尽蔵に吸収し魔法に変換して放出する巨大な魔法道具が取り付けられてたよ。言うまでもなく、錬金術の功績だね。ただ、これってこのままだと自然エネルギーが激減するので、場合によっては落とす事になる。できればそんな事態にはしたくない。
で、ティニマが警告したようで、これ以上の放出は裁きの対象となるって啓示した。今の天族はティニマへの畏怖の念も強いんで、平伏して素直に頷いてたよ。まぁ、私が消滅させた連中みたいにはなりたくないよね。我が畏れを忘れていないようで何より。
さてここで、魔法に関しておさらいでもしておこうか。
そもそも魔法ってのは、ティニマが創り出したシステムの一つだ。この世界には「世界エネルギー」という巨大なエネルギーに包まれており、それは我ら原初神の奇跡や、あるいは我らの被造物が稼働するためのエネルギー源となる。全ての存在の素ですな。
で、この世には「元素」というファンタジー的な粒子のようなものが存在していて、その元素に世エネを吸収させると、属性ごとに現象が発生する。火の元素が動けば炎が発生し、風の元素が動けば大気が動く。ちなみに時には粒子など無い。時の稼働は私自身を経由しているから、粒子の働きを私が担っていると思ってくれていい。同じように太陽とかもヴァーベルの奴を経由しているんだね。
なお、これら自然系は世エネを用いなくても、外的要因によって勝手に発生することも多い。団扇で仰げば風が吹くんだから、燃費は良いのだよ。そして元素が動けば火の、風のエネルギーが発生し、これらから更に別のエネルギーが発生する。そう、我らはこれら自然界で動くエネルギーを、「自然エネルギー」と呼称している。魔法の素はこれね。
自エネはどこにでも偏在し、消失まで非常に長いんで、時エネのように貯める必要もないのだが。
つまり魔法ってのは、自然エネルギーを吸収できる体内機構を持った存在が、祈りでエネルギーを増幅して方向性を定め、呪文で命令する事をトリガーとして発現する。
吸収機構をコップに、自エネを小さな貯め池に例えれば、コップを持った人が池から水を汲み、「ぬれろー!」と意思を持って相手にぶっかける行為が魔法だ。めっちゃ乱暴。ただし、コップ量以上の水は一度に汲めないので、バケツ量レベルの水をぶっ掛けようとしても暴発してしまうのだ。
それで件の天空都市だけど、これに取り付けられている魔法道具は先程の話に例えれば、コップじゃなくて錬金術製の巨大なバキュームポンプで延々と池の水を吸い上げている状態だ。当然、一度という括りが無いので無尽蔵に自エネが消費され、最終的には枯渇してしまう。一人が扱う程度なら、まぁお目溢しもいいかな~とか思うけど、これはちょっとやりすぎだね。
そういうわけで、件の天空都市は浮いて数日後に不時着した。残念だったね、もうちょっとエネルギーに関して勉強し直しなさい。
で、話題が変わるのだが、ゲンニ大陸でも大きな医院が出来たのだ。医者ってのは数が少なくて専門性の高い知識が必要だから、ちゃんとした医者は帝都の貴族専門医くらいしか居なかったんだけど、ほら、魔法学園で錬金術が広まったでしょ? そこ出身の錬金術師がポーションを作れるようになって、帝都で医院を開いたのが発端なわけよ。その医院の功績によって帝国から資金援助されて、大きな病院となった。うむ、近代化が進んだな。
ただね、外科的手法は魔法や錬金術が扱えない者しか使わなくなってしまった。悪い部分の摘出技術や内臓の縫合なんて概念はまだまだ未発達。そもそも細菌って概念すら曖昧だしね。これはこの世界の医療技術、もしくは魔法の発達に期待しよう。
ちなみに、魔法も錬金術も扱えない医者ってのはそこそこ居る。とはいっても、モグリと言っても差し支えないレベルの技術だけど。それでも不思議と凄腕レベルの医者が燻っていたりするんだから、世界ってのは面白い。
で、今日見てるのは、医院の凄腕医者の獣種である。
この子、兎の獣種で「リオ族」という部族の子でね、どうやら過去に難民としてこっちへ渡ってきたけど、奴隷として捕まったらしい。で、売り飛ばされた先がいいご主人だったようで、薬草の知識があるのを見て医療技術を学ばさせてもらったようだ。外科的手術や薬草を用いた処方、それに検診する目も獣的直感が働いているらしく、悪い患部を専門的な機械を用いずとも識別できる。
魔法は扱えないけども、この子の技術は目を見張る物があるな。小さな獣指なのにチョコチョコと針を用いて患部を縫合する術は立派なお医者さん。すごい子だね。でも毛が落ちないか心配。
この子も、ひょっとしたら田人と称して良い存在なのかもね。だって麻酔なんてないこの世界で、薬草の調合から麻痺効果を利用した麻酔薬を作り出したり、レントゲンなんて無いのに触診だけで内側の悪い部分とか見つけるし、聴診器無くても長い耳で心音が判断できるし、パネェ。存在が医療技術の最先端やでぇ。
でもま、ポーションの方が誰でも扱えてあっという間に治せるから、こっちのほうが優れていると考えられてしまっていて、彼女の功績はあまり注目されていない。けども、ポーションや魔法じゃ治せない病にアプローチできるのは外科的手法の強み。そのうちに再評価されることでしょう。
※※※
さて、たまには邪神らしいことでもしてみましょうかね。
いえね、この世界の魂には格があるわけだけど、高い格もあれば低い格もある。低い格になり続けると、悪に偏りやすい性質に陥る。そして悪の属性に関してもいろいろあるが、中でも問題なのは無秩序を好む悪人だ。そう、混沌にして悪とか、カオティックイービルとかね。
ただのシリアルキラーならば問題は……大有りだが、神としては問題ない。所詮、人の問題だし、さして大量の被害がでるわけじゃない。
しかし、人々の進化の弊害となるような者だと、そればかりではない。例えば、大量虐殺を行うだけの愚王とか、人を大量に殺すことだけを目的にした大量殺人者とかね。……え、戦争?それは個人じゃなくて種族全体の進化も担ってるからノーカンよ。戦時中の技術が戦後に別の用途で利用される事も多いし、神の視点では一概に悪いとは言い切れない。人にとっては嫌な物言いだろうがね……いや世界レベルで酷かったらストップかけるけども。
その中でも一番厄介なのは、田人の悪人の場合なのだ。田人はいわゆる天才だから、才能如何によっては止められる存在がどこにも居ない。あの女盗賊ちゃんは、幼少期の兄貴分の体張った情操教育のお陰で殺しはしないって決めてるみたいだから、まあオッケーだ。それでも暴れられれば危険過ぎる子でもある。
それでね、今回はこのカルマ値が底辺で這いずってる連中で、危険な輩どもを世エネに還元すべきかどうかを検討してみる事にした。田人になった魂は次も稀有な才能を持って生まれてくる事が多い。そんな将来暗黒な田人の悪人の処遇を決めるのだよ。
さて案の定、今世でも田人になった還元候補を見てみましょうかね。
彼はゲンニ大陸の半獣として生まれ、半獣の王国の領主の子として、次期領主になる立場である。しかし、彼の前世は悪人であった。大勢の人々を私欲のために殺して回った山賊だったのだ。今回もそうなる可能性がとても高いので、転生の際に私は彼へ、ある概念を植え付けておいた。
そう、罪悪感だ。洗脳まがいな催眠を利用する、特殊な機能を加護として与えたのだ。悪いことをする度に良心……は無いんで、その代わりに私の呪縛で悪さをする度に死にそうな気分になるって感じの効果がある。精神が弱いと自殺するレベルかもね。
これで心変わりすれば問題なく、もしも今回の生で改心したのならば、猶予をあげようと思った。それに改心に罪悪感が有効だという証明にもなろう。
なので、私は彼の人生を観察することにしたのだが。
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初めは、まぁ問題なかった。善き人になるべし、という呪縛に苛まれながらも、悪くない両親に育てられて普通の人間に育った。
が、問題は内面的な破綻だ。人気のないところで見せる態度は、どう見ても悪人のそれなんだよね。使用人への態度もゴミを見る目だし……いや、この時代の半獣の王国では、使用人なんて所有物以上の価値はないんだけど。身分階級制度の弊害やね。
ああ、でも奴隷の子とは仲が良かったみたいだ。人間の少女の奴隷でさ、彼の遊び相手として買われたんだけど、物心ついた頃から一緒に居たお陰か、彼女に対してだけは素直だった。まあ、そんな彼女もすぐに死んでしまったけども。
少女が死んでから態度が露骨になってきたので、どうせだし手を出してみようかね。警告も兼ねて。
これで改心できなかったら……。
まあ、結局の所、改心なんてしなかったんだけどね。
途中から暴走して領民を自分の快楽のために殺しててさ、あまりにも酷いんで死に次第、速攻で処分してやろうかと思ったんだが……なんとグリムちゃんが乱入してきた。で、グリムちゃんとの交流で妙に仲良くなったと思ったら、なんか言動がおかしな方向に……ふむ? グリムちゃんの狂気とは違う、奇妙な言動が引っかかるな。
で、そのままなし崩し的にいろいろとやばいことがバレて、王国の戦士達に追い詰められた彼は狂ったように笑いながら飛び降り自殺した……っていうか、グリムちゃんが突き飛ばしたっていうか。
……ううん、しかし、なんか気になるな?
彼の言動に関して思うところが多いので、魂を手に入れて喜んでるグリムちゃんにお願いして見てみることに。
少し、中身を覗いてみようか。
※※※
【ヴェシレア王国歴700年 ノークの月 13日
前世の記憶、という代物があるかどうかはわからないが、俺は前世の意識が残っていたようだ。というのも、表現し難い罪悪感に常に苛まれ続けているからだ。俺が良くないことをしようとする度に、その心が弱音を吐く。
そのせいか、人より横暴である俺自身は、常に小さな圧迫感を感じ続けてきた。両親の意に沿うような態度を示してきたが、これだって捨てられることを恐れたが故だ。現状、領主の子という立場を捨てる気にはなれなかった。だから、一見して良い子を演じ続けた自信はある。が、あの奴隷はそんな俺を見て「いい子でいるのは疲れちゃいましたか」とか宣っていた。俺の何を知ってるんだか】
【ヴェシレア王国歴701年 バリルの月 30日
奴隷が死んだ。最期の言葉を思い出そうとするも、思い出せない。それどころか吐いて寝込んでしまったらしい。俺らしくもない……何かが変だ。
しかし、あいつが居なくなってからというもの、退屈な日々がいっそう退屈になってしまっている。善人面で親におべっかを使う、それだけの人生……ああ、気持ち悪い。
それがどうしても日々のストレスになり、その苛立ちは使用人どもに向かった。今日も使用人を一人、有りもしない罪で処断した。ああ、やはり誰かの絶望の表情は良いものだな。父の後ろでそれを見るのはなんと心地よいものか。口うるさい連中は全て文字通りの首にしてしまえばいいのだ】
【ヴェシレア王国歴701年 ティグルの月 21日
今日は俺の10才の誕生日だった。父も母もよく祝い、贈り物をしてくれたのだが、そのほとんどは本だのなんだので、俺の心を沸き立たせるような物はどこにもない。表面上は笑顔で礼を言ったが、しかし心の底では唾棄していた。領主でありながら、平民共に仕えるかのような態度にイライラさせられる。下民など貴族の道具に過ぎぬはずだと言うのに、何をへりくだっているのか。善人面に吐き気がする。
これも前世の記憶のせいなのか。時折、俺は知らぬ夢を見ることがあった。見知らぬ場所、見知らぬ時、俺は剣を持って笑いながら誰かを嬲るのだ。血と高揚、暴力と腐敗の匂い、夢だと言うのに夢とは思えず、思わず目覚めた俺は叫んでいたほどだ。そして気づく。そうか、俺が求めているのはアレなのだと】
【……夢を見た。見知らぬ仮面とローブを纏った輩が現れ、俺に言ったのだ。
「お前に祝福を与えよう。もしも、お前が良き人となるならば、その祝福は生涯まで続くだろう。だがもしも、お前が悪しき道に堕ちるのならば、今までの利息を回収させてもらおう」
何者だ、と俺が尋ねれば、そいつは見下したような目をした。嫌な目だ。
「そうだな、悪魔、とでも名乗ろうか? 定命の者よ。
これは取引だ。お前を改心させられるか否か、それを問う神々との取引なのだ」
不可思議な事を抜かす男だった。
……話が終わったのか、あいつに捨てられ、奈落に落ちていくその間際。
俺は自身の魂の底に沈殿する、【それ】を見たのだ。
……ああそうか、俺が邪悪なのは、あれが原因だったのか。
ならば主よ、ルドラよ。
お前が俺に怪物を抱いたまま殉教しろと言うのならば、俺は貴方に罰されることを望もう。
二度と存在できぬように、我が身ごと、これを滅ぼして欲しい。
しかし、もし俺という化け物をこれ以上容認するならば……
貴方も又、俺と同じく悍ましい怠惰なる化物なのだ】
【ヴェシレア王国歴706年 ロルシェールの月 24日
両親を殺した。さして理由はないが、強いて上げれば邪魔だったからだ。
俺ももう15才、成人を迎える歳ならば、なんの障害もない。それに……あいつが死んだ時と同じ感情を抱けるのか、興味が湧いたからだ。
両親を殺すのはいささか手間取ったが、さして苦労も無かった。本で読んだ毒薬を調合し、夕食の席で外で騒動を起こすように部下に言い、皆が気をそらした間に両親の皿に盛っただけ。正直、苦しみ藻掻く両親の姿を見て、俺は笑いを隠すのに必死だった。俺には暗殺の才能でもあるのかもしれん。祭壇で懺悔しようとも神は答えず、未だに救いは訪れない……ああ、まだ足りないのか。
自分がひどく悍ましい人間に思えるが、それは紛うことなき事実なのだ。俺ほど他人を石ころとしか思っていない存在はいまい。良き親を殺し、無実の者を陥れる事に至福を感じるなど、まるで魔物のようではないか。
いや、ある意味では魔物と同じなのだろうな。
半異形、という化け物がこの世には存在するという。生まれついて、体が魔物になっている人類の欠陥品。
きっと、俺もそれと同じ物なのだ。
試しにナイフを胸に突き立てようとした事があったが、次の瞬間、俺は意識を失って三日三晩ほど寝込んだ。同じように様々な死に方を模索したのだが、どうやら俺自身では死ぬことを許されない身のようだ。
ルドラは魔物である俺に苦しめと言っているのか……これが試練だと? 何の冗談だか】
【ヴェシレア王国歴716年 デカントの月 30日
声が聞こえる。外では領民たちが年の瀬の中で新年の祭りに合わせて準備をしているが、その声ではない。どこか、耳の奥で流れる音が、俺の脳に響くのだ。
酷く恐ろしい声音、濁声のような男の声。
それは夢で聞いたことのある声だ。あの男の声……人を殺めて喜ぶ、外道の声。
嗚呼、あれが俺の前世なのだろうか。あれが俺の行き着く姿だと……存外、悪く無いと思う自分も居るが、どこかで心がささくれ立つ。この忌々しい焦燥感は一体何だ?
そうそう、遊び道具を補充せねばならないな。ナイフは壊れてしまったから、次はもうちょっと切れ味の鋭い代物を用意させよう。しかし、地下でも地上に声が漏れてしまうのはどうすべきか。もう少し深くに作ってくれればよかったものを】
【ヴェシレア王国歴721年 ミティスの月 1日
新しい一年が始まったが、ふと思いついた事がある。我が主神たるルドラへの献上品をどうすべきかと迷っていたが、どうせだから今年は盛大に行うこととしよう。そう、領民の中で小さな子を持つ親を呼び寄せ、これらを生贄にしてみようか。そして子供の絶望を供物に捧げるのだ。邪神たるルドラならば、さぞお喜びになられるだろう。
そういえば、年末祭で道化師が紛れ込んでいたな。祭りなので、特に何も言わずに好きにさせていたが、しかしあれ以来、使用人の一部が変な言動を取るようになった。唐突に叫んだり、パニックになったり……どういうことだ? 何か関係があるのか、それとも毒でも盛ったのか。探し出させねばならないか】
【ヴェシレア王国歴721年 ミティスの月 10日
道化師を見つけた。捕らえた男……か、女か? わけの分からぬ極彩色の衣装に、顔半分を覆う仮面。虹色羽の帽子と、不可思議な恰好をしている道化だ。不思議なことに、衣装も仮面も剥ぐことが出来なかった。魔法か?
おふざけは祭りならば許すが、しかし今は尋問中だ。道化師を痛めつけさせたが、奴は殴っても切りつけてもケラケラと笑い続けている。傷一つ付けられず、奴はただニタニタとそこに居るだけ。あまりにも不気味なので牢屋に閉じ込めておいた。さて、アレをどうするか……。
――夜中、奴は祈る俺の元に現れ、言った。俺の祈りを聞いたのだと。
あの、毎夜のごとに神像へと祈る声を聞き届けたというのならば、一人で二つのこいつは……
道化師はクラウンと名乗った。奴曰く「主より賜った印」だと。言動は狂っていて、俺と同じだという。そう、同じ……親が死んでも笑えてしまうほどに救いがたい自分と、二人も同じだと。そうか……そうか、そうだったのか……】
【ヴェシレア王国歴721年 ミティスの月 15日
クラウンを雇ってからというもの、世界がなんだか彩りに溢れている気がする。まるで酩酊しているかのような、不可思議な気分。悪くない。
今日は機嫌が良かったので、玩具どもに殺し合いをさせてみた。残った奴だけは生き残ると言い渡せば、面白いように殺し合いを始めた。血と悲鳴と怨嗟と苦悶の声を聞いていると、まるで精神が高みに登るかのようだ。同じように、クラウンも楽しげに高く笑っていた。嗚呼、始めて同じ心境を持つ同胞に出会えたのだと、なんとなく思った。
この道化師達ならば、俺と友に成れるだろうか?】
【ヴェシレア王国歴721年 ミティスの月 23日
生贄どもを集めていたが、なんとなく気分が良くなくて中止してしまった。どうにも、気分が優れない。そんな俺にクラウンだけが傍に居てくれて、なんだか心休まる気がした。クラウンは狂っているが、その狂気は俺にとっては悪くはない。最近では毎日、部屋で歓談しているような気がする。同じルドラを奉じる者同士、神に関する語り合いでは話しが盛り上がった。クラウンはルドラ教徒だ、それもかなり重度な。気が合いそうだ】
【ヴェシレア王国歴721年 ミティスの月 30日
我が神に奉じる生贄を集めきったが、まだ足りない気がした。そうだ、血が足りない。もっと凄惨で、もっと悍ましい何かが必要だと思ったのだ。クラウンに相談すれば、あいつは「魂を世界に還元すればもっと喜ぶのだよ!」と言っていた。還元とはどういう事か、よくわからなかったが。ああ、いや、そんなことはない。きっとそれは■■をバラバラにして、間引いた命を我が虚無に捧げれば良いだけだ。きっとそうだ。我が主はきっと虚無に奉じられた者を貪り食われるだろう。我が主、虚無の御方よ】
【ヴェシレア王国歴721年 トゥーガムの月 3日
司祭たちがやってきた。彼らは私が非人道的な実験を行っていると言っていたが、だが私はそれを快く迎え、主への供物を見せた。その出来栄えは素晴らしく、クラウンも喜んでくれた。だが、虚無の御方はそれでは満足しまい。もっともっと素晴らしい偶像を作り上げねば。我が主人、虚無よ。司祭は悲鳴を上げて逃げ帰ったが、問題はない。クラウンは笑っていて、今日も楽しげに歓談してくれる。嗚呼、なんと楽しい一時なのだろうか。
きっともうすぐ終わる。
俺は消えて、私に次は無いのだから。
虚無がそう囁いたのだから。きっとそうなのだ。
そうだろう? ルドラよ】
【ヴェシレア王国歴721■ ■■■■■■■ ■■
さらば、友よ
(以下、真っ赤な色褪せぬ塗料で書かれている)
嗚呼! 我が友よ、哀れにして迷える子羊よ!
貴方を虐げる病魔はもはやおらず、貴方は真に解放されたのだ! その全てから!
おめでとう、そしておめでとう!!
忘れるな、我らは常に汝らと共にある
我らはグリムアード
狂気よりの者である
「或る領主の手記」より】




