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「行けたら行く」って言って行った結果

作者: 燦々SUN

圭祐(けいすけ)。明日の飲み会、あんたも来る?」


 授業終わり。小学校からの腐れ縁である幼馴染の知美(ともみ)が、俺に声を掛けてきた。

 明日の飲み会……って言うとあれか。サークル仲間で集まろうって、女子が盛り上がってたやつか。


(てっきり女子会かと思ってたんだが……男の俺が行っていいのか? まあ久しぶりに飲みたい気はするんだが、明日俺バイトあるんだよなぁ)


 頭の中で明日のスケジュールを確認し、少し考えてから、俺はとりあえず保留することにした。


「あぁ~行けたら行くわ」

「あっそ」


 俺がそう言うと、知美は長いポニーテールをふいっと振りながら友人の方へと戻っていった。

 素っ気ないな……もしかして、一応声を掛けただけってやつだったか?


「おい、二階堂。お前あの一条さんのお誘いを断る気かよ?」

「あ~? いや、断ってはいないだろ? 『行けたら行く』って言ったんだから」

「そんなの行かないって言ってるようなもんじゃんか。ったく」


 一緒にいた友人はそう言うと、信じられないとでも言いたげに肩を竦めた。


「ホント、あの一条さんに誘われてそんなに平然としてる男はお前くらいだよ。俺だったらどんな予定が入っていようと意地でも行くぜ?」

「そう言われてもなぁ……」


 たしかに、知美は普通にしていればキリッとした美人だ。

 憧れている男子は多いし、女子達の間でも頼れる姉御肌として人気らしい。が……小さい頃から見知った仲である俺からすると、「うん、まあ美人だね。だから?」って感じだ。


(それに、あいつ酔っぱらうと人格変わるし……ま、明日はバイトの終わり時間的にギリギリだし、たぶん行けないからいいけどな)


 俺は軽くそう考えながら、羨ましがる友人を適当にあしらった。



* * * * * * *



「あぁ、二階堂君。今日はもう上がっていいよ」

「え、いいんですか?」

「ああ、この調子じゃもうお客さんも来ないだろうしね」

「分かりました。じゃあ失礼します」


 店長に頭を下げ、控室で着替えると、俺はいつもより少し早くに店を出た。


「8時前か……今から行けば間に合うか?」


 知美たちが飲み会をやっている店のコースは2時間制だ。開始が午後7時のはずだから、今から行けば少しは参加できるだろう。


「まあ、行けたら行くって言ったしな」


 別にバレたりしないが、ここで行かないのも不誠実だろう。

 俺はそう考え、知美たちがいるはずの馴染みの居酒屋へと向かった。

 入り組んだ路地を最短距離で進み、15分ほどで店に着く。

 顔見知りの店長に席を聞き、ふすまで仕切られた奥のお座敷へと向かう。と、ふすまに手を掛けようとしたところで、その向こうから聞こえてきた呻き声に動きを止めた。


『うぅうぅぅ~~~』


 この、声は……やばい。知美がもう既に酔ってる。

 ふすまに伸ばした手を中途半端な状態で止めながら、俺はこのまま入るべきか帰るべきかを真剣に検討した。

 知美は別に酒に弱いわけではないのだが、一定量を超すと一気に酔っぱらうタイプだ。

 そして、酔っぱらった知美はすごい泣き上戸になり、物凄くめんどくさくなる。今まで散々苦労を掛けさせられてきたので、その厄介さは俺が一番よく分かっている。


(どうしよう。でも、ここまで来て帰るってのもなぁ……)


 ふすまの前で逡巡(しゅんじゅん)していると、ふすまの向こうからサークル仲間の呆れたような声が聞こえた。


『知美、ちょっと飲み過ぎだよ? ほら、お水飲んで』

『うう゛ぅ~~~圭祐のう゛わぁか~~』


 ……ん? え? 今、俺の名前呼んだか?

 予想外の事態に固まる俺の耳に、また別の女子の声が聞こえる。


『もう、いい加減諦めたら? 脈無しだってはっきり分かったでしょ?』

『そ~そ。知美モテるんだから、スッパリ諦めて他の男子に行った方がいいって』

『ううぅぅ~~……でもぉ』

『知美も一途だよねぇ。幼馴染に10年も片思いとか』

『それでも未だに告白出来てない辺りが、なんというか……ねえ?』

『らぁってぇ……仕方らいでしょぉ……本当に、ホントに、好きなんだかりゃぁ~!!』

『ああほら、服汚れちゃうって。一旦横になろ? ね?』

『もう、普段はしっかり者でかっこいいのに、酔っぱらうとすぐこうなんだから……』



 ………………



 ……あぁ~なんというか、これはあれだ。聞いちゃいけなかったやつだ。

 うん、やっぱりこのまま帰ろう。そんで何も聞かなかったことにしよう。そうしよう。


「あれ? 二階堂君?」

「っ!?」


 だが、いざきびすを返そうとしたところで、背後から聞き覚えのある声が。

 振り返ると、トイレから戻ってきたらしいサークル仲間の女子の1人が、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


「何をし──」

「しっ!!」


 素早く距離を詰めると、俺はそいつの腕を掴み、急いでその場を離れようとした。が、それよりも早く……


『静香? 戻ってきたの?』


 そう呼び掛ける声と共に、ふすまが開かれた。

 俺の背中に、女子達の視線が突き刺さる。

 恐る恐る振り返ると、ちょうどテーブルに突っ伏していた知美が顔を上げるところだった。

 そのぼんやりとした瞳が、寄り添っている(ように見えなくもない)俺達を捉え、次の瞬間ぶわっと潤んだ。


「けぇすけがぁ……けーすけが、浮気してるぅぅぅ~~~!」

「浮気ではねぇ」


 だばっと涙を流しながらわめく知美に、俺はとりあえずそうツッコんだ。



* * * * * * *



「うぅ~~圭祐の浮気者ぉ」

「だから浮気じゃねぇって……ほら、鍵出せ」

「んん~? 圭祐はぁ、静香みたいな清楚け~が好きなのぉ?」

「はいはい。もうそれでいいから靴脱げ。あ、こら、土足で上がろうとすんな!」

「うぅ~~やっぱり私は好みじゃないんだぁ!」

「めんどくさっ!」


 べろんべろんに酔っぱらっている知美に肩を貸しながら、なんとか知美の住んでいるマンションの部屋まで辿り着く。

 漫画とかだったら、密着した体から香る女性特有の匂いにドキッとしたりする場面なのかもしれないが、色々と残念なことにフッツーに酒臭い。あと、絡み方が鬱陶しい。これ(・・)にどうときめけと?


「ほら、ベッドだ。じゃあもう俺帰るからな」

「ん~~」

「……いや、手を放せよ」


 なんとか知美をベッドに腰掛けさせ、さっさと帰ろうとしたのだが……知美が手を放さない。

 微妙に頬を膨らませ、ジトッとした目でこちらを睨み上げてくる。


「圭祐はぁ、私が好みじゃないんだ?」

「まだ言ってんのかよ……はあ、別に好みじゃないとかそういうんじゃねぇよ」


 単純に、女として見れないだけで。

 変な形で、思いもよらず知美の好意を知ってしまったわけだが、だからって急に俺が知美を見る目が変わるなんてことは特になかった。

 もしかしたら、多少なり異性として意識するんじゃないかと自分でも思ったが、今のところ全くその気配はない。


(まあ、もしかしたら素面(しらふ)の状態ならもっと何かあったのかもしれないが……これじゃあなぁ)


 残念なものを見る目で知美を見下ろすと、知美が不貞腐れた表情で言った。


「じゃあ、デートして」

「は?」

「明日、私と、デートして!」

「いや、意味が分からん」


 まあ、酔っぱらいに冷静な論理展開を求める方が無理な話なのかもしれないが。


「デェトしてぇ~~!!」

「痛っ! やめろ! 腕を引っ張るなって! ああもう、行けたらな! 行けたら行くから!」


 腕をぐわんぐわん引っ張りながら駄々をこねる知美にとっさにそう叫ぶと、強引に腕を振りほどく。

 すると、知美はしばしぼーっとした目で俺を見上げてたかと思うと、突然コテンと首を傾げてにへらっと笑った。


「うん、じゃあ来るまで待ってるね?」

「っ!!」


 その甘えと信頼が混じった言葉に……不覚にも、心臓が跳ね上がるのを感じた。


「っ、じゃあな! ちゃんと鍵閉めて寝ろよ!」

「うん、おやすみぃ~」


 反射的に顔を背けると、急ぎ足で部屋を出る。

 後ろ手に扉を閉めると、頬に感じる夜風が妙に冷たく感じた。


「くそっ、なんだってんだ」


 胸に残る奇妙なくすぐったさに悪態を吐きながら、俺は家路を急いだ。



* * * * * * *



 ── 翌朝


 9時前に知美の部屋の前に着いた俺は、妙に落ち着かない気持ちで扉の前をうろうろしていた。


「くそっ、なに意識してんだよっ」


 そう言ってみても、どうにも昨日別れ際に知美が浮かべた笑みが脳裏を掠める。

 昨夜からずっとその光景が頭を離れず、結局こんな早くに部屋を訪ねてしまった。


「別に、一緒に出掛けるだけだ。相手はあの知美だぞ? 緊張することなんてない……うん、よし!」


 そう自分自身に言い聞かせ、気合を入れると、俺は意を決してインターホンを押した。


「……」


 だが、反応がない。

 首を傾げながら試しにドアノブに手を掛けると、なんと開いている。どうやら昨日あのまま鍵を閉めずに寝たらしい。不用心な。


「お~い、知美~? 入るぞ~」


 そう呼び掛けながら部屋に入り、奥へと進むと……薄暗いベッドの上にそれ(・・)はいた。


「おぅ……」


 昨日の服装のまま、ベッドの上で体育座りをする知美。

 普段ポニーテールに結われている長い黒髪はだらんと垂れ下がり、そのうちの1本が口に引っかかっている。

 瞳孔は開きっぱなしで、入ってきた俺を見るでもなく部屋の隅を凝視している。


「お~い、大丈夫、か?」

「殺せ」

「うん、大丈夫じゃないな」


 デートのお迎えに行ったら、開口一番低っくい声で殺人の依頼をされました。いや、どちらかというと自殺ほう助か?


「とりあえず、まばたきしろよ怖いから」

「ああそう、殺せ」

「話通じねぇなぁ!」

「私を殺してあんたも死ね」

「理不尽!!」


 なんか、変な緊張が一気に吹き飛んだわ。昨日のあれはやっぱりただの錯覚だな。だってほら、今も変な動悸が止まらねぇし。俺がこいつにときめくとかありえねーわ。


(はあ、めんどくさっ)


 俺は内心溜息を吐きながら、どうやってこの残念な幼馴染を復活させるか考えるのだった。

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― 新着の感想 ―
これは酔ってる時の記憶が残ってるのね。状況から告白同然になってる事も、勢い任せにデートの約束を取り付けた事も覚えてる、と。 いっそ更なる勢い任せで、一線を越えてしまえば何の事はなかった………のかもしれ…
[一言] もう酒を口に含んでキスしたれw
[良い点] 惜しい! もうちょいだったのに!
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