ダメ男も頑張って生きている
不定期で連載しようかと思っています。暇つぶしにでもなれば幸いです。
ダメ男と少女と
男は後悔していた。
目の前には無数の死骸と血の海、その中に少女が1人立っている。少し大きめの変わった黒い服を着て、肌の露出はほとんどない。青白く人形のように整った顔立ちが印象的だが、長く鋭い爪から滴り落ちる鮮血が何より恐ろしかった。
少女はこちらに一瞥をくれると、静かな声で言った。
「お前もこやつらの仲間なのか?」
男は迷った。なんと答えるべきだろう。
素直に答えると殺されるだろう。しかし仲間じゃないですと言って、どういう理由でここにいると説明すればいいのか。
ああこんな仕事について来るんじゃなかったと、男は改めて後悔した。
男ールフスは冒険者としてはベテランである。この道10数年、幾度となく命の危機に瀕してきたが、今回ほど絶望的な状況は初めてだった。
仲間の仇を俺が取る!とでも言えればカッコいいのだろうが、彼にその選択肢は無い。そもそもフリーランスだし、そもそも実力がからっきしだ。逃げ切ることもできないだろう。
冒険者と言っても色々ある。花形は剣士や魔導師のようなアタッカー、パーティには欠かせないタンクと僧侶、罠をかいくぐる盗賊に援護主体のサポーター、そしてルフスの様に雑務をこなす荷物持ち…。そう、ルフスは荷物持ちだとか道案内だとか宿の手配だとかを10数年間続けてきたのだ。そこで倒れているパーティーも、仲間ではなく今回たまたまついて来ることになった、いわば依頼人のようなものだ。
いや待てよ。依頼人がギルドに依頼するのだから、ギルドが元請け、こいつらが1次の下請けで、俺は2次下請けかなあ。
「どうした?早く答えろ」
ちょっと現実逃避し始めたルフスに、少女は容赦なく問い詰めた。
「は!イヤーあの〜…仲間じゃないです、はい」
「ほう」
少女は爪についた血をサッと振り払うと、
「ではここで何をしている」
はい来ました。予想通りの質問。まだ考えついてないよ〜。詰んだな。これは死ぬな、俺。
「…いや何かですね。たまたまこの辺うろついてたんですけどね。何か騒がしいな〜と思ってきてみたんですよ。フラフラ〜っと。そしたらびっくり!こんな事になってるなんて!あ、でももう夜も遅いんで帰ろうかな〜なんて」
ハハハと乾いた笑いを送るルフス。我ながら情けない、なんてちっとも思わない。だって荷物持ちなのだ!才能がないから雑務をやっているのだ!自分が生き延びるためには、闘うではなく逃げるか取り入るしかない事を、彼自身よく分かっている。
「ふうん」
少女は小首を傾げると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。その仕草だけを見るととても可愛らしいと思えるのだが、ルフスにとっては全てが恐怖でしかない。
ヤバイ、オシッコちびりそう。ここで粗相をしたら怒らせてしまうかも知れない。いやもう下らないウソをつきやがってと怒ってるかも知れない。
ルフスは最後の賭けに出た。
「すんません見逃してください!」
土下座だ。もう彼にできることはこれくらいしかない、それは見事な土下座だった。
「いやもうホント、勘弁してください」
頭を下げているので姿は見えないが、少女はまだ近寄ってきている気配があった。
ルフスはまくし立てる。
「でもあれっすね!マジでカッコいいですよね!一人であの人数倒しちゃうなんて!尊敬っす!なんなら仲間にして欲しいくらいです!あ、仲間とか図々しいですよね。あれだったら最初はお友達からでも…」
自分で何を言っているのかよく分からなくなってきた時、ピタリと足音が止まった。怪しみながら、恐る恐るルフスが顔を上げるとそこには驚いた顔をしてこちらを見る少女がいた。
「…友達?」
少女がポツリと呟く。初めて人間らしい表情が浮かんだ少女を見て、これはワンチャンあるかもと、ルフスは思った。
「あ、いや、友達なんてちょっとキモいですかね。下僕とかでも全然…あーいや、そっちの方がキモいか。あの、忘れてください。というか俺のことはいないものと思ってくれれば嬉しかったりなんだったり…」
声が上ずる。子供が初めて告白する時でももっとうまく出来るだろうと本人が思うくらい、ひどい弁明だった。だが少女からは反応がない。
「あの…」
ルフスがさらに何か言おうとした時、少女がパッと顔を輝かせて走り寄ってきた。思わずひっ、と小さく悲鳴を上げて後ずさりする。
もうおしまいだ!と身構えたが、少女はルフスの手を取り言った。
「お主、友達になってくれるのか!?」
「…はぇ?」
覗き込んでくる少女の瞳がキラキラと輝いている。
訳がわからずルフスはコクコクと頷いた。
「おおー!この歳でまさか友ができるとは!感動じゃ〜」
少女は胸の前で手を組み、さも感動に打ち震えている様子だった。何が起こっているのか、ルフスは付いていけない。ただ何となく、命の危機は回避できたのかも知れないと思った。
「そうじゃ、お主名はなんと申す?」
呆然としているルフスに、少女は質問した。
「ル…タマです」
思わず偽名を使ってしまった。なんだタマって。となりのおばさんが飼っている猫の名前じゃないか。
「タマ?人間のくせに猫みたいな名前じゃのう」
内心ギクリとしたルフスだったが、顔には出さず笑顔で応える。冷や汗がつたうがタマで押し通すしかない。
「ワシの名はクロエじゃ。クロエ=デル=フォンブルグと申す。気兼ねなくクロエと呼んでくれ、我が友タマよ」
「は、はあ…じゃあその、クロエさん。あなたは一体…」
状況を理解しておかないとまずい気がする。整理するために、ルフスは質問しようとした…が、
「む、もうすぐ夜が明けるの。それではまたな、我が友タマよ」
それだけ言うと、クロエの全身が暗くなり、そのまま消えてしまった。
しばらく土下座から顔を上げたままの姿勢で固まっていたルフスだが、やがてドサリとその場に仰向けになった。朝が来たらしい、遠く鳥のさえずりが聞こえる。
「何だったんだ一体」
このまま眠ってしまいたい程疲れた頭を働かせ、ルフスは考える。あの少女が何者かは別として、ギルドへの報告をどうしようか。パーティーの死骸をそのままにも出来ないだろう。とにかくやるべき事をやるしかない。あの少女の事は、その後じっくり考えるしかない。
「よし!」
ルフスは喝を入れるように、自分の頬をパンパンと叩いた。
きっとあの時だ。思わず後ずさりした時。無意識にしてしまったのだ。
混乱から立ち直った彼はまずやるべき事を、替えの下着を持ってきていなかったかの確認を始めたのだった。